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# 第四話 ダンゴムシが右に曲がった日は機嫌がいい


 その日は、とびきり暑かった。


 夕方になっても道が熱を持っていて、玄関先に水を撒いた。バケツの水が、乾いたコンクリートにみるみる吸い込まれていく。じゅう、と音がしそうだった。


 打ち水のあとの、濡れたところを歩いていたら、ダンゴムシがいた。塀のきわを、のそのそ歩いている。


「あ、ダンゴムシ」


 姉がしゃがんだ。わたしもしゃがんだ。二人で、地面をのぞきこむ。


「ダンゴムシってさ」


 知ってる、と思った。たぶん、今日の。


「右に曲がった日は、機嫌がいいんだよ」


「曲がった日って」


「行き止まりにぶつかったとき、右に行くか左に行くか選ぶでしょ。右を選んだ日は、機嫌がいいの。左の日は、ちょっと不機嫌」


「なんで右だと機嫌いいの」


「さあ。本人に聞いて」


 ダンゴムシは塀に沿って進んで、壁にぶつかった。わたしと姉は、息をひそめて見守った。


 ダンゴムシは、右に曲がった。


「機嫌いいね、今日」


「ほんとだ」


 わたしたちは、なんとなく嬉しくなった。よかったね、と思った。一匹のダンゴムシの機嫌が、よかった。


「もう一回、見てみよ」


 わたしは小石を置いて、進路の先に小さな行き止まりを作った。ダンゴムシがそこにぶつかる。


 今度は、左だった。


「あ」


「不機嫌だ」


「なんかあったのかな、今日」


 わたしたちは、勝手に心配した。さっきまで機嫌がよかったのに、急に不機嫌になったダンゴムシのことを。暑さのせいかもしれない。打ち水が足りなかったのかもしれない。


 そのあと、ダンゴムシは右、左、右、と交互に曲がった。機嫌がよかったり、悪かったり、忙しい虫だ。


「情緒不安定だね」


「夏バテかも」


 次々と小石を並べて、迷路みたいにした。ダンゴムシは律儀に、ぶつかるたび右、左、右、左、と曲がっていく。


「規則正しいね、不安定なのに」


「不安定なりに、ルールはあるんだよ」


 姉は真顔でそう言った。嘘の話なのに、ときどき本当みたいなことを言う。


 しゃがみすぎて、足がしびれた。立ち上がったら、くらっとした。空はまだ明るくて、でも夕方の色になりかけていた。


 ダンゴムシは、いつのまにか塀の隙間に消えていた。最後が右だったか左だったか、わたしは見ていなかった。


「機嫌、どっちで終わったかな」


「いいほうだと、いいね」


 打ち水は、もうほとんど乾いていた。残った濡れたところに、姉が映っていた。


「もう一回、撒く?」


「いい。涼しくなってきたから」


 風が少しだけ涼しくなってきた。どこかでまた、セミが鳴きはじめた。


 何日目のセミだろう。もう、わからないくらい、夏だった。


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