# 第三話 セミは七日鳴くと声が嗄れて八日目は照れて黙ってる
梅雨が明けた。といっても、まだジメジメしている。
朝から、近所の木という木で、セミが鳴いている。うるさい、と思うより先に、夏だ、と思った。
姉は縁側で、足を投げ出してアイスを食べていた。溶けるのが速くて、棒のところまで垂れている。
「セミってさ」
また始まった、と思いながら、わたしも隣に座った。
「七日鳴くと、声がかれるんだよ」
「セミって一週間で死ぬんでしょ」
「死なないよ。かれるだけ」
姉はアイスをなめた。
「七日めいっぱい鳴くとね、声がかすれて、出なくなる。それで八日目は、恥ずかしくなって黙ってるの。あんなに鳴いてたのにって。だから八日目のセミは、木にとまってるだけで、なんにも言わない」
「じゃあ、いま鳴いてないセミは、八日目?」
「そう。照れてるの」
わたしは庭の木を眺めた。鳴いているセミは見えない。鳴いていないセミも、もちろん見えない。ただ、木は鳴き声でいっぱいだった。
ここで、ふと思いついた。
「……八日目のセミはさ」
姉がこっちを見た。
「九日目になったら、また鳴くの? 照れがおさまったら」
「うーん」
「で、また七日鳴いて、かれて、また照れて。それの繰り返し。だから夏のあいだ、ずっと終わらない」
言ってしまってから、わたしは少し照れた。嘘に、嘘を足していた。
姉はアイスを口に運ぶ手を止めた。それから、すごく嬉しそうに笑った。
「うまい。それ、いい」
「べつに」
「才能あるよ。嘘の」
「いらない、そんな才能」
そう言いながら、わたしは少し、悪くない気分だった。姉の世界に、わたしの嘘がひとつ、足された。セミは夏のあいだ、鳴いて、かれて、照れて、また鳴く。わたしがそう決めたから、たぶん、そういうことになった。
午後になって、急に空が暗くなった。
夕立だった。セミの声が、雨の音にかき消されていく。あれだけうるさかったのに、降りはじめたとたん、ぱたりと静かになった。
「セミ、黙ったね」
「照れてるんだよ。雨に濡れるの、恥ずかしいから」
「それはもう、八日目じゃないでしょ」
「じゃあ何日目?」
わたしは考えた。
「……雨の日は、ノーカウント」
姉が吹き出した。アイスの棒を、ぺしっと額に貼りつけてきた。冷たかった。
雨は短かった。やんだあと、また一匹だけ、どこかでセミが鳴きはじめた。
声が、少しかすれている気がした。
「あ」
「なに」
「七日目かも」
姉は何も言わずに、空になったアイスの袋を、くるくる丸めていた。
濡れた庭から、夏の匂いがした。雨上がりの匂いだ。わたしはそれを、少しだけ吸い込んだ。




