# 第十一話 雪の日に生まれた生き物は音を一つ多く聞ける
雪が降った。
その冬、はじめての雪だった。朝、カーテンを開けたら、外が白かった。音が、なかった。雪の日は、いつもより静かだ。雪が、音を吸ってしまうから。
姉は、窓辺に立って、外を見ていた。長いあいだ、なにも言わずに。
「お姉ちゃん」
「ん」
「今日の話は」
姉は、すぐには答えなかった。雪を見ていた。
「……雪の日に生まれた生き物は」
ゆっくり、言った。いつもより、ずっとゆっくり。
「音を、一個多く聞けるんだよ」
「一個多く?」
「うん。ふつうの生き物が聞こえない音を、ひとつだけ、聞けるの。雪が、ぜんぶの音を吸ったあとの、いちばん静かなときに生まれるから。その静けさの底にある、小さい音を、聞ける」
「どんな音」
姉は、少し考えた。
「わからない。聞いたことないから」
それきり、姉は黙った。
いつもなら、ここから話が広がるはずだった。その音はね、とか、聞いた生き物はね、とか。姉の嘘は、いつも、どこまでも続いた。尽きることがなかった。
でも、今日は、続かなかった。
姉は、窓の外の雪を見ているだけだった。わたしは、その横顔を見ていた。なんだか、姉の話が、残り少なくなってきている気がした。
毎回、ひとつずつ。カタツムリ、セミ、ダンゴムシ、アリ、テントウムシ、トンボ、スズムシ、渡り鳥、冬眠。たくさんの嘘を、姉はくれた。でも、嘘にも、終わりがあるのかもしれない。世界の生き物は、無限じゃない。いつか、話す生き物が、いなくなる。
「お姉ちゃん」
「なに」
「話、なくなったりしないよね」
姉は、こっちを見た。少し、笑った。けれど、その笑顔は、どこか、おしまいに近い感じがした。
「どうかな」
「なくならないでよ」
「うん」
「いつも、ずっと」
「うん」
姉は、それ以上、なにも言わなかった。
二人で、しばらく雪を見ていた。降る雪は、音もなく、庭を白くしていった。世界が、だんだん、静かになっていく。その静けさの底に、もし、小さい音があるとしたら。わたしには、聞こえなかった。雪の日に、生まれていないから。
「ねえ」
姉が、ぽつりと言った。
「明日、晴れたらさ」
「うん」
「話したいことがあるの。ほんとの」
わたしは、姉を見た。
ほんとの。その言葉を、姉が使ったのは、はじめてだった。これまで、ぜんぶ嘘だった。嘘の生き物の、嘘の話。それを、明日、ほんとの話に、するという。
「最後の話?」
聞いてから、後悔した。最後、なんて、言葉を使ってしまった。
姉は、否定しなかった。
「そう。最後の」
雪は、夜まで降りつづけた。世界中の音が、雪の下に、しまい込まれていくみたいだった。
わたしは、その夜、なかなか眠れなかった。明日、晴れたら。
姉の、ほんとの話を、聞く。それが、どうしてか、こわかった。




