↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/12

# 第十一話 雪の日に生まれた生き物は音を一つ多く聞ける


 雪が降った。


 その冬、はじめての雪だった。朝、カーテンを開けたら、外が白かった。音が、なかった。雪の日は、いつもより静かだ。雪が、音を吸ってしまうから。


 姉は、窓辺に立って、外を見ていた。長いあいだ、なにも言わずに。


「お姉ちゃん」


「ん」


「今日の話は」


 姉は、すぐには答えなかった。雪を見ていた。


「……雪の日に生まれた生き物は」


 ゆっくり、言った。いつもより、ずっとゆっくり。


「音を、一個多く聞けるんだよ」


「一個多く?」


「うん。ふつうの生き物が聞こえない音を、ひとつだけ、聞けるの。雪が、ぜんぶの音を吸ったあとの、いちばん静かなときに生まれるから。その静けさの底にある、小さい音を、聞ける」


「どんな音」


 姉は、少し考えた。


「わからない。聞いたことないから」


 それきり、姉は黙った。


 いつもなら、ここから話が広がるはずだった。その音はね、とか、聞いた生き物はね、とか。姉の嘘は、いつも、どこまでも続いた。尽きることがなかった。


 でも、今日は、続かなかった。


 姉は、窓の外の雪を見ているだけだった。わたしは、その横顔を見ていた。なんだか、姉の話が、残り少なくなってきている気がした。


 毎回、ひとつずつ。カタツムリ、セミ、ダンゴムシ、アリ、テントウムシ、トンボ、スズムシ、渡り鳥、冬眠。たくさんの嘘を、姉はくれた。でも、嘘にも、終わりがあるのかもしれない。世界の生き物は、無限じゃない。いつか、話す生き物が、いなくなる。


「お姉ちゃん」


「なに」


「話、なくなったりしないよね」


 姉は、こっちを見た。少し、笑った。けれど、その笑顔は、どこか、おしまいに近い感じがした。


「どうかな」


「なくならないでよ」


「うん」


「いつも、ずっと」


「うん」


 姉は、それ以上、なにも言わなかった。


 二人で、しばらく雪を見ていた。降る雪は、音もなく、庭を白くしていった。世界が、だんだん、静かになっていく。その静けさの底に、もし、小さい音があるとしたら。わたしには、聞こえなかった。雪の日に、生まれていないから。


「ねえ」


 姉が、ぽつりと言った。


「明日、晴れたらさ」


「うん」


「話したいことがあるの。ほんとの」


 わたしは、姉を見た。


 ほんとの。その言葉を、姉が使ったのは、はじめてだった。これまで、ぜんぶ嘘だった。嘘の生き物の、嘘の話。それを、明日、ほんとの話に、するという。


「最後の話?」


 聞いてから、後悔した。最後、なんて、言葉を使ってしまった。


 姉は、否定しなかった。


「そう。最後の」


 雪は、夜まで降りつづけた。世界中の音が、雪の下に、しまい込まれていくみたいだった。


 わたしは、その夜、なかなか眠れなかった。明日、晴れたら。


 姉の、ほんとの話を、聞く。それが、どうしてか、こわかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。