# 第十二話 カエルのために雨は降る
朝、目が覚めたら、雪が解けていた。
夜のあいだに、雨に変わったらしい。雪を溶かす、あたたかい雨。
屋根から、雫がぽたぽた落ちる音がした。
隣の布団は、たたまれていた。
わたしは、それを、見ていた。しばらく。
お姉ちゃんが、いない。
お姉ちゃんが、どこかへ行った。
覚えているのは、いつも、嘘を聞いていたこと。
ぜんぶ、お姉ちゃんが、教えてくれた。
でも、お姉ちゃんが、どんな顔だったか、思い出せない。
声も、思い出せない。ただ、嘘だけが、残っている。
嘘だけが、たしかに、あった。
飛び出して死んでしまった、子供のカエル、みたいに。
いない。どこにもいない。誰も見たことがないから、誰も知らない。
でも。
話の中では、あの子供のカエルは、どこかへ飛んでいった。
死んだんじゃなくて、飛んでいった。
戻ってこられないくらい、遠くへ。誰も知らない、別の世界へ。
だとしたら。
お姉ちゃんも、そこにいるのかもしれない。
飛んでいった先の、誰も知らない世界で、ちゃんと、生きているのかもしれない。
いまも、小さいまま。ずっと小さいまま。
そこでは、雨が、降っているだろうか。
わたしは、窓の外を見た。
雨は、やもうとしていた。空が、明るくなりかけている。もうすぐ、晴れる。晴れてしまう。
やだな、と思った。
晴れたら、雨が、終わってしまう。
わたしは、嘘をつくことにした。お姉ちゃんが、いつも、そうしていたみたいに。
世界に、ひとつ、嘘をつく。
聞いてください。
この雨にあたった人は、みんな、カエルになるんです。
ほんとうです。今日の雨は、特別なんです。
あたった人から、順番に。だから、いま、世界中が、カエルになっている、最中です。
町の人も、学校の子も、遠くの街の、知らない人たちも。
みんな、雨にぬれて、小さなカエルになって、跳ねている。
うそだ、と、思って、いいです。
わたしも、知っています。ぜんぶ、嘘です。図鑑と、ちがう。
人は、カエルになんて、ならない。雨は、ただの、雨。
でも。
嘘だと知っていても、お姉ちゃんが言うなら、そういうことに、なっています。
だから、今度は、わたしが、言います。
この雨で、世界は、カエルになった。わたしも、なりました。
だから、この雨は、わたしのために、降っています。
雨が、やんだ。
窓の外が、明るくなった。
雲の切れ間から、光がさして、濡れた庭が、きらきら光った。
世界中が、濡れていた。カエルになった、みんなの上に。
わたしは、庭に出た。
濡れた草を、はだしで踏んだ。つめたかった。
雨上がりの匂いがした。春の、いちばん最初の匂い。
そして、濡れた石の上に、一匹、いた。
小さな、カエルだった。




