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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第55話 生徒会長の先輩は、私の可愛い犬系彼氏

※X(旧Twitter)にて第55話イラスト公開しました!

https://x.com/exbrrh2oof32785?s=21


ゴールデンウィークが明けた。


校舎の空気は、どこかまだ休みの匂いを引きずっている。

廊下を歩く足音も、笑い声も、ほんの少しだけ緩い。


けれど体育館に足を踏み入れた瞬間、その空気はぴたりと切り替わる。


この日は連休明けの、全校集会。


壇上中央へ、校長がゆっくりと歩み出る。

マイクの前に立ち、高さを直すその仕草すら、どこか儀式めいていた。


《ゴールデンウィークが明けました。皆さん、生活のリズムは戻っていますか》


進路の話。

時間の使い方。

「三年生は特に自覚を持って」という、毎年変わらない常套句。


二年生の列の中ほどで、陽向はぼんやりと壇上を見つめていた。


(眠……)


連休明け特有の、身体の重さ。

朝のホームルームから続く、じんわりとしただるさ。

欠伸が喉の奥で膨らみ、慌てて噛み殺す。


視線は壇上に向いているのに、意識は少しだけ遠い。


続いて生活指導部。


スマートフォンの扱い。

制服の着崩し。

自転車の並走。

淡々と、事務的に、正しさが並べられていく。


長い連休から、一気に現実へ引き戻される感覚。

楽しかった時間が、遠くへ押しやられていく。


やがて進路指導部の短い連絡が終わると、教員が一歩、後ろへ下がった。


《続いて、生徒会より連絡があります》


その一言で、体育館の温度が変わった。

期待と、好奇心と、少しの色めき。


壇上脇に控えていた俊輔が、静かに前へ出る。


背筋は真っ直ぐ。

歩幅は一定。

迷いのない足取り。


生徒達の視線が一つ、また一つと吸い寄せられていく。

憧れの眼差し。

体育館中の目が、ゆっくりと一点に集まる。


その中心に立つ俊輔は、いつも通り整っている。

整いすぎていて、どこか非現実的ですらある。


(かっこよ。)


陽向の重たかった瞼が、ぱちん、と音を立てるみたいに開いた。

さっきまで眠気に支配されていた意識が、一瞬で引き上げられる。


胸の奥が、わずかに跳ねる。


副会長として壇上に上がる自分の姿はない。

今日は会長単独の報告だと分かっている。


俊輔がマイクの前に立つ。


《おはようございます。生徒会からのお知らせです。》


その一言で、空気が変わる。


《まず初めに、今月25日に実施予定の生徒会役員総選挙についてご案内いたします。》


本校の顔。

全校生徒の憧れ。

非の打ち所のない優等生。


《現在、立候補を届け出ている生徒のポスターにつきましては、明日より校内各所に順次掲示を開始いたします。》


淡々と、しかし明確に。

マイク越しに響く俊輔の声。


陽向は、自分の鼓動が徐々にやけに大きく聞こえ始めていることに気づく。


トクン。

トクン。


《昇降口、各学年廊下、生徒会掲示板等に掲出されますので、登下校や休み時間の際にご確認ください。》


あの背中が、あの声が。


全校生徒の前で毅然とし、凛々しく完璧な生徒会長。

その素顔を、誰よりも近くで知っているのは自分だという小さな誇りが、胸の奥でじわりと灯る。


《なお、立候補の受付は今週をもって最終締切となります。》


体育館の空気が、わずかに張る。


《本校の生徒会活動は、単なる行事運営にとどまらず、学校全体の在り方を生徒自身が主体的に考え、提案し、実行していく場です。》


理知的で、謹厳さを纏い、その発言や姿勢は高校生とは思えぬ程に完全無欠。


その一方で。


陽向の脳裏に、まったく別の姿が浮かぶ。


二人きりの図書室。

ゆらゆらと身体を揺らしながら、嬉しそうに抱きしめてくる腕。

尻尾が見えるんじゃないかってくらい、全身で喜びを表現するあの顔。

「陽向〜」と甘える声。

「寂しい…」と耳を垂らすみたいな声。


そのギャップが、頭の中で同時再生される。


《もし現在、立候補を検討している生徒がいるのであれば、どうかこの機会を逃さず、今週中に所定の手続きを行ってください。》


思わず。

無意識に。

ボソッと。


頭にポンと浮かんだその文字が、瞬間的に口からすり抜けた。




「生徒会長の先輩は、私の可愛い犬系彼氏。」





──……良きっ!!!!


陽向の脳内で花火が上がる。


(このタイトルで少コミ一本いけるわ。)


俊ちゃんにクリティカルヒット過ぎる。

破壊力えぐい。

尊い。

尊死。


陽向の肩が、ぷるぷると小刻みに震える。

ギャップ萌えの暴力に一人悶絶して死にかけている。


「陽向。全校集会中に少女漫画の題名みたいな独り言やめて。」


咲の冷静な突っ込みが横から入った。



《続いて、本日は生徒会より一点、ご報告があります。》


その声に、陽向の肩がピクリと揺れる。


(報告……?)


連休前の役員会議で共有されたのは、総選挙の周知だけだったはず。


《現在、本校の校則に関して、いくつかの項目について見直しの検討を開始しております。》


体育館の空気が、わずかに揺れる。

ざわめきは起きない。

けれど、生徒たちの呼吸が、同時にひとつ浅くなったのが分かる。


三年生女子の誰かの眉間に力が籠った。


《社会は今、急速に変化しています。多様な価値観、多様な文化背景、多様な生き方が尊重される時代へと移行しています。》


俊輔の声は、淡々としている。

熱をむやみに煽らない。

それでも、一語一語が、確かな温度を持って落ちていく。


《本校は国際高校として、日常的に異なる言語や文化、思想に触れる環境にあります。そのような環境に身を置く私たちが、従来の一律的な基準のみに依拠し続けることが、果たして適切なのか。》


視線が、全校生徒へ向けられる。

まっすぐ。

逃げない目。

その奥には、静かに燃え続ける炎がある。


《例えば、髪色や肌の色に関する規定について。それが個人の尊厳や文化的背景とどのように関わるのか。無意識の偏見や差別を内包していないか。》


多様性を語るなら、その重さも引き受ける覚悟がいる。

自由を求めるなら、その結果も自分で背負える強さがいる。

俊輔は、それを分かった上で言っている。


《これらは、単なる“緩和”の問題ではなく、私たちがグローバル社会へ向けて、どのような学校を目指すのかという、本質的な問いであると考えています。》


揺るがない。

ぶれない。

逃げない。


誠実な正論と。

全校生徒たちの未来への成長と。

世界への飛躍への揺るがない熱い想いを掲げて。


《生徒会では、意見ボックスに寄せられた声や、各学年からの提案をもとに、教職員の皆様と段階的に協議を開始していく予定です。》


(……は?)


陽向の頭に、でっかいハテナが浮かぶ。


《現時点では、即時の変更をお約束する段階には至っておりません。しかしながら、“議題として正式に検討を進めていく”ことについては、学校として合意を得ております。》


(いや知らんけどっ!!)


まるで寝耳に水状態の陽向は、思わず心の中で全力ツッコミ。


《私たちが目指すのは、規律を失うことではありません。世界へ向けて、自らの言葉で考えを発信できる人間。多様性を理解し、他者を尊重しながら、自分の意志を持って行動できる人間。》


俊輔は、書記の橘梨愛から意見ボックスの誹謗中傷についての報告を受け、その日に即動いた。


顧問室の前で、何度もノックする背中。

生活指導部の前で、資料を広げる指先。

各学年主任と、教頭と、机を挟んで真っ直ぐ目を合わせる横顔。


言葉の裏に、どれだけの往復があったのか。

どれだけの扉を叩いたのか。


《その土台となるのは、外見の統一ではなく、内面の成熟であると、生徒会は考えています。》


陽向は、知らなかった。

俊輔がどれだけ“会長”として、正論で戦っていたのか。


《今後も、教職員の皆様と誠実に対話を重ね、慎重かつ前向きに議論を進めて参ります。本件につきましては、改めて進展があり次第、皆様にご報告いたします。》


体育館の高い天井へ向かって真っ直ぐに伸びる声。

その言葉一つ一つが、空気を震わせながら、生徒たちの胸へ落ちていった。


《そして……最後に。》


俊輔の声は、それまでよりもわずかに低くなった。

体育館の天井に反響していた響きが、すっと沈み、空気の密度が変わる。


ざわめきが止まる。


《今年度に入り、生徒会が設置しております意見ボックスへの投函件数が、例年と比較して明らかに増加しております。》


淡々としている。

しかし、その言葉の奥には、確かな問題意識が宿っていた。


(……え……?)


陽向の胸が、ひゅっと音を立てて縮む。


《その内容を精査する中で、匿名という形でしか声を上げられない葛藤や、誰にも打ち明けることのできない精神的負担を抱えている生徒が、少なからず存在しているという現状を、我々は重く受け止めております。》


(なんで……俊ちゃんが……知ってるの……?)


全身の血が、一気にざわつく。


指先が冷たくなり、心臓だけがやけにうるさい。

視界の端で、三年生女子の横顔がかすかに強張ったのが見えた。


俊輔は、静かに息を吸う。


その一呼吸が、やけに長く感じる。


《そこで、生徒会として一つ、改めて周知をさせていただきます。》


体育館の空気が、ぴたりと止まった。


《本校生徒会副会長、星野陽向が、昨年度の総選挙において公約として掲げ、現在も継続して運営しております“心の相談窓口”につきまして、改めてその存在と意義を、全校生徒の皆様へお伝えいたします。》


(…………はーーーーーーーっっっ????)


突然壇上からマイク越しに飛び出てきた自分の名前に、全身が飛び跳ねた。

脳が、一瞬理解を拒否する。


《星野副会長は、日頃より生徒一人ひとりの声に耳を傾ける姿勢を貫き、誠実かつ真摯に対話を重ねて参りました。》


(ちょ……待って……待って……)


鼓動が爆音になる。


《その資質は、単なる役職上の責務を超え、本校生徒の精神的支柱となり得るものであると、私は確信しております。》


その言い回しが、あまりにも公式で、あまりにも重い。


(いやいやいやいやいや!!!!)


《つきましては、悩みや不安、あるいは言語化しづらい違和感を抱えている生徒は、どうか遠慮なく、副会長 星野陽向へご相談ください。》


一語一語、噛み締めるように。


《副会長は、“直接”“対面で”の対話を原則とし、皆様一人ひとりの状況に真摯に向き合います。》


(カオス過ぎるやろーーーーーー!!!!)


陽向の思考が完全にパンクする。


三年生女子の列のあたりで、明らかに空気が冷えた。

さきほどまで余裕を装っていた表情が青ざめて、さっと血の気を失う。


俊輔は、視線をゆっくりと全校生徒へ巡らせる。


その目は、逃げない。

誰か一人に向けたものではなく、しかし確実に“誰か”へ届く目だった。


《また、生徒会で設置しております意見ボックスにつきましては、より相談への導線を明確にするため、設置場所を変更いたします。》


(ちょ、え、まさか……)


《今後は、二年三組教室前、すなわち副会長 星野陽向の所属教室前へ移設いたします。》


(アタオカかーーーーっっっ!!!!)


身体が本気で跳ねそうになるのを、必死で抑える。


視線が、一斉に二年生の列へ突き刺さる。

自分の背中が、焼けるみたいに熱い。


《匿名での投函はこれまで通り可能といたしますが、投函の際は併せて、ぜひ対面相談をご希望いただいて、お気軽に副会長へ直接お声がけください。》


声は、最後まで揺れない。


《本校が目指す“成熟した自治”とは、責任ある自由の上に成立するものです。》


体育館の高い天井へ、真っ直ぐに伸びる。


《互いを支えるための声が集まる場として、本校生徒会において非凡かつ特異、優秀で御膳上等な副会長星野陽向が、誠実、実直、真摯に、悩みを抱える生徒に誠心誠意寄り添いますので、ぜひこの制度を活用していただけることを、生徒会長として、強く願っております。》


そして。

俊輔は、ほんの一瞬だけ、二年生の列を見た。

わずかに目尻が柔らぐ。

その変化に気づけるのは、きっと一人だけ。


ニッコリ、と。


会長の顔で。




《以上で、生徒会からの連絡を終わります。》




陽向は、立ち尽くしていた。


耳の奥が、じんじんする。


「公開告白♡」


追い討ちをかけるように、咲が陽向へ耳打ちした。


全校生徒の前で。

副会長として。

人格保証を、公式に宣言された。


逃げ場も、誤魔化しも、ない。


けれど。


胸の奥に、別の熱が灯る。


誇らしさ。

信頼。

覚悟を託された重み。


“彼氏”としてではなく、“会長”として、

俊輔は、自分の名前を掲げた。


(…おけ……やってやろうではないか……)


あの子犬みたいに甘える人が。

図書室でゆらゆら揺れて抱きしめてくる人が。


今、全校生徒の前で、自分を守るために戦ってくれた。

ざわめきが広がる体育館の中で。


その事実だけで、全身が燃えるみたいに、熱くなった。


(よしっ)


陽向は拳を握りしめて、その口角を釣り上げた。




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