表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/51

第52話 まるごと全部受けて立つ!!


陽向は登校した朝、いつものように下駄箱を開けた。

カチ、と金属の留め具が鳴る。


次の瞬間。


バサバサバサバサーーッ!!


「…………。」


大量のゴミ。

紙ゴミ。

プラスチックゴミ。

生ゴミ。


足元に、盛大に雪崩れる。


(…….来たーーーーーーーー)


まぁ来るよね。

来るとは思ってた。

来て当然だもの。

そりゃ来るさ。


嫉妬。

僻み。

逆恨み。


避けては通れないとは思ってたさ。


だけども。


「こんな平成漫画みたいな事あるかいっっ!!」


思わず声に出してツッコむ。


(残念だけど…私はこの手の耐性、わりとあるんだよなぁ)


心の中で、肩をすくめる。


過去にも、似たような空気はあった。

からかい。

無視。

ひそひそ。

視線。

過去に散々受けてきたこの私が、これで凹むと思われてるのか。

こんなの、なんて事は無いけども。


ただ、ちょっとだけ朝から面倒くさい。


「…だる。」


陽向は息をついた。

その直後。


「えー!えぐー!」


「わっ…星野…お前やられたなー!」


陽向の声に振り向いた、その場にいた同級生達が、一斉に集まってきた。


「ほうき持ってくるわー」


「ゴミ箱持ってくるね!」


「陽向やばー!うけるわー!」


明るい。

とにかく明るい。


現役高校生の、無敵みたいなテンション。

誰も変に気を遣わない。


深刻ゼロ。

同情ゼロ。

湿っぽさゼロ。


代わりにあるのは、ノリとテンポ。


それが、どれだけ救いか。

胸の奥の小さな棘が、じわっと溶ける。


「このご時世に…こんな昔のドラマみたいな事あんだなー」


「ギャグかよ」


「いやネタだろこれ」


笑いながら、みんながゴミを拾い始める。

カサカサと紙の擦れる音。

ペットボトルがカランと鳴る音。

ほうきが床を掃く、シャッ、シャッというリズム。

朝の光の中で、その光景は妙に平和だった。

いじめの現場というより、文化祭の片付けみたいで。

悪意は、笑い声の中でただの“物体”に成り下がる。


「いやーみんな朝から申し訳ない!やられたわ!あっはっはー!」


陽向は一緒に掃除しながら、みんなの明るさに、思わず釣られて笑顔になる。


朝の光が差し込んで、さっきまで足元に広がっていた悪意は、すっかり消えていた。

ただのゴミ袋になって、まとめてポイ。


「じゃ、またあとでなー!」


みんなが各々の教室へ向かっていく。

陽向は最後に、自分の空になった下駄箱を見た。


ローファーを履き替えて、立ち上がる。


「陽向ー行こー!」


「うんっ!」


背筋は自然に伸びている。


傷はない。

痛みもない。

ダメージもない。


ただ一つ。


朝から一緒に笑ってくれるクラスメイトがいるって、それが少しだけ、あたたかかった。


春の光の中を、陽向はいつも通りの足取りで教室へ向かった。

何も変わらない顔で。


でも、胸の奥だけ、ほんの少しだけ、ぽかっとしていた。




────────。




翌日も、いつもと変わらず俊輔と肩を並べて登校する陽向。


正門が近づくにつれて、増える生徒の数。

突き刺さる女子の視線。


正面からじゃない。

斜めから、背後から。

目を合わせないまま、じわじわと圧だけを押しつけてくるような視線。

嫉妬を煮詰めて固めたみたいな、重たい空気。

昨日の下駄箱の犯人の見当はついている。


三年女子。


恐らく、朝比奈副会長の卒業を今か今かと待ち侘びて。

藤崎俊輔の隣というその空席を、ずっと狙っていたに違いない。

そこへ横から突然現れた、まさかの下の学年に。

その席が掻っ攫われるなど微塵も予想していなかったのだろう。


そりゃ、そうだわ。

面白くないにきまってる。


ずっと俊ちゃんの事、好きだったんだろうな。

かっこいいもん。

優しいもん。

神様みたいな人だもん。


みんなが彼女になりたいよね。


私も逆の立場になって考えてみたら……


(…なんか……同情するわ……)


朝比奈副会長ならともかく……

こんなちんちくりんな私でホンマにどうもすんまへん。


昨日みたいな事があれば、普通は怖くなるのかもしれない。

縮こまって、目立たないようにして、息を潜めるのかもしれない。


私は、ずっとそうだった。


終わりの見えない嫌がらせから逃れるように、透明人間として生きてきた。


正門を抜けた瞬間、視界に入る。


三年女子の集団。

鋭い目がこちらを捉える。

空気が、ピンと張る。

胸の奥で、小さな鼓動が速まる。


だけど私には、この一年間。


透明人間になってる時間はない。




だからこそ、私は敢えて──


逆、行かせて貰いますわ!!




ぎゅっ…


「………!」


陽向は、俊輔の手を掴んだ。


ただ握るんじゃない。

指と指を絡める。

逃げ道のない、恋人繋ぎ。


俊輔が、わずかに息を飲む。


「陽向…?」


そのまま、陽向は腕を回す。

俊輔の腕に、自分の腕を絡める。


制服越しに伝わる筋肉の硬さ。

確かな体温。


わざと、見せつけるみたいに。


「みんなの前なのに…嫌じゃないの?」


俊輔の声は低くて、少しだけ甘い。

陽向は、俊輔の肩に顎をちょこんと乗せて、見上げた。


「やっぱり嫌じゃない!だって、自慢の彼氏だもんっ」


わざとらしいくらいの、満面の笑み。

俊輔の瞳が、ふっと揺れた。


「陽向…」


愛おしさを隠しきれない顔で、俊輔はそっと陽向の髪に頬を寄せる。

さらり、と指が髪を撫でる。


その仕草は静かで、優しくて。

そして、完全に“彼氏”。


周囲の空気が、ざわりと波打つ。

冷たい視線が、さらに強まる。


(平成漫画の悲劇のヒロインに、私はなれなくてすみませーん!!)


なんて。

ちょっと性格悪いかな。


でも私は、逃げも隠れもしない。


この一年は。

堂々と、好きな人の隣に立つ。


その覚悟だけは、誰にも奪わせない。


(文句、嫌がらせ、誹謗中傷、まじ上等じゃん。いつでもどこでもどっからでも……まるごと全部受けて立つ!!)


春の光が、二人の影を並べて伸ばしていた。

その影は、ちゃんと二つ分あって。

どこにも、透明人間なんていなかった。




────────。




生徒会役員会議、開始十分前の放課後。


まだ窓の外は明るいのに、室内には夕方特有の薄い影が落ち始めていた。



「死ね」


「消えろ、ブス」


「調子乗んな」


「邪魔、ブス、うざい、死ね」


「クソ女」


「死ね死ね死ね死ね」



紙が空気を裂く乾いた音だけが、やけに耳に残る。


「わざわざ朗読しないでいいですよ!橘先輩!」


陽向は思わず声を上げた。

喉の奥が、ひく、と震える。


「あははー!やばー!意見ボックス大炎上ー!」


「笑うなー!!」


生徒会室の空気は一瞬だけざわつき、すぐにいつもの軽いノリへ戻る。

けれど、机の上の白い紙だけは、笑い声とは温度が違っていた。


文字は、全部同じ黒インクなのに、

どれも少しずつ筆圧が違う。

震えているもの。

強く押しつけられたもの。

雑に走り書きされたもの。


それぞれに、違う感情の濃度がある。


「いやぁ〜しかし陰険なことするもんだねー」


陽向と一緒に書記をしている三年生、橘梨愛は肩をすくめた。

生徒会意見ボックスは、書記の二人が管理している。


「シュレッダーで証拠隠滅するんで、それ全部こっち下さい。」


「え?藤崎会長に言わないの?」


「言うわけないです。心配掛けちゃうだけなんで。」


陽向は、淡々と言った。

声は思ったよりも落ち着いている。


「でも仕方ないじゃん?私だってずっと好きだったんだから、ぶっちゃけ星野さんがめっちゃ羨ましいもん」


橘梨愛が、悪びれもなく明るく言う。


「橘先輩…私に恨みっこなしって、最初に言いましたよ?」


「別に恨んでないよ!まーショックだったし、驚きはしたけどね。」


言葉は軽い。

けれど、その奥にあったはずの“本気”を、陽向はちゃんと感じ取っていた。


橘は、改めて一枚の意見用紙を手に取る。

さっきまでの笑顔を、少しだけ消して。


「…しかし、朝比奈副会長に対しては誰もこんな事しなかったのにね。」


「あーそうですね…確かに」


静かな一言。

陽向の指先が、わずかに止まる。


「星野さん、朝比奈副会長みたいに美人じゃないからだね!」


「うっせーわ!!」


反射でツッコむ。

笑いが起きる。


けれどその一瞬の空白が、胸の奥に沈んだ。



昨年度副会長、朝比奈凛佳。



美人で。

凛としていて。

品があって。

成績優秀で。


圧倒的なオーラで、副会長として俊輔の隣を常に我が物顔にして、周囲の嫉妬も寄せつけない。


あの人の隣には、“格”があった。

圧倒的な説得力があった。

誰も踏み込めない、完成されたバランス。


誰もが敵わないと認識していたから、誰も石を投げなかった。


(生徒会……副会長か………)


胸の奥で、何かが、静かに燃えた。


怒りでもない。

悔しさでもない。


もっと、まっすぐな衝動。


陽向は、シュレッダーに紙を差し込む。


ギィィィィ……と機械が低く唸る。


黒い文字が、細かく裂けていく。

“死ね”も、“消えろ”も、“ブス”も、

等しく、ただの紙屑になる。

粉々になって、透明な箱の中に溜まっていく。


その音を聞きながら、陽向は小さく息を吐いた。





────────。





そして、新年度最初の役員会議が始まる。

蛍光灯の白い光が、机の上の書類を平たく照らしていた。


「全員そろったかな?」


顧問の穏やかな声が、静まり返った室内に落ちた。


パイプ椅子が、ギ…と小さく鳴る。

新三年、新二年——継続役員たちが、少し緊張した面持ちで向かい合って座っている。

机の中央には、今年度用の出席簿と、白紙の役職一覧表。

顧問が一度、室内を見渡した。


「では今日はまず、今年度の役職を正式に決めます」


その一言で、空気がほんの少し引き締まる。


まずは会長。


「前年度副会長だった藤崎。現在仮置きの生徒会長を務めて貰っているが、継続の意思はあるな?」


俊輔は背筋を伸ばしたまま、静かに頷いた。


「はい。続けます」


声は落ち着いている。

けれど指先は、ほんのわずかに力が入っている。

顧問がうなずく。


「異議ある者いるか?」


沈黙。

誰も声を上げない。

当然だ、という空気。


「では、今年度生徒会長は藤崎俊輔とする」


拍手はない。

けれど、静かな納得が室内を満たした。


俊輔は小さく息を吐く。

その瞬間、肩に見えない重みが乗ったように、表情がわずかに引き締まった。


次に、副会長。


「続いて、副会長がニ名空席だ。副会長については──」


「はいっっっっ!!!!」


顧問の言葉も終わらないうちに、遮るようにシュバッ!と勢いよく手が上がった。

全員の視線が、一斉に陽向へ向く。


「やりますやります!!副会長!!」


声が、思ったよりも大きく室内に響いた。

一瞬の静寂。


「え…陽向…?」


あれだけ頑なに拒否をしていたのに。

副会長=来年会長コースを全力で回避していたのに。

どういう風の吹き回しだろうと、俊輔は思わず目を丸くした。


「いい姿勢だな。例年二年生から一名副会長を置いてるので、今期の継続役員の二年生は星野だけだから…本人の意思があるなら必然的にそうなるが、みんなそれでいいかな?」


否定はない。

妬みも、今この場ではない。

ただ、事実として受け入れられる。

顧問の言葉に、誰も口を開かず首だけ縦に頷いた。


「では、副会長一名は星野。」


その瞬間。

胸の奥で、火が確かに燃え上がった。


「っしゃーーーー!!!」


堅苦しい生徒会役員会議の中で、一人だけ闘志を燃やし、明らかにノリがずれていた。


周囲の空気が、ほんの少し緩む。

誰かが小さく笑った。



(…“格”は……自分で獲りにいく!!)



だったら、正攻法で、真正面から立ってやる。

副会長という肩書きは、ただの役職じゃない。


これは——

“隣に立つ覚悟”の証明。



誰にも文句なんて言わせない。



俊輔が、横からそっと陽向を見る。

その視線には、驚きと、少しの心配と、そして誇らしさが混じっていた。


もう一人の副会長は三年生役員、瀬戸晴翔に決まり、その他の役員は役職継続。


会議は、淡々と進み、そして静かに終了した。


椅子を引く音。

書類をまとめる音。

夕方の光が、少しだけ赤みを帯びる。


机の上の役職一覧表には、もう空白はない。


その中に——


“副会長 星野陽向”




逃げない一年が、始まった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ