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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第96話 終わりの始まり


卒業式が、終わった。


拍手の余韻も、涙の気配も、まだ体育館の空気のどこかに残っているはずなのに——


それを感じる間もなく。


「椅子、後列から詰めていきます!」


陽向の声が、静まりかけていた空間を切り裂いた。

返事を待つよりも早く、身体が動く。

さっきまで震えていた指先も、もう迷わない。


ガシャン、ガシャン、とパイプ椅子が折りたたまれていく。

その規則的な音が、感情を追い出すみたいに、体育館の空気を現実へ引き戻していく。


壇上のマイクが外される。

飾られていた花が運ばれていく。

掲示が、ひとつずつ剥がされていく。


——ついさっきまで、あんなにも特別だった場所が。


音を立てて、“いつもの体育館”に戻っていく。

さっきまでここにあったものが、どんどん消えていく。


胸の奥で、何かが同じように剥がれていく気がして——


陽向は、一度だけ、強く目を閉じた。


やがて。


「よし。そろそろ移動しよっか!」


陽向の声をきっかけに、生徒会役員たちは動き出す。

卒業生が教室で最後のHRを終えるまでの間に、見送り準備のため階段から昇降口へ続く一本道の廊下へと移動する。


整列する。

拍手のタイミングを確認する。

立ち位置を微調整する。


全部、何度もやってきたはずの動きなのに。

今日だけは、ひとつひとつがやけに重い。


遠くから、足音が聞こえてくる。


混ざる、笑い声。


その声が近づくほどに、胸の奥がざわつく。


拍手の準備をする手が、ほんのわずかに強張る。


整えたはずの呼吸の奥に、まだ沈みきっていない感情が、じわりと浮かび上がってくる。


(……笑おう。)


自分に言い聞かせるみたいに、心の中で呟く。

ぐっと口角を上げる。

目元に力を込める。


「おめでとー!!」


弾けるような声。


差し出した手に、次々と温度が触れる。


パンッ、と軽く当たる掌。

ぎゅっと強く握られる指先。

「ありがとな!」と笑う顔。

「お疲れ!」と涙ぐむ目。


そのひとつひとつが、全部——


“最後”なんだと、わかってしまう。


それでも、陽向は笑う。


誰よりも明るく。

誰よりも元気に。


涙なんて、一滴も見せないまま。


——ちゃんと、“在校生代表”でい続けるために。


 


 


すべての卒業生を見送り終えたあと、在校生役員は顧問との最後の確認を終えた。


「それじゃあお疲れ様。ここから自由解散なので、各自気をつけて帰るように。」


その言葉が、合図だった。


ふっと、緊張がほどける。

でも同時に、支えていた何かがすっと抜け落ちた。


昇降口から正門までのアプローチ広場は、ざわめいている。


写真を撮り合う声。

笑い声。

泣き声。


そんな中で、陽向だけが動けずにいた。


足が、前に出ない。


視線の先にあるはずの場所を、どうしても見に行けない。


「陽向ちゃん?行かないの?」


横から、柔らかな声。

相田桜子が、少しだけ首を傾げている。


「……あー……」


うまく言葉が出ない。

喉の奥で、何かが引っかかる。


それでも、なんとか笑ってみせる。


「ちょっと……心の準備してから行くね。先行ってて!」


その言葉の奥には、どうしても隠しきれないものが滲んでいた。


 


——これで、本当に最後。


 


行けば終わる。

会えば別れになる。


さっきまで、すぐそばにあった距離。

触れれば届いた温もり。

それが、もう戻らないものになる。




次に踏みだすその一歩は。


彼との別れに向かうためのその一歩。




胸の奥が、ゆっくりと引き裂かれる。


「そっか……わかった。先にいってるね!」


全てを悟った相田桜子は、何も聞かずに頷いた。

陽向は、小さく手を振る。


一人になる。


騒がしいはずの広場が、少しだけ遠くなる。

笑い声も、シャッター音も、どこか薄く聞こえる。


胸の奥に溜め込んでいたものが、じわじわと浮かび上がってくる。


その一歩が、どうしても踏み出せないまま。

陽向は、ただその場に立ち尽くしていた。




────────。




「瀬戸先輩っ!」


ざわめきの中で、その声だけが、不思議とまっすぐ届いた。

笑い声も、シャッター音も、誰かの泣き声も——

全部をすり抜けて、一直線に胸へ落ちてくる。


「相田さん…っ」


振り返った瞬間。


そこに立っていたのは、見慣れているはずの後輩だった。


けれど——


今日の彼女は、どこか違って見えた。


「……瀬戸先輩……ご卒業、おめでとうございます。」


少しだけ震える声。

それでも、いつも通りきちんと背筋を伸ばして、丁寧に頭を下げる。

その姿が、あまりにも彼女らしくて。

瀬戸晴翔の胸が、ぎゅっと強く締め付けられた。


「相田さんと……過ごせた一年が、すごく楽しかったです。」


言葉を選ぶたびに、呼吸が浅くなる。

うまく言えない。

伝えたいことは、もっとあるはずなのに。


「いつも一緒に帰ってた先輩が……いなくなっちゃうなんて……寂しいです。」


彼女の声が、かすかに揺れる。

その揺れが、抑えていたものを一気に表に引きずり出してくる。


全部なくなる。


もう、当たり前に隣を歩くことも。

くだらない話をしながら帰ることも。

何も考えずに「また明日」と言うことも。


胸の奥が、じわじわと痛む。


耐えられない。



大切なこの恋に、こんなふうに終わりが来るなんて。



「……今と変わらず……毎日LINEしたり……」


声が、途切れる。

言葉が、続かない。


「……たまに電話したり……」


それでも、必死に繋ぐ。

この関係を、なんとか“終わらせない形”にしたくて。


「……相田さんが……迷惑じゃなければ……」


喉の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


「……続けていきたい。」


やっとの思いで、絞り出した。


——違う。


本当は、こんなことじゃない。

でも、それ以上を言う勇気が、どうしても出ない。


沈黙が、落ちる。


その空白が、やけに長く感じた。


 


「………伝えたい事は…………それだけですか…?」


 


ぽそり、と。

静かすぎる声だった。

けれど、その一言が、まっすぐ胸の奥に刺さる。


「……え………?」


思考が、止まる。

頭が真っ白になる。


相田桜子は、視線を逸らさずに真っ直ぐ見つめる。


眼鏡の奥で揺れる瞳。

不安と、期待と、覚悟が、全部混ざったような目。


真面目で。

臆病で。

自信がなくて。


それでも——


大事な瞬間だけは、必死で勇気を振り絞る。




そんなあなたの、勇気が。


 


「私は、先輩に言ってもらいたいんです。」


 


ドクン──ッ


 


心臓が、大きく脈打った。

その音が、やけに鮮明に響く。


世界の音が、すっと遠のいた。


制服のまま抱き合う卒業生たち。

スマホを掲げて、何度もシャッターを切る姿。

笑い声、泣き声、呼びかける声。

全部が、薄い膜の向こう側に行ったみたいに、遠くなる。


目の前にいるのは、ただ一人。


相田桜子だけだった。


逃げ場は、もうない。


言葉を選ぶ時間も、ない。



(……言え……)



喉の奥で、何かが震える。


(ここで逃げたら……一生、後悔する……)


握りしめた拳に、じわりと力がこもる。

春先の冷たい空気が、肺に刺さるように流れ込んできた。



それでも——





怖い。





胸の奥に溜まった何かが、じわじわと喉までせり上がってくる。

吐き出してしまえば、きっと全部壊れる。

でも、飲み込めば——もう二度と届かない。


冷たい空気が、肺の奥を刺した。


「……ぼ…っ僕は……」


声が、うまく出ない。

喉が乾いて、言葉が引っかかる。

それでも勇気を振り絞り、無理やり押し出す。


「…イケメンじゃ……ないし……っ……君を……楽しませるような……冗談も……言えないし……っ」


視線が、ほんの一瞬だけ揺れる。

逃げたい。

でも、逃げたら終わる。


「……藤崎会長みたいに……いつも……冷静で……穏やかでも……いられないし……っ」


胸の奥で、何かが軋む。


だって——




目の前にいる彼女が、あまりにも眩しくて、尊くて。




どう考えても、釣り合わない。


並んで立つ姿なんて、想像するだけで、滑稽で。

こんな自分が、手を伸ばしていいような存在じゃない。


眩しい太陽に照らされたその輪郭が、あまりにも綺麗で——遠い。


「……君みたいな……素晴らしい…子には…………こんな…僕なんか…………似合わない……」


ぽつり、と落ちた言葉が、冷たい空気の中でほどけていく。

風が、わずかに頬を撫でた。


「……………。」


相田桜子は、何も言わなかった。

ほんの僅かに、その肩が落ちる。

真っ直ぐに見つめていた瞳には、微かな影が差し込んだ。


ダサくて。

モブで。

イモっぽくて。

地味で。

目立たなくて。

弱くて。

いくじなしで。



それでも——




(自分で自分を諦めたら駄目だよ)




胸の奥に、あの日の声が蘇る。

星野陽向に背中を押されたあの瞬間。




(僕とデートしてくださいっっっ!!!)




無茶苦茶で、なりふり構わず真っ直ぐだった、あの勇気。



喉の奥が、熱くなる。




「……それでも……っ!!」




ぎゅっ、と拳を握る。

爪が食い込むほどに。



震えててもいい。

ダサくてもいい。

それでも——



伝えたい。






「………好き……っなんだ………っ」






掠れた声が、空気を震わせた。


心臓が、ドン、ドン、と内側から叩きつけるみたいに暴れている。

呼吸が浅くなる。

足元が頼りない。


それでも、視線だけは逸らさない。


息を吸う。

ゆっくりと、背筋を伸ばす。


そして——


真正面から、彼女を見た。





「……こんな僕で良ければ……僕と付き合ってください。」





空気が、止まった。


ざわめきも、笑い声も、遠くに霞む。


「…………。」


相田桜子は、一瞬だけ驚いた顔をして——



ふっと柔らかく笑った。



「先輩って……こんな時でも理屈から入るんですね。一瞬心配になっちゃった。」


「……え……?」


理解が追いつかない。

自分がどんな理屈を言ったのかもわからない。

何が起きてるのか、わからない。


ただ——


彼女が、笑っている。


「でも……良いと思います。」


一歩、近づく。

その距離が、ほんの少しだけ縮まる。


「私は、先輩のそんなところが……」


言葉が、ゆっくりと紡がれる。


怖くても。

逃げたくても。

それでも、ちゃんと伝えてくれた。



あなたのその、不器用で、真っ直ぐな勇気が——


堪らなく。






「好きだから。」



 



心臓が、止まった。


彼女の頬が、ほんのりと薄紅に染まっている。


音が消える。

風も、光も、全部が遠のく。


柔らかく笑う、その表情が。

あまりにも眩しくて。


呼吸を、忘れる。


「……っ……」


言葉が、出ない。

心臓だけが、壊れそうなくらい鳴っている。


「改めまして………これから、よろしくお願いします。」


彼女に差し出された手。

小さくて、白くて、少しだけ震えているその指先。


瀬戸晴翔は、ゆっくりとそれを取った。


触れた瞬間、確かな温もりが伝わる。

現実だと、ようやく理解する。


今にも崩れそうな意識を、必死で繋ぎ止めながら——


それでも、離さないように。



「…よ……よろしく……お願いします……っ!」




ぎゅっと、握り返した。





────────。





「あ、いた!……梨愛〜っ!」


雑踏の中からその姿を見つけた瞬間、阿久津孝明は迷わず駆け出した。


卒業式のざわめきが、まだ校舎のあちこちに残っていた。

正門へ向かうアプローチ広場には、制服姿の卒業生たちが名残惜しそうに集まり、スマホを構えて何度も写真を撮り合っている。


その中に、橘梨愛はいた。


少しだけ眩しそうに目を細めて、春先の光の中に立っている。

今日で、彼女の制服姿を見るのも最後なのだと思った瞬間、阿久津孝明の胸の奥がきゅっと締めつけられた。


「孝明!」


橘梨愛はすぐに振り向いた。

その声が、思っていたよりも明るくて。

自分を見つけた瞬間、少しだけ表情が緩んだ気がして。

それだけで、阿久津孝明の胸は一気に熱くなる。



(──絶対……梨愛が卒業するまでに……俺のこと、好きになってもらうから。)



あの日、夕焼けの中で叩きつけた宣言。


この二ヶ月。

一秒たりとも無駄にしないつもりで、全力でぶつかってきた。

鬱陶しがられても、呆れられても、突き放されても。

そのたびにまた笑って、次の日には懲りずに名前を呼んだ。


だって、残された時間が少ないことなんて、最初から分かっていたから。


「梨愛……」


阿久津孝明は、一歩近づいた。


胸がうるさい。

でも、笑う。

いつもの調子で。

冗談みたいに、本気を混ぜて。


「実はもう、俺のこと好きになってるでしょ?」


ニコッと笑って、確信に触れるみたいに言った。


「誰が。」


ズドン!と落ちた言葉は冷たかった。

容赦がない。

春の光も、卒業式の余韻も、全部一刀両断するような声。


「毎日毎日、梨愛〜梨愛〜って付き纏って来るから、学校中でカップルだと勘違いされて迷惑したんですけどっ!」


「でも星野先輩は、橘先輩はまんざらでもないって言ってたよ?」


「あんなポンコツの言うこと間に受けるなっ!!」


あまりにも、いつも通りの橘梨愛。

それでも、阿久津孝明の胸は少しだけ緩んだ。

このやり取りが、もうすぐ“当たり前”じゃなくなる。

そう思うと、冷たい言葉さえ、少し愛しく感じてしまう。


でも、こんなところで諦めたくはない。


「……俺……」


声のトーンを、少しだけ落とした。

さっきまでの軽さを脱ぎ捨てるみたいに。

ちゃんと真面目に。

本気だと伝わるように。


「来月、梨愛の誕生日だから……プレゼント用意したんだ。」


「……え……?」


その一言に、橘梨愛の瞳がわずかに揺れた。

その反応だけで、胸の奥が熱くなる。


「……誕生日に……梨愛の大学に届けに行くから……その後……その……もし良かったら……」


言えば言うほど、声が頼りなくなる。

情けない。

もっと男らしく、さらっと誘いたかったのに。


ちゃんと、言いたかった。


卒業しても。

学校が違っても。

日常が変わっても。



この恋まで、終わりにしたくないから。




「…お店行くとこ……早めに…探そうかなって…」




「無理。」



ガーーーーーーン。



あまりにも早かった。

人が勇気を振り絞っている途中で、切り落とすには容赦がなさすぎる。


「プレゼントは郵送でもしといて。」


「ひどいよぉ〜…梨愛〜……」


阿久津孝明は、ガックリと肩を落とした。


春の光が、急に遠くなる。

さっきまであんなに浮ついていた周囲の声が、少しだけぼやける。


やっぱり。

駄目なのか。


俯いたまま、何も言えなくなった。



その時。



クスクス、と。


小さな笑い声が耳に落ちた。


「……っなーんてね。冗談だよ!」


顔を上げると、橘梨愛が笑っていた。

いつもの冷静な顔じゃない。

少し意地悪で、でもどこか楽しそうで。

阿久津孝明だけをからかう時の顔。


「いくらなんでも、ガチでそんな薄情なこと言わないよっ!」


「えぇっ!?まじ!?」


阿久津孝明の顔が、一気にぱあっと明るくなる。


沈んでいた心が、単純なくらい跳ね上がる。

自分でも分かる。

情けないくらい、彼女の一言に振り回されている。


でも、それでよかった。


「じゃあ、届けに行っていいの!?誕生日デートしてくれる!?」


前のめりに聞くと、橘梨愛はわざとらしく視線を逸らした。


「さ、それはどうかなぁ〜」


「はっ!?」


「大学行ったら、サークルなんか入って、イケメンと出会っちゃって、仲良くなって、イケメン彼氏なんか出来ちゃったりして、リア充キャンパスライフ送ってるかもだし?」


阿久津孝明は本気で慌てた。


「だ、だめだよ!!そんなの絶対だめ!!」


「来月の誕生日までに“彼氏がいなかったら”デートしてあげるよ」


想像しただけで、胸の奥がざわつく。

知らない男が、梨愛の隣を歩く。

梨愛が、自分じゃない誰かに笑う。

そんなの、考えたくもなかった。


「嫌だ!!死んでも作るな!俺、週3で梨愛の大学行くからな!!」


「絶対やめて?」


「じゃあ週1!」


「無理」


「えー……じゃあ10日に一回!!」


ついに梨愛は堪えきれなくなったように、ぱん、と手を叩きながら弾けるように笑った。


春の光の中で、その笑顔がふわっとほどける。


いつも冷静で。

いつもどこか距離を取っていて。

本心をなかなか見せてくれない人。


その彼女が、今、目の前でこんなふうに笑っている。


それだけで、阿久津孝明の胸はいっぱいになる。


「はぁ〜……はいはい。まあ、それくらいならいいよ」


笑いの余韻を残したまま、梨愛は柔らかく言った。


その声が孝明の胸に真っ直ぐ落ちて、胸の奥が弾ける。


「やったぁー!梨愛大好きっ!!」


嬉しさが、身体の奥から爆発した。

身体が感情より先に飛び出して、阿久津孝明は橘梨愛へ飛びついていた。


ガバッと。


無邪気に、勢いのまま抱きしめる。


「ちょ……っ、孝明……!」


梨愛の身体がびくっと強張る。


「こんなところでやめてよっ!周りみんないるからっ!」


けれど、その声は本気で怒っているようには聞こえなかった。

焦っていて。

恥ずかしがっていて。

でも、突き放すほど冷たくはなくて。

橘梨愛の頬が一気に赤くなる。


阿久津孝明は、腕を緩めないまま聞いた。


「ここじゃなかったら良いってこと?」


「そういう意味じゃなーい!」


橘梨愛の声が、春の空気に弾ける。


周囲のざわめきの中で、誰かが笑った気がした。

けれど阿久津孝明は、なかなか離さなかった。


卒業すれば、当たり前に会える日々は終わる。

同じ生徒会室にいることも。

同じ廊下を歩くことも。

何気なく名前を呼ぶことも、もう簡単ではなくなる。


それでも。


制服越しに伝わる体温。

ほんの少しだけ硬直した肩。

恥ずかしそうに抵抗する声。


その全部を、忘れたくなかった。


終わりにしたくない。



この気持ちだけは、ちゃんと本物だから。



「…10日に1回の放課後デート、絶対約束だからね」


橘梨愛の肩口に顔を埋めたまま、阿久津孝明は小さく呟いた。


「もぉ〜…わかったよ……」


熱い頬は収まらず、呆れたような声。


トクン。


トクン。


胸の高鳴りが、自分の耳に聞こえてくる。



その手が一瞬だけ。




阿久津孝明の背中に、そっと触れた。




そのわずかな温度を、孝明は胸に焼きつける。


卒業は、別れ。

今日で終わるものは、確かにある。


それでも——


終わりの中に、まだ始まりが残っているなら。


若くても。

青くても。

年下でも。



この恋だけは、絶対に諦めたくなかった。



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