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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第97話 最後は、死んでも笑顔で 【第ニ章〜高2編〜完】


「……ところで、星野は?」


ふと、水野慧が口を開いた。


卒業式を終えたアプローチ広場には、まだ熱の残り香のようなざわめきが満ちていた。

その一角では、橘梨愛、瀬戸晴翔、水野慧たち卒業生役員が、在校生役員たちと集まって、最後の挨拶を交わしていた。


少し離れた場所では、相変わらず俊輔の前に写真撮影の列が出来ている。

生徒会長として、そしてこの学校の象徴のような存在として、彼の周りだけは卒業式が終わった今もなお、眩しい光の中心みたいだった。



そこに、陽向の姿だけがない。



「なんか昨日、“明日会ったらメンタル崩壊するから〜”とか言いながら、バシャバシャ僕らの教室に写真撮りに来ましたよね」


瀬戸晴翔が、呆れたように肩をすくめた。

その声には、いつものような小言の響きがあったけれど、どこか少しだけ柔らかい。


「明日は泣きまくってメイクが崩れてて絶対盛れないからとか言って……ほんと、自己中の塊よね」


橘梨愛が、ため息混じりに続ける。

言葉だけを聞けば辛辣だった。

でもその横顔には、本気の棘はない。


「確かに言ってたけど……まさかそれで本当に会わずに、もう帰ったの?」


水野慧が、少し眉をひそめる。

その声に、相田桜子が慌てたように首を振った。


「いや、心の準備してから行くって言ってたんで……たぶん今、下駄箱らへんにいると思いますよ!」


そのひと言で。


卒業生役員たちは、静かに顔を見合わせた。


一拍。


言葉はなくても、通じた。


手間がかかって。

危なっかしくて。

何度も振り回されて。

それでも、どうしても放っておけなかった存在。


そんな星野陽向が、最後の最後に一人で足を止めている姿が、三人には簡単に想像できてしまった。


ああ、やっぱり。

最後の最後まで、あの子はあの子だ。


「心の……準備ね。」


水野慧が、呆れたように呟く。


「ったく……往生際が悪いんだから。」


橘梨愛が、肩を落としながらも小さく息を吐く。


「最後の日まで、世話がやけますね。」


瀬戸晴翔が、眼鏡の奥で目を細めた。


三人の足は、ほとんど同時に動き出していた。


笑い声と涙で満ちたアプローチ広場を背にして。

花束を抱えた卒業生たちの間を抜けて。

春の光が差し込む昇降口へ向かって。


最後まで面倒を見てやらなきゃいけない、騒がしくて、不器用で、どうしようもなく愛しい後輩のもとへ。


卒業するその日まで。

いや、卒業するその瞬間まで。


彼らはまだ、星野陽向の先輩だった。






昇降口には、下駄箱の向こうから聞こえる、遠くの笑い声が響いていた。

正門の方では、まだ卒業生たちが写真を撮り合っているのだろう。

時折、弾けるような声が風に乗って届いてくる。


けれど陽向は、そこへ向かえなかった。


「………はぁ………」


下駄箱へ背中を預けたまま、陽向はじっと足元を見つめる。


靴はもう履き替えた。

鞄も持った。

行かなきゃいけないことも、わかっている。

これ以上引き延ばしても、何も変わらない。

会いに行かなければ、最後の時間は始まらない。


でも。

行けば、終わる。


その事実が、足首に見えない鎖みたいに絡みついていた。


「なーにをいつまでふてくされてんの!」


突然、明るく鋭い声が昇降口に響いた。

陽向は、ビクッと肩を揺らして顔を上げる。


そこにいたのは——


「橘先輩……!、はるるも……水野先輩も……」


橘梨愛。

瀬戸晴翔。

水野慧。


三人とも、いつものような顔をして立っていた。

けれど胸元の卒業花が、もう彼らがこの学校の“先輩”ではなくなることを、嫌でも教えてくる。


「まさか、本当に昨日のあれを最後にバックレるつもりだったんですか?」


瀬戸晴翔が、眼鏡の奥からじろりと陽向を睨む。

その言い方は相変わらず棘だらけで、いつもなら即座に言い返せるはずなのに。

今日の陽向には、その余裕がなかった。


「いや〜……ちょ、ま……ここで先輩達の登場、ガチでしんどいっす……」


じわっと涙が滲む。

情けない声で笑おうとすると、水野慧が肩をすくめた。


「さすがに、あんな送辞を聞かされたら、顔見ずにはいられないだろ」


その言葉に、陽向の胸がきゅっと詰まる。


壇上で読んだ言葉。

飲み込んだ涙。

先輩たちへ向けた感謝と、寂しさと、覚悟。


その全部を、ちゃんと受け取ってくれていたのだと思うと、また涙腺が緩みそうになった。


水野彗が、少し声を落とす。


「聞いたよ。顧問の餅田先生から…生徒会役員、辞めるんだって?」


陽向の指先が、ぎゅっと鞄の持ち手を握った。

その言葉に、橘梨愛が続ける。


「そのくせに、あんな送辞読むなんて…口ばっかにもほどがあるんじゃない?」


少しだけ呆れたように。

でも、どこか寂しそうに。


「……いや……あれは……」


言い返したいのに、言葉が出てこない。


あの送辞は、本心だった。

先輩たちから受け取ったものを、次へ繋ぎたいと思ったのも本当だった。


でも。


その“次”に自分が立つことだけは、どうしても怖かった。


「ま。強制はしないですけど。」


瀬戸晴翔が、静かに口を開く。


「新入生オリエンテーションは、今の星野さんじゃ壇上に立てるメンタルじゃないでしょうから?仮代表で横溝くんが喋るのは良しとして…役職決めの役員会議までは、新学期が始まってからも数日ありますから、それまでにしっかりよく考えて下さいよ」


いつもの説教調。

けれど今日は、どこか少しだけ柔らかい。


「……あんだけボロクソ言っといて、星野さんに役員続けて欲しいんだー?」


「僕は無責任が嫌いなだけですっっっ!!!」


橘梨愛がわざとらしく横から茶化すと、瀬戸晴翔の声が即座に飛んだ。

けれど、その頬はほんの少し赤い。


水野慧が、ふっと笑う。

橘梨愛も、口元を緩める。


瀬戸晴翔は、そんな二人を無視するように、陽向だけを見た。


「ポンコツなりに……この子は、やる時やりますからね」


その一言が。


陽向の胸を、まっすぐ刺した。


「……っ……」


視界が、にじむ。


泣くつもりなんてなかった。

ここで泣いたら、この先前に踏み出せない。


でも、もう駄目だった。


「……私……無理です……っ」


声が震える。


「先輩達がいないと……っ、生徒会役員なんて……っ、続けられません……っ」


こぼれた瞬間、堰が切れた。

涙が、ぽろぽろと頬を伝う。

ずっと我慢していた寂しさが、全部あふれ出してくる。


「もぉ〜、泣くなよー」


橘梨愛が苦笑しながら一歩近づき、陽向をそっと抱きしめた。

その腕は、思っていたよりもずっと優しかった。


「一人じゃないでしょ」


耳元に落ちる声は、いつもより柔らかい。


「相田さんも、横溝くんも、孝明も、他の役員たちだっている。これからは、あんたを支えてくれる心強い仲間がちゃんといるよ」


「でも……っ、でも……寂しいです……」


陽向は、橘梨愛にしがみつく。


子どもみたいに。

みっともないくらいに。


橘梨愛の肩に顔を埋めると、卒業花のリボンが頬に当たった。

それだけで、また涙が溢れた。


水野慧が、ぽつりと言う。


「本当、手間かけさせられたけど…お陰でこっちも色々と学べた」


その声は、いつも通り淡々としている。

でも、ほんの少しだけ温かかった。


瀬戸晴翔も、真面目な顔で続ける。


「星野さんなら大丈夫ですよ。土壇場根性は、人一倍ですからね」


それは褒め言葉なのか、嫌味なのか。

いつもなら突っ込むところなのに、今はただ胸に沁みた。


橘梨愛が、ぽんぽんと陽向の肩を叩く。


「ほら、いつまでもメソメソ泣いてないで。メイク崩れるよ!」


「メイグは俊ぢゃんの登辞で全落ぢじまじだぁ〜……」


「あれは答辞の皮を被った恋文だ」


ぐしゃぐしゃの声で答える陽向に、水野慧が即座に言った。


泣きながら、少しだけ笑ってしまう。

その笑いで、ほんの少しだけ呼吸が戻った。


橘梨愛は、陽向の肩を両手で掴み、そっと自分から離した。

そして、正門の方へ視線を向ける。


「ほら。行って来な」


その声は、背中を押す声だった。


「藤崎くん、待ってるよ。」


陽向の胸が、また痛む。


「あんたが行けば、藤崎くんの周りを囲んでるハエは散っていくんだから、アースジェット陽向してきな。往生際が悪いわよ」


「アースジェット陽向って……」


思わず呆れたように返してしまう。

そのいつものやり取りに、涙でぐちゃぐちゃだった心が少しずつ形を取り戻していく。


陽向は、深く息を吸った。


そして、すっと背筋を伸ばす。


三人の前で、きちんと頭を下げた。


「先輩。」


声は、まだ少し震えていた。

でも、ちゃんと届く声だった。


「今まで、沢山のご迷惑と、沢山の苦労をおかけして……本当にお世話になりました」


頭を下げたまま、涙が一粒、床に落ちた。


陽向にとっては、たったニ年。


でもそのニ年で、彼らから受け取ったものは、数えきれないほどあった。


怒られた。

呆れられた。

助けられた。

支えられた。

何度も迷惑をかけて、それでも見捨てられなかった。


その全部が、今の陽向の中に残っている。


「頑張れよ、ポンコツ星野」


水野慧が言った。


「三年生になったら、多少は今よりしっかりして下さいね」


瀬戸晴翔が、いつもの調子で眼鏡を押し上げる。


「困ったことがあったら連絡しな。私達は日本にいるんだから」


橘梨愛が、少しだけ笑った。


その言葉に、陽向は顔を上げた。


涙で滲んだ視界の中で、三人が笑っていた。


卒業しても。

離れても。

完全にいなくなるわけじゃない。


そう言ってくれているみたいだった。

胸の奥に、あたたかいものが広がる。


「はい!」


陽向は、思いきり笑った。


「先輩達も、キャンパスライフ楽しんで、頑張って下さいね!」


いつもの自分の声が、少しだけ戻ってきた。


元気で。

うるさくて。

ちょっと馬鹿みたいで。


でも、それが陽向だった。


「おしっ!」


陽向は両手で自分の頬を、パンパンッと叩いた。

少し痛い。

でも、その痛みで覚悟が決まる。


「それじゃあ……行ってくっか!」


正門の向こう。

卒業生たちのざわめき。

その中に、彼がいる。


私を待っている。


この先にあるのは、別れだ。


それでも。

ちゃんと会いに行く。


陽向は涙を拭い、ぐっと顎を上げた。


「大往生してきますっ!」


ずっと怖かったこの瞬間。

何度も何度も来ないで欲しいと願って、どうしようもなく逃げたかった。


それでも、一番最初に決めていた。





最後は、死んでも笑顔で。





陽向は、ついに踏み出した。

背中を押してくれた先輩達の笑顔を背にして。




俊輔との、最後の別れへ向かって。









昇降口を出た瞬間、外の光が一気に視界へ流れ込んできた。


卒業式を終えたアプローチ広場は、ざわめきに満ちていた。

春を待つ少し冷たい風の中に、別れと祝福の匂いが混ざっている。


その人だかりの中心に——


すぐに、彼を見つけた。




本当に、眩しい。




胸が、痛いくらいにそう思った。


二年前。

図書室で初めて見つけた、あの瞬間。


静かな本棚の向こうで、まるでそこだけ光が差しているみたいに見えた人。


あの時から、何も変わらない。


いや、違う。


一緒に過ごした時間を重ねた分だけ。

笑い合った日も、泣いた日も、すれ違った日も、抱きしめ合った日も、全部を知ってしまった分だけ。


今の俊輔は、あの頃よりもずっと輝きを増して、眩しかった。


日差しを浴びて。

春の光に包まれて。

たくさんの人の中心で、柔らかく笑っている。




私の世界の全てを変えた、眩しい光。




それを見た瞬間、じわっと涙が滲んだ。


喉の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

唇を噛む。

涙が零れそうになる前に、慌てて視線を逸らした。


斜め上。


校門へ続く道の脇に並ぶ桜の枝。

まだ咲いていない蕾が、春の手前で静かに膨らんでいる。


それを見上げながら、陽向は小さく息を吐いた。


頑張れ。


頑張れ。


もう、たくさん泣いた。

昨日も。

今朝も。

送辞の時も。

胸が壊れるんじゃないかってくらい、泣いた。


涙は、もう枯れるほど流したはずだ。


彼の記憶に残る、最後の私は。

泣き崩れて、縋りついて、困らせる私じゃない。


この先、何年経っても。


ふとした時に、彼の胸の奥にそっと浮かぶような。

遠い国で、忙しい日々の隙間に、思い出してもらえるような。

ああ、陽向はいつも笑っていたなって。


そう思ってもらえるくらい。





素敵な——笑顔じゃないと。





陽向は、ゆっくりと正面を向いた。


胸の奥は、まだ痛い。

足は震えている。

それでも、逃げない。


意を決して、深く息を吸い込む。


そして。



春の光の中へ、自分の声を放った。





「俊ちゃんっ!」





声が、真っ直ぐに走った。


この世界で一番大切な名前。


ざわめきに満ちていた広場の空気を、まるで一本の線で切り裂くみたいに——

その声だけが、確かに届く。


愛しい声が俊輔の耳に触れ、ハッと顔を上げた。

呼ばれた方向へ視線を向ける。


そこにいたのは——



変わらない笑顔。



ずっと見慣れているはずなのに、どうしようもなく特別な、たった一人の存在。





「陽向…!」





胸の奥が、一気にほどける。

理性も、余裕も、全部抜け落ちて。

飾る余裕なんてない。



ただ、会えたことが、嬉しくて。


心の底から、ほっとしたみたいに笑っていた。



陽向は、そのまま俊輔のもとへ駆け寄る。

アスファルトを蹴る足音。

胸の奥で跳ねる鼓動。

息が少しだけ上がる。


足元の感覚なんて、もう曖昧で。

人混みも、ざわめきも、全部遠くに流れていく。


取り囲んでいた人たちは、その様子を見て、自然と散っていく。

誰も言葉にはしない。

けれど、そこにある空気は、どこか優しくて。

二人のために、ほんの少しだけ世界が静かになる。


桜の蕾が膨らむ木の下。

まだ咲いていないその枝が、これから訪れる春を静かに待っているみたいに揺れていた。


その下に——


二人だけの世界が、そっと生まれた。


 



陽向は、ふわりと笑った。



「卒業、おめでとう。」



声は、ちゃんと震えていなかった。

少しだけ腰を折りながら、視線を合わせる。


ほんのわずかな距離。

それだけで、胸がいっぱいになる。


「……ありがとう」


返ってきた声は、どこまでも優しくて。

向けられる眼差しは、愛しさが溢れるように温かくて。

穏やかに、ほどける笑顔。




初めて、人を好きになれた。


それまで知らなかった感情。

名前もつけられなかった温度。

胸の奥に広がる、このどうしようもない想い。

自分には無縁だと思っていた、眩しい輝きに満ちた、新しい世界。


 

全部、あなたが教えてくれた。


 

あなたと出逢って。

 



私は、初めて──恋をすることが出来たんだ。


 


「俊ちゃんと……出逢えて良かった。」



 

言葉にした瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。


俊輔はただ、いつもと同じように。

当たり前みたいな仕草で、そっと手を伸ばした。


陽向の髪に触れる。


指先が、柔らかくすくい上げるように撫でる。

何度も、何度も繰り返してきた仕草。


さらりと撫でた手のひらから伝わる陽向の温もりが、ゆっくりと胸の奥へ降りてくる。


でも——

きっと、これが最後。


 


誰かを、こんなにも愛しいと思ったことはなかった。


欲しいと願うこと。

離したくないと思ってしまうこと。

胸の奥が、こんなふうに締め付けられることも。

そんな、あまりにも単純で、でもどうしようもなく強い感情を。




全部、君が教えてくれた。



君と出会って。




僕は初めて——感情を知ることができたんだ。


 


「……僕も……陽向と出逢えて良かったよ……」


 


俊輔は、溢れるものを隠しきれないまま、それでも穏やかに笑う。


その笑顔は、あまりにも優しくて。

どこまでも温かくて。



この笑顔だけは、きっと一生、忘れない。


 

どれだけ時間が経っても。

どれだけ遠く離れても。


一生、忘れられない。



陽向は、目を閉じた。



髪を撫でる手のひら。

指先の温度。

その動きのひとつひとつを、逃さないように。

胸の奥に、焼き付けるみたいに。


ゆっくりと、刻み込むみように。



 


二年前の春。


満開の桜が咲き乱れる季節。

図書室の窓から差し込む光はやわらかく、どこか眠たげで、世界の輪郭さえ曖昧にしてしまうような昼だった。



そんな静かな図書室で——

二人は、出逢った。

 


(……意表をつく子だなぁ……)



予想もつかない言動。

まっすぐすぎる視線。

常識から少しだけはみ出している、その不器用さ。



(……君は……毎日必ずここに居るんだね)



何気ないつもりだった言葉。

けれどその時から、もうどこかで気づいていたのかもしれない。

自分の中に、ほんの小さな変化が生まれていることに。


まだ何も知らなかった頃。

距離も、関係も、ただの“先輩と後輩”だった頃。


 

(…生徒手帳を届けて頂き……ありがとうございましたっ!!!)



声が震えていた。

必死で、ぎこちなくて。

緊張に押し潰されそうになりながら、背中を押されて立ち向かった。



(好きです好きです大好きなんです!!もう先輩があまりにも尊くて眩しくてキラキラしてて!!近づけないんです!!)


 

一方的に溢れ出した想い。

パニックになりながら、止められなくて、ぶつけるしかなかったあの日。

それでもどうしても抑えきれない想いが、そのまま溢れていた。




固く閉じていた二人の蕾は。

まだ小さくて、不器用で。

それでも、確かに——膨らみ始めていた。


 



一年前の春。


同じ図書室。

同じ窓際。

同じく満開の桜。


両思いを、二人で打ち明けた。


 

(君のことが、好きになった。)



静かに落ちたその言葉は、これまで積み重ねてきたすべてを、ひとつの形にするように、真っ直ぐだった。



(1年間………僕の彼女に……なって下さい…)


 

期限付きの告白。

終わりが決まっているはずの関係。

それでもいいと、思った。

例え、胸が張り裂けるような苦しい未来が訪れると、わかっていても。



(それでも先輩の彼女になりたいですっっっ!!!!!)



その言葉に込められていたのは、未来ではなく、“今”を必死で掴み取ろうとする真っ直ぐな想い。



(…先輩の今を…っ全部私にくださいっっっ!!!)



迷いなんて、一つもなかった。

遠い世界へ消えてしまう存在だと知っても。

一緒にいたいと、思った。

例え、全身が引き裂かれるような辛い未来が訪れると、わかっていても。




ようやく蕾は開いた。


閉じ込めていた想いが、光に触れて、ほどけていく。

触れた想いは、確かに咲いて。

色を持って、香りを持って。 



咲いた花は、あまりにも美しかった。



ふたりの想いは、見事に咲き乱れて。

満開の花が、二人の日常を、鮮やかな彩りに染めていった。





喧嘩して。


すれ違って。


ぶつかって。


わからなくなって。


それでも、手を離さなくて。


寄り添って。


想い合って。


何度も何度も、確かめ合って。

 

怒って。


泣いて。


笑って。


感情をぶつけ合って、傷つけ合って、それでも離れられなくて。


そのすべてが、愛しくて。

そのすべてが、尊くて。


あまりにも綺麗だった。

あまりにも眩しかった。

あまりにも幸せだった。


全部が、かけがえのない時間だった。



そして、どうしようもなく——儚い、ニ年間。




咲き誇った花は——




やがて、静かに散る時を迎える。




どれだけ願っても、止まらない時間の中で。


避けられないように。

最初から決まっていたみたいに。


風に乗って、ひとひら、またひとひら。


確かにそこに咲いていたという証を残して、心の奥に、消えない色を刻んでいく。


 



だから。


あなたの瞳に映る最後の私は。




「俊ちゃん。」






最高の——笑顔で。







「ありがとうっ!」







次の瞬間────────。






スッ─────………






それは。


まるでスローモーションのように。






陽向に触れていたはずの温もりがするりとほどけて。


掌の中に残っていた体温が、空気に溶けて消えていく。





俊輔の横を。




陽向は静かに。








通り過ぎていく───







すれ違った、その直後。




「………っ!」




俊輔は、反射的に振り返った。


陽向の背中が、そのまま真っ直ぐ正門へ向かって、歩いていく。


思わず足が一歩踏み出しそうになったその瞬間。





「藤崎ー!写真撮ろうぜー!」





現実が、割り込んだ。



「……っ」



俊輔は、ぐっと唇を噛みしめる。


喉の奥が、焼けるみたいに熱い。

胸が、痛い。


ゆっくりと、息を吐く。


そして。


「あぁ…」


呼ばれた声の方へ───静かに振り返る。




「うん!」




俊輔は、そのまま踵を返して、同級生の元へと歩き出す。


陽向は、振り返らない。

足を止めない。

ただ、真っ直ぐに。


正門へと続く光の中へ、歩いていく。



陽向と俊輔。



それぞれ、反対の方角へ。








別々の未来へと、向かって────────。







────────。








──正門を一歩、外へ出た瞬間。


陽向は一歩踏み出し、視界の端に人影があった。


左側。

校門の外壁に、無造作にもたれかかるシルエット。




「……何でいんの?」




思わず、陽向の呆れた声が漏れる。


スマホをいじっていた朔也の顔が、ゆっくりと上がる。

見慣れた、気の抜けた表情。


「……あれ?意外と余裕そうじゃね?」


わざと茶化すような、いつもの顔。


軽い。

あまりにも軽い。

胸の奥で、ぎりぎり保っていた均衡が、カタン、と音を立てて崩れる。


「生徒会役員や実行委員、部活動代表生徒以外は登校日じゃありませんけど。」


いつもの調子で返す。

でも、声の奥が少しだけ緩んでいるのを、自分でも感じていた。


「お前のぐしゃぐしゃに泣き倒したブスな顔でも拝んでやろうと思ったのに、つまんねーな」


容赦がない。

遠慮もない。

こんなセンチメンタルな時だというのに空気も読めない。


「残念でしたねー!ブスな顔が拝めなくてー!」


「いや、泣いてようが笑ってようがブスはブスだけどな」


「ざっっけんなーーー!!」


ドガッ!!


反射みたいに、身体が動いた。

思いきり蹴り上げた足が、朔也の胴体に入る。

衝撃と同時に、胸の奥に溜まっていた何かが、弾けた。


「いてぇぇ!!何すんだよブス!!」


「はははっ!」


笑い声が、飛び出す。

自分でも驚くくらい、軽い笑い。


踵を返して、駆け出す。


「てめー!待てこのやろー!」


「無理ー!」


アスファルトを蹴る音が、やけに軽い。


背後から追ってくる足音と、怒鳴り声。

それが、妙に心地いい。




春の風が、頬を切る。

目元の熱をさらっていく。




朔也の言葉は、相変わらず最低で。


腹は立つし、むかつくし、殴りたくなる。


でも——


今、このタイミングで。




その、どうしようもない朔也の悪口に救われた。




駅に向かう一本道を、陽向は全力で走る。

”今”は、ちゃんと続いていく。




桜は、何度でも咲く。









次の季節が、訪れる。









【第ニ章〜高2編〜完】



※X(旧Twitter)にて第三章〜高3編〜連載スタート日公開しました!

https://x.com/exbrrh2oof32785?s=21






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