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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第92話 大至急、恋と青春して下さい


そして、二学期が終わった。


校舎に残っていた熱は、すっかり冷え切っていて。

年末の空気は、何もかもを一度リセットするみたいに、静かに澄んでいた。


その中で、俊輔は年明け早々——


陽向とのクリスマスディナーのために、限界まで自分を追い込み仕上げた“Regular受験”の出願を、ついに終えた。

磨き上げられたエッセイ。

積み上げてきた活動記録。

一点の曇りもない英語スコア。

両親も、担任も、指導教員も。

誰一人として、そこに口を挟む余地はなかった。


EAで確保した仮の進学先より、さらに上を目指す。

中堅上位校、一校。

難関校、二校。

合計三校。


選択肢を増やすためではない。

“未来を掴み取るための挑戦”としての出願だった。


それと同時に。


静かに、確実に。



二人の別れの足音は、現実として、ゆっくりと音を立て確かに近づいていた。




────────。




そして三学期。

俊輔にとって、高校生活最後の新学期。


そして——


陽向と過ごせる、残された最後の時間だった。





新学期早々の、生徒会室。

冬の光は低く、白く、どこか乾いている。

窓から差し込むそれが、机の上の資料を淡く照らしていた。

キーボードの音。

紙をめくる音。


その静かな空間の中で——

書記の二人が、“生徒会活動報告書”の最後の作業に向き合っていた。


「よし、こんなもんでいいっしょ。これでPDFにしよ!」


橘梨愛の一言で、空気が少しだけ緩む。


「あ〜……おわったー……」


阿久津孝明は椅子にもたれ、天井へ息を吐いた。

張り詰めていたものが、ようやく解けたみたいに。


「我ながら、結構いい出来だと思うよ?」


梨愛は画面から目を離さないまま、淡々と続ける。


「しかし孝明だと仕事がスムーズに進んで助かったわー」


「誰と比べてます?」


すぐに帰ってくるツッコミ。


「そんなの、去年の書記に決まってるでしょ」


二人の顔に同じ顔が浮かぶ。

阿久津孝明の声に、苦笑が混ざる。


「なんであの人、一年で生徒会入れたんですかね?」


「そんなの、こっちが聞きたいわ」


橘梨愛は画面から目を逸らさないまま答えた。

画面の中のデータが、少しずつ“完成”に近づいていく。


「中身もそうですけど……なんか……見た目的にも、生徒会とかやりそうなタイプじゃないっていうか」


その言い方は、悪意ではなく、純粋な疑問だった。

カチ、カチ、と。

PDF化の処理を進めながら、橘梨愛は少しだけ息を吐く。


「よくあるじゃん。ガリ勉が教師になっても何とも思われないけど、元ヤンが教師になったら凄い人って思われるてきな?」


阿久津孝明は小さく吹き出した。


「わかりやすい例えですね。」


そして、橘梨愛は遠い記憶を遡るように、静かに呟いた。


「……総選挙で………光るものがあったんじゃない?…知らんけど。」


軽く言う。

その“知らんけど”の奥に、どれだけの時間を一緒に過ごしてきたかが滲む。


「まぁ……あの生徒会長がゾッコンですからね。よっぽど持ってる人ですよね」


その一言に、空気がほんのわずかに揺れた。


——ちくり。


胸の奥に、小さな痛みが走る。


「…………うん……」


ほんの少しの間を置いて、短く返す。

その“間”に、阿久津孝明は気づく。


違和感。


けれど、それを言葉にするほど確信はなくて。

ただ、何かを掴みかけた感覚だけが残る。


「因みに橘先輩は、誰かと付き合ってるんですか?」


何気なく装って聞いてみる問い。

けれどその回答を聞く事に、僅かに緊張している自分に気がついた。


「いや?別に誰とも。」


淡々と返す。

声は、いつも通り。


「モテそうですけどね。」


胸が息をつくように、少し宿った安堵を悟られないよう阿久津も孝明も合わせるように淡々と返した。


「全然モテないよ。高校で一回も彼氏出来てないもん。」


「えぇっ!?」


思わず裏返る声。


「好きな人とかいなかったんですか!?」 


一瞬——


時間が、止まる。

キーボードの音も。

呼吸の流れも。


「………………………いないよ。」


一瞬の間を置いてから、短く、切るように。


「今の間はいたな」


「いないって!」


少しだけ強くなる声。

その“強さ”が、逆に嘘っぽくなる。


そして——


阿久津の中で、ひとつの点と点が、繋がった。


さっきの、あの一瞬。

滲んだ空気。


「もしかして……藤崎会長ですか?」


「……!?」


呼吸が、止まる。

視線が、一瞬だけ揺れる。


「は……?なんでそうなんの?」


すぐに取り繕う。

けれど、わずかに声が揺れている。


「いやーだって二人は一年の時からずっと一緒に生徒会やってる間柄ですよね?」


阿久津はあっけらかんと続けた。


「あんなにイケメンで優しくて最強すぎる男と関わり続けて、好きにならない女子って普通にどっかおかしくないですか?」


静寂。

その言葉は、冗談でも軽口でもなくて。

ただの“事実”として、当たり前のように落ちた。


その言葉は、橘梨愛の胸の奥を、ほんの少しだけ軽くした。


「……完全に偏見だけど、言ってる事は的確だわ。」


小さく、吐き出すように言う。

否定できない。

したくても、出来ない。

でもこれはきっと“普通”のことなんだ。


阿久津孝明の確信が強まる。


「絶対一回くらい好きでしたよね?むしろ今も好きだから、ずっと彼氏のひとつも作れな——」


「それ以上喋ったら殺すよ?」


空気が、凍る。

低く、鋭く、感情を削ぎ落とした声。


それは冗談じゃなかった。

一切の隙を見せない、完全な拒絶。


「はい。すいません。」


阿久津孝明の背筋が、反射的に伸びる。

それ以上踏み込んではいけない領域だと、本能で理解した。


でも——


その反応が、全ての答えだった。


ガタンッ


橘梨愛は椅子を引いて立ち上がる。

動きが、少しだけ速い。


「じゃ、こっちPDF終わったから、そっちも終わったらプリントして顧問に提出しといて」


淡々とした声。


「え、もう帰ります?」


「うん。お疲れ様。」


それ以上、何も残さない。

荷物をまとめて。

振り返らずに、生徒会室を出ていく。


ピシャリ。


扉が閉まる音が、やけに響いた。


 


静寂。




「……ちょっとくらい……待っててくれてもよくね?」


ぽつり、と。

独り言が、空気に落ちる。


(すんげーサバサバしてんのに……)


天井を見上げる。

残された空間に、彼女の気配だけが少し残っている。


(…案外めちゃくちゃ一途なの………………意外なんですけど。)


胸の奥に、じんわりと熱が広がる。

それは同情でも、興味本位でもなくて。

もっと、じわじわと侵食してくるような感情。


「あー……」


椅子に深く沈み込む。

頭の中で、さっきのやり取りが反芻される。


胸に広がる熱が、鼓動と共に次第に確かな形になっていく。




「一緒に帰りたかったなー……」




その呟きは、誰にも届かないまま、静かな生徒会室に、ゆっくりと溶けていった。


自分は未熟な一年生。

あと二ヶ月で卒業してしまう先輩。


好きな人がいる先輩。


可能性に賭けるにしては、到底遅すぎて。

あまりにも、自分に残された時間が少なかった。




────────。




三学期、最初の役員会議が終わったあと。


生徒会室の窓から差し込む冬の光は低く、白く、どこか冷たくて。

机の上に広がる資料の端を、淡く照らしながら、時間だけを進めていく。



「……はぁ〜……」



橘梨愛は、画面に向かう手を止めないまま、小さく息をつく。

吐き出したそれは白くもならず、ただ胸の奥に沈んでいく。



思い返すのは三年前、入学式の日。


風に舞う桜の花びら。

まだ少し大きすぎた制服。

ざわめく校舎の中で、ふと視線の先にいた彼。


一目惚れをしたあの瞬間。


三年間の彼との思い出。

同じ空間にいて。

同じ仕事をして。

同じ時間を過ごして。

近づいたようで、決して越えられなかった距離。


三年間の片想い。






そんな、切ない想い人である彼は今───







「いい加減にしないとブチギレるよ?」


「だ、だからごめんね?…陽向、ブチギレないで?」







絶賛、彼女の尻に敷かれている。






役員会議が終わった後も残っている俊輔は、瀬戸晴翔と並んでパソコンに向かい、卒業式の準備について何やら真面目に話し込んでいる。


その横で。


「全振り期間ですよーーーっ!!」


陽向が置いてあったクリアファイルをくるくると丸めて、即席のメガホンを作っていた。

それを口元に当て、わざわざ斜め上の天井へ向けて、声を張り上げる。


「ぜ、ん、ふ、りっ!全振り月間!全振りマンスリー!全振りって意味理解してる?全振りって日本語わかる?」


無駄に響く声。

冬の静かな空気を、遠慮なくぶち壊すようなその騒音に、橘梨愛は思わず目を閉じる。


(うるさ。)


“受験が終わったら陽向に全振りするよ”

俊輔が言ったその約束を、陽向は競馬のジョッキーのように振り回す。


俊輔はそんな陽向を、あやすように、宥めるように。


「すぐ終わるよ…っ…あともう少しだから、ちょっとだけ待って…?ね?」


その声は、困っているのにどこか優しい。


「バカなの?今すぐ引きずり出すぞこの野郎っ!」


「星野さんっ!!いい加減にして下さい!!」


瀬戸晴翔の声が、ぴしゃりと空気を切る。


「生徒会長に向かってさっきからブチギレるだのバカだのこの野郎だの!!いくら生徒会長が許しても、この方に向かってそんな口の聞き方は僕が断じて許しませんよっ!!」


「無理っっっ!!」


バンッッ


陽向は、机を思い切り叩いた。

その音が、生徒会室の空気を一瞬で砕く。


「私は!!今すぐに!!俊ちゃんと放課後デートがしたいんだっ!!!」


あまりにも、真っ直ぐで。

あまりにも、自分勝手で。

その言葉には、一切の迷いがなかった。


「……な…っ…なんという無茶苦茶な…自己中……」


瀬戸晴翔が、驚愕した顔で言葉を失う。

けれど陽向は、そんなことお構いなしにプンッと頬を膨らませてそっぽを向いた。

腕を組んで、ふてぶてしい態度を全身で表す。


“陽向に全振りする”というその約束は、当初十一月からの予定を一月まで延期され、そのせいで全振り期間は二ヶ月縮小。

陽向にとっては、命を削る程の重さだった。


「……だいたい、はるるっ!!」


張り詰めた空気を、パンッと弾くような声。

陽向は勢いよく腕を上げて、瀬戸晴翔をビシッと指差した。

そのまま、クイッと顎を斜めに動かす。


「……待ってるの、わからないの?」


声のトーンが、ほんの少しだけ落ちる。

さっきまでの騒がしさとは違う、低くて、抑えた響き。

瀬戸晴翔は思わず、陽向が顎で指したその視線の先を追った。


そこにいたのは——


机をきちんと片付けて、荷物もすべてまとめ終えた状態で、椅子に座ったまま、手持ち無沙汰そうにスマホを触っている相田桜子。


帰る準備は、もう終わっている。

でも、立ち上がらない。


「……別に……待ってるとは限らないじゃないですか……」


わずかに声を落として返す。

けれどその言葉は、どこか弱かった。


「とぼけんなし。最近よく一緒に帰ってるの、知ってるんですけど。」


「な……っ!!」


次の瞬間、瀬戸晴翔の顔が一気に熱を帯びる。

言い当てられた心臓が、露骨に跳ねた。


「水野先輩もっ!!」


ビシッ!!


そのまま、相田桜子の隣へ。

勢いそのままに、水野慧を指さす。


「は?俺?」


年度末の会計締めに追われていた水野慧が、呆気にとられたまま顔を上げる。


「あと何日、高校生活過ごせますか?あと何回、友達や後輩と、くだらない話しや恋バナして、バカみたいに盛り上がれますか?」


陽向の声が、部屋の中に真っ直ぐ伸びる。

言葉のひとつひとつが、静かに落ちていく。


「橘先輩もっ!!!」


ビシッ!!


今度は、橘梨愛へ。


「いきなりなによ……」


議事録に目を落としていた橘梨愛が、面倒くさそうに顔を上げる。

けれど、その目はほんのわずかに揺れていた。


「あと何日、この通学路歩けますか?あと何回、寄り道して、買い食いして、どうでもいい話しで笑いながら買い物して帰れますか?」


陽向の声は、生徒会室の壁にぶつかり、反響する。

それはただの大声ではなく、胸の奥を無理やりこじ開けるような響きだった。


当たり前だったはずの、毎日。

それら全部が。

三年生役員達の胸の中で、“もうすぐ終わるもの”へと変わっていく。


「友達も」


陽向は一歩、踏み出す。


「好きな人も」


真っ直ぐに。


 


「一緒にいられる時間は、あと少しですよ!!」


 


その声は、生徒会室の空気を貫いた。


「こんな生徒会業務なんて、一年や二年が、部活も予定もない日に残ってやれば終わるようなどーでもいいことに!」


手元の資料を、軽く叩く。

一瞬、息を吸って。


「先輩たちの残された時間、使っていいんですかっ!!」



——沈黙。



「………………。」


誰も、すぐには言葉を返せない。


キーボードの音も止まる。

紙の擦れる音も、消える。

冬の光だけが、静かに机の上に落ちていた。


その空気の中で。

ぽつり、と。


「……ほんと、なんでこう……たまに良いこと言うんだろうな……」


水野慧が、肩をすくめて笑った。


「ったく……」


瀬戸晴翔が、小さく舌打ちする。


「自分がこうしたいって時だけ……普段ポンコツのくせに……」


でも、その声にはもう怒りはなかった。


「その説得力とエネルギー、少しは業務に回してほしいわ」


橘梨愛が、最後に淡々と締める。

その言葉に、少しだけ空気が緩む。


パンパンッ。


陽向は、両手を叩いた。


「はい!わかったなら、みんな大至急、恋と青春してくださーい!!今日は解散!!全員撤収撤収ーー!!」


その声は、ふざけていて、どこか凛としていて。

でも、不思議と逆らえない力がある。

まるで本当に、この場を率いる生徒会役員のリーダーのようだった。


「……はいはい」


「まったく……」


役員たちは顔を見合わせ、小さく息をつく。

それでも、どこか軽くなった足取りで、椅子を引き、荷物を手に取り、動き出す。


夕焼けが差し込む生徒会室。


その光景を見ながら、俊輔は嬉しそうに目を細めた。


「俊ちゃん行こーっ!」


陽向は、子供のように無邪気に、俊輔の腕を引く。

そのまま宝物のように、両腕で俊輔の腕を抱きしめた。



——二ヶ月。



短すぎるその時間を、誰よりも噛みしめているのは、きっと自分だと知っているから。




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