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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第50話 降参宣言、いたします


朝の空気はまだ少し冷たくて、駅のホームに流れ込む風が、制服の裾をふわりと揺らした。


「あ!」


学校の最寄駅に到着した電車を降りた瞬間、陽向がピタリと足を止めた。

人の流れの中で、そこだけ小さく時間が引っかかる。


「なんだよ」


朔也も釣られて足を止める。

振り返った陽向は、さっきまで普通に歩いていたくせに、急に落ち着きなく視線を泳がせていた。


「朔也、ちょっと先行ってくれない?」


「なに、どしたの」


一瞬、言い淀む間。

陽向は頬をほんのり赤くして、声を落とした。


「いや………俊ちゃんに昨日…“嫉妬しちゃった”って…言われたから……」


「はあぁ〜?」


(……“俊ちゃん”だぁ〜?)


その呼び方が、耳の奥に張り付く。

次の瞬間、朔也の胸の奥でグワッと熱がせり上がった。

胃の奥を掻き回されるような、不快な熱。

腑が、瞬間ボコボコ煮えていく。


「あそ。じゃ。」


怒りを抑えきれず、思わず冷たく言い放つ。

爆発しそうな苛立ちを押し殺すみたいに、朔也は一瞬で陽向を置き去りにして、早足で改札へ向かった。


床を踏む足音だけが、やけに荒い。




改札を抜けた瞬間。




視界の端に、そいつはいた。


壁に軽く背を預けて、穏やかな顔で人の流れを眺めている男。


藤崎俊輔。


朝の光が斜めに差し込んで、彼の輪郭だけを淡く縁取っている。


ただ、そこに立っているだけなのに。

眩しい、という言葉がやけにしっくり来る。


朔也は反射みたいに、視線を背けた。

そのまま足早に、俊輔の横を通り過ぎる。

すれ違う一瞬、喉の奥がきゅっと狭くなる。


無意識に、拳にぎゅっと力が籠った。


(……嬉しそうに……ひなを迎えにきやがって……)


昨日。

改札で、真っ直ぐ名前を呼んだあの声。

柔らかく笑った、あの顔。

脳裏に、焼き付いて離れない。


この俺に……


“嫉妬しちゃった”


だと………?


「……くそ……っ!」


胸の奥に溜まったものが、押し出されるみたいに、朔也は小さく吐き捨てた。

朝のざわめきに紛れて、誰にも届かない独り言。


なにが“俊ちゃん”だ。

なにが“嫉妬しちゃった”だ。


いつも余裕で、冷静で、高貴な王子様はどこ行ったんだ。



てめーのキャラ崩壊どーなってんだよ!!



奥歯を、無意識に噛み締める。


「…っだいたい…嫉妬もくそも…そもそもな…」


言葉が、止まらない。

胸の奥の、どうしようもない澱が、勝手に溢れてくる。



(ひなを梱包してラッピングリボンまで付けて、ご丁寧にお前んとこに送りつけてやったのは、この俺だーーーーーっっっ!!!)



喉の奥で、叫びが暴れる。

でも、声にはならない。

ならないまま、胸の内側だけを引っ掻き回していく。

自分の心の声で改めて実感するその失態に、つくづく自分で虚しくなる。


そうだ……

俺が二人を引き寄せた………


「………………はぁ〜…………」


長く、重い息が漏れた。

吐き出したところで、何一つ軽くならない。

むしろ、空っぽになった胸の奥に、じわじわと現実だけが沈んでくる。


生徒会長、藤崎俊輔。


理系トップ。

顔面トップ。

性格トップ。

人気トップ。


頭の中に並ぶ“花丸満点優等生”の羅列が、やけに冷静で、残酷。


どの項目を取っても──

勝てる要素が、ない。


どんな策を立てようが。

足掻こうが。

もがこうが。


どうやったって、覆せない。

どうやったって──敵わない。


(もう………無理だ……)


胸のどこかが、静かに折れる音がした。

抗う力が、すうっと抜けていく。


白旗。


ゆっくり、心の中で掲げる。


……バンザイ。


(降参だな。)




ひなから、引くしかない。




────────。




翌日。


登校したばかりの、朝の昇降口。


ガヤガヤと靴音が反響する空間。

ローファーが床を打つ乾いた音。

朝特有の、まだ少し冷たい空気。


その中に、聞き慣れた声が混ざった。


「あ、綾真おはよー!」


その一言で──

綾真の心臓が、ドクンッと大きく跳ねた。

反射みたいに振り返る。


「……………っっっ!!」


視界に飛び込んできた顔に、呼吸が止まる。


(星野…!!)


そこにいたのは間違いなく、いつもの星野陽向で。

いつも通りの笑顔で。

いつも通りの、屈託のない声で。


なのにその隣に、立っているのは──




藤崎俊輔。




朝の光を背に受けて、静かに立つその姿は、ただそこにいるだけで、周囲の空気を一段明るくするみたいに眩しかった。


(……一緒に……登校………?)


胸の奥が、嫌な音を立てる。

昨日クラスで聞いた女子達の声が、遅れて頭の中に蘇る。


「………星野……え………」


喉が、うまく開かない。

指先から、じわじわと温度が抜けていく。


聞きたくない。

知りたくない。


でも──

確認せざるを得ない。


「….藤崎先輩と……付き合ったって………」


綾真は、無理やり喉の奥から声を引っ張り出した。


「……ガチ?」


そして返ってきたのは。

あまりにも、いつも通りの軽いトーン。


「うんっ!ガチ!」




ピシャーーーーーーーーーーーーーン!!!!




世界のど真ん中に、雷が落ちた。

視界が、真っ白に弾ける。

鼓動が一瞬、空振りして。


綾真の思考は、完全に停止した。


「あ、俊ちゃん、じゃあ昼休みにね!」


「うん。後でね。」


軽やかな会話。

自然すぎる別れ際。

その一連の流れが、現実だと突きつけるみたいに、やけに鮮明だった。

綾真は、もう瞬きすらできない。


完全に──石像。


その横を、陽向は何事もなかったみたいに下駄箱へ消えていく。

人の流れが、また動き出す。

ざわざわとした朝の音が、遅れて耳に戻ってくる。


そして。


俊輔が、静かに口を開いた。


「体育祭MVPの……鷹井綾真くん…だね?」


声色が、違う。


ついさっきまで陽向に向けていた、あの柔らかい温度が──ない。


「あ…はい……?」


反射で返事をする。

その瞬間。


ふわ……っと。


俊輔の距離が、半歩だけ近づいた。



そして────────。



耳元で、囁く。





「今年の体育祭で陽向にあんな事したら…許さないよ?」





低く。

静かに。

温度を、削ぎ落とした声で。




ピシッ…!


ガラガラガラガラーーー!




石像だった綾真の身体に、細いヒビが走った次の瞬間、内側から一気に、崩れ落ちた。


呼吸が、浅い。

視界が、ぐらつく。

背中に、じわりと冷たい汗が滲む。


(……だ……誰ですか…………あの人………)


脳が必死に情報を整理しようとしても、追いつかない。


穏やかで。

優しくて。

いつも笑顔で。

キラキラしてて。

眩しくて。


普段は虫も殺さないような顔で笑っている、みんな大好き藤崎先輩。


──の、はずなのに。



(許さないよ?)



さっき耳元で囁いた“あれ”は、全然、違う。


もっと、生々しくて。

もっと、独占的で。


もっと──完全に。




(雄やないかーーーーーーーい!!!!)




……あれは……一体……誰なんだ………?



朝の光は、変わらず明るい。

昇降口も、いつも通り騒がしい。


しかし、綾真の胸の奥だけ、静かに、決定的な何かが音を立てて崩れていた。




────────。




衝撃の金曜日から、一夜明けた。


週末の空気は、やけに静かだった。


昨日まで胸の奥で暴れていた感情も、土日という緩衝材に挟まれたせいか、少しずつ、少しずつ、形を変えて沈んでいく。


──それでも消えるわけじゃない。


喉の奥に引っかかった小骨みたいに、名前を思い出すたび、ちく…と疼く。


綾真は、ベッドに寝転んだまま天井を見上げた。

カーテンの隙間から差し込む午後の光が、

白い天井にぼんやりと四角く滲んでいる。


まさか……


思わぬところから、あんな最強の刺客が現れるなんて、本気で一ミリも想像していなかった。


警戒していたのは、黒川朔也。


星野が付き合う可能性があるのは、

俺か、黒川朔也か。

その二択しか、この世界には存在しないと、どこかで本気で思い込んでいた。


なのに。

なんで、よりによって…………


あの、藤崎俊輔なんだ。


綾真は、ゆっくりと目を閉じる。


もし相手が、黒川朔也だったら。

もし相手が、他の男子だったら。


星野へのどんなドリブルも。

どんなパスも。

どんなシュートも。

全部俺がカットして、片っ端から叩き落としてた。


一瞬の隙も与えずに読み切って、身体を入れてボールを奪って、何がなんでも、流れを引き戻してみせたのに。


ゴールなんて、絶対に決めさせなかったのに。


けれど。


脳裏に浮かぶのは、

朝の光の中に立っていた、あの男の姿。


イケメン性格神様爆モテ生徒会長優等生。

あそこまで何もかも全てが、最強チートすぎる藤崎俊輔では。



……そもそも試合相手にすら………なるわけがない。



胸の奥が、ズキッと軋む。


「……はぁ〜………なんで……だよ………」


零れた溜め息は、

悔しさよりも、ずっと重たい色をしていた。



(綾真だけだもんっ!なんでも予備持ってるの!)



眩しい笑顔が、鮮明に焼き付いて離れない。

涙が競り上がりそうで、喉の奥がきゅっと締まる。



こんなに好きなのに。


大好きで。

大好きで。

どうしようもないくらい、好きなのに。


それでも──


諦めるしかないなんて………



あんまりだ。




────────。




そして迎えた、月曜日。


週明けの教室は、いつも通りのざわめきに満ちていた。

机を引く音。

誰かの笑い声。

窓の外から差し込む、少し白っぽい春の光。


世界は、何も変わっていない顔をしている。

綾真の胸の奥だけ、まだどこか静かに軋んでいた。


その瞬間は、何の前触れもなく訪れた。

二年四組、休み時間の教室。


「綾真ー!」


呼ばれた声に、反射的に振り返る。


その一瞬で──


心臓が、ドクンと大きく跳ねた。


(……なんで……星野が……)


視界に飛び込んできたのは、見慣れすぎているあの笑顔。


「論評の教科書あったら、貸してくんない?」


「…は……?」


思考が、一瞬だけ停止する。


耳に入ってくる言葉の意味が、半拍遅れて脳に染みていく。


「次の授業論評なんだけど、教科書が行方不明なんだよー!4組は今日論評ある?終わったら即効返しにくる!」


あまりにも、今まで通り。


一年の時と、何一つ変わらない調子。

屈託のない声。

遠慮のない距離。


クラスが離れたのに。

彼氏が出来たのに。




それでもまだ…………


星野は俺の……席に来る………。




胸の奥が、鈍く痛んだ。


「…あ……ったく……しょーがねぇなぁ…っ」


綾真はいつもの調子を装って、机の中に手を入れる。




なんで……。


……何も……変わんねぇんだよ。




諦めなきゃなんねぇのに。

もう、望みはねぇのに。




教科書を取り出す手が、ほんの一瞬だけ止まる。

それでも結局、綾真は何も言わずに、それを差し出した。


「…星野……お前………」


手渡す瞬間。

胸の奥で、何かが静かに折れる。





これは、俺の──降参宣言。





「もう俺を…頼んな。」





無理やり口角を上げる。


笑えているはずなのに、その表情の奥では、どうしても隠しきれない痛みが滲んでいた。


陽向は、きょとんとして。

それから、いつもの調子で笑った。


「えー?なんでそんな事言うんだよー」


……ああ。

やっぱり、そういう顔するよな。


まるで本気にしてないような、なんて事ないみたいに。


「クラスも離れたし、別にわざわざ俺じゃなくたって、星野は友達多いんだから。一年の時同じクラスだった仲良い女子いくらでもよそのクラスにいんだろーよ」


できるだけ、軽く。

できるだけ、いつも通りに。

胸の奥を押し殺しながら言う。


「確かに…なんか今までずっと綾真にばっか色んなもん借りてたから、つい綾真に借りに来ちゃった!」


その一言が、思った以上にズキッと深く刺さった。



そうだ。


ずっと星野は、俺を頼ってきた。

俺はいつも、星野を助けてきた。

それは、あまりにも当たり前で。


ずっと、それが当たり前だった。


丁度、一年前の今頃。




俺の隣の席に──


君が、来たあの日から。





窓から入る春の光。

無くしものを探して慌てる顔。

好きな漫画の話しに目を輝かせる顔。

無防備な寝顔。


屈託のない、眩しい笑顔。



全部、まだ昨日のことみたいに思い出せるのに。



「星野だったら、みんな貸してくれるよ。俺じゃなくても。」


できるだけ、平気な声で言う。

陽向は、ぱっと明るく笑った。


「うんっ!とりま後でまた、教科書返しにくるね!」


「おう。」


好きは、すぐには無くならない。


綺麗さっぱり諦めるなんて、そんな器用な真似、すぐには難しいかもしれない。


胸の奥に残った熱は、たぶん、これからもしばらく消えない。


「あ、星野!」


「ん?」


振り返ったその顔に、胸がほんの少しだけ締め付けられる。


「藤崎先輩と、付き合えて良かったな。ずっと好きだったんだろ?」


一瞬だけ、陽向の目が丸くなる。


「……知ってたの?なんで?」


「ま、まぁな。」


「咲でしょー!」


「さぁなー!言わねーよ!」


「うざーい!」


ちょうどその時。



キーンコーンカーンコーン……



チャイムが、教室に響いた。


この想いは、たぶん。

これからも、しばらく胸の奥に残り続ける。


絶対に叶わないと、ちゃんと分かっているのに。

このままずっと、報われないと、知りながら。


それでも──


「ほら!さっさと教室戻れよ!」


「やば!じゃまた後で!」


「はいはい。また後でな」


人混みに紛れていく、いつもの後ろ姿。


胸の奥が痛む。

……それでも。



星野が、ああやって笑っていられるなら。


それで、いい。





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