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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第49話 交際宣言、いたします



その日──新入生オリエンテーション。


春の午後の光が講堂の高い窓から斜めに差し込み、舞う埃がゆっくり金色に浮かんでいた。


体育館ほど広くないのに、声がよく響く場所。

笑い声も、紙をめくる音も、靴底が床を擦る音も、全部がやけに大きく聞こえる。


(一年前……ここで初めて俊くんの名前を知ったんだよな…)


去年の新入生オリエンテーション。

その時は、まさか自分が生徒会に入り、俊輔の恋人になるとは夢にも思っていなかった陽向。


ここまで歩んできた一年間の軌跡が、どれほどの革命を起こしてきたかを実感する。


胸が、震えた。


講堂に集められた生徒会役員たちは、配布物の確認やマイク音量のチェック、新入生の座席誘導準備や最終動線の打ち合わせで、慌ただしく手を動かしていた。


暫し時間は流れる──


陽向は配布パンフレットの確認作業をしていた。


「もうさー、役職会議は来週だよ?諦めて覚悟を決めようよ!」


甘い声色。

喉の奥がくすぐったくなるような、柔らかい響き。

さっきまで顧問の前で完璧に “生徒会長” をしていた人と同じ声なのに、今はやけに距離が近い。


早々に顧問との打ち合わせを切り上げた俊輔は、陽向の側から離れない。


「だから!私は副会長はやりませんっ!」


陽向は、パンフレットから顔を上げずに言い返した。

その響きは、毅然としている。


「でもさ。」


俊輔は、先ほどまでの甘い声色を引っ提げた。


「僕の代は1年生役員が3人いたから、2年生副会長は誰がやるか選べたけど、今年2年生で継続役員は陽向だけだよ?他の継続役員はみんな3年生だよ?」


「…う……」


言葉が詰まる。

理屈が、綺麗に刺さってくる。


俊輔は畳みかけるように続けた。


「5月の総選挙で当選した新役員を副会長に置くのもなぁ…勝手がわからないだろうから、物理的に無理じゃない?」


THE、理責め。


逃げ道が見えなくなると、陽向の中の小人軍団が一斉に騒ぎ出す。


(無理無理無理無理!)

(いやでも理屈は正しい!)

(でも2年生副会長は来年の生徒会長!)

(今年副会長になる=詰む!)

(そう!オワコン!)


「だとしても!私は来年、生徒会長は出来ません!」


俊輔は、そこで一度だけ瞬きをした。

これまでの俊輔らしからぬ、優等生の仮面が薄くなる。


「来年は生徒会辞めてもいいんじゃない?書記や会計の継続役員を会長や副会長にしちゃえば」


「え?それありなんですか?」


俊輔はさらりと言う。


「全然大ありでしょ。僕も卒業しちゃうし、陽向が辞めたければ辞めちゃいなよ」


陽向は、うっかり口が先に動きかける。


「俊…じゃなくて…藤崎会長が……それでもいいって言うなら…」


名前が喉の手前で引っかかって、心臓が跳ねた。


俊輔は、すぐに口角を上げる。

勝ち確の顔。


「じゃあ今期は副会長ね!?」


「3年生から2人副会長に置いてください。」


陽向は反射的に抵抗する。

すると俊輔が、ほんの少しだけ眉を下げた。


「…陽向は……僕の側にいてくれないの…?」


出た。

それ。

声がずるい。


「ちょ、待って…今それは……」


陽向は焦って周囲を見渡す。

今は生徒会役員の仕事中。

役員がみんないる。

止めるつもりで陽向が口を開いた、その瞬間──


俊輔が、声を大にした。


「僕は陽向とずっと一緒にいたい!!」


(待って!声がでかい!!)


陽向は反射で俊輔の口を塞いだ。


「俊くんっ!!」


思わず呼び名が口から滑り落ちて、自爆する陽向。


(やば…っ!)


ハッと慌てて手を離したときには、もう遅い。

講堂の空気が、ピンと張り詰めていた。


「陽向…?…俊……くん?」


信じられないものを見る声。

役員たちが、一斉に二人を振り返っていた。

視線が集まる。刺さる。熱い。


「今朝の…昇降口ハグの噂って……ガチ…?」


「まさか…そんな……」


ひそひそ。

ざわざわ。

噂が“確信”に変わっていく音がする。


そして、男子役員の瀬戸晴翔が、眼鏡をクイッと上げた。

やけに真面目な声で。


「……あのー……先ほどからのお二人の会話からして…つかぬ事をお伺いしますが……」


講堂が静まる。

役員達の、固唾を飲む音が聞こえそうなほど。


「もしかして……お二人はその……こ、交際を…?」


陽向の魂が一瞬抜けかけた。


(やめてー!!言わせないで言わないで!…でも言うよねこの人──)


俊輔は、迷いなく。

しかも、いつもの爽やかな笑顔で。


「そうだね。絶賛交際中!」


「「「……っっっ!!!!」」」


一気に凍りつく講堂。

空気がカチンと音を立てた気がした。


「「「…いやあああぁぁぁぁーーーー!!!!」」」


女子役員の悲鳴が、天井に跳ね返って講堂中に響いた。


陽向はその場で固まり、喉の奥から魂が出そうになる。


(…私の平穏な生徒会ライフ……開幕一日目で終わったん……だが……)


俊輔はというと、陽向の肩をそっと抱くでもなく、守るでもなく──

ただ、楽しそうに目を細めて笑っていた。



────────。



放課後の図書室は、昼のざわめきを飲み込んだあとで、どこか余熱を抱えた静けさに包まれていた。

西日が窓から斜めに差し込み、本棚の縁を橙色に縁取る。

埃がゆっくり漂うたび、時間まで止まっているみたいだった。


けれど──


空気は、穏やかじゃない。


「……俊輔ちゃーん?」


陽向は笑っている。

笑っている、はずだ。

でも、頬がヒクッと引きつった。


「君は、ほんとに、何を考えているのかなぁー?」


声は柔らかい。

目は笑っていない。


俊輔は、そんな陽向を見て、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「陽向、笑ってるけど怖いよ?」


「おいコラ。笑ってんじゃねぇぞ。」


一気に真顔。


静まり返る図書室。

さっきまで響いていた女子役員たちの悲鳴が、まだ耳の奥で反響している気がする。


俊輔は無垢な顔で首を傾げた。


「……だって……言っちゃまずかった?」


「大騒ぎだよ!!」


陽向のこめかみに血管が浮いた。


俊輔は一瞬だけ黙る。

そして、ゆっくり睫毛を伏せた。

影が落ちる。


「…陽向は……僕と……付き合ってること隠したいの?」


肩が、ストンと落ちる。

その落ち方が、あまりにもあからさまで。


「あ……いや……そうじゃない……けど……」


あぁ、出た。

この顔。

この、シュン…とした表情。


潤んだ瞳。

少し噛みしめた唇。

距離が近いのに、どこか置いていかれた子犬みたいな気配。


(本当これ…ずるいんたよな……)


「みんな居る前でハグしたり……甘えるような事言ってきたり……それはさすがに恥ずいって、ゆう……」


必死に、言葉を紡ぐ。

今後のためにも、ちゃんと伝えないといけない。


だって、大切にしたいから。

一瞬の勢いで、壊したくないから。


俊輔は、ゆっくりと視線を上げる。


「でも……僕は……陽向とちょっとでも多くスキンシップ取りたいし……好きってことも隠したくない……」


夕陽がその瞳に差し込む。

潤んで揺れているのは、光か、感情か。


「…だって……1年しか一緒にいられないのに……」


俊輔の喉が震える。


(やばいやばいやばい…)


陽向は謎の危機感に襲われる。


いや、この流れは……来る。




「…………隠したり……我慢するの……嫌だよ……」




きゅうぅぅぅんっっ!!!


(ほら来たーーーーー!!!!!!)


上目遣いと潤んだ瞳に、容赦なく胸の奥を直接ギューンッ!!と鷲掴みにされる。


(……待って。この感覚、どこかで………)


とても身近に、しかも普段よく見てる何かに近い気がする。


この顔。

このシュンとした感じ。

この殺人的な、うるっとした瞳。


(…………………………あ。)


わかった。




(………レオなの?)




構ってほしい時のレオ。

耳が垂れて、尻尾がしょんぼりして、“今は忙しいの?”って言わんばかりに見上げてくるあの目。

忙しい時に、「あとでね!」って言うと、レオがしてくる仕草にそっくりなんだが。


「……はぁ〜……」


陽向は深く息を吐いた。


そう。

だって私は、あれに弱い。


「みんなの前では嫌だけど……」


結局、手を止めて「しょーがないなぁ!」って言ってすぐにレオを抱き上げてしまう。


「その代わり、2人の時はいいよっ!」


陽向は、俊輔の手をぎゅっと握った。

指先が触れた瞬間、俊輔の瞳が揺れる。


「ほんと!?」


パァッと表情が一気に明るくなる俊輔。

耳があったら今たぶんピンって立ってる表情。


その切り替わりの早さと、俊輔の喜びの勢いに、陽向の脳内で警戒アラートが一瞬で鳴り響いた。


「い、いいけど…私まだちょっとそこまでスキンシップに慣れてな──」


ぎゅうぅぅぅっ──


言い終わる前に、抱きしめられた。

強い。

思ったよりずっと、男の人の腕。


「いっぱい甘えていいでしょ?今は2人なんだから!」


嬉しそうに弾む声。

尻尾が生えていたら、きっとブンブン振っている。


心臓が爆発している。


(だーーーっ!!!近い近い近い近い近い!!!!)


制服越しの体温。

胸板の硬さ。

柔らかい俊輔の匂い。


陽向の脳内で、小人軍団が戦争を始める。


「……っっっもぉ〜〜〜…」


胸のドキドキを必死で抑えるように、陽向はわざと強気なふりをした。


「しょうがないなぁ!俊ちゃんは!」


嬉しさが溢れるように、陽向を抱きしめながら左右に揺れていた俊輔が、ぴたりと止まる。


(…俊ちゃん………)


目をぱちぱちさせる。


この一言で。

“恋愛禁止の王子様”は完全に消滅した。


代わりに生まれたのは。


一年限定で全力疾走する、甘えん坊で、独占欲強めで、ちょっと重たい──


犬系彼氏。


俊輔は、抱きしめたまま、嬉しそうに目を細めた。


「……陽向も、もっとぎゅってしてよ。」


図書室の西日が、二人の影を重ねる。

窓の外では、桜がもうほとんど散っている。

咲いた花は、必ず散る。


それでも今は。


この腕の中の温度だけが、真実だった。




────────。




手繋ぎ登校。

昇降口ハグ。

新入生オリエンテーションで俊輔自身の口から告げられた、公式交際宣言。


三年生役員を筆頭に発信されたその情報は、まるで火のついた導火線みたいに、一瞬で三年生の間を駆け抜けた。


放課後。

部活動。

廊下の立ち話。

グループLINE。


小さなざわめきが、波紋みたいに何度も何度も広がっていく。

そしてその余波は、下の学年へも確実に届いた。


静かに。

でも、確実に。


逃げ場なんて、最初からなかった。




────────。




翌日。


朝の校舎は、いつもと同じ光に包まれているはずなのに、学校中の空気だけが、どこか妙に浮き足立っていた。


廊下ですれ違う声。

教室に流れ込む噂。

ひそひそと弾む女子の声。


話題は──


陽向と俊輔。

それ一色だった。




二年四組。

教室。


「はぁーーー………」


低く、長い溜め息が机の上に重たく落ちた。


新学期、四日目。


窓から入る朝の光は明るいのに、綾真の視界だけどこか色が薄い。


教室を見渡す。


前の席。

斜め後ろ。

窓際。


……いない。


どこを見ても。


星野が………いない。


毎朝耳にする「おはよー!」の声。

何気ない休み時間の雑談。

机を寄せて笑ってた時間。

ちょっと大げさなリアクション。


いつもそこに当たり前にあった笑顔。


全部。

本当に全てが……ない。


ぽっかりと、そこだけ空席みたいに、空気が抜けている。


(寂しいなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜)


心の中で、情けない声が漏れた。

たった四日。

まだ四日しか経ってないのに、もう限界だった。


完全に──陽向ロス。

胸の奥が、じわじわと冷えていく。


その時だった。


そこに追い討ちをかけるかのように、女子達の衝撃の会話が不意に耳に飛び込んできた。


「ねねね!聞いた!?昨日部活の先輩が言ってたんだけど、生徒会長の藤崎先輩が、3組の星野さんと──」




────────。




……は…………?


今、なんて…………?





綾真の世界から、音が消えた。

周囲のざわめきが、急に遠くなる。






「えーーーーっっっ!!!ガチ!!??嘘!?」


「ガチガチ!!昨日部活で、昇降口で実際その場にいて、目撃したって先輩もいたし!!」


「やばあぁぁ!!!!ありえない!!!」


「ねーそれ私も聞いたんだけど!!生徒会役員の人みんな生徒会長本人から聞いたって言ってるらいし、まじもんのガチっぽいよ!!」


女子達の声は、どんどん熱を帯びていく。

笑い声。

悲鳴。

興奮。

教室の空気だけが、妙に盛り上がっている。



全部、聞こえているはずなのに──

意味だけが、入ってこない。



(…嘘だろ……………)


嘘だ。

嘘だ。

絶対嘘だ。


だって……あの、藤崎先輩だろ…?


彼女作らないで有名だった。

誰にでも平等で。

誰にも深入りしなくて。

恋愛禁止の王子様。


ありえない。


…星野と…藤崎先輩が付き合う……?




そんなの信じられるかよ!!!!




綾真は、現実を押し返すみたいに、何度も何度も心の中で否定した。


けれど一度耳に入ってしまったその名前は、胸の奥に棘みたいに、抜けなかった。









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