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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第80話 最強VS最狂


そして、瞬く間に迎えた文化祭当日──。


秋の空は高く澄んでいて、校舎の白い壁がやけに眩しかった。

校門をくぐると、色とりどりの装飾が風に揺れ、どこからともなく甘い匂いと、焼けたソースの香りが混ざり合って漂ってくる。


ざわめき、笑い声、呼び込みの声。

音と色と熱が、空気ごと弾けていた。


その中心で──


「チョコバナナ、普通のチョコといちごあるけど…どっちがいい?」


「えー茶色よりピンクの方が可愛いから、いちご♡」


「咲は茶色でも可愛いけどな」


「やだー!蒼太ったらもー!じゃあ一個ずつ買って、両方蒼太と半分こして食べよっ♡」


ぎゅーっと密着し合う距離が近い。

腕を絡め、指を重ねて、手のひらまで絡み合う恋人繋ぎ。

触れている部分から、体温がそのまま流れ込んでいくみたいだった。


「咲、チョコスプレーついてる」


「えーどこどこー!」


「ここ、口元」


「蒼太に取って貰いたいの〜」


「ったく、しょーがねぇなぁ」


指先が、ほんの一瞬だけ唇に触れる。

それだけで、空気がふわっと甘くなる。


いちゃいちゃ….


いちゃいちゃ…


その周囲だけ、世界の色温度が一段階高いみたいに、飛び交うハートマークが見える気がするほど甘ったるい空間が広がっていた。


「はぁ〜…こいつらにはもうお腹いっぱいだわ」


ぽつりと落ちた朔也の声は、模擬店の喧騒に紛れて消えかける。


バシッ


「そーゆう事言わないのっ!良いじゃん幸せそうで」


軽い音と一緒に、肩を叩かれる。

陽向の手の平に、現実へ引き戻されるみたいだった。


ラブラブな二人の一歩後ろ。

少しだけ温度の低い位置で、朔也は息を吐く。


「そりゃお前はリア充だから…何とも思わないかもしんねぇけどなぁ…」


前にもカップル。

隣にも彼氏持ち。

視界のあちこちには、笑ってるカップルばかりで。

どこを見ても“二人でいることが当たり前”みたいな顔をしている。


「なに、羨ましいの?非リアだから?」


陽向の視線がクスッと笑う。

からかい半分、でもどこか見透かすみたいな目。


(誰のせいで非リアを余儀なくされてると思ってんだ!!)


喉の奥まで上がった言葉は、結局そのまま飲み込まれた。

代わりに、少しだけ棘のある別の言葉が出る。


「お前、藤崎先輩と回んなくていいのかよ!」


一瞬、言ってから自分で思う。

ズルい聞き方だなって。


「明日ね…最終日にほんのちょっとでも一緒に回れるように調整してくれるって話しになってる。生徒会長なんて忙しくて、自分が遊んでる時間なんてほぼ無いよ……」


陽向の声が、ほんの少しだけ落ちる。

その声色に、言葉にしきれない何かが滲んでいるのが、朔也にはお見通しだった。


陽向の視線が、自然と前に向く。


咲と蒼太。

楽しそうに笑いながら、同じものを分け合っている二人。

その距離の近さと、当たり前みたいな空気。


羨ましい、みたいな目。

その感情は確かに、陽向の瞳の奥に滲んでいた。


ほんの一瞬だけ。

いつもなら、どんな空気もぶち壊して笑いに変えるその人が、ふっと立ち止まったみたいに静かになる。


朔也はその横顔を、横目で捉える。

そして同時に、脳裏をよぎる。


始業式の日の放課後。

エッセイのチェックで居残りしている俊輔を、まるでいつもの事のように当たり前に待ち続ける陽向。

それでもどこか、一瞬だけ漂った寂しそうな気配。



陽向と俊輔の残された時間。

カウントダウンみたいに、確実に減っていく日々。



何か言おうとして、でも言葉が見つからなくて。


「あ、ここじゃん?お化け屋敷!」


「最後尾は…あっちだな」


咲と蒼太は、そんな空気の揺らぎなんて一ミリも感じていない。


──ぐらり、と。


腹の奥で、何かが音を立てて揺れる。

小さな違和感だったはずのものが、一瞬で、形を持った感情に変わる。




無償に、腹の底から何かが煮えくり返る。




なにが生徒会長だ。

なにが受験生だ。


そんなに自分の評価や将来が大事かよ。


お前らには、今しか無いんだろ。

そのために、目の前の大事なものを。

こんなふうに置き去りにしていい理由になるのかよ。


朔也の中で、熱い感情が一気に競り上がる。

文化祭の喧騒は変わらず続いているのに、その中で別の温度が、確かに混ざっていた。





──大事な彼女に、こんな顔させてんじゃねぇよ。





ガシッ


気づいたら、陽向の手を掴んでいた。


「え…なにっ!?」


「しっ!」


人差し指を立てて、制する。

理由も説明もないまま、そのまま強引にグイッと引く。

列から外れる、人の流れを横切る。

文化祭のざわめきからほんの少しだけ外側へ、陽向を連れ出した。


胸の奥で、言葉にならない何かが燃える。




藤崎俊輔。


お前がそんなんだったら───






俺が、卒業まで大人しく指を咥えて待っててやれると思うなよ。






「ちょっと朔也…!いきなりなに!」


「お前は本当、空気読めよバカ!」


「あー……ね?そーゆう事か。」


陽向は、すぐに理解したみたいに息を抜く。


元々、陽向は咲に「せっかくだから今年は蒼太と二人で回りなよ!」と言ったものの、「えー!陽向とも回りたいもん」と言われて、この状況。

生徒会の副会長である陽向も、当然文化祭は忙しい。

自分の立場。

時間のなさ。

全部、わかってるからこその納得だった。


陽向と繋いでいる手が、妙に熱くて。


いつも通りに何でもないよう装っていても、意識してしまうほど、そこだけ熱を持っている。


鼓動が、少し早い。


「ひなの行きたいところに行こう。お前はちょっとしか遊べねーんだからよ。」


「朔也………」


その声に、わずかに揺れが混じる。



なんか………いつもと違う。



自分勝手で、強引で、こっちの意思なんていつも無視して聞く耳すら持たないくせに。


「えーっと、じゃあカジノ!」


「お前それ自分のクラスの催しじゃねーかよ」


「そーだけど、シフト入ってもディーラーは遊べないもん」


「わかった。行こう。他に行きたいところは?」


間髪入れない返答。


「トルコアイス食べたい。フルーツ飴と、マカロンも!」


「おし、行くか。つか、甘いもんばっかだな 笑」


呆れたように笑う声。

けれどその奥に、さっきまでとは違う温度がある。


何故か、やたら優しい。


さっきまで胸に溜まっていた重さが、じわじわとほどけていく。

陽向の胸は、ぽかぽかと温かくなるような感覚に包まれる。


「やったー!先に模擬店行ってからカジノ行こっ!!」


弾けるような陽向の元気と笑顔が戻った。

繋いだ手は離さない。

朔也が引いていた手は、駆け出した陽向に引かれていた。


やっぱり、この顔。




(笑ってるひなが……優勝なんだよな) 




人混みの中を駆ける。

笑い声と音と光の中を、二人で抜け出していった。




────────。




文化祭の喧騒は、どこまでも軽やかで。


笑い声も、呼び込みの声も、焼けた甘い匂いも、すべてが混ざり合って、ひとつの祝祭みたいに膨らんでいた。


「上の階へ行くエレベーターはこちらと、東側の旧校舎の2箇所にあります。体育館や講堂へ向かう際は、旧校舎のエレベーターの方が近いですよ。」


俊輔は、穏やかな声でそう案内する。

車椅子の来場者が、ゆっくりとエレベーターへ入っていくのを見届けながら、自然と歩調を合わせる。

閉まりかけた扉の向こうから、小さな声が届いた。


「お兄さん、親切にありがとう」


その一言に、ふっと表情が緩む。


「また何かありましたらお声掛けくださいね。」


扉が静かに閉まると、俊輔は軽く息を吐いて踵を返した。

生徒会ブースへ戻るため、廊下を歩き出す。

ざわめき、色、匂い、人の流れ。

また一気に現実が戻ってくる。


その途中で──


視界の奥に見覚えのある姿が引っかかった。

人混みの中でも、その姿はすぐにわかる。


陽向。


しかしその隣には──黒川朔也。


模擬店で買ったものを、二人でシェアしている。

フルーツ飴の串を持つ手が近くて、笑い合う距離も近い。

言葉の端々に、遠慮のない空気が滲んでいる。


「カジノでなんか賭けようよ!」


「そんな事言っていいのか?あとで泣き言いうなよ」


「言わないよっ!私結構ギャンブル強いからね!」


「お前が強いのは策じゃなくて運だろ」


その距離も、その温度も。

まるで、それが当たり前みたいに。



ドクン──



胸の奥で音が鳴る。

炎が、ボワッと広がる。


喧騒の中にいるはずなのに、そこだけ音が遠のいたみたいに静かで。

代わりに、自分の心臓の音だけがやけに大きく響いていた。


理解するより先に、感情が動く。

次の瞬間、俊輔の足は動く。

一直線に、二人目掛けて駆け出した。


「陽向!」


名前を呼ぶ声は、思ったより低くて。

短く、鋭かった。


陽向と朔也が、同時に顔を上げる。


「俊ちゃんっ!」


パッと弾ける、嬉しそうな声。


その瞬間の笑顔で、胸の奥の何かが、少しだけほどける。

同時に、それ以上に強い感情をぐっと押し殺す。


俊輔は、呼吸をひとつ整えてから。

何事もなかったみたいに。

いつも通りの、優しい顔を一瞬で貼り付けると──


スッ……


静かに、両手を広げた。

その仕草は、穏やかで、逃げ場を与えないくらいに、真っ直ぐで。


陽向は、迷わず駆け出した。


「あ……」


誰にも聞こえない小さな声が、朔也の喉の奥からこぼれ落ちた。


躊躇いもなく、振り返ることもなく。


当たり前みたいに、俊輔の元へ駆けていく。




ぎゅうぅっ────────。




そのまま、胸の中へ飛び込んだ。


陽向を強く抱きしめる俊輔。

まるで、確かめるように。

離したくないように。

その腕が思ったより強い力で、陽向は思わず目を瞬かせた。



そして──




「………………。」




俊輔の視線が、正面へ向けて持ち上がる。

その腕の中に陽向を収めたまま。



真っ直ぐに、朔也へ鋭く向けられる。





キッ──





陽向を抱きしめながら、朔也へ鋭い視線を突き刺す。

氷のように冷たくて、殺すような瞳。

感情を削ぎ落とした、その奥にあるのは──


明確な拒絶と、独占。

誰にも渡さないとでも言うように。


朔也の背中に、ゾクリと冷たいものが走る。


陽向が俊輔の胸から顔を上げると、一瞬でその瞳は柔らかく向けられた。

腕の中の陽向へと、すぐに温度を戻す。

優しく見つめながら髪を撫でるその仕草は、驚くほど優しい。


「黒川くんと2人?一ノ瀬さんは?」


さっきまでの鋭さが、まるで嘘みたいに。


「彼氏とラブラブしてたから空気読んであげた!」


「あー…そうだったんだ…それは優しいんだけど…」


優しく甘い声から、言葉の途中で一気に温度が下がる。

俊輔の指先が、陽向の顎に触れる。


そのままクイッと押し上げて───





「僕が嫉妬しちゃうってわからない?」





唇が、今にも触れそうな距離。 

陽向の心臓が、一気に跳ね上がる。


引き寄せられて、ゼロ距離の真顔。

そこに笑顔は消えていた。


「えっ…朔也はそんなんじゃないよ!全然!全く!」


(ちちち、近い!)


慌てて言葉を重ねる。

顔が、熱い。

視線が、真正面から絡む。

逃げたいのに、目が逸らせない。


「でも…陽向が男子と2人で文化祭回ってるの、気分良くないよ…」


今度は、ふっと力が抜ける。

同時に現れる、あの顔。

シュン…と今度は陽向の弱点を炸裂させる。


少しだけ眉を下げて。

容赦ない程の、潤んだ上目遣い。

甘えた子犬みたいな表情。


(ぎゃーーー!!!さっきからなんだこのメロいの連撃はーーー!!!)


心臓が、丸ごと一気に全部持っていかれる。


「行きません。絶対行きません。死んでも行きません。」


ほとんど反射だった。

思考回路は機能を失っている。


「陽向が行きたいところは、明日僕と一緒に行こう?」


「はい♡」


「はは、よしよし♡」


間髪入れずに頷き、頬と頬を擦り寄せながら頭を撫でられる。

その仕草ひとつで、全部がどうでもよくなるみたいに、安心が広がる。


「ちょっと早いけど、もう俊ちゃんと生徒会ブース行くっ!」


「良いの?嬉しい!じゃあ一緒に戻ろう」


自然に、腕が絡む。

指が重なって、手が繋がる。


「朔也、ごめん私生徒会戻るね!蒼太達と合流してー!」


そのまま二人は、歩き出す。


いちゃいちゃ…


いちゃいちゃ…


甘い空気を纏って、人混みの中へと溶けていく。

その背中が、朔也の前から少しずつ遠ざかる。

さっきまでの喧騒が、妙に遠く感じる。


(…な……なな……なんだ…これ…)


現実が、遅れて押し寄せてくる。

髪の毛を両手でぐしゃぐしゃと掻きむしる。

見せつけられた、一連の行為。

狂いそうな程の、煮え沸る悔しさ。

己の無力さ。


「……藤崎………俊……輔………」




あまりにも………強すぎる。




ぽつりと、思わずその名前が口から落ちた。

そのまま、ガクッと膝から崩れる。


全身の力が、抜ける。





地獄だーーーーーーーーーーーーー!!!!





喧騒の中で、その叫びだけがやけに虚しく胸の内に響いていた。



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