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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第79話 僕とデートして下さいPart2


陽向は、ぴたりと足を止めた。


「そうと決まったら、とりまこの……」


陽向は瀬戸晴翔の顔を振り返ると同時に、ためらいなく人差し指をビシッと突きつけた。


「黒縁ダサ眼鏡! なんとかしないとねっ!」


「はっ!?」


風に揺れた前髪の隙間から、瀬戸晴翔の目が見開かれる。

いきなり心臓を掴まれたみたいな感覚だった。


「他に眼鏡持ってないの?」


「この眼鏡の何が悪いんですか!」


返した声には、反射的な防御が滲んでいた。

瀬戸晴翔は思わず眼鏡のブリッジに触れる。


「ダサい。モブい。イモっぽい!」


「…………。」


あまりにも容赦のない三連撃だった。

瀬戸晴翔は、ぴたりと言葉を失う。

長年かけ慣れたそのフレームは、もはや身体の一部みたいなもので、改めて否定されると、顔ごと否定されたような居心地の悪さがあった。

けれど陽向は、そんな微妙な空気をまるで気にしない。

なおもマイペースにディスり続ける。


「さこちゃんは、眼鏡男子好きって言ってたから、眼鏡自体は良いと思うよ? でもさー、いくらなんでもこのぶっ太い真四角の昭和漫画みたいな眼鏡は流石にないわー」


西日がレンズの端に反射して、瀬戸晴翔の表情を一瞬だけ隠した。

その奥で、眼鏡のつるを押さえる指先がわずかに強ばる。


「こう、もっとシュッ!とした感じで、スタイリッシュでお洒落な眼鏡にしないと。髪の毛もボッサボサしてるし、もっとサッパリ爽やかな感じにイメチェンしてさ。」


言葉は次から次へと飛び出してくる。

歩きながら、ぐいぐいと横に並び、覗き込む。


「デートに誘うなら、自分に自信をつけて、気合いを入れないと!」


悪意があるわけじゃない。

むしろ、彼女なりに本気で背中を押そうとしているのだとわかるからこそ、余計にたちが悪い。


「陽向……ちょっと言い過ぎ………」


思わず俊輔が静かに制した。

けれど、もう遅かったのかもしれない。

短い沈黙のあと、瀬戸晴翔が口を開く。


「こんな……ダサ陰キャのチー牛が、いくら眼鏡や髪型を変えたところで……」


声は低かった。

抑えているようでいて、諦めが滲んでいる。


「そんな都合良く中身まで変わるわけないじゃないですか。所詮デートに誘える勇気もないし、僕なんか、相田さんに振り向いてもらえるわけないですよ。」


自嘲でもなく、怒りでもない。

投げやりというよりは、もう何度も心の中で繰り返してきた言葉を、そのまま外に出したような響きだった。


正門が、少しずつ近づいてくる。

人の流れがゆるやかに外へ向かっていく中で、自分だけが少し取り残されているような感覚。


「…………。」


陽向の口が、そこでようやく止まった。

さっきまで勢いよく言葉を放っていたのが嘘みたいに、静かになる。


瀬戸晴翔の目は、どこか遠くを見ていた。

いつものように理屈で武装しているのに、その奥には、何の光も宿っていないような冷えた色がある。

どうせ無理だと、最初から線を引いている目。

期待しなければ傷つかずに済むと、自分に言い聞かせてきた人間の目だった。


瀬戸晴翔のその目を、陽向は真っ直ぐ見つめた。

茶化しも、勢いも、いつもの軽さもない。


ただ強く、じーっと。


その瞳の奥にあるものを、見逃さないようにするみたいに。


「私だって、オタクのダサ陰キャで、友達なんかずっと一人も居なかった。」


強い瞳で落とした言葉は、深いところから湧き出たような深い響きで。


「星野さんが?またまたご冗談を〜」


瀬戸晴翔は反射的に返す。

けれどその声は、どこか薄い。

目の前の陽向と、その言葉が、どうしても結びつかない。


「本当だって!学校で虐められてたし、ずっと透明人間になりたかったの!」


夕方の風が吹く。

陽向の髪がふわりと揺れて、その言葉だけが空気に残った。


「は?星野さんはギャルでうるさくて、どー見たって陽キャ一軍。コミュ力オバケですよ?」


否定したいのか、信じたくないのか。

瀬戸晴翔の言葉は少しだけ強くなる。


「そんなの、最初からそうだったわけじゃない。」


その一言で、空気が変わった。

陽向の声から、さっきまでの弾けるような明るさが、すっと消える。

代わりに現れたのは、どこまでも真っ直ぐな温度だった。


逃げない声。


「誰かに押された背中があって、そこに乗っかる自分がいて。」


胸に手を当てる。

そこにある記憶を確かめるみたいに。


「その殻をぶち破って、メイクをしたり、髪色を変えたりして、自分に自信が持てて、そこから生まれる勇気があって、変わりたいって思える自分に出会えて。」


言葉を選ぶというより、掬い上げるみたいに紡いでいく。


夕焼けの光が、陽向の瞳の奥に反射する。

強い光だった。

真っ直ぐすぎるくらいに。



その視線が、瀬戸晴翔の胸の奥を貫く。





「なりたい自分になる事を。自分で自分を諦めたら駄目だよ。」





ドン、と。


音を立てるみたいに、その言葉が落ちた。


一瞬、周りの音が遠のく。

通り過ぎる生徒の声も、風の音も、全部が少しだけ遅れて届く。


そして──陽向は、ふっと表情を緩めた。


「だから、はるるの言うルールや秩序も大事だけど、校則が変わる事で、新しい自分に出会えるチャンスがみんなに広がるってのも、私は大事だと思うけどなっ!」


さっきまでの強さが嘘みたいに、柔らかくほどける。


「メイクやお洒落は、誰にどう見られるかだけじゃない。いかに自分ビジュ良いじゃん!って自分で自分のテンションを上げるための、最強の自分ウケ。自分の機嫌は自分で取るんだよ!」


そうして自分に自信が持てたら、起こせる行動があって、起こせる奇跡がある。


そして、陽向はニコッと笑う。




「だから、騙されたと思って、ワンチャン一回やってみ?」




太陽みたいに。

さっきまでの重さを全部包み込んでしまうみたいに。


軽い言い方なのに、その奥にあるものは軽くない。

“やってみた側”の人間にしか言えない重さがあった。


「……………。」


瀬戸晴翔は、動けなかった。


何かを言おうとしても、言葉が出てこない。

さっきまで自分の中で“正しい”と思っていたものが、少しだけ揺らいでいる。


その感覚を、どう処理すればいいのか分からない。


動けなくなったのは、瀬戸晴翔だけではなかった。


「…………。」


Early出願の件で、揺れている真っ最中の俊輔。


完璧を求める自分。

勝ち確しか狙えない自分。

今を犠牲にした上で、失敗するのが怖い自分。


そんな自分を、変えたい自分。


リスクに挑戦したい自分。


(………自分で自分を……諦めたら駄目…)


陽向の言葉が、俊輔の胸の底で小さな波紋となって広がる。


「つーわけで、今から眼鏡買いに行こー!」


空気をぶち破るように、陽向が再び動き出す。

さっきまでの真剣な空気が嘘みたいに、軽い。


「今からですかっ!?」


思わず声が裏返る。


「思い立ったら即行動!やろうと決めたその瞬間が、勢いのピークだよっ!」


振り返らずに、どんどん先へ行く。

夕焼けの中を、迷いなく。


「ちょ、冗談ですよね!?」


「ゴーゴー!!」


そのまま正門を抜けていく背中。


止まらない。

止まる気もない。


「藤崎会長!あの人なんとかして下さいっ!」


「ああなった陽向は止められないから…諦めな?」


「………はぁ〜」


瀬戸晴翔は、ため息をつきながらも足を動かす。

結局、ついていくしかない。

二人は少し遅れて、陽向の後を追う。

その背中は、夕焼けに照らされて、やけに明るく見えた。


「…………星野さんって……普段ポンコツなのに…」


ぽつりと、一歩後ろで声を潜める。


「突然たまに、すごい核心を突くような事言いますよね」


さっきの陽向の言葉が、まだ頭の中に残っている。


「はは、そこが陽向の沼ポイントだよ」


俊輔は、どこか嬉しそうに笑った。

瀬戸晴翔は、改めて陽向の背中を見つめる。


「しかも…いつも何もわかってないくせに、変に鋭いというか…野生動物の…勘…?みたいなのたまにありません?ジャングルで育ったんですかね。」


無茶苦茶で、破天荒で、どんな空気もぶち壊し、周りを容赦なく巻き込んでいく、その強い力。


「そう!わかる!しかもそれ、本人は自覚してないんだよね。」


俊輔の声が、嬉しそうに弾んだ。


「………星野さんが………生徒会長に選ばれた理由が、ほんの少しわかったような気がします。」


「でしょ。陽向は凄い子なんだよ。」


少し誇らしげな声。


「ほんの少しですよ!1ミリだけ!いや、0.1ミリ!」


「100%わかられちゃったら晴翔まで沼っちゃうから、1ミリじゃないと困るよ」


「サラッと惚気ないで下さいよ。さっきから。」


夕焼けの中で、ひとつの背中に引っ張られるみたいに、少しだけ未来の方へ進んでいた。



────────。



陽向に半ば押し切られるみたいな形で、新しい眼鏡を作らされた瀬戸晴翔は、ほんの少しだけ震える勇気を握りしめながら、生徒会LINEの画面を開いた。


トーク一覧の中から相田桜子の名前をタップする、その一動作だけで、指先にじわりと汗がにじむ。


何度も打っては消して、敬語の硬さを気にして、絵文字を使うべきか一瞬迷って、結局使えなくて。

そうしてようやく送った短い文面は、自分でも笑ってしまうくらい無難で、業務的で、そっけなかった。


けれど、それでも。


陽向に言われるがまま──

日曜日、朝十時、現地の駅で待ち合わせる約束を、見事に取り付けた。

たったそれだけのことなのに、胸の奥に、これまで感じたことのない小さな熱が灯った。


ほんの少しだけ、自分に自信が宿った気がした。

だから、気合いを入れた。


陽向にアドバイスされた通り、美容室へ行って髪を切った。

伸びっぱなしだった前髪も、重たく見えていた毛先も短く整えてもらって、鏡の中に映る自分は、少しだけ見慣れない輪郭をしていた。


新しい眼鏡。

すっきりした髪型。


それだけで劇的に何かが変わるわけじゃない。

そんなことは、瀬戸晴翔自身が一番よくわかっている。


それでも。

これまでの自分とは違う、新しい自分へと変わるために。

その日だけは、ほんの少しでも、前へ進んでみたかった。



日曜日────────。



待ち合わせ場所の駅前は、まだ午前中だというのに人の流れが絶えなかった。

ビルの隙間を抜ける風には、夏の終わりと秋の入り口が混ざったような、少しだけ乾いた匂いがあった。


瀬戸晴翔は、約束の十分前にはもう到着していた。


何度も腕時計を見る。

スマホの画面をつけては消す。

そんなことを繰り返しているうちに、心臓の鼓動だけが、やけに大きくなっていく。


そして、人混みの向こうに相田桜子の姿を見つけた瞬間、胸の奥がひときわ強く鳴った。

人の流れの中でも不思議と目に入るその姿に、息が一瞬浅くなる。

声をかけたとき、相田桜子ははっきりと驚いた顔をした。


「一瞬、誰だかわからなかったです……!」


そう言って、ふわりと微笑む。

その頬はうっすらと薄紅に染まっていて、まるで朝の光をそのまま映したみたいに柔らかかった。


その笑顔が、眩しかった。


眩しすぎて、直視するのが少し苦しいくらいだった。

胸の奥が、きゅうっと締めつけられる。

嬉しいはずなのに、どうしてか少し痛くて。

その痛みごと───




恋なんだとわかってしまった。




────────。



備品の買い出しは、思っていたよりずっと順調に進んだ。


必要なものを確認して、店を回って、値段を見て、数を揃えて、レシートを受け取る。

そういう作業だけなら、瀬戸晴翔は得意だった。

段取りを組むことも、抜け漏れなく進めることも、元々苦ではない。


だから、業務そのものに困ることはなかった。


困ったのは──


次に何を話せばいいのかわからない。

備品の話が終わったあと、何を繋げればいいのかがわからない。

気の利いた会話もできない。

彼女を笑わせるようなギャグや冗談を言えるスキルも、もともと自分にはない。

結局、口から出てくるのは「これは揃いましたね」とか「重くないですか」とか、業務の延長みたいな言葉ばかりだった。


こんな日のために眼鏡を変えて。

髪を切って。

少しだけ勇気を出したはずなのに。


いざ彼女の隣に立ってみれば、結局中身は何も変わっていない自分が、そこにいるだけだった。

そんな事実を、一つひとつ確認させられるみたいで。

時間が進むほど、胸の奥に鈍い自己嫌悪が溜まっていく。


正午を少し過ぎた頃、買い出しは終わった。


初めて二人で過ごした彼女との時間は、あまりにもあっという間だった。

拍子抜けするほど、呆気なく。

なのに、終わってほしくないと思ってしまうくらいには、大切だった。


その矛盾が、また苦しかった。


駅へ向かう道すがら、陽は少しずつ傾き始めていた。

昼の白っぽい光はやわらぎ、街路樹の影が歩道に長く落ちている。

行き交う人の足音、信号の電子音、遠くを走る車の音。

街はいつも通り動いているのに、自分だけがその流れから少し外れてしまったような気がした。


このまま終わるのか。


その思いが、じわじわと胸の内側を侵食していく。

一歩、また一歩と駅に近づくたびに、手のひらに汗が滲んだ。

指先がじっとりと湿っていく感覚が気持ち悪い。

それでも、何も言えない。

何を言えばいいのかわからない。

どう切り出せば自然なのかもわからない。

頭の中ではいくつか言葉が浮かんでは消えていくのに、どれも口に出した瞬間、崩れてしまいそうだった。


結局、何も言い出せないまま、二人は駅に着いてしまった。

人の流れは絶えない。

改札の向こうへ吸い込まれていく人たちの背中を見ていると、時間ばかりが先へ進んでいく。


「今日はありがとうございました!」


相田桜子がそう言って、ぺこりと頭を下げる。

その声は明るくて、やわらかくて、ちゃんと今日をいい時間だったと思ってくれているみたいで。

それが逆に、瀬戸晴翔の胸を締めつけた。


「……こちらこそ……ありがとう……」


焦りを抱えたまま、別れの時間が来る。


何て言ったらいいかわからない。

どんな言葉も、思い浮かばない。

これまでの人生、好きな女の子が出来ても、自分から何かアピールしたり、行動したりしたことなんて一度もなかった。

いつも遠くから眺めているだけだった。

所詮、自分には無理だと。

そうやって、始まる前から諦め続けてきた。


「先輩、地下鉄ですよね? 私この路線なので、それじゃあここで。」


相田桜子はそう言って、改札とは反対側の通路を指差した。

別れは、思った以上にあっさり訪れる。


「……あ……うん………それじゃあ……」


情けないほど、何も出てこない。


彼女はもう一度、小さく会釈をした。

そして、踵を返す。


その背中が、ほんの少しずつ遠ざかっていく。


眼鏡を変えても。

髪型を変えても。

結局、中身は自分のままで。


このまま、いつものように家に帰って。

夜になってから布団の中で自己嫌悪して。

何も出来なかった自分を後悔して。


またひとつ、季節だけが過ぎていく。


変わらないまま。

変われないまま。


せめて──

たった一言だけでも。



ほんの少しの勇気さえ、あれば。






(自分で自分を諦めたら駄目だよ)






瀬戸晴翔は、ハッと顔を上げた。


その声は、遠いはずなのに、すぐそばで囁かれたみたいに鮮明だった。

ざわめく改札前の空気の中で、雑音を押しのけるみたいに、はっきりと。


胸の奥に、何かが引っかかったまま、

ずっと見ないふりをしていたものが、強引に引きずり出される。



このまま……終わりでいいのか。



何も言えずに。

何も出来ずに。


いつも通り、自分を諦めたまま、過ごしていいのか。


人の流れは止まらない。

改札を抜けていく足音が、途切れることなく耳に届く。





そんなの、嫌だ。






「相田さんっっっ!!!」



気づいたときには、足が前に出ていた。

考えるより先に、体が動いていた。


その声が、空気を切り裂く。


「………!」


スマホを片手に、自動改札へとかざそうとしていた相田桜子の動きが、ぴたりと止まる。


名前を呼ばれた、その一瞬で。


振り返った視線の先に、慌てたように駆け寄ってくる瀬戸晴翔の姿。

人の流れの中を縫うように、ぶつかりそうになりながら、それでも止まらずに。

距離が、一気に縮まる。


そして──目の前で足が止まった瞬間。





「僕とデートして下さいっっっ!!!!」





言った、というより。

飛び出した、だった。

頭の中は真っ白で、何をどう言ったのかも、自分ではよくわかっていない。

ただ、胸の奥に溜まっていたものが、一気に弾けた。


「えぇっ!?」


相田桜子の目が、ぱちりと見開かれる。

周囲のざわめきが、一瞬だけ遠のいた気がした。



──今、自分は何を言ったんだ。



一拍遅れて、現実が追いついてくる。


星野陽向に絆されて。

あまりの無茶苦茶ぶりに巻き込まれて。

気づけば、自分でも理解できないような訳のわからない方向へと感化されてしまった。


「……………………。」


言葉も、次の行動も、全部が止まる。

口を開こうとしても、何も出てこない。

頭の中がぐちゃぐちゃで、ただ、自分がとんでもないことを言ったという事実だけが残る。

こんなの、どう考えてもおかしい。


──終わった。


そう思った。

断られるに決まっている。

いや、断られる以前に、変な人だと思われている。


それなのに──




「……………………はい………。」




あまりにも小さくて。

それでも確かに、耳に届いたその声に。


一瞬、意味がわからなかった。


「へ?」


間の抜けた声が、勝手に口から漏れる。


けれど。


相田桜子は、改札を通る足を止めたまま、方向を変えた。

改札とは逆の方へ。

人の流れから、少しだけ外れるように。


「どこ行きますか?取り敢えず、お昼ごはんでも食べますか!」


振り返りながらそう言う彼女の表情は、どこか照れたように、少しだけ頬を染めていて。



その笑顔が、どうしようもなく可愛かった。



現実感が、遅れて押し寄せる。


「…あ……い、いいんですか!?」


慌ててその後を追いかける。

さっきまで遠ざかっていく背中だったはずなのに、

今は隣に並べている。


それだけで、胸の奥が熱くなる。


「駄目だと思ってて言ったんですか?」


「そりゃ…まぁ……」


「……あはは、瀬戸副会長のキャラじゃなさ過ぎてびっくりしました。」


「だよね。自分でもびっくりしてる。」


まだ心臓の音がうるさい。

息も少しだけ上がったまま。


「え、そんな事あります?」


「いや、初めてだよ。頭おかしくなったかも。」


そう言うと、相田桜子の笑い声が、ぱっと弾けた。


柔らかくて、明るくて、

耳に残る、優しい音だった。

その音を、こんなに近くで聞けていることが、

まだ少し信じられない。


こんなふうに。

自分の言葉で、誰かが楽しそうに笑ってくれるなんて。

その“誰か”が、目の前の彼女であるなんて。


胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。


さっきまで握りしめていたはずの“ほんの少しの勇気”は、もう形を変えて、確かにここに残っていた。


街のざわめきが二人を包む。

人混みの中を、並んで歩く距離。


ほんの数十センチのその間に、午前までとはまるで違う温度が、確かに宿っていた。



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