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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第76話 蒼淵に咲いた恋に当てられて


「…………。」


二人きりになったテーブルに、ふいに静寂が落ちた。


さっきまで四人分の笑い声やツッコミで満たされていた空間が、急に別の場所みたいに感じられる。


蒼太は、まだ熱の引かない頬のまま、隣にぴたりと腕を絡めている咲を見下ろした。

その視線に気づいた咲が、ふっと顔を上げる。


ニコッ。


目が合った瞬間、咲は何事もなかったみたいに、いつもの屈託のない笑顔で笑った。

その笑顔が、蒼太には余計にわからなかった。


「お前……軽いんだよ!」


思わず強く出た声に、咲はキョトンと目を丸くする。


「えー? 良いじゃん別に!」


「良くねぇよ!俺の魂の告白を、スマホの乗り換えプランみたいにそんなあっさりOKすんな!」


蒼太の眉が寄る。

胸の奥に溜まっていたもどかしさが、少し乱暴に言葉になって飛び出した。


「え、魂の告白だったの? 笑」


咲はくすっと笑う。

けれど蒼太は笑えなかった。


笑えるわけがない。


あの夜。

咲がボロボロになりながら、それでも笑おうとしていた顔。

泣きながら、自分には価値がないみたいに言った声。

その全部を見せられたあとで、ようやく絞り出した「好き」だった。


軽い気持ちで言えるわけがなかった。


「そりゃそうだろ!あんな最悪な場面の直後に、あんなタイミングで、本気じゃなかったらあんな事言わねーだろ」


冗談でも、勢いでも、慰めでもない。

あの瞬間、どうしようもなく咲が好きだった。

好きで、見ていられなくて、もう誤魔化せなかった。

なのに、その重さが伝わっていないみたいで、胸の奥がジリジリと苛立つ。


咲は、ふっと視線を落とした。

絡めていた腕はそのままなのに、さっきまでの軽い空気だけが、すっと消える。


「……………だって……そんなの、わかんなかったよ……」


さっきまでより、少し低い声。

笑って誤魔化す時の咲の声じゃなかった。


「……は?」


蒼太が戸惑って眉をひそめる。

咲は、顔を上げた。

その瞳には、もうさっきまでの茶化しは残っていない。


「あの言い方もどーかと思うよ?」


少しだけ拗ねたように、でも真剣に言う。


「“咲のそんなところが”って、それじゃ内面に対しての慰めにしか聞こえないし、友達としての“好き”だと思うじゃん!」


咲の声は強くない。

でも、ちゃんと傷ついた側の本音だった。


蒼太は、思わず視線を遠くへ投げる。

記憶を辿るみたいに、自分があの夜口にした言葉をひとつひとつ思い返す。


「……まぁ…………確かに……」


認めるしかなかった。

自分の中ではあれ以上ないくらい本気だった。

でも、それが“恋愛としての好き”だと伝わる形だったかと言われたら、確かに怪しい。


咲は、蒼太の腕に回していた両腕へ、ぎゅっと少しだけ力を込める。

その小さな力の入り方が、言葉よりも先に本音を漏らしていた。


「食らっちゃったんだよ!私はあれで、まじで蒼太に全部持ってかれた。」


ぽつりと落ちたその言葉に、蒼太の視線が戻る。

咲は、蒼太を見たまま、逃げずに続けた。

店内のざわめきが、遠くなる。


「だからこの数日間、ガチで蒼太の事しか考えられなくなったし……」


笑っていない。

誤魔化していない。

ただ、胸の内側にあるものを、そのまま差し出すみたいに言葉を置いていく。


「あ、蒼太なんだ……って思った。」


その声は、どこか静かだった。

何かにようやく気づいた人の声。


強くて。

硬派で。

誠実で。

真っ直ぐで。


誰かを好きになったら、絶対に半端なことをしない人。


軽く扱わない。

逃げない。

守ると決めたら、絶対きっと。


愛する人を最後まで守りぬく。




「私が本当に求めてた、運命の人。」




咲は、柔らかく微笑んだ。


照れも、駆け引きも、いつもの愛嬌もない。

ただ真っ直ぐに、蒼太だけを見つめていた。


その瞳のまっすぐさに、蒼太の胸の奥がドクンと大きく脈を打つ。


「…………だったら最初からその熱量で言ってくれ。」


ようやくそれだけ返すのが精一杯だった。


顔がまた熱くなる。

鼓動が速い。

落ち着かない誤魔化しのように、思わずストローへ手を伸ばす。


「そんなの……怖かったんだもん!蒼太は私を恋愛対象じゃないかもって思ってたから…」


咲は、少しだけ唇を尖らせた。

けれどその声には、さっきまでみたいな軽さはない。


「それでマジで告って、友達関係が気まずくなるのも嫌だったし……“そーゆう意味じゃねぇよ!”って、笑って流して貰えるように……したかったんだよ……」


その最後だけが、少し細くなった。


本当は怖かった。

傷つくのが。

拒絶されるのが。

今の距離すら壊れるのが。


咲はずっと、そういう怖さを笑顔の裏に隠してきたんだろう。


「私、人生で男子に告った事ないからさ!」


そう言って笑おうとするけれど、うまく笑いきれない。


「本当は……内心ガクブルでした。」


咲の声は、静かだった。

でもその静けさが、逆にどれだけ本気かを物語っていた。

ちゃんと本心を言葉にすること。

ちゃんと相手に“選んでほしい”と差し出すこと。

それが、こんなにも怖いなんて。


蒼太の表情から、すっと温度が消える。


「お前……その笑って内心隠す癖、もうやめろ。」


低くて、真っ直ぐな声。

咲は、何も言えなかった。

誤魔化しも、言い訳も、すぐには出てこない。


沈黙が落ちる。


でもその沈黙は、さっきの気まずさとは違っていた。

何か大事なところに、ようやく触れたあとの静けさだった。


「ビビってたって、へそ曲げたって、泣いたって……」


蒼太は、ポン、と優しく咲の頭に手を乗せた。


大きな手のひら。

強そうに見えて、驚くくらい優しい力。


そのまま、ゆっくりと髪を撫でる。




「全部ちゃんと可愛いから」




その言葉は、飾らないまま、真っ直ぐに落ちてきた。


優しくて、あたたかくて。

“顔が可愛い”とは全然違う場所へ届く言葉。


咲の喉の奥が、きゅうっと熱くなる。

視界が、一気に滲んだ。


「………っ」


こらえようとしたのに、もう無理だった。


「…ふ……蒼太ぁ……大好きぃ〜……」


泣きながら、咲は蒼太の身体へぎゅっとしがみつく。

その声は、さっきまでの“可愛く装う大好き”じゃない。

感情の底からそのまま零れた、本物の声だった。


「バカ! おま……ここで泣くな!」


蒼太は焦ったように周囲を見渡す。

店内の視線が気になるのか、照れているのか、自分でも分からないまま。


でも、咲を引き剥がしたりはしない。


むしろ困った顔のまま、少しだけ身体を寄せて、周りから見えにくいように隠すみたいに肩を抱いて、頭を撫でる。


窓の外では、夕方が少しずつ夜へ沈みかけていた。


明るいだけじゃない。

軽いだけじゃない。

笑っているだけでもない。


そんな咲を、蒼太は確かに抱きとめていた。



────────。



ドーナツの甘い匂いが、まだほんのりと服に残っている。

その余韻を引きずったまま、陽向は朔也に半ば引っ張られるように店を出て、二人は駅へ向かう道を並んで歩いていた。


夕方に差し掛かる前の、少し白っぽい昼の光。

人の流れは途切れないのに、どこかぼんやりとした時間帯。


「藤崎先輩…連絡入ってる?」


朔也は前を向いたまま、何気ない声で聞いた。


「そんなすぐ終わんないよ。担任と進路指導と、夏休みに仕上げたエッセイのチェックだもん。」


陽向の返事はあっさりしている。

事実だけを、そのまま置くみたいに。


それでも───


その瞳の奥には、声色とはそぐわないような影が一瞬だけ差し込んだのを朔也は見逃さなかった。


「待つ?」


「うん。朔也帰る?」


朔也はその問いに、ちらりと横を見る。


「いや……」


短い返事。

少しだけ視線が合う。

そのあと、すぐに逸れる。


なんとなく。

今の陽向をこのまま一人で置いていく事に、ほんの少しの抵抗感。


「待つなら……付き合うよ。」


ぶっきらぼうでもなく、優しくもない、ただ当たり前みたいな言い方だった。


「別にいいよ、図書室で本読んでるから」


あまりにも、軽く言う。

ほんの少し出した勇気を、あっさり踏み躙るみたいに。


「お前って本当可愛くねーな。」


「朔也に可愛いと思われる必要は無いので。」


少し呆れたような朔也の声に、間を置かずに返されたその言葉。

いつも通りのやり取り。

いつも通りの距離感。


改札が見えてくる。


人の流れが少しだけ増える。


電子音。

アナウンス。

電車の風。


現実に引き戻されるような、ざわめき。


二人は自然と歩調を緩めた。

改札が近づくにつれて、人の流れが少しずつ濃くなる。

電子音とアナウンスが重なり、ざわめきが空間を満たしていた。


そして──


改札の手前で、ふと足を止める。

流れていく人の波から、ほんの少しだけ外れたみたいに。


「てか、蒼太って咲の事好きだったの?」


陽向が、何気なく切り出す。


「あぁ、ね。」


朔也は軽く肩をすくめた。


「薄々“良いな”とは思ってんだろーなくらいは感じてたけど。」


「前に校門の前で咲の彼氏に突っかかったのも、謹慎食らった時に殴ったのも、今考えれば……あん時からガチで咲の事好きだった説あるくない?」


「だろうな。そんで、夏休み中に2人何かあったわけだ。」


「でも良かった!蒼太なら、これまでゆらゆらフラフラしてた咲の彼氏として最適だよ!普通にカッコ良いし、真面目で良い奴だし、女子として蒼太はアリ寄りのアリ!」


「まぁ、咲も普通に良い女だしな。」


朔也は鼻で笑う。


「あんな隠れメンヘラ拗らせ女じゃなかったら、俺もワンチャン全然行ってる。」


「なんか……最低ー。」


「なんでだよ!お前の発言だって似たり寄ったりだろ!」


軽口の応酬。

いつも通りの、くだらない会話。

なのに。

その奥で、朔也はふと気づく。


───羨ましい。


蒼太と咲。

あいつらは、ちゃんと踏み込んだ。

“友達”のままじゃ終わらなかった。


「しかし……」


ぽつりと呟く。


「ずっと友達だった関係が変わる時って、こーゆう時なんだな。」


陽向が小さく頷く。


「気持ちを伝えるって、大事なんだね。」


簡単そうに聞こえるその言葉が、やけに重く胸に落ちた。


──そんな簡単なことじゃない。


喉の奥で言葉が止まる。

蒼太も、咲も。

二人なりに、何かを乗り越えたはずだ。

踏み出した。

壊れるかもしれない関係の、その先に。


隣に立つ陽向を、横目で見る。


こいつはもう、藤崎俊輔と付き合ってる。

でも──


(あいつはどうだったんだろうな……)


鷹井綾真。

結局、一度でも気持ちを伝えたのか。

言えないまま、終わったのか。


「お前、高校入ってこれまで、藤崎先輩以外に誰かに告られたりとかした?」


「そんなのあるわけないじゃん。」


陽向はあっけらかんと笑う。


「高校入ってどころか、今までの人生で、罰ゲームとかネタ以外でガチで告られたのなんて、俊ちゃんだけだよ!」


朔也は、思わず言葉を失う。

これまで誰からも告白された事もない非モテ女が、たった一人、唯一告白された相手が。


全校の女子が憧れてるような男。

全知全能の、藤崎俊輔。


こいつは、規格外にも程がある。


「ひなは……」


気づけば、声が落ちていた。


改札前。


人のざわめきの中で、

そこだけ少し音が遠くなる。


「来年、藤崎先輩と別れてから……」


自分でも、何言ってんだと思いながら。


「…ずっと友達だと思ってた奴から告られたら……恋愛対象に変わる?」


陽向は少しだけ考える。

視線を宙に泳がせて──


「うーん……意識はするかな。」


その一言。

ドクン、と心臓が強く跳ねた。


その瞬間、抑えきれなかった。


「………………それが……………俺でも……?」


気づいた時には、もう遅い。

声になって、こぼれ出ていた。

小さく。

ほとんど、掠れるような音で。


陽向は、その微かな声を拾うように、少しだけ朔也へ身を寄せる。


「ん?」


耳を近づける。

その距離に、一瞬だけ息が詰まる。




──もう、引けない。




「もし俺が……….…」



喉が乾く。

それでも、目を逸らさない。






「…………お前に告白したら……どうする?」






今度は、はっきりと。

逃げずに、伝えた。



一瞬の沈黙。



そして。







「は?きしょ。ありえないんだけど。」






(で、しょーね!!!!)



予想通りの返事。

でも、予想以上に容赦ない。


「女たらしで、浮気症な上に、言葉は悪くて、口うるさい。例え無人島で2人きりになったとしても。朔也を意識する事だけは絶対に無い!」


「なっ!?」


思わず声が裏返る。


「……くっ……お前……っなぁ……」


胸の奥から、グワッと苛立ちがせり上がる。


「俺だって、お前みたいなズボラ風呂キャン女なんて、ナシ寄りのナシだあぁぁーーー!!!」


「同ー意。」


陽向はあっさり頷く。


「じゃ、さっさと帰りなー」


ひらひらと手を振って、そのまま人の流れの中へ溶けていく。


振り返らない。

迷いもない。


消えていく背中を、朔也はただ、見送った。


ざわめきが戻る。

電車の音が近づく。


いつも通りの駅。

いつも通りの空気。


それなのに。


胸の奥だけが、ほんの少しだけ、静かに痛んでいた。


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