表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/26

第68話 狼さんに、食べられたい!

※X(旧Twitter)にて第65話イラスト公開しました!

https://x.com/exbrrh2oof32785?s=21


後片付けを終えた二人は、浴室にお湯が溜まるまでの時間を、リビングのソファでのんびりと過ごしていた


「ねぇ。」


陽向がふと、口を開く。


「俊ちゃん今日なんか…いつもと違くない?」


突然の言葉に、俊輔は一瞬だけギクッと瞬きをした。


「えっ?なにが?」


陽向は身体をぐっと前へ寄せる。

ソファのクッションが沈み、二人の距離が一気に縮まった。


「図書室で二人の時は絶対甘えてくるし、私のこと必ず膝に乗っけるのに、今日は私からしか甘えてない!」


(…………えーーーーーー………)


俊輔の頭の中で、間の抜けた声が響いた。

自分でも気づいてなかった、今日の自分の行動。

言われてみれば確かにそうだ。

一日中、意識して距離を取っていた。


「……………。」


沈黙が落ちる。

俊輔は何も答えられなかった。


(変なところ鋭いの…なんなんだ…)


陽向はじっと俊輔の顔を覗き込んでいる。

逃げ場がない。


「なんで黙るのっ!!」


いつもの喧嘩の時のような、陽向の覇気の風圧が飛ぶ。

俊輔は喉を鳴らした。


ゴクリ。


心の中で深く息を吸う。

そして、腹を括る。


「そんなことないよ…ほら、おいで。」


いつものように、手を伸ばす。

図書室で何度もしてきた動き。

自然なはずの仕草。

陽向の腕を軽く引き寄せて、自分の膝の上へ座らせる。


けれど——


今日は、その感触がまるで違っていた。


パーカーを羽織っているとはいえ、デニムの大胆な切れ目から覗く肌が、俊輔の太ももへ直接触れている。


白い肌。

柔らかな温度。


(……ダメだ……)


俊輔は思わず視線を逸らした。

身体が、わずかに固まる。


「俊ちゃん?」


陽向は、俊輔のいつもと違う様子に違和感を感じて顔を覗いた。


「ん?」


俊輔は慌てて笑顔を作る。

なるべく平然を装って。

けれど、自分でもわかるくらいぎこちなかった。

陽向の瞳が、じっとこちらを見つめている。


「もしかして……なんか緊張してる?」


「………っ!」


胸の奥を、指で突かれたみたいだった。


図星。


一日中格闘しながら必死で隠してきたものを、いよいよ見抜かれた。


「……そんなことないよっ!」


反射的に否定する。

声が少し裏返る。


「……じゃあ……いつもみたいにぎゅってしてよ……今日私からしかしてないよ……」


寂しそうに、甘えたような声。

拗ねたように尖らせた唇。

俯き気味の角度から上目遣いに見上げるその瞳。


(………〜〜〜〜っっっ)


理性が、警報を鳴らしている。

俊輔の本音は必死でお断りしたい。

目の前にいるのは、肩を落として少し寂しそうにしている陽向。


そんな顔をされたら——

断れるわけがない。


それに。

本音の裏の本音は、抱きしめたい。


ぎゅうぅっ


俊輔は、何かを諦めるみたいに腕を回した。

陽向の身体を、しっかりと抱き寄せる。

そのまま胸の奥から、言葉が溢れてしまった。


「…陽向と……二人で旅行してることに…照れちゃって……」


心臓が速くなる。

鼓動が、腕の中の陽向に伝わってしまいそうだった。


「だって…陽向が……」


言葉がうまく出てこない。


一日中、視界に入り続けていた彼女の姿。

浅いデニム。

覗く肌。

無防備な笑顔。


その何もかも全部が、理性を揺さぶり続けていた。


「…か、可愛い…か…ら……」


必死で言葉を選びながら、次から次へと溢れる感情。


きゅうぅぅぅんっ


その瞬間、陽向の胸が強く締めつけられた。

照れる様子に愛しさが溢れて、思わず俊輔の首に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返す。


「もーーなんでそんなに可愛いのーーーーっっっ」


陽向に抱かれる腕の中。

煙の匂いに混じった彼女の甘い香り。

強く押し当てられて密着する身体。

柔らかな温度。


ポーッと霞んでいく頭の中。


理性がじわじわと溶けていく。





(………もう………………限界…………………)





俊輔は、無意識だった。



陽向を抱きしめていた腕の力が緩む。




スルリ……




俊輔の腕は、自然に……




ゆっくりと……




手のひらが……





陽向の腰へと下がっていく。







その瞬間──






ピーッ!ピーッ!ピーッ!


「あ、お風呂沸いた!」


陽向がパッと顔を上げる。

そして弾かれるように俊輔の腕から離れた。


「じゃあ行ってくるねっ!」


そのまま準備していたタオルやルームウェアやメイクポーチなどのお風呂セットを持って、サッとバスルームへ消えていく。


パタパタと足音が遠ざかり——

扉が閉まる。


残されたリビング。


一気に静まる空間。


俊輔は、そこでようやく一気に我に返った。


(………わーーーーーー!!!!)


頭を抱えた。

心臓がバクバクと暴れている。

両手で髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。


「本当にもう……勘弁してよ…陽向ぁ………」


小さな独り言。


その声は、バスルームから聞こえてきたシャワーの音に、静かに掻き消されていった。




──しばらくして。



シャワーの音が止まる。

バスルームの扉が閉まる、控えめな音。

それに続いて、ドライヤーの低い風の音が、廊下の向こうからかすかに聞こえてくる。

ブォォ…という静かな風の音。

その合間に、カタ、と何かを置く小さな音。

鏡の前で動いている気配。


小さな物音がいくつか続いてく──


普段、学校では決して聞くことのない陽向の生活の音。

それが今、同じ空間で鳴っている。

俊輔はソファに腰掛けたまま、ぼんやりとその音に耳を澄ませていた。


胸の奥が、少しだけくすぐったい。


一緒に生活をしている──


たった一日だけの、仮の時間。

それでも、その感覚は思った以上にリアルで、心の奥に柔らかく広がっていく。


リビングの窓の外では、夜の気配が少しずつ濃くなっていた。

遠くの海はもう暗く沈み、庭のソーラーライトだけが芝生を静かに照らしている。


俊輔は小さく息を吐いた。


胸の鼓動は、まだ完全には落ち着いていない。

今日一日ずっと、理性と格闘していたからだ。


その頃──


洗面所。


「よし…大丈夫かな」


鏡をじーーーーっと見つめる陽向。


アイテープ違和感ないかな……

眉毛、濃すぎないよね……

極薄リップティントは、水で濡らして擦ってテストしても……うん、落ちない。

ナイト用の下地とパウダーで、スッピンっぽい美肌も作れてる。


やば、完璧。


そしてふと、胸元へ視線を落とす。


新品のランジェリー。


タグ用の透明紐とか……残ってないよね。


一応ショートパンツのウェストを引っ張って下のインナーも確認。


(…よしっ!)


そして──


カチャ。


バスルームの扉が開いた。


「俊ちゃん次お風呂入ってきていいよー」


軽い声だった。

いつもと同じ、何の気負いもない口調。


俊輔はソファに座ったまま「うん」と返そうとして──


「…………」


言葉が出なかった。


バスルームから出てきた陽向の姿が視界に入った瞬間、俊輔の思考が一瞬で止まったからだ。


いつもの巻き髪ではない。

お風呂上がりでふわりと乾かされたストレートの髪。

湯気を纏ったようにほんのり艶のある頬。

柔らかく整えられた前髪の横には、小さなピンクのヘアピンが留められている。

いつもの陽向なのに、どこか少しだけ夜の雰囲気をまとっている顔。


そして、視線が自然と下へ落ちる。


パイル生地の半袖ルームウェア。

淡いピンクと白の太めボーダーのパーカー。

ふわふわの柔らかい素材で、まるでぬいぐるみみたいな質感。

フードの後ろには、ぴょこんと垂れたうさぎの耳。

セットアップの短いショートパンツの後ろにには小さな丸いしっぽのポンポンまでついていた。


雷のような衝撃が走る。


(…可愛いいぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜………)


その言葉が頭に浮かんだ瞬間、俊輔の脳が完全にフリーズした。

そのまま陽向は、まるで何事もないようにリビングを横切り、キッチンの冷蔵庫の前へ歩いていく。


ガチャ。


冷蔵庫を開ける。

身体を引いて、飲み物を取り出す。

その動きで、背中に垂れているうさぎフードの耳がふわっと揺れた。

グラスにお茶を注いだ陽向が、リビングのソファで固まっている俊輔へ向かって近づいていく。


そして──


「………っっっ!!!!」


俊輔の息が止まった瞬間。


ちょこん。


まるでそこが定位置かのように、俊輔の膝の上に座った。

上半身と同じ素材のショートパンツ。

ふわふわの生地が太ももの途中で止まり、その下から、すらりとした素足がそのまま伸びている。


白い脚。


お風呂上がりの体温がまだ残っているみたいに、ほんのり色づいた肌。

柔らかい温度が、太もも越しに伝わってくる。


(…あーっ……なんで見ちゃうんだ…っバカ…!)


慌てて視線を逸らしながら、心の中で自分を叱りつける。


昼間は陽向いわく、Y2KのなんとかストリートなんとかアウトドアMIXコーデ。

大胆なあのデニム。

ピンクの紐。

何度も自分の理性が崩壊しかけたあの姿。


そして今──

もこもこのうさぎ。


(……ギャップが………)


破壊力が、違う。


俊輔の心臓が、ドクンと強く跳ねた。


「なんで…うさぎ?」


俊輔は必死に冷静さを取り戻すように、笑顔で話題を振った。


「テーマはえーと確か…」


陽向の黒目が一瞬天井を向く。

朱里師匠の言葉を必死に記憶の引き出しから探り当てる。


そして───


「あまりにも可愛くて狼やライオンがついつい“食べたくなっちゃう”草食小動物 !…だったかなっ」


ピシャーーーーーーーーーーーーーン!!!!


本日最大の雷が、俊輔の頭上に落ちた。


「俊ちゃん?聞いてる?」


その無邪気な笑顔に、俊輔の思考は、再び真っ白になった。


「き…聞いてるよ……」


霞む思考で、半ば無意識に言葉を返す。


「ねー可愛いー?」


甘えた声。

首に回してくる腕。

上目遣い。


「…かかか、可愛い…過ぎる……やば……」


胸の内から抑えきれない本音がそのままダラダラ溢れ出てくる。


「えへへっ嬉しいー!」


俊輔は必死で自分を繋ぎ止めようと懸命に足掻く。


「でも食べられちゃったら……困るじゃん…」


しかしその足掻きは、逆効果となって陽向の天然無自覚という攻撃力を最大にしてしまった。




「俊ちゃんになら、食べられてもいいよ?」




屈託のない、眩しい笑顔。


(……わーーーーーーーーーっっっ!!!!)


限界突破してしまった俊輔は、思わず膝上の陽向を押し退けた。


「せ、せっかくお風呂上がりなのに…陽向に…っ煙くさいの移っちゃうから……」


そしてガバッとソファから立ち上がる。


「僕も…お風呂入ってくるね……っ!」


耳まで真っ赤に染まり、顔全体が燃えるように熱い。

心臓が飛び出しそうなほど爆発している。


俊輔は逃げるようにバスルームへと駆け込んだ。


リビングのソファにぽつんと残された陽向。


「…………真っ赤になり過ぎじゃね?笑」


自分がなにを言ったのか、全く一ミリも自覚していない。

さっきの俊輔の様子が頭の中に蘇る。


(…かかか、可愛い…過ぎる……やば……)


嬉しかった。

真っ赤になって照れながら、本気で可愛いって思ってくれた。


陽向は両手をグーにして、天井へ掲げた。


「朱里師匠!大成功ですっ!」


夜の静かなリビングに、その声だけが小さく弾けた。



────────。



己の煩悩を洗い流すかの如く、俊輔は頭から全身にシャワーを浴びる。


勢いよく落ちてくるお湯が、髪を濡らし、肩を伝い、背中を流れていく。

俊輔は、シャワーの温度を下げた。

ヒンヤリとしたぬるま湯を全身に浴びる。

それでも身体の内側にこもった熱は、まるで引く気配がない。


俊輔は目を閉じ、額に手を当てた。


湯船に浸かってもいないのに、全身が燃えるように熱い。


普段の陽向は天然で。

純粋で。

真っ直ぐで。

すぐに怒るし。

すぐに笑うし。

天真爛漫という言葉を、そのまま形にしたような女の子。


それなのに——



(私は、俊ちゃんとなら大丈夫だよ。何が起きても。)


(俊ちゃんになら、食べられてもいいよ?)



突然の言葉は予想外で。

完全な不意打ちで。


いつまで経っても、意表をつかれる。


出会った頃は、近づく事すら出来なかったくせに。

手が触れるだけで勢いよく後退していたくせに。

毎回いつも、すぐに図書室から逃げ出していたくせに。


どうして平気で、あんな事を言うんだろう。


俊輔のHPレベルはゼロどころかマイナスまで削られそうな勢いだった。


膝の上に乗せろとか。

ぎゅっとしてとか。

陽向にとってはきっといつも通りの日常の一部なのかもしれない。


図書室。

放課後。

いつもしていること。


だけど今日は違うじゃないか。


旅行で。

山奥に二人きりで。

同じ屋根の下で、夜を迎えていて。


陽向はそれを、わかっていないかもしれない。




それでも僕は………これ以上は耐えられない。




シャンプーを流し、身体を洗い終えた俊輔はシャワーを止めた。


浴室に、急に静けさが戻る。

水滴が、ぽたり、ぽたりと落ちる音だけが残る。


(……陽向………お願いだから………)



僕を優等生のままで、居させてくれよ。



髪をかき上げながら、俊輔はゆっくりと湯船に足を入れた。

熱すぎない温度の湯が、ふくらはぎを包み、腰まで満たしていく。

肩まで浸かった瞬間、全身から力が抜けた。


小さく息を吐く。

浴室の天井を見上げながら、俊輔はそっと目を閉じた。


すると、すぐに瞼の裏に浮かぶ。

あの笑顔。


うさぎのルームウェア。

上目遣いの瞳。

無邪気な声。

胸の奥が、また熱くなる。



恋が、こんなに恐ろしいなんて。



トクン、トクン、と胸が高鳴っていく。


鼓動が、静かな浴室に響いている気がした。

俊輔は深く息を吸い、そして長く吐き出した。


「…はぁ〜………」


胸の奥に溜まった熱を、どうにか外へ逃がそうとするみたいに。




多分もう………無理かもしれない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ