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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第64話 色気は、作れる!


八月の第三週。


俊輔がニューヨークから帰国してすぐの日程で、その旅は”決行”へと決まった。


一泊するだけ。

星空を見るだけ。

恋人と同じ部屋で過ごすだけ。


——なのに、どうしてこんなに怖いんだろう。


親には言えない。

嘘をつく。

バレたら怒られる。

最悪、俊輔との関係そのものが壊れるかもしれない。


怖い。

でも、行きたい。


“残り七ヶ月”のなかのたった一泊。

あの図書室で交わした星空の約束を、なかったことにしたくない。


上手く、やらなくちゃ。


その焦りみたいな熱を抱えた日々の中、陽向は自室のクローゼットを開けて腕を組み、服の列と睨めっこした。


「うーーーーん…………」


(お泊まりデートって……どんな服が正解なんだ……?)


普段みたいに街へ出るわけじゃない。

基本過ごすのは多分部屋。

人混みに行くわけでもないのに、バチバチの外出着は、逆に浮く気がする。


でも部屋着と言っても——陽向の部屋着は、だいたいが“生活”すぎる。

ヨレたTシャツ、謎のキャラ物、色あせた短パン。

そのまま鏡の前に立ったら、恋より先に現実が勝ちそうなやつ。


夕方からはテラスで二人バーベキューしようって話にもなってるし、動きやすさも必要。

煙がついてもまあ許せる服。

でも、可愛くも見られたい。


可愛く見られたいのに、頑張りすぎだと思われるのもなんか嫌で。

自意識がぐちゃぐちゃで、正解が見えない。


(それなりに動きやすくて、それなりに可愛い服なんて……私持ってなくない?)


頭の中に、俊輔の顔が浮かぶ。


(陽向の顔……好きだけどな)


思い出すだけで頬が熱くなる。

自分の事を、可愛いと言ってくれる彼。

彼を頭に浮かべるだけで、胸がキュンと鳴る。


(早く会いたいな……)


もっと、可愛く見られたい。


そりゃ誰だって、女の子なら。


好きな人に見られる自分は最高に可愛い自分でいたい。


「…これは………」


その結論が出た瞬間、逆に胸がすっと軽くなる。


「師匠にヘルプ要請だーーー!!!」


陽向はスマホを掴み、迷いなく朱里の名前をタップした。

画面の光が、暗めの部屋で妙に白い。


最強ギャル。

朔也の元カノ。

そして、“今の私”を作った人。


勢いよくLINEを打ち込み、送信する。

既読がつく前から、陽向の心は少しだけ落ち着いた。




────────。




決行日が三日後へと迫る緊張の中、陽向は朱里と街にいた。


昼の熱気がまだ残る夕方。

アスファルトからの照り返しがじりじりと足首を焼いて、店から漏れる冷房の風が通りすがりの肌を一瞬だけ救う。

どこかの店のスピーカーから夏の流行り曲が流れ、駅前の人波は“夏休みの音”をしている。


朱里は、そんな街の熱に負けない格好をしていた。

今時風でお洒落な夏のコーデ。

肌見せも、抜け感も、全てが計算されていて、“自分が主役”の空気を纏っている。


朱里が選ぶ服は、存在そのものが強い。

“可愛い”を、自分の権利として着ている感じ。


そして、陽向は——その隣で何度も何度も鏡を見ては、眉を寄せた。


「え、このデニム股上短くない…?脚も出すぎじゃない……?」


「出してこ♡」


「パンツ見えるくない……?」


「そこは敢えてで見せてこ♡ローライズはパンチラが正解なの!」


朱里は笑いながら、当たり前みたいに言う。


「色気は女の最大武器。色気は自分で作りに行く!」


露出が多ければ多いほど可愛いが正義の朱里と、派手で大胆な服装がどうしても恥ずかしい陽向。

押し問答は何度も繰り返される。


でも、押し問答を繰り返すうちに不思議と“ちょうどいいライン”が見えてくる。


動きやすい。

それなりに可愛い。

頑張りすぎてない。

でも、だらしなくない。


——そして、いちばん大事なこと。


「これは男ウケ優勝。俊ちゃん絶対好き。」


朱里のその一言が、陽向の胸にすとんと落ちた。


“絶対好き”。


その言葉だけで、怖さが少しだけ薄まる。

肌見せもパンチラも、“俊ちゃんの笑顔”を思い浮かべるだけで勇気が出せる。



恋の力は怖いほど、絶大だ。



結果。


「うん。完っっ璧なY2KグランジホエールテールストリートアウトドアMIXコーデだわ。」


「なに語ですか?」


動きやすいのに可愛い夏のアウトドアコーデ。

本格的な山キャンプほど本気ではなく、ペンションリゾートBBQにピッタリのカジュアルコーデ。

外にも出られるのに、部屋でも浮かない。

そして、癒したっぷりの可愛らしいルームウェア。

そして、肌寒い時の防寒である薄手パーカーすらも洗練されたデザイン。


ファッションを整えたところで朱里は当たり前のように次の店へ。


「次は、ランジェリー!」


「ら、ランジェリーっ!?」


「当たり前でしょ?どうせ小学生みたいなパンツしか持ってないんだから」


「そ…そうだけど……下着までそんなガッツリ見る事ないよ……」


「なに言ってんの!昼間のパンチラでどんだけ殺すかで、夜の燃え方が全然変わるんだから!俊ちゃんと思いっきりファイヤーしよっ!ファイヤー!!」


「わーいいねっ!キャンプファイヤーとかしたい!」


“燃える”の意味を履き違えてる陽向は、朱里に乗せられるがまま、ランジェリーショップで攻めたデザインの下着をチョイスする。


一泊二日の旅を甘く彩る“最強セット”が、ようやく揃った。


星空の約束が、現実の手触りに近づく。

陽向は袋を抱えながら、息を吐く。


“行く”って決めた自分を、初めて肯定できた気がした。


こうして、朱里フルプロデュースによる“俊ちゃん撲殺作戦フルコーデ”で仕向けられた陽向を前に、俊輔は果たしてどこまで自分を保てるか。

陽向の恐ろしいまでの無自覚は、俊輔の煩悩をどこまで追い詰めてしまうのか。


全ては三日後の夜。


その答えは明らかとなる───。




────────。




二人はファーストフードで休憩する。

店内の冷房が肌に当たって、汗が一気に引いていく。

冷たい飲み物の氷がカラン、と鳴って、夏の喧騒がガラス越しに少しだけ遠くなる。


「いやーてかさ…本当に推しの神様と付き合っちゃうなんてなぁ〜」


朱里がストローを噛みながら、にやっと笑う。


「ひなちゃんのポテンシャルはガチでえぐかったわ」


「全ては朱里師匠のお陰様様ですわ。もー全力で頭が上がりません!」


陽向は両手を合わせる勢いで頭を下げる。

冗談めかしているのに、言葉の中身は本気だ。


朱里はふと、高一の春を思い出した。


陰キャで、お洒落とは程遠い幼なじみが初恋に芽生えたので垢抜けさせてほしい、と当時付き合っていた朔也に頼まれて手を貸した。


朔也の事が大好きで。

彼の頼みはなんでも聞いてあげたかった。

彼が喜ぶなら。

彼が「ありがとう」って笑うなら。

どんな事でも自分が力になれる事が嬉しかった。


そんな遠い日々が懐かしい。


朱里はふと、わずかに目線を落とし、声のトーンが落ち着いた。


「……朔也の様子は?どんな感じ?」


“私という彼女がいながら”

朔也はこの子を好きになった。

そのひなちゃんが、藤崎先輩への初恋を叶えた。

きっと、へこんでるだろう。


……それは、私を裏切った報いだ。


私は今、私の過去の恋敵を前しにて笑っている。


「どんな感じって?まー普通かな。朱里ちゃんに振られて以降、特に彼女も出来てる様子もないし…」


陽向は天井に視線を投げた後、ニコッと笑った。


「実は結構引きずってたりして!ヨリ戻したら?」


相変わらず朔也の想いは、この子に一ミリも伝わっていない。

なんというヘタレ男なのだろう。


朱里は敢えて笑う。

軽く、明るく。


「っはは!あんな女ったらし、微塵も未練ないわ」


“微塵も”と言ったら嘘になる。

あんなに大好きだった人を、簡単に忘れられるわけがない。


「えー…そっかぁ…」


寂しそうな表情を浮かべる陽向に、朱里は少しだけ胸を張るみたいに言う。


それでも私は今、前を向いている。


「私ね、もう彼氏いるんだ」


「えぇっ!?もう!?」


朱里の言葉に、陽向は目を丸くした。


「うん。バ先の先輩で21歳の大学生。」


「21ーーーーーーっっっ!!!??」


陽向は思わず声がひっくり返って、すぐに周りを見て口を押さえる。


「わー…大人だぁ………」


陽向は驚きを鎮めるように、ドリンクのストローを指先でくるくる回した。


朱里は、軽く肩をすくめる。


「そ。朔也みたいなクソガキと違って、大人で一途で誠実なの。包容力が全然違う!」


そう言いながらも、朔也の方が好きだった。

いつもバカみたいに笑い合って、ベタベタくっついて、背伸びもしない、素の自分でいられた。


陽向は、その“包容力”という言葉に、胸が少しだけきゅっとなる。


大人の恋愛って、どんな感じなんだろう。

自分達みたいに、禁止事項だらけで厳しくて息の詰まる交際とは違うのだろうか。


「………あの……因みに……」


陽向はゴクリと固唾を飲んだ。

声が無意識に小さくなる。


「お泊まりデート…とか……した事ある?」


恐る恐る、聞いてみる。

聞いた瞬間、自分の耳が熱くなる。


朱里は、あっけらかんと笑った。


「そんなのしょっちゅうだよ?彼1人暮らしだもん」


「えぇっ!!」


陽向は再び声が裏返る。

朱里は同い年なのに、自分とはまるで世界が違うステージに見える。


「スッピン見せてる!?」


「あーね?最初は抵抗あったけど、最近は全然見せてるかな。」


「朱里ちゃんはどうせスッピンも可愛いもんなぁ……」


陽向はシュン…と肩を落とす。

可愛さって、才能なのかもしれない。


朱里は陽向の表情を見て、すぐに理解したみたいに口角を上げた。


「もしかして、旅行でスッピン見られる心配してる?」


「めっちゃしてる」


即答。

隠す必要もないくらい、そこが一番怖い。

朱里は、当然みたいに言った。


「そんなの、お風呂上がりにナイト用のメイクするのが鉄則でしょ」


「ナイト用?」


「お風呂入る時にメイク道具持ってって、洗面所でそのままメイクして出るんだよ。まさか一緒にお風呂入るわけじゃないよね?」


「んなわけあるかーっ!!」


陽向は反射で叫んで、すぐにまた周りを気にして声を落とした。

心臓がバクバクしている。

朱里の話は非現実的すぎて、想像もした事のないような話しに勝手に脳が暴走しそうになる。


「つけたまま寝られるナイト用の下地とかパウダーでも、結構スッピン風でカバー力高いやつあるから買いに行こ!あとはアイテープと薄く眉毛書いて、それだけでも夜は充分盛れる!」


“夜は充分盛れる”。


その言葉に、陽向の胸が弾んだ。

不安がスッ解消されていく。

準備が“現実”になると、心が少しだけ前へ進む。


朱里は迷いなく立ち上がり、紙袋を持つ陽向の手を引っ張った。


「さっ、行くよ!」


陽向は半歩遅れて立ち上がりながらも、引かれる手の温度に、なぜか少しだけ安心していた。


ファーストフード店の自動ドアが開く。

外の熱気が、どっと押し寄せる。


——その熱が、旅の緊張みたいに胸に入ってくる。


それでも陽向は、朱里に手を引かれながら歩き出した。



どんな不安も、怖さも、心配も。


いつだって、強い自信へ変えてくれる。


私の全てを変えてくれた人。


可愛くて、お洒落で、眩しくて。


真っ暗だった世界を明るく照らしてくれる私の太陽。


「朱里ちゃん、待ってー!」


怖いのに、行きたい。

行きたいのに、怖い。


その矛盾を抱えたままでも。

背中を押されて、ちゃんと前に進めるんだと——


初めて、思えた気がした。




────────。




秘密のデート、前夜。

夜の部屋は、いつもより騒めいていた。


窓の外では、昼間の蝉の代わりに、遠くの車の走る音だけがゆっくり流れている。

街の熱気がまだ空気の奥に残っていて、窓を少し開けると、ぬるい夜風がカーテンを揺らした。


「電話は常に、絶対いつでも気付くようにしといて!ママから電話来たらスピーカーで咲の声BGMとして流すから!」


ベッドの上に広げられた、紙袋。


朱里と一緒に選んだ服。

アウトドア用のコーデ。

可愛いルームウェア。

そして——袋の奥に、少しだけ攻めたランジェリー。


その全部が、明日を現実にしようとしているみたいで、胸の奥がざわつく。


怖い。

でも、楽しみ。


その二つの感情が、心の中で同時に膨らんでいく。


《はいはいわかってるって。“陽向ー!このお菓子めっちゃうまーい!”とか適当に騒いでおけばいいんでしょ》


電話越しに聞こえる、咲の軽い笑い声。

その明るさが、少しだけ安心をくれる。


陽向は、咲と電話で作戦会議の最終大詰め。


「咲のママにも、口裏大丈夫だよね?念の為お兄ちゃんにも!」


《もう言ってあるよ》


さらっと言うけれど、その言葉の重さは大きい。

陽向は一度、息を吸った。

胸の奥に引っかかっている、もう一つの不安。


母親よりも厄介で、母親よりも面倒で。

そして——一番厄介な人物。


「あとは…」


言いながら、無意識に眉が寄る。


「絶対!死んでも!朔也には言わないでよね!」


その名前を口にした瞬間、心臓が少し跳ねた。

いつも父親ムーブで、口うるさくあれこれ制限してくるあの男。

男友達の綾真が家に遊びに来ただけで大騒ぎし、二度目の時には本当に邪魔しに来た。


——あれが監視だった事くらい、当たり前に見抜いている。


もしこの計画を知ったら。

お泊まりデートなんて、100%阻止される。

ブチギレられて、母親にチクられて、最悪の場合——


伊豆高原まで私を回収しに来る可能性すらある。


想像しただけで、背筋にぞくりと冷たいものが走る。

電話の向こうで、咲が小さく息を吐いた。


《言えるわけないじゃん…そんなのバレたら私が朔也に殺されるよ》


咲の背筋にも、同じような冷たい感覚が走る。

その言葉に、二人同時に少しだけ笑う。

でも、その笑いはどこか本気だ。


「ありがとっ!もーさすが咲は私の世界最強ニコイチ!」


陽向はパッと声を明るくする。


《陽向のためなら、私に出来る事はなんでもするよっ!》


電話越しでも、咲の笑顔が浮かぶ。

その笑顔は、いつも陽向の背中を押してくれる。


通話を切ったあと、部屋の静けさが戻る。


陽向はゆっくり立ち上がり、バスルームへ向かった。


浴室の灯りをつけると、白いタイルが柔らかく光る。

シャワーを流す音が、静かな家の中で小さく反響した。

湯船に身体を沈めると、熱がゆっくりと体の奥へ染み込んでいく。


ふう、と息を吐く。


トリートメントを丁寧に髪へなじませる。

肌にパックを貼る。

明日の自分を、少しでも可愛くするための準備。


臨戦態勢。


好きな人に会うための、女の子の戦い。

鏡に映る自分の顔を、ぼんやり見つめる。

俊輔の言葉が、ふと蘇る。


——陽向の顔……好きだけどな。


その一言を思い出すだけで、頬が少し熱くなる。

湯気の中で胸が小さく高鳴り、思わず顔を半分湯船に沈める。


怖い。

でも、楽しみ。

怖い。


でも、会いたい。


“残り七ヶ月”。

その中の、たった一泊。


星空の約束。

秘密のデート。


陽向は、そっと目を閉じた。

湯船の水面が、小さく揺れる。


そして——


ついに、その日を迎える。




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