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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第57話 一難去ってまた一難

※X(旧Twitter)にて第57話イラスト公開しました!

https://x.com/exbrrh2oof32785?s=21


そして迎えた、総選挙当日。


体育館の床は、朝の光を淡く反射していた。

ワックスの匂いと、微かな埃の気配。

並べられたパイプ椅子が整然と揃い、ざわめきが天井の梁に絡みつく。


一年前のこの舞台で、自分の人生はひっくり返った。


壇上に立った時の、あの足元の頼りなさ。

膝が、意思とは無関係に震えていた感覚。

マイクを握る手が汗で滑り、声が喉に引っかかって、何度も息を吸い直した。


あの日の体育館は、やけに広くて、やけに遠かった。


壇上から見下ろした最前列。

生徒会役員たちは、まるで別世界の住人みたいだった。


整った姿勢。

揺るがない視線。

圧倒的な存在感。


偉大で、遠くて、眩しかった。



それが今。

自分は、副会長という肩書きで。

憧れていた俊輔の隣に座り、最前列から壇上を見上げている。

信じがたい状況に、現実味がない。



それでも自分は今──


ここにいるんだ。



陽向は、そっと隣を盗み見る。


俊輔の横顔は、静かで、凛としている。

背筋は伸び、視線はまっすぐ壇上へ向いている。

その横顔は、やっぱり少し遠い。




ねぇ。


俊ちゃんも、一年前の今日を思い出してる?


あの時、壇上から私と目が合った瞬間を、覚えてる?


あの一瞬。

世界の音が全部遠のいて。

あなたの瞳だけが、やけに鮮明だった。


全身から溢れ出す止まらない汗。

震える声。

うまく言葉にならない想い。


伝わりますように。

届きますように。

叶いますように。


祈るみたいに、必死だった。



あの時、俊ちゃんは──


どんな気持ちだったかな。



今なら、少しはわかるのかな。

あの壇上から見える景色の重さを。






候補者たちの演説が、熱を帯びて続く。


声の強弱。

拳を握る音。

椅子を引く微かな軋み。


拍手が体育館に波紋のように広がり、やがて静まる。


総選挙は、無事に終了した。


しかし、現・生徒会役員の仕事は、ここからが本番だ。


六時間目終了のチャイムが鳴り終わると同時に、各教室で投票箱が封印される。


テープが貼られる音。

担任の確認の声。

紙の擦れる音。


昇降口の喧騒とは対照的に、生徒会室は静まり返っていた。


窓の外では、部活の掛け声が遠く響いている。

けれど、この部屋の空気は張り詰めている。

投票箱が次々と運び込まれ、机の上に整然と並べられる。


俊輔が口を開いた。


「封印の状態、各クラス確認します。晴翔、右側からお願いします」


低く、落ち着いた声。


もう一人の三年生副会長、瀬戸晴翔が無言で頷く。

眼鏡の奥の視線が、テープの端を一つずつ確認していく。


陽向は、チェック表を握りしめていた。

紙が少しだけ、湿っている。

初めての選挙管理。


さっきまでの体育館の熱とは違う、静かな緊張が、背中を這い上がる。


顧問の声が落ちる。


「開票、開始しましょう」


その一言で、空気が一段階沈んだ。


机を二列に並べ、二人一組で作業を分担。


票を開く。

名前を読む。

記録する。


「会計候補…二年一組──」


淡々と読み上げる声。


紙を捲る音。

ボールペンを走らせる音。

電卓を叩く、乾いたリズム。


票の山が、少しずつ低くなる。


数字が並ぶ。

整列するはずの数字が、陽向の目の前で揺れる。


32。

48。

57。


……あれ?


合わない。


胸の奥が、ヒヤリと冷える。


もう一度、電卓を叩く。


カチ、カチ、カチ。


んん?

さっきの数字と違う。


もう一度最初から。


数字が、ただの記号になる。

意味を持たない塊みたいに、頭の中で跳ね回る。


呼吸が浅くなる。


もう一回。


……違う。


手のひらに、ジワッと汗が滲む。


「……星野さん?……記録出来てる?」


三年生副会長、瀬戸晴翔の声が現実に引き戻す。


「あ、すいませんっ!ちょっと一回タンマで!」


手のひらを上げて静止しながら、陽向は電卓と戦う。


(やばい…合わない。合わない。合わない。)


俊輔が、空気の変化に気づく。

視線が一瞬だけ、陽向に向いた。


(……やば……陽向は数字がだめだ…!)


その判断は早かった。


「ごめん、晴翔。集計用紙の記録作業、陽向と変わってくれないかな。」


「え?はい」


俊輔は自然な声色で続ける。


「陽向、集計シートの整理と掲示用の当選者名簿の清書お願い。」


空気を乱さない。

誰も責めない。

ただ、最適解へ静かに軌道修正する。


「あ…」


喉の奥が、きゅっと詰まる。


「じゃあ、これ。ここまでやったから、この束はこっちで分けてるから、こんな感じでお願いします。」


瀬戸晴翔が、淡々と説明する。

感情の色は乗せない。

それが、逆に優しい。


胃の奥が、ぎゅっと縮む。


副会長なのに。

さっきの総選挙で、隣に座っていたのに。


一年前、壇上で震えていた自分を思い出す。


あの時は、必死に前を向いていた。

今は、隣にいるはずなのに。


「すいません…」


小さく会釈する。


その声は、思ったよりも自分にだけ響いた。

胸の奥で、何かが静かに刺さる。


守られた嬉しさと。

守られた悔しさ。


両方が、同時に、そこにあった。





開封、集計作業はすべて終了。

今年度の生徒会新役員当選者が、この瞬間に決定した。


「では、投票用紙を封印します」


顧問のひと声で、空気がもう一段引き締まる。

役員たちは反射みたいに背筋を伸ばし、手際よく用紙を揃え、束ね、投票箱へと収納していった。


紙が重なる音。

テープが剥がれる音。

箱の中へ落ちる、乾いた“コトン”という音。


その一つ一つが、もう「作業」じゃない。

学校の信頼そのものを、そっと戻していくみたいな手つきだった。


「あ、藤崎。投票箱の保管場所を確認しに行ってくれ」


「わかりました」


俊輔は頷き、生徒会室を出ていく。

投票箱は厳密な管理のため、全校生徒の中で唯一生徒会長だけが保管場所を把握する。


「えーと、施錠しますけど……投票箱の鍵は?」


副会長の瀬戸晴翔が淡々と確認する。


「あれ、星野さん開錠したよね?」


「……え?」


陽向の喉が、一瞬だけきゅっと狭くなった。


制服のポケットを探る。

ポケットに手を入れる指先が、やけに冷たい。


ない。

反対側も探る。

ない。


胸の奥が、すうっと落ちていく。


あれ……?


机の上。

机の下。

ファイルの間。

もう一度ポケット。

全部ガサゴソ。

指先が紙に触れるたび、心臓が「違う」と告げる。



(((……出たーーーーーーーーーー)))



役員達全員の、声にならない“やばい”が、室内に伝染する。

誰かの小さなため息が、落ちる。


言葉にしなくても分かる。

役員たちは阿吽の呼吸で即動き出した。

自分の荷物をどかし、椅子を引き、机の下を覗く。

備品箱を持ち上げる。

床に落ちていないか目で追う。


“探す”という行為そのものが、焦りを増幅させる。

陽向は、胃のあたりがぎゅっと縮むのを感じていた。


(やばい……やばい……やばい……)


頭の中に、最悪のパターンが勝手に並び立てられていく。

脳内生成は自分の意思で止められない。

手だけが、無意味に速い。


ガラッ。


「戻りま……あれ?どうしたの?」


扉が開いて、俊輔が入ってきた瞬間。

備品を持ち上げ、荷物をどかし、しゃがんで床を探している役員たちの姿に、俊輔の表情が一瞬で変わった。


「……投票箱の……鍵が…………」


陽向の声が、情けないほど震える。

泣きそうな呼吸が、喉の奥で引っかかった。


その瞬間。


「陽向……」


俊輔は小さく息をつく。

そしてブレザーのポケットへ手を入れた。


「箱開けた瞬間、そのまま僕に渡してきたじゃん」


カチ、と乾いた音。

俊輔の指先に、小さな鍵が光った。


「………へ?」


陽向の脳が一瞬、時間を遡る。

その記憶は、まるごと真っ白だ。


——たぶん。

初めての集計作業のプレッシャーで、開封した瞬間はパニック状態。

脳内は手順だけを必死に追って、意識は無い状態で反射で渡したのだろう。


鍵がそこにある。

ただそれだけで、全身の力が一気に抜けた。


「わーーーん良かったよーーー死ぬかと思ったーーーーー!!」


陽向はその場にしゃがみ込む。

床が冷たくて、今さらその温度が分かった。


「「「はぁ〜〜〜〜………」」」


役員たちの安堵のため息が、生徒会室に一斉に落ちた。

空気が戻る。

呼吸が戻る。

さっきまでの“最悪”が、嘘みたいに薄くなる。


「ほんとーに、すみませんっっっ!!!」


陽向は何度も頭を下げた。

恥ずかしさと、申し訳なさと、まだ残る心臓の速さ。


でも同時に——

俊輔が鍵を出した瞬間の、あの確かな安心感だけが、胸の奥に残っていた。




────────。




そして、遂に訪れた。

新役員を迎え、今年度正式に“新体制”となった生徒会役員会議。


放課後の生徒会室は、いつもより少しだけ匂いが違った。


新しい制服の糊の匂い。

緊張した呼吸が混ざった空気。

窓から差し込む西日の橙が、机の端を柔らかく照らしている。


重厚な長机の周りに並ぶ椅子。

そこに座る顔ぶれは、去年とは確実に変わっていた。




会長:(継)藤崎ふじさき 俊輔しゅんすけ3年※男子


副会長:(継)瀬戸せと 晴翔はると3年※男子

    (継)星野ほしの 陽向ひなた2年※女子


書記:(継)たちばな 梨愛りあ3年※女子

   (新)阿久津あくつ 孝明たかあき1年※男子


会計:(継)水野みずの けい3年※男子

   (新)相田あいだ 桜子さくらこ2年※女子


広報:(新)横溝よこみぞ 琉嘉るか2年※男子

   (新)加賀かが 優音ゆのん1年※女子




俊輔が議長席に座ると、室内の空気が自然と整う。


「それでは、今年度最初の正式役員会議を始めます」


低く落ち着いた声。

言葉の端に迷いはない。


まずは最初に自己紹介。


新役員たちは、背筋をぴんと伸ばしていた。

まだ自分の居場所が定まらない、不安と期待が入り混じった姿勢。


陽向は、その横顔を眺めながら、ほんの少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じていた。


議題は滞りなく進む。


夏の行事の準備。

広報の役割分担。

総選挙後の引き継ぎ確認。


会議は、静かに、そして確実に進んだ。


「以上で本日の議題は終了です。お疲れ様でした」


俊輔の一言で、空気がふっと緩む。


椅子を引く音。

ペンを置く音。

小さな安堵の吐息。


これから一年間。

一緒に働く仲間となるチームが動き出した。

その手応えが、陽向の胸にじわりと広がった。



会議終了直後。


「星野さん!」


弾む声に、陽向は顔を上げる。


そこに立っていたのは、二年二組、会計の相田桜子。

短い内巻きショートボブが揺れるたび、光を柔らかく反射する。

きちんと揃えた指先。

緊張で少しだけ上がる肩。


「私、2組の相田です。よろしくお願いします!」


ぺこり、と丁寧なお辞儀。


(わ、礼儀正しい子だな……)


「えー隣のクラス?よろしくー!」


陽向はいつもの調子で笑う。

相田桜子は、ぎゅっと拳を握りしめてから言った。


「私……星野さんに憧れて生徒会に入ったの」


「えぇっ!?私に!?なんで!?」


素で裏返る声。

相田桜子の頬がうっすら赤くなる。


「一年生で唯一の生徒会役員だったのに……凄い頑張ってたし、いつも明るくて。面白い子なんだなって印象だったの。」


陽向の胸の奥が、ふわっと浮く。


「まっじで!?やばー!嬉しいー!」


陽向の弾ける声が生徒会室に響き渡り、自然と役員達の視線が集まった。


「私…結構内気であんまりコミュ力ないから……星野さんみたいに堂々と出来るような自信が欲しくて。だから星野さんは、私のロールモデルなの!」


室内に、一瞬の静寂。

そして。


「ぶっ!!」


「っははは!」


「えぐいえぐい」


一斉に爆笑。


そして三年生書記、橘梨愛は歩み寄りながら冷静に言う。


「ロールモデルにする相手…間違えてない?」


「憧れる人、ちゃんと選んだ方がいいですよ」


三年生会計、水野彗が続いて、三年生副会長、瀬戸晴翔がメガネを押し上げ、淡々と締めくくる。


「まぁ…頑張ってる、は正解ですが…取り柄はそこだけですね」


「ちょっとーーー!!どーゆー事ー!?」


陽向のツッコミが炸裂。

生徒会室に笑いが広がる。


けれどその笑いは、去年とは違う。


俊輔は、ほんの少し目を細めていた。

誇らしそうに。

どこか安心したように。


去年までの生徒会とは確実に違う。

三年生は圧倒的な存在で、二年生の自分達はいつも背筋を伸ばしていた。


こんな風に笑い合っても、どこかで緊張感が漂う生徒会室だった。


「いつも何かにどこかぶつけてるし」


「もっと落ち着いた方いいですよ」


「ポンコツ副会長もいいところなのよね」


三年生役員達の止まらない弄りに、新役員は達は苦笑している。


「ポンコツ副会長っていうなー!!」


校則緩和。

ポンコツ副会長。

聖陵国際の生徒会は、変わる。

俊輔は実感していた。


僕の生徒会は、これから陽向の生徒会へと変わっていく。


夕陽が、生徒会室を橙色に染める。


新体制の空気は、まだぎこちない。

でもその中心には、確かな熱がある。


一難去って、また一難。


課題も多い。

責任も重い。

乗り越える壁は高い。


それでも。

このチームなら、きっと大丈夫。


陽向は、そう思えた。


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