第48話
休憩を挟み、全チームがVRスタジアムのロビーへと再集合した。
結果発表と表彰式だ。
俺たちのアバターは、再び光の粒子となって巨大なコロシアムへと転送された。
『――さあ! 長きに渡る激闘、ついに決着です!』
上空に浮かぶ巨大なウサギのアバター、MCの山下が声を張り上げる。
『数々のドラマが生まれましたが、最も多くの富を持ち帰り、栄えある優勝を手にしたチームは……こちら!』
ドラムロールが鳴り響く。 中央スクリーンに表示されたのは――俺達『チーム・レッド』でも、ヴァル達の『チーム・ブルー』でもなかった。
『優勝は……『チーム・イエロー』です!!』
表示されたのは、地味な迷彩服を着た三人組のチームだった。
会場の空気は一瞬「お、おお……?」という微妙な反応を見せたが、すぐに拍手が湧き起こった。
「……あー、やっぱりそこか」
レオンが苦笑いしながら拍手をする。
『チーム・イエロー、徹底した安全策! 一度も戦闘を行わず、マップ外縁部でコツコツと物資を集め、全員生存で帰還! 地道な努力が実を結びました!』
いわゆる「ムーブ勝ち」だ。
派手な戦闘を避け、生存ボーナスと少額のアイテムを積み重ねてスコアを稼ぐ。
脱出シューター系ゲームの大会では稀にある、堅実だが地味な優勝。
対して、優勝候補筆頭だった『チーム・ブルー』と、それを追い上げた『チーム・レッド』は、最後の直接対決で主力メンバーが全ロストしたため、スコアが伸び悩み、中位に沈んでいた。
『……まあ、そうなるよな』
会場のチャット欄にも、納得と苦笑のコメントが流れる。
ゲームとしての勝者は『チーム・イエロー』。
だが、会場の誰もが分かっていた。
この大会の主役が誰だったのかを。
『――しかし!』
MCの山下が、声を一段高く張り上げた。
『スコアだけが全てではありません! 今大会、最も会場を沸かせ、我々の魂を熱くさせたプレイヤーに贈る特別賞! 『ベストバウト賞』の発表です!』
スタジアムの照明が落ち、スポットライトが二箇所に照射される。
一つは、俺たち『チーム・レッド』。
もう一つは、『チーム・ブルー』。
『満場一致で決定しました! 最後の毒ガスエリアでの一騎打ち! アキト選手、そしてヴァルキリー選手! 二人のチームに送られます! おめでとうございます!!』
ワァァァァァァァァァッ!!
優勝発表の時よりも大きな、割れんばかりの歓声と拍手がスタジアムを揺らした。
俺とヴァルキリーのアバターが、巨大スクリーンに大写しになる。
『お二人には、大会スポンサーより副賞として……』
MCが勿体ぶってアイテムボックスを開く。
『最高級黒毛和牛も食べられる焼肉ギフト券、三万円分が贈呈されます!!』
スクリーンに、霜降りの美しい牛肉の写真がバーンと表示された。
「……ぶっ」
俺は思わず吹き出した。
命懸けの死闘の対価が、肉。
あまりにもこの大会らしい、俗っぽくて最高なオチだ。
「っしゃあ! 肉だ肉!」
レオンがガッツポーズをする。
「へっ、優勝トロフィーは逃したが、肉はゲットだ。結果オーライだな!」
「やったぁ! 今夜も焼肉だお♡」
たぬきさんもぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。
俺もつられて笑みを浮かべた。
悪くない。
全ロストの痛みも、おいしい焼肉の輝きの前には些細なことだ。
***
表彰式が終わり、解散の流れになったバーチャルロビー。
俺たちがログアウトの準備をしていると、人混みを分けて近づいてくる影があった。
銀色のロングヘアに、軍服風の衣装。
ヴァルキリーだ。
彼女はまっすぐに俺の元へと歩み寄ってきた。
「……よう」
俺が声をかけると、彼女は不敵な笑みを返した。
引き分けたことへの悔しさは微塵もない。
むしろ、憑き物が落ちたように晴れ晴れとした表情だった。
「楽しかったよ、お兄さん」
ヴァルは右手を差し出してきた。
俺はその手を握り返す。
冷たいアバターの手触りだが、そこに宿る熱意は伝わってきた。
「こっちこそ。……最後、もっと時間があれば決着も違ったかもな」
「ううん。相打ちなんて、最高のエンディングじゃない。私の『無敗記録』に傷をつけてくれたこと、感謝するわ」
彼女は握った手に力を込めた。
「こちらの『お遊戯』も悪くないけど……」
ふと、彼女の声のトーンが下がった。
周囲の喧騒を遮断するような、二人だけの秘め事のような響き。
「次は、『向こう側』で会いたいな」
「……ッ」
俺の心臓が跳ねた。
彼女は俺の目をまっすぐに見つめている。
その瞳は、確信に満ちていた。
やはり、彼女も。
「……フレンド申請は送らないわ。まあ、そのうち会えるような気がするわ」
ヴァルは手を離し、踵を返した。
「またね、名もなき傭兵さん。宇宙のどこかで、会いましょう」
彼女は一度だけ振り返り、艶然と微笑むと、光の粒子となってログアウトしていった。
残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
『向こう側』。
『ギャラクティック・フロンティア』のことで間違いないだろう。
彼女もまた、あの世界を知る『渡り人』だったのだ。
あのゲームをプレイしているのは自分だけじゃない。
自分と同じぐらい強いプレイヤーがあの世界にはいる。
ぞわり、悪寒にも似た高揚感が背筋を抜けていった。
***
スタジオを出ると、外はすっかり夜になっていた。
熱帯夜特有の湿った風が、火照った身体を撫でていく。
都会のネオンや街灯が、VR空間の煌めきとは違う、暖かな光を放っていた。
「うーっ! 終わった終わった!」
レオンが大きく伸びをする。
「いやぁ、濃い一日だったな。アキト、たぬきさん、本当にお疲れ!」
「お疲れ様でした。……なんか、夢を見ていたみたいです」
「ふふ、でもお腹の虫は現実みたいだよ?」
たぬきさんが俺の腹を指差して笑う。
言われてみれば、ゼリーで誤魔化していた空腹が、限界を訴えるように鳴り響いた。
「よし! もらったギフト券で打ち上げだ! また焼肉行くぞ!」
「やったー!!」
俺たちは笑い合いながら、夜の繁華街へと歩き出した。
コンクリートを踏む足音。
車の走行音。
焼き鳥の煙の匂い。
全てがリアルで、鮮やかだ。
ゲームの結果としては「敗北」だった。
だが、俺の胸を満たしているのは、勝利以上の充実感だった。
仲間と背中を預け合い、強敵と死力を尽くして戦い、そして笑い合って飯を食う。
退屈だった俺の日常は、どこか遠くに去っていた。
日常と、非日常。
そして、その狭間にあるEスポーツという新たな世界。
俺の世界は、確実に広がり始めている。
「……さて、とりあえず飯だ」
俺は夜空を見上げ、小さく呟いた。
星は見えない。
だが、その雲の向こうには、あの広大な宇宙が広がっている。
「置いてくぞ、アキト!」
「ああ、今行く!」
俺は仲間たちの背中を追いかけ、駆け出した。
夜は、これからだ。




