表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~  作者: KEINO


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/50

第47話

 ガギィッ!!

 火花が散り、視界を灼く。

 互いのナイフが噛み合い、鍔迫り合いの形になった。


 至近距離。

 

 ヘッドウェアのゴーグル越しに、ヴァルの瞳が覗き込んでくる。

 そこには、獲物を追い詰める歓喜と、自分と対等に戦うことのできる相手への敬意が渦巻いていた。

 

「……ッ、重いな!」

 

 俺は奥歯を噛み締め、彼女のナイフを強引に弾き返した。

 バックステップで距離を取る。

 だが、ヴァルは磁石のように吸い付いてくる。

 銀髪をなびかせ、流れるような動作で繰り出される三連撃。

 

 脇腹、手首、肘。

 

 あえて、人体急所を外し、ダメージを与えることを目的とした刺突の嵐。

 

(……見えている。軌道は完全に読めているんだ)

 

 俺の脳内では、『思考加速』がフル回転していた。

 彼女の筋肉の収縮、重心の移動、視線の誘導。

 それら全ての情報から、0.5秒後の未来(ナイフの到達点)が予測線として視覚化されている。

 だというのに。

 

(体が、遅いッ……!)

 

 俺は焦燥に駆られた。

 脳が「回避」の指令を出してから、アバターが実際に動作を開始するまでに、ラグがある。


 コンマ数秒の世界ではない。

 思考加速している俺にとっては、数秒にも感じるほどの遅延だ。

 

 このゲームのアバターは、所詮はプログラムされたゲームデータの塊だ。

 『ギャラクティック・フロンティア』の愛機『ナイトハウンド』のように、思考と駆動系が直結した動きはできないのがもどかしい。


 どれだけ脳の処理速度を上げたところで、ハードウェアであるアバターの動作フレーム数には限界がある。


 思考は光速。

 肉体は泥中。

 

 その決定的な乖離が、俺を蝕んでいた。

 チリッ。

 かわしきれなかった切っ先が、俺の肩を削り、わずかにHPバーを減らす。

 

「どうしたの、お兄さん! 動きが鈍いよ!」

 

 ヴァルが笑う。

 彼女は俺のラグを見抜いている。

 俺が反応し、回避行動を取り終わる際の硬直――「フレームの切れ目」を狙って攻撃を仕掛けてきているのだ。

 これは、ゲーム特有の仕様を知り尽くした者だけが可能な芸当だ。

 

(クソッ、なんて正確な攻撃だ……!)

 

 俺は舌打ちし、カウンターのナイフを突き出した。

 だが、それすらも彼女は紙一重でかわし、さらに踏み込んでくる。


 

  ***


 

 戦闘開始から、何分が経過しただろうか。

 数分か、数十分か。

 あるいは、永遠のような数秒だったのかもしれない。


 金属音と、肉が裂けるエフェクト音だけが、無人のエレベーターホールに響き渡る。


 俺とヴァルのHPバーは、既にレッドゾーン――残り20%を切っていた。

 互いの装備はボロボロに損壊し、アバターには無数の傷跡が刻まれている。


 痛みはない。

 VRゲームだからだ。

 

 だが、精神は限界を超えかけていた。

 それでも、俺は止まれなかった。

 

(楽しい)

 

 不意に、そんな感情が脳裏をよぎった。

 

 アタッシュケースの中には、数百万円相当の価値がある『レジェンダリーアイテム』が入っている。

 ここで死ねば、全てを失う。

 全ロストだ。


 ゲーマーとして、これほど馬鹿げた行為はない。

 だが、そんな損得勘定は、とっくに彼方へと吹き飛んでいた。


 ただ、目の前の強敵を喰らうこと。

 自分の読みと技術をぶつけ合い、相手をねじ伏せること。

 その原初的な闘争本能だけが、俺の思考を塗りつぶしていく。

 

「あははッ! いい、いいよお兄さん! もっと、もっと!」

 

 ヴァルの瞳もまた、狂気じみた悦楽に歪んでいた。

 彼女も同じなのだ。

 「効率」や「勝利」という退屈な正解を捨て、命懸けのダンスに酔いしれている。


 俺たちは、似た者同士だった。


 俺のナイフが彼女の頬を切り裂く。

 

 同時に、彼女の蹴りが俺の腹部に突き刺さる。


 互いに吹き飛び、受け身を取って即座に構え直す。

 呼吸を整える暇などない。


 次の一手、次の殺し合いへ。

 その時だった。

 

  

 

『――警告。都市洗浄プロトコルを開始します』

 

 無機質なシステムアナウンスが、ホールに響いた。

 だが、極限の集中状態にある俺たちの耳には、それは遠いノイズのようにしか聞こえなかった。

 

『エリア浄化プロトコル、開始。高濃度汚染ガスの散布を行います』

 

 プシューーーーーッ……。

 通気口から、壁の亀裂から、紫色のガスが噴き出した。

 それは瞬く間に広がり、薄暗いホールを不気味な紫色に染め上げていく。


 視界の端で、警告アラートが激しく点滅し始めた。

 だが、俺もヴァルも、視線を外さなかった。

 互いの首元だけを見据え、間合いを測り続ける。

 

 ジジッ、ジジッ、ジジッ……。

 

 HPバーが、戦闘ダメージ以外の要因で減り始めた。

 途端に身体が鉛のように重くなる。

 視界にノイズが走り、呼吸音が荒くなるエフェクトが重なる。

 ステータス異常『猛毒』。

 そこでようやく、俺たちは「世界」の異変を認識した。

 

「……ッ」

 

 俺は膝をつきそうになるのを堪え、周囲を見渡した。

 すでにホール全体が濃密なガスに満たされている。

 視界は数メートル先も見通せないほどだ。

 

「……チッ」

 

 不快そうな舌打ちが聞こえた。

 ヴァルが顔をしかめ、自分のHPバーを睨んでいる。

 残量は18%。

 毒のダメージは秒単位で加速している。

 

「興醒めな演出。……これだから、ルールのあるゲームは嫌いなのよ」

 

 彼女は吐き捨てるように言った。

 状況は絶望的だ。

 ここから最寄りの脱出ポッドまで走ったとしても、ガスの充満したエリアを突破するのは不可能に近い。

 回復アイテムも尽きている。

 

 論理的に考えれば、詰みだ。

 少しでも生存の可能性に賭けて出口へ走るか?

 それとも、ここで毒に侵されて野垂れ死ぬのを待つか?

 俺は、ふと自分のインベントリを確認した。

 金色の輝きを放つ『旧時代の軍事データベース』。

 これを持ち帰れば、チームは優勝確実だっただろう。

 レオンとたぬきさんの喜ぶ顔が浮かぶ。

 

「……悪いな、二人とも」

 

 俺は小さく謝罪し、そしてニヤリと笑った。

 俺の足は、出口へは向かなかった。

 

「……空気の悪い場所は嫌いか?」

 

 俺は、ヴァルに問いかけた。

 彼女は一瞬きょとんとした後、俺の意図を察して、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「最悪ね。肌が荒れちゃう」

 

 彼女もまた、出口へ背を向けた。

 ナイフを順手に持ち替え、腰を落とす。

 

「……だから、さっさと終わらせましょう」


 お互いに言葉は交わさなくても分かる。

 脱出放棄。

 全ロスト確定。

 残された時間は、毒によってHPが尽きるまでの、わずか数十秒。

 それで十分だ。


 

  ***


 

 俺たちは同時に動いた。


 床を蹴る音が重なる。

 毒の影響で、アバターの動きは泥沼でもがくように遅い。

 だが、互いの殺意だけは鋭く研ぎ澄まされていた。

 

 視界が霞む。

 思考加速をもってしても、紫色の霧が認識を阻害する。

 相手の姿がブレる。

 

(――そこだ!)

 

 俺は感覚だけで、ヴァルの心臓を目掛けてナイフを突き出した。

 防御など考えない。


 捨て身の一撃。

 

 ヴァルもまた、同じだった。

 彼女のナイフが、蛇のように俺の胸元へと伸びてくるのが見えた。

 回避は間に合わない。

 迎撃も不可能。

 ならば、先に貫くのみ。

 

 二つの衝撃音が、完全に重なった。

 

「――ガッ……!」

 

 胸に熱い感覚が走る。

 見下ろせば、ヴァルのナイフが俺の心臓部深くに突き刺さっていた。

 そして、俺のナイフもまた、彼女の左胸を深々と貫いている。


 相打ち。

 

 俺たちは互いの肩に寄りかかるようにして、動きを止めた。


 至近距離。

 ヴァルの顔がすぐ目の前にあった。

 彼女は口元から赤いポリゴンを吐き出しながら、それでも満足そうに微笑んでいた。

 

「楽しかったよ、お兄さん」

 

「ああ、俺もだ」

 

 HPバーが、音を立てて砕け散った。

 視界が急速に色を失っていく。

 身体の力が抜け、俺たちは絡み合ったまま、ゆっくりと崩れ落ちた。

 

『――死亡を確認』

 

 無機質なシステム音声が、遠くから聞こえた。

 

『所持品の全ロストを確認しました』


 プツン。

 意識が暗転する。

 最後に見たのは、紫色の毒ガスが充満する無人のホールに、二つのデスボックスが仲良く並んで残されている光景だった。


 

  ***


 

「……はっ!」

 

 俺はガバッと顔を上げた。

 目に入ってきたのは、見慣れたスタジオの天井と、少し興奮気味に覗き込むレオンとたぬきさんの顔だった。

 

「アキト!!」

 

 レオンがヘッドセットを外すのを手伝ってくれる。

 俺は荒い息を吐きながら、全身が汗でびっしょりと濡れていることに気づいた。

 現実の肉体は、椅子に座っていただけだというのに、全力疾走した後のような疲労感がある。

 

「……あ、あー……」

 

 俺は乾いた喉を鳴らし、状況を把握しようとした。

 そうだ、俺は死んだんだ。

 全ロストしたんだ。

 

「ごめん、レオン。たぬきさん」

 

 俺は項垂れた。

 

「レジェンダリー、落とした。……全ロスだ」

 

 数百万の価値があるアイテムを、俺のわがままでドブに捨てた。

 怒られて当然だ。チームを追放されても文句は言えない。

 だが。

 

「……ぷっ、あははははは!」

 

 爆笑したのは、レオンだった。

 彼は腹を抱えて笑い出した。

 

「お前、最高だよ! 見たかよ今のラスト! 配信のコメント欄、祭りになってるぞ!」

 

「え?」

 

 俺は呆気にとられてモニターを見た。

 そこには、俺とヴァルが相打ちになり、毒ガスの中で散る瞬間のリプレイ映像が流れていた。

 そして、画面を埋め尽くすほどのコメントの弾幕。

 

『うおおおおおおお!!』

『神回確定』

『映画かよwww』

『全ロスエンドwww』

『二人の世界すぎて草』

『これぞ戦い』

『ゲーム買いました、どうやったら彼らみたいに戦えますか?』


 「アキトくん、凄かったよぉ……!」

 

 たぬきさんも、興奮気味に俺の手を握った。

 

「優勝は逃したけど、間違いなく今大会のMVPは君たちだよ! もう、おじさん感動して泣いちゃったよ!」

 

「……へ?」

 

「勘違いすんなよ、アキト」

 

 レオンがニカっと笑って、俺の背中をバンと叩いた。

 

「俺たちはストリーマーだ。勝つことも大事だが、それ以上に『魅せる』ことが仕事なんだよ。……数百万のコイン? 安いもんさ。お前があのヴァルキリーとガチで戦って、相打ちに持ち込んだっていう『伝説』の方が、よっぽど価値がある」

 

「……そう、なのか?」

 

「ああ。おかげで、俺のチャンネル登録者数も爆上がりだ。……よくやった、アキト」

 

 レオンが拳を突き出してきた。

 俺はしばらく呆然としていたが、やがて力が抜けたように笑った。

 そして、自分の拳をコツンと合わせた。

 

「……そりゃあ、よかった」

 

 全身の力が抜け、俺は椅子に深く沈み込んだ。

 心地よい疲労感。

 そして、心の奥底に残る、確かな充実感。

 優勝はできなかった。

 アイテムも全て失った。

 だが、あの舞踏の記憶だけは、俺の中に強烈に焼き付いていた。

 

(……また、やりたいな)

 

 ふと、そんな戦闘狂のような思考が頭をもたげたことに苦笑しながら、俺は仲間たちの歓声に身を委ねた。

ジャンル別日間一位になってました。

読んでくださりありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ