第46話
俺たちはエレベーターホールへと滑り込んだ。
レオンがたぬきさんを下ろし、壁にある巨大なレバーを全力で引き下ろす。
ズゥゥゥン……!
迷宮全体が震えるような重低音。
錆びついた歯車が回り始め、エレベーターの起動シークエンスが開始される。
『脱出シークエンス、起動。到着まで、180秒』
無慈悲なアナウンス。
同時に、ホール中の赤色灯が回転し、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
「残り3分……!」
レオンが銃を構え直す。
これは「地獄の180秒」だ。
この音に引き寄せられ、エリア中のクリーチャーが最後の晩餐を求めて集まってくる。
「来るぞ! 防衛ライン構築!」
俺はホールの入り口に立ち塞がった。
ここを抜かせば、後ろの二人が死ぬ。
ワラワラと湧き出してくるキャリアーの群れ。
そして、その向こうから、血路を開いて突っ込んでくる銀色の影――『チーム・ブルー』。
「邪魔だァァッ!」
ヴァルが叫び、再び対物ライフルを腰だめで発砲する。
放たれた大口径弾が、俺とクリーチャーの間の空間を貫く。
彼女は俺を撃つと同時に、邪魔なクリーチャーを巻き込んで吹き飛ばしているのだ。
「無茶苦茶だな!」
俺も負けじと応戦する。
ナイフとハンドガンのコンビネーション。
飛びかかってくるキャリアーの喉を突き刺し、そのまま肉盾にして銃弾を防ぐ。
背後からは、たぬきさんのクロスボウが唸りを上げる。
足は動かなくても、その射撃精度は落ちていない。
正確なヘッドショットが、漏れた敵を次々と沈めていく。
「アキト、右だ! 抜けてくるぞ!」
「分かってる!」
レオンのマシンガンが火を噴き、俺の側面をカバーする。
三位一体の防衛戦。
だが、敵もまた必死だった。
チーム・ブルーのメンバーも、ヴァルを援護すべく火力を集中させてくる。
ホールは瞬く間に、銃声と爆発、そしてクリーチャーの咆哮が支配するカオスと化した。
残り1分。
残り30秒。
弾薬が尽きかける。
俺は空になったマガジンを捨て、最後のナイフを握り直した。
疲労はない。
VRだからだ。
だが、精神力の耗りが激しい。
「残り10秒! 扉が開くぞ!」
レオンの声に、希望の光が見えた。
背後で、エレベーターの重厚な扉がゆっくりと開き始める。
「乗れ! アキト、早く!」
俺はバックステップで後退しようとした。
その時だった。
***
ドゴォォォォォンッ!!
ホールの壁が、内側から爆ぜた。
コンクリートの破片が散弾のように飛び散り、土煙の中から巨大な影が躍り出た。
「……なッ!?」
俺は目を見開いた。
そこにいたのは、全身を装甲のような菌糸で覆われた、3メートルを超える巨体。
エリアボス、『タイタン』級の大型キャリアーだ。
最後の最後で、最悪の乱入者が現れた。
『グオオオオオオオオオッ!!』
タイタンが咆哮する。
その衝撃波だけで、周囲の小型クリーチャーが吹き飛ぶ。
そして、奴は迷うことなく、最も殺気が集中している場所――俺とヴァルが対峙している空間へと突進してきた。
速い。
巨体に似合わぬ、爆発的な加速。
「しまっ――!」
回避が間に合わない。
俺とヴァルは、ほぼ同時に反応したが、突進の余波をまともに食らった。
ドガァッ!!
トラックに撥ねられたような衝撃。
俺の体は枯れ葉のように宙を舞い、エレベーターとは逆方向――ホールの奥深くへと弾き飛ばされた。
「ぐぅッ……!」
地面に叩きつけられ、HPバーがレッドゾーンまで削れる。
視界が明滅する中、俺は顔を上げた。
数メートル横には、同じように吹き飛ばされたヴァルが倒れている。
そして、エレベーターの方では。
「アキトッ!!」
レオンが手を伸ばし、エレベーターから飛び出そうとしていた。
だが、タイタンがその前に立ち塞がり、行く手を阻む。
さらに、システムが無慈悲に作動する。
ガコンッ。
定刻。
エレベーターの扉が閉まり始める。
「いけない、レオンくん! 閉まるよ!」
たぬきさんがレオンのベルトを掴んで引き戻す。
二人の姿が、閉まりゆく隙間の向こうに消えていく。
「アキトォォォォォォッ!!」
レオンの絶叫が途切れ、重い金属音が響いた。
エレベーターは完全に密閉され、上昇を開始した。
ゴウン、ゴウン、ゴウン……。
遠ざかっていく機械音。
取り残されたのは、俺とヴァル。
そして、暴れまわるタイタンと、無数のクリーチャーたち。
『未帰還』。
全ロストの文字が、脳裏をよぎった。
***
タイタンはエレベーターを破壊しようと拳を叩きつけていたが、反応がないと分かると、興味を失ったように別の通路へと去っていった。
その巨体に巻き込まれ、周囲の小型クリーチャーたちも一時的に散り散りになっている。
奇妙な静寂が、ホールに訪れた。
舞い上がる砂塵の中、二つの影がゆっくりと立ち上がる。
俺はインジェクター型のHP回復薬を首筋に打ち込みながら、状況を確認した。
レオンたちは脱出した。
チーム・ブルーの他のメンバーも、おそらくエレベーターに同乗したか、あるいはタイタンによって全滅したか。
ここにいるプレイヤーは、俺とヴァルだけだ。
俺はインベントリを開く。
そこには、今回の最大の戦利品――『旧時代の軍事データベース』、そして大量のコインがある。
ここで死ねば、全て水の泡だ。
俺はヴァルの方を見た。
彼女もまた、ダメージを回復し、乱れた銀髪を払っているところだった。
その表情に、悲壮感はない。
「……なあ」
俺は声をかけた。
「休戦しないか? 別の出口から一緒に帰還しよう。マップデータによれば、地下五階層を経由すれば、緊急用ダクトがあるはずだ」
それは、極めて合理的で、ゲーマーとして正しい提案だったはずだ。
「ここで共倒れして全ロストするのは、お互い不利益だろ?」
俺はインベントリの貴重品の重みを感じながら、努めて冷静に言った。
だが。
返ってきたのは、冷ややかな、それでいて熱を孕んだ拒絶だった。
「いやよ」
ヴァルは短く言い放ち、ナイフを構え直した。
「は?」
「せっかく邪魔も入らず戦えるんだから。……どちらかが倒れるまで戦いましょう」
彼女が顔を上げる。
その瞳を見て、俺は息を呑んだ。
どこまでも戦いをゲームを楽しむような瞳。
そこにあるのは、もはや狂気ともいえるような輝き。
「こんな最高のシチュエーション、滅多にないもの。……ねえ、お兄さん。あなたもギャラクティックフロンティアで力を得たんでしょ?」
彼女は恍惚とした表情で、舌なめずりをした。
「コイン? レアアイテム? そんなデータくず、どうでもいい。私が欲しいのは、極限のヒリつきだけ」
彼女は脱出という「ゲームの目的」を捨てた。
ただ、目の前の敵と戦うこと。
それのみを目的とした、純粋な闘争。
(……イカれてやがる)
俺は苦笑した。
だが、同時に理解してしまった。
俺の身体の奥底でも、黒い炎が燻っていることを。
全ロストのリスクを前にしてなお、彼女との決着を望んでいる自分がいることを。
「……それなら」
俺は空になったハンドガンを捨て、最後のナイフを構えた。
「なら、付き合ってやるよ。……ルールのない、延長戦だ」
迷宮の奥底、誰もいない戦場。
二人の『渡り人』による、ルール外の決闘が始まろうとしていた。




