第45話
狭い地下通路は、銃弾が飛び交う暴風圏と化していた。
コンクリートの柱が次々と削り取られ、粉塵が視界を白く染める。
「クッ、動けねえ……!」
レオンが柱の影で身を小さくしながら呻いた。
顔を出せば、即座に12.7ミリ弾が頭蓋を吹き飛ばしに来る。
ヴァルキリーの射撃は正確無比だ。
こちらの呼吸のタイミング、リロードの隙、遮蔽物から飛び出す一瞬の予備動作――それら全てを予測し、エイムが置いてある。
加えて、彼女を守る『チーム・ブルー』の面々による制圧射撃。
完全に火力が負けている。
足を撃たれたたぬきさんは動けず、俺たちも防戦一方だ。
(……このままじゃ、ジリ貧だ)
俺はハンドガンの弾倉を交換しながら、思考を巡らせた。
『思考加速』を使えば、ヴァルの狙撃を躱して接近することは可能かもしれない。
だが、それは俺一人の場合だ。
後ろにいるレオンとたぬきさんを守りながら、この鉄壁の包囲網を突破するのは不可能に近い。
正面からやり合えば負ける。
相手は『宇宙連合軍汎用戦闘プログラム』を完璧にトレースする化け物だ。
まともに戦って勝てる相手じゃない。
ならば。
「……まともに戦う必要はないな」
俺は口元を歪めた。
ここはリアルな戦場じゃない。
ゲームだ。
ゲームにはゲームの、勝ち方がある。
「レオン、たぬきさん。提案がある」
俺はインカム越しに二人に告げた。
「このまま撃ち合っても勝ち目はない。だから、ハメるぞ」
「ハメる? どうやってだよ」
「かつてこのゲームで有効な手だ。……MPKを仕掛ける」
MPK。
大量のモンスターを敵プレイヤーに擦り付け、NPCの力で敵を圧殺する戦法。
マナー違反として嫌われる行為だが、このルール無用の脱出シューターにおいては、立派な戦術の一つだ。
「おいおい、好きだなMPK」
レオンがにやりと笑う。
「ただでさえ敵の火力に押されてるんだぞ? ここにクリーチャーの群れなんか呼んだら、俺たちも巻き込まれて全滅の可能性もあるぞ」
「俺たちがターゲットにならなければいい。……奴らにヘイトを押し付ける」
俺はインベントリを開き、ありったけの『音響デコイ』を取り出した。
「俺に賭けてくれ。一瞬の隙を作る。その隙に撤退だ」
短い沈黙。
先に口を開いたのは、たぬきさんだった。
「……乗ったお。アキトくんの悪知恵に賭けるよ」
「……ハッ、了解だ。お前がそう言うなら、地獄の底まで付き合ってやるよ!」
レオンも覚悟を決めてアサルトライフルを握り直す。
合意は取れた。
***
「行くぞ……!」
俺は柱の影から半身を出し、手に持った三つの球体を投擲した。
狙うのは敵ではない。
敵の背後にある換気ダクト、そして天井の配管、足元の瓦礫の山。
シュッ、シュッ、シュッ!
ヴァルの反応速度なら、飛来する物体を撃ち落とすことなど造作もないだろう。
だが、彼女は撃たなかった。
俺が投げたのがグレネードではないと、瞬時に判断したからだ。
殺傷能力のないオモチャになど構っていられない――その合理的な判断が、命取りになる。
カラン、カラン……。
乾いた音がして、デコイがそれぞれの着弾点に転がる。
次の瞬間。
ジリリリリリリリリリッ!!
ウウウウウウウウウッ!!
ビィィィィィィィィッ!!
三つのデコイが、それぞれ異なる周波数の警報音を撒き散らした。
さらに、俺は手持ちのハンドガンを天井に向けて乱射した。
サプレッサーを外した、生の発砲音。
静寂を是とするこの地下都市において、それは「食事の合図」に等しい。
『ギャアアアアアアアアッ!!』
即座に反応があった。
通路の奥から『スクリーマー』の絶叫が響き渡る。
それを皮切りに、壁の亀裂から、床下の通気口から、天井の隙間から――無数の影が噴き出した。
ドタドタドタドタッ!
飢えた『キャリアー』の群れ。
その数は、数十、いや百に近い。
彼らは一斉に、最も大きな音を立てている場所――つまり、デコイの直近にいる『チーム・ブルー』へと殺到した。
「なっ……!?」
スコープ越しに、ヴァルの表情が凍りつくのが見えた。
いくら彼女が天才的なエイムを持っていても、全方位から押し寄せる肉の波を捌き切ることは不可能だ。
「総員、円陣防御! 接近する個体を優先排除!」
ヴァルが叫び、対物ライフルからアサルトライフルに持ち替える。
チーム・ブルーの火線がクリーチャーに向けられる。
制圧射撃の轟音が、さらに多くの敵を呼び寄せる悪循環。
完全に、盤面がひっくり返った。
「今だ! 走れ!」
俺は叫んだ。
***
「たぬきさん、捕まってろ! 振り落とされるなよ!」
レオンが動けないたぬきさんの元へ駆け寄り、その小柄なアバターを軽々と背負い上げた。
「きゃっ、レオンくん男前ぇ!」
「無駄口叩くな、舌噛むぞ!」
レオンはたぬきさんを背負ったまま、猛然とダッシュを開始した。
向かう先は、通路の突き当たりにある脱出用エレベーター。
筋力ステータスに振っている彼ならではの力技だ。
「アキト、遅れるなよ!」
「先に行ってくれ! 殿は俺がやる!」
俺は二人の背後を守るように位置取り、ハンドガンを構えた。
『思考加速』は維持したままだ。
視界の端で、混乱の中からこちらを狙う殺気を感じ取る。
キンッ!
俺はナイフを振るい、飛来した流れ弾を弾き飛ばした。
ヴァルだ。
彼女はクリーチャーの群れに揉まれながらも、執拗に俺たちを狙っている。
「……しつこいな」
俺は舌打ちし、迫りくるキャリアーの眉間を正確に撃ち抜いた。
弾薬消費は最小限。
一歩進むごとに、一体の敵を排除する。
まるで舞踏のように、俺は死地を切り開いていく。
その時、瓦礫の向こうでキャリアーの首をナイフで跳ね飛ばしているヴァルから、不機嫌そうな声が届いた。
距離があるはずだが、指向性マイクを通した音声がインカムに割り込んでくる。
『……チッ。お兄さん、案外汚い手を使うねぇ。そんなの戦闘教範には載ってないよ?』
心底呆れたような、だがどこか楽しそうな声。
彼女にとって、MPKなどという泥臭い戦法は邪道なのだろう。
だがそれを面白いとも思っているようだった。
俺はハンドガンのスライドを引きながら、冷淡に言い返した。
「何でも使わないと勝てないからな。……それに」
俺はクリーチャーの頭を踏み台にして跳躍し、レオンたちの後を追った。
「これは『戦争』じゃなくて『ゲーム』だ。ルールブックに禁止とは書いてない」
『……ハッ、言ってくれる!』
ヴァルの楽しげな、しかし殺意に満ちた笑い声がノイズ混じりに響いた。




