三条珠貴:試合開始
終業式に付き物の学園長の訓辞。
スキル専門校の生徒にとって夏休みは単なる長期休暇ではなく、集中的な鍛錬でレベルアップを果たせるチャンスでもある。学園の施設も常時開放されている。堂島学園長の訓辞にも、スキル専門校宇美月学園の生徒として夏休みをどう過ごすべきかという内容が含まれていた。
その辺りは専門校に限った話ではなく、進学校でも対象が勉学に入れ替わるだけで似たようなものだろう。
そんなありきたりの訓辞だから生徒の大半は右から左に聞き流し、長い休みの計画をあれこれと考えていたと思う。空気が変わったのは訓示の最後、学園長が私と天音さんの試合について言及した時だった。
私は学園内で広く名を知られている。
魔術レベル9は同学年でトップクラスだし、一言呪文のおかげでCODシングル戦は無敗。霧嶋さんが破神を自粛していなかったら誰も勝てないんじゃないかという『霧嶋最強伝説』があるから暫定になっているけれど、非公式な学内ランキングでは一位になっている。
一方で天音さんも意外と有名人である。
なにしろあの身長と容姿だから、本人の知らない所で女子を中心に人気上昇中。戦闘面での実力は未知数ながらも、霧嶋さんに勝ったとの噂も水面下で広がっている。
そんな私達がクラス代表の正副を賭けて試合をするとなれば注目されて当然。
案の定、放課後の闘技場は観戦希望の生徒で溢れ返ることになった。
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接続室からログインしたのは試合開始予定の三十分ほど前。バタバタするのは嫌いなので時間には余裕をもって行動している。
闘技場のホールに入るなり辺りがどよめいた。
今日ここにいる人達はほとんどが試合を見に来ているのだろうから、当事者の一人が現れればどよめきもするだろうが、それに加えて私の格好も彼らの驚きの原因だろう。
「あれ? 三条っていつもは裸じゃなかったか?」
「だよなあ。そう言えば相手の天音って奴も剣士タイプなのに裸らしいぞ」
「裸同士の戦いになるのかと思ってたんだがな」
そんな会話が聞こえてくる。
今の私はいつもの白いローブの上からブレストプレートを重ねて、ガントレットとグリーブを装備している。ゲームでは防具を一切装備していない衣服だけの状態を『裸』もしくは『裸装備』と呼ぶのは知っている。が、あまり裸と言わないで欲しい。ゲーム用語を知らない人が聞いたら痴女同士の試合と勘違いしそうだから。
まあ、仮に本物の痴女がいたところで、CODの倫理コードがモザイクを発生させるから破廉恥な真似はできないのだけど。
……とは限らないか。
霧嶋さんが作った着衣データを思い出した。倫理コード的にはぎりぎりセーフだからモザイクは発生しないものの、全裸にしか見えないという現実での倫理的には完全にアウトな代物。あれこそ裸装備と呼ぶに相応しい。いやいや、いっそ痴女装備とでも呼ぶべきか。
などと考えていたら混雑しているホールで痴女……もとい、霧嶋さんと目が合った。
忍者装束姿の霧嶋さんの隣には改造ライダースーツに身を包んだD組の姫木さんもいる。
「委員長が防具着けてるなんて始めて見たなー。それってやっぱり相手が桜だから?」
やって来た霧嶋さんがいきなり訊いてきた。
姫木さんは元いた場所から動かずに誰かを探すように辺りを見回している。彼女なら背が高いから人探しもしやすいのだろうか。
「まあ否定はしないわよ。ところで姫木さんが誰かを探しているようだけど、あれって天音さんを?」
「うん。ホームルームが終わってすぐにどっか行っちゃって。まだ来てないの」
「それはやっぱり……これだからかしら」
観戦希望者でごった返すホールを軽く見回して言うと、霧嶋さんは少し困ったような顔をしていた。天音さんが目立つのを嫌っているのは私でも察しているのだから、霧嶋さんが気付いていないわけもなく、そんな天音さんを半ば強引に代表決定戦に引っ張り出した事に引け目を感じているのだろう。
こうなると堂島学園長が余計な事を言わなければと思ってしまう。
「もう、学園長があんなこと言うから!」
霧嶋さんも同じような事を考えていたのか。
考えるだけでなく声に出してしまっているけど。
「私がどうかしたのかね?」
カクテルパーティー効果だろうか。騒がしいホールの中で霧嶋さんの声を聞きつけた堂島学園長がやって来た。
濃紺色のローブ姿の学園長は歴戦の魔術使いらしい風格を漂わせている。自然と姿勢を正して挨拶していた。
なのに霧嶋さんはいつもと変わらない調子で学園長に喰ってかかっている。
考えてみれば同級生だろうが担任の後城先生だろうが果ては学園長だろうが、相手が誰でも同じように接する霧嶋さんは凄い。
「先生があんなこと言うから! 桜は目立つのが嫌いなのに!」
「それは悪い事をしたかな? しかし高レベル同士の試合となれば他の生徒たちにも見て貰いたいからね」
そのいつもの調子があんな感じなので不快に思う相手もいるだろうけれど、学園長は気を悪くした様子も無く霧嶋さんの相手をしている。それどころか元気の良い孫が可愛くて仕方ないお爺ちゃんのようににこにことしている。実際の年齢的にも祖父と孫くらいの差があるし、霧嶋さんは小さいから特にそんな感じになるのだろうか。
「時に三条君」
言いたい事を言って満足した霧嶋さんが姫木さんの所に戻ると、残された学園長が表情を改めて私の名前を呼んだ。
「天音流は手強いぞ。君が得意とするスタイルとは相性が悪いだろう」
さすがは学園長。天音流の特徴を知っているようだ。
「できるだけの対策はしてきました」
「そうかそうか。期待しているよ、頑張ってくれたまえ」
「……応援は有難いですけど……良いんですか? 先生が片方を応援してしまって」
「公言はしておらんよ。それに後城君は天音君寄りだ。君を応援する者がいないと不公平だろう?」
後城先生は天音さん派なのか……。
同じ近接タイプ同士として天音さんを応援したくなるのは、まあ仕方のないところだろうし、試合には全く影響しないのだから深くは考えないでおこう。
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控え室で最終確認などをしていたら《タマ様、闘技場へどうぞ》とシステムメッセージが表示された。どうやら天音さんも無事にログインしたらしい。闘技場への扉を抜けると、反対側の入り口には既に天音さんが立っていた。
観客席からの歓声が耳を聾するばかり。かなりの割合で女子の黄色い声が混じっているのは、あれは天音さんに対してだろう。
選択コースの違いから仮想世界で顔を合わせるのは初めてだ。
無料ダウンロードの忍者装束に手を加えたらしい剣術着は動画で見た天音流の剣術着に良く似せてある。その上から皮製の胸当てを重ねていて手甲と鉢金を装備。
VIP席にいる学園長たちを見上げていた天音さんがこちらを向いた。
ちょっとドキリとさせられた。
……いやー、これを見るとキャーキャーと騒ぐ女子が多いのも納得できる。
元々の容姿に加えて黒を基調に統一された装備や高い位置で結ったポニーテールも相まって美形侍そのもの。あの胸当ての下に同性も羨む豊かな双丘が存在しているのが信じられないほどだ。
おっと危ない。私には同性にときめくような性癖は無いはずだ。
仮想世界だから気のせいかもしれないが、なんだか胸がドキドキするのは試合を控えて緊張が高まったからに違いない。そうでないと困る。
「どうも大げさな事になっちゃったわね」
内心を隠して声をかけると、天音さんは忌々しげな視線をVIP席に投げていた。やっぱり学園長が余計な事をしたと思っているみたいだ。
「成り行きでこうなってしまったけど、やるからには負けるつもりはないわ。覚悟しておいてね」
今日までにやるべき事、できる事は全てやってきた。発した言葉にはその自信が乗っていた。
天音さんは微かに目を見開き、
「それはこちらも同じ。負けるつもりで勝負するわけないでしょう」
と挑戦的な笑みを浮かべた。
勝負するからには勝つつもりで。負けるつもりで勝負はしない。当たり前の事だからお互いの主張が真正面からぶつかりあう。ついでに視線も真っ向からがっつりと合ってしまって、期せずして見つ合うことに。
どちらからともなく頷きを交わして開始線に歩みを進める。
足を動かしながらほっと安堵の息を吐いていた。
大事なことなので繰り返し確認しておく。
私は同性にときめくような性癖は断じて持ち合わせていない。
持ち合わせていないのに……その自信を揺らがせるほどの破壊力を天音さんの笑みは持っていた。あれを無自覚にやってしまっているとなると、将来は同性関係の問題に悩まされるんじゃなかろうか。既に霧嶋さんとの距離感がおかしくなっているような気もするし。
……そんな心配を私がするのも筋違いか。今は試合に集中しよう。
最後の一歩を踏み出して開始線を踏んだ。
空中にスタートシグナルが点灯し、《Fight!》の表示。
同時に天音さんがスタートしていた。
一瞬目の錯覚かと疑うような速度で天音さんが迫ってくる。
「打て」
右手を翳して一言呪文で迎撃。九発の光弾を放射状に発射する。タイミング的にはばっちりカウンターで入るはずだった。
……横っ跳びであっさり全弾回避された。
って、いや天音流の回避力が凄いっていうのは肝に銘じていたけれど。
防具を着けて第三の選択肢、どころじゃない。斬り払いもせずに回避だけで……。
続けて『打て』を連射して弾幕を形成するも、天音さんは素早く右へ左へと避け続けている。さすがに弾幕を縫って接近といかないようだけど、これだけ撃って未だに一発も当たらないなんて。
これが天音流の攻撃予測の力か。
動きが速くて断言はできないものの、どうにも私が「打て」と発声するよりも先に回避行動に移っているっぽい。
そんな事を考えていたのが災いした。
いきなり前進してきた天音さんへの対処が遅れてしまった。
右から左、左から右へと横方向の動きに慣らされてしまい、惰性であらぬ方を向いてしまった右手の位置を慌てて修正。
「打て!」
やっぱりだ。
私が呪文を唱えた時、天音さんは既に回避行動を終えていた。
全速力で走っていたはずなのに、全くスピードを落とさずに一歩分だけ横にずれている。
横に一歩だけでは放射状に広がる光弾の全てを回避するには不十分で、数発はまだ直撃コースだ。
そこで天音さんの刀が一閃。
一振りで複数の光弾を切り払っていた。
更に前に出ながら残る光弾は左の手甲で受けている。
これまたやっぱりの第三の選択肢。
手甲からは激しく着弾判定のエフェクトが散っているが、もとより光弾一発の攻撃力は低い。
ノーダメージのまま抜けて来た天音さんが刀を横薙ぎに振るい、白刃が眼前に迫って来た。




