三条珠貴:防具を購入
「なになに? どうしたの?」
相沢さんは杖を準備する手を止めてまじまじとこちらを見ている。
私の反応が興味を引いたみたいだ。
「うん、天音さんが防具を買ったっていうのが意外で」
「なんで意外? って、そうか。天音さんて攻撃避けるのが得意なんだっけ」
「あれ? それ知ってるの?」
意外な事に相沢さんが天音流の特徴を知っていた。
「この間男子達が話してるのが聞こえちゃって。なんでも霧嶋さんのステルス攻撃を超反応で避けて、そこからの反撃で勝ったって」
これは良い事を聞いた。
ステルス状態になった霧嶋さんは完全に見えなくなる。そこからの攻撃を避けたとなると、天音さんも視覚情報以外から相手の攻撃を予測する技を使える事になる。
天音さんが防具を買ったと聞いて、私は最初「どちらだろう?」と思ったのだ。
実はそれほど回避力に自信が無いからなのか。
回避力に自信はあるけれど、念には念を入れて試合の準備をしているのか。
判断に迷いそうだったところを、期せずして得られた相沢さんからの情報で、後者の線が濃厚になった。
「……なんだか嬉しそうね」
「え? そんな風に見える」
言われて、ちょっと頬が緩んでいたのに気付いた。
天音さんは確かに天音パパと同様の力を持っている。それでいて試合に備えて防具を買ったのなら、それだけ私を警戒、つまりは高く評価してくれている事になる。
これは素直に嬉しかった。
「まあいくら天音さんが凄くても三条さんには敵わないと思うけどね。っと、三条さんはまだ休憩?」
「魔力の回復待ち」
「そう。それじゃ先に始めさせてもらうわね」
相沢さんは新旧二本の杖を持って定位置に着いた。
打ち比べをして新しい杖の性能を確かめようというのだ。
相沢さんの魔術レベルは7。第三世代の魔術使いとしては高レベル帯に入る。魔術レベルは最初の内はサクサクと上がるけれど、次第にレベルアップに必要な魔力量が多くなってくる。魔力切れになるまで魔術を使うのも大変になってくるから、6以降は本当に大変だ。
杖を持ち変えながらレベル7の基準魔術を使っている。
あの連発具合を見ると、魔力量的にはかなり8に近付いているようでもある。
「新しい杖はどう?」
一区切りついたところで声をかけてみると、振りかえった相沢さんはなんとも言えない表情になっていた。
「正直微妙。消費の大きい術を使えば微かに違いが判るかな、程度ね」
そりゃそうだと内心で思いつつ、表立っては「そうなの」程度に返しておいた。
杖や指輪などの発動体を装備していると、魔術を使用する際の消費魔力が軽減されるなどの効果がある。軽減率は発動体の品質に依っていて、もちろん高級な物ほど軽減率が高くなる。最高級のものでは二割近くも減るらしい。
二割という数字を大きいと見るか小さいと見るか。
CODみたいな短時間で終わる試合ではほとんど意味が無い程度ではある。ところが長期戦になれば二割という数字は大きい。素の状態でなら百発撃って力尽きる所を、そこからさらに二十発撃てるとなればその違いが良く判る。生死を分けかねない数字だ。
とは言え、学園の購買部で売っている程度の品にそこまでの効果は無い。
せいぜい二パーセントとか三パーセントくらいだろうか。もともと使っていた杖よりは上だとしても大きくは変わらない。本人も言った通り、魔力消費の大きい高レベルの術を使えばどうにか体感できる程度だろう。
私もいずれは発動体を買おうかと考えている。
……それは随分先の事になるだろうけれど。
発動体を装備してしまうと、全ての術が発動体を基点にして発動してしまう。
私は右手で『打て』、左手で『盾』というように使い分けているので、発動体はかえって邪魔になる。将来もしも実戦に出るような事になったら、その時には発動体を買おうと思っている。
実戦ともなれば私は砲台役になるはずで、高火力の長距離砲撃を連発するのが期待される仕事になる。そんな時にこそ発動体は有効なのだ。
再び試射を始めた相沢さんの後姿をぼんやりと眺めながら、そんな事をつらつらと考えていた。
相変わらずの微妙な違いに不満そうな相沢さん。
だから購買部で売っている程度の品では……とまた思い、「ああ、それなら天音さんが買った防具もそれほどの物じゃないな」と連想された。
あれ? それだと天音さんの私に対する警戒心ってそれほど高くない?
一瞬、お腹の底が冷たくなるような嫌な想像をしてしまって、でもそれは違うと、さらに連想が繋がった。
不思議な攻撃予測をする天音流の防御は回避だけではない。天音パパがやっていたように刀で斬り払ったりもする。それほど正確な予測ができるのなら、防具を着けている部分で選択的に攻撃を受けるのなんて朝飯前なんじゃないだろうか。
そして私の『打て』が、速射・連射に特化していて一発あたりの攻撃力は低いと、そのように霧嶋さんから聞いているとすれば、購買部の防具程度でも十分だと判断するのは大いに有り得る。
と言うか、実際に十分だろう。術を組んだ本人なので、威力の程は誰よりも良く知っているつもりだ。
……これは少し不味いかもしれない。
さっきとは別の理由でお腹の底が冷たい感じになった。
予測に基づく回避と斬り払い。そこに防具で受けるという第三の選択肢が追加されたわけで、こちらが弾数を増やしたとしても有効打を与えるのは容易ではない。
居ても立ってもいられなくなり、私は水筒を片付けて休憩所を出た。
魔力は回復しているけれどレーンには立たず、相沢さんに挨拶して射爆場を出た。
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そうしてやって来たのは購買部。
学食棟に隣接して建つ購買部は、ここが大学だった頃には教科書や参考書、文房具などだけでなく、日用雑貨から一部の食料品、ちょっとした家電製品までが買える小さな百貨店のような様相を呈していたらしい。
その名残は今でもあるけれど、現在の主な取扱商品は武器や防具、アイテムなど、スキル専門校に相応しいラインナップになっている。
購買部に足を踏み入れると、まず武器コーナーと防具コーナーで左右に分かれている。
私の足は自然と防具コーナーに向いた。
私も防具は使っていなくて、普段は魔術使いのトレードマーク的なぞろりとしたローブを着用している。後衛だからと言うだけでなく、『盾』があれば大概の状況には対応できていたからだ。そのためこの購買部や武具店を訪れる事も無く、ほとんど初体験状態、新鮮な気持ちだった。
防具コーナーには頭防具や胴防具など、部位別に様々な防具が並んでいて、見ていて面白いのはそれら防具に使われている素材だ。
VR技術が実用化されるほどに科学が発達した世界でありながら、未だに動物の革を使った防具が普通に売られている。もちろん科学が生み出した軽くて丈夫な素材で作られた防具も数多く並んではいるのだけど。
こういうカオスな状況なのは、魔族の『物理攻撃無効:○%』の裏返しである『物理防御無効:○%』が理由になっている。どんな優れた素材を使おうとも、上位の物理法則を持つ魔族の攻撃に簡単に貫かれてしまう。原始的な革の鎧も、最先端の素材を使ったプロテクターも、魔術的な強化を施さない限りは大差無く、逆に言えば魔術的な強化を施したならどちらも同じような防御力になる。
結局のところは使用者のお好みにお任せします、なのだ。
それで比較的人気なのが、伝統的なファンタジーコンテンツに登場するような素材、デザインの武具だったりする。剣や魔術が現実になった今でも、それらの幻想に憧れる心が人々に残っているのだろう。
私がけして動きやすいとは言えないローブを着るのも似たような理由だし。
こうして購買部を訪れたのは、私も防具を買おうと思っての事だ。
天音さんに第三の選択肢ができた今、私の弾幕でも接近させずに完封するのは無理だろう。そうして近接戦に持ち込まれた時、『盾』だけで防ぎきる自信が無い。天音流は速度特化のスピードタイプ。もとより近接戦の専門家でもある。一言呪文でも間に合わないかもしれない。
だから防具を買おう。
そう思った。
私には防具で受けるなんて器用な真似はできないけれど、急所を覆っておくだけでもかなり違うはずだ。
そんなわけで選んだのはブレストプレートとガントレット、グリーブの三点。
心臓を守るためにブレストプレートを。
私のスタイルでは常に手を前に出しているのでガントレットで保護。
グリーブは……実用的な意味は余り無い。敢えて言えば見た目か。ブレストプレートとガントレットを装備した姿を想像したら足元が寂しくてバランスが悪かったのである。
どれも金属製(素材関連は詳しくないので金属の名前は判らない)で硬い。魔族相手ならともかく、人間同士で戦うなら金属製の防具は高い防御力を発揮してくれるはずだ。その分重量があって動きが鈍くなるだろうけれど、もともと動き回るタイプでもないから問題無い。
お金は学割価格に助けられてギリギリ足りた。
「今すぐ装備として登録しますか?」
支払いを済ませたら購買部員のおばさんに訊かれて、「は?」となってしまった。そんな私の反応に「もしかして装備を買うのは始めてかい?」と急に砕けた口調で言ってくる。
「買った装備を現実で使うだけなら構わないけれど、装備データとして登録しないと仮想世界には持って行けないよ」
「あ、なるほど、そう言えばそうでしたね」
随分前にローブを登録したきりだったので忘れていた。
おばさんに言われるままにアバター管理のメモリーカードを渡す。レジカウンターにはパソコンも置いてあり、おばさんは画面がこちらにも見えるようにしてデータをコピーしてくれた。
「装備データは次回のログインで読み込ませれば有効になるからね。ちゃんとアバターに装備させないと駄目だよ」
最後は言われるまでも無い事だったけど、好意で注意を促してくれているのは間違いない。素直に「ありがとうございます」とお礼を言って購買部を後にした。




