三条珠貴:一言呪文
翌日の放課後は射爆場に向かった。
宇美月学園にはいくつもの射爆場があり、魔術の練習をする生徒に解放されている。どこも基本的な構造は同じだ。一方の端に耐魔術処理を施した壁があり、もう一方に生徒が並んで魔術を使えるスペースがある。
昔、ここが大学だった頃の名残として弓道場やアーチェリー場、スポーツピストルのシューティングレンジなど、似た構造の施設がいくつもあり、その全てが射爆場に改装されている。
それぞれの射爆場は壁の耐久値によってレベル分けされている。
私が使うのはレベル12まで使用可能な元シューティングレンジだ。
ちなみにもっとも初心者向けの元弓道場はレベル4まで。今頃の時期になると一年生もレベルが上がってそろそろ弓道場は卒業している頃だろう。
さて、今日射爆場に来た目的は天音さんとの試合に備えて術を調整するためだ。
昨日父に見せて貰った天音パパの動画は衝撃的だった。
連射される銃弾を避けたり切り払ったりして全て防ぎきった天音パパ。しかも目隠しをしていたから、銃口の向きから弾道を予測したりという方法は使っていない。予測は気功スキルにある何らかの技で行われている。
しかも極めて正確に。
予測を数ミリでも誤れば、一瞬のタイミングを読み違えれば、対処する順番が一つでも違えば、いずれでもあのデモンストレーションは失敗した筈だ。
そんな相手に対してどんな魔術を使えば対抗できるのか。
昨夜、風呂上がりのさっぱりした気持で考えてみた。
父も言った通り、単発の投射型魔術は通用しない。動画で使われていたのが弱装弾だとしても、大抵の魔術はあの銃弾よりは遅いのだ。
天音さんも天音パパと同様の事ができるという前提で考えて、いくつかのアイディアは浮かんだ。でも浮かぶそばから自分で否定していって、結局は既に使っている一言呪文を天音さん向けに調整するのが一番だという結果になった。
回避に優れる天音さんにも効果的な術はある。が、呪文詠唱に時間を取られると、その間に斬られてしまいそうだ。
新しい一言呪文を作れればと強く思うけれど、それが現実的でないのも自分で良く判っている。
なにしろ一言呪文として完成できるのかも怪しいし、完成できるとしてもかなりの時間を必要とするからだった。
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私の父は魔術使いで、だから私は第四世代に分類される。
ただ、私の父は魔術統合機構で基準魔術の開発や改良を行う研究者タイプの魔術使いだから、お世辞にも実戦には向いていない。そんな父が私に教えてくれたのは、機構製の基準魔術と、機構で用いられている呪文開発のノウハウだった。
呪文を記述している言語(これは発足者である三人のエルダー達の時代にも使われていた言語らしい)の単語や文法、呪文として成立させるための決まり事など。もちろん、父も無制限に教えてくれたわけではない。危険な結果を招きかねない単語などは省かれていて、本当に基礎的な部分に限定されていた。
それでも得られた物は大きい。
お陰で簡単な術であれば自分で呪文を記述できるようになったし、魔術が発動するまでの仕組みを理解できるようにもなった。
この二つがあったからこそ、一言呪文『打て』を作る事ができたのだ。
「魔術を発動させるためには、呪文を正しく詠唱しなくてはならない」
専門校に入学したばかりの魔術使いの卵たちは、教師からそのように教わるけれど、実際には少しだけ違ったりする。極端に言えば呪文を詠唱しなくても魔術は使える。魔術が発動するまでの仕組みや工程を理解して、それを過たずに実行できるなら、呪文の詠唱は必要無い。
ならば何故呪文詠唱をするように教えられるのか?
それは、その方が憶えやすく、間違えにくいからだ。
魔術を発動させる手順を間違えると術は発動しない。運が悪ければ意図しない形で暴発することもある。だから呪文を一語一語発音して間違えないように手順を踏んでいくように教えられる。
その辺りをクリアして短縮呪文や無詠唱で魔術を使う人達もいる。魔術使いは高火力の砲台役という常識も彼らには通用しない。近接職並みの攻撃速度をもって敵を翻弄できる。
私はそんな人達に憧れていたのに、父に教えられたあれこれの中にはそれを実現するための方法は含まれていなかった。基準魔術は良くも悪くも世界のスタンダードであって、短縮呪文や無詠唱はあくまでも使用者個人が行うアレンジに過ぎないからだ。
だから、私も自分でどうにかしようと頑張った。
……とても地味、そして単純な方法で。
まず行ったのは、実行する工程数を少なくした、できるだけ短い呪文で術を組む事。
火や雷のような『属性』や貫通・爆発といった『型』を追加すると呪文が長くなってしまうので全面カット。『方向転換』・『追尾』など推進力に関する項目も最初から排除。
結果できあがったのは無属性で打撃型の弾体をただ撃ち放すだけ、という術だ。
レベル1の『炎の矢』にすら火属性と貫通力があるのだから、それと比べてもなおシンプルで短い呪文になっている。
あとはもう、根気頼み。
競技かるた(百人一首)の熟練者を思い浮かべて欲しい。
百首もの歌を憶えていて、頭の数文字を聞くだけで五・七・五・七・七の三十一文字からなる歌を瞬時に特定し、凄い速さで取ってしまう。考えるまでも無く体が動くように、繰り返し練習をした成果だ。
私の一言呪文もそれと同じだ。
発動工程が自動的に実行されるようになるまで、繰り返し繰り返し同じ術を使い続け、やがてキーワードにした『打て』を発声すれば、体に染み込んだ発動工程は滞りなく実行されるようになった。
極限まで呪文を短くして工程数を減らし、何千回も練習した結果としての一言呪文だ。根気と根性が必要な、とてもスマートとは言えないやり方なのは自覚している。
そんな感じで私が使えるようになった一言呪文は今のところ四つ。
『打て』:シンプルな攻撃魔術。投入魔力の調整で攻撃力・弾数・弾速・射程はある程度増減できる。
『鎚よ』:『打て』を強化する為の追加呪文。使用時は『鎚よ、打て』となるから厳密には一言呪文ではない。攻撃力が大幅強化される反面、弾数一の単発攻撃に固定されてしまう。
『貫け』:貫通力だけを付加した弾を飛ばす攻撃魔術。弾数一で固定。攻撃力・弾速のみ増減可能。
『盾』:シンプルな防御魔術。物理・非物理両対応の障壁を張る。発動基点は掌に固定。大きさは少し大きめの盾くらいで固定。投入魔力によって強度が変わる。
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レベル9までの基準魔術も使えるけれど、CODで天音さんと対戦するとなるとやっぱり一言呪文を主力にするしかない。さらに言うと単発になってしまう『鎚よ』と『貫け』は通用しない。
多弾型の『打て』で天音さんの回避力を上回るだけの弾幕を張るのが一番だ。
当初は弾数五で使っていた『打て』を、ステルススキルを持つ霧嶋さんとの試合を機に弾数七に増やしていた。今回は更に増やして弾数九に。銃弾に対処できるとなれば余り意味は無いかとも思いつつ、弾速も多少は速める方針で。
攻撃力と射程は据え置きにしておこう。
あまり強化ばかりしてしまうと消費魔力がばかにならなくなる。天音さんを捉えるまでにどれだけ連射することになるのか判らないし、魔力の消耗は抑えておくべきだった。
「それじゃあ、取り敢えず……」
耐魔術処理された壁に向けて右手を翳す。
自主練習に励んでいた他の生徒から視線が集まってくるのはいつもの事だ。
「……『打て』!」
掌を基点にして七発の光弾が射出され、そして壁に到達できずに、空中で自然消滅する。COD用に射程を短く設定してあるから、シューティングレンジの端にある壁まで届かないのだ。
壁まで届かないなら射爆場のレベルは関係ないし、そもそも射爆場に来る意味も無い。とは言え射爆場以外で攻撃魔術を使うのは校則違反になってしまうし、学外で使えば違法行為になってしまう。
「いつ見ても三条さんの一言呪文は凄いわ」
「あのスピードには誰も勝てないな」
周囲で見ていた生徒の感想は概ね高評価ではある。
が、私は内心で苦笑いしていた。
発射された光弾は七発。弾速は少しだけ早くなっていたものの、予定していたよりも遅かった。
これが一言呪文の欠点であり、こうして事前に練習をしなければならない理由だった。
一言呪文はキーワードの発声から自動的に発動工程を実行してくれる。
……反面、「実行してしまう」とも言えるわけで。
投入魔力の振り分けをするための受付時間がとても短くなってしまっている。
魔力量が足りていれば発動するものの、思った通りの調整で使うには再びの反復練習が必要になってしまうのだった。
――今回はどれくらいで完成するかしらね。
そう思いつつも、周囲の生徒の賞賛と羨望を余所にひたすら『打て』を連射していた。
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放課後だけでなく、魔術実習の授業時間中にも練習を続けていた。
ちなみにMコースの授業には呪文の勉強をする座学の時間と、実際に魔術を使う練習をするとともに魔力の消費・回復を繰り返して魔力量を増やしていく魔術実習、CODを使った戦闘実習などがある。
土曜日、授業は半日で終わり、学食で昼食を済ませた後はいつもどおりに射爆場に籠っていた。調整は順調に進んでいて、ほぼ確実に九発の光弾が出るし、弾速も想定に近くなってきている。
ひたすらに同じ術を使い続ける地味な練習ではあるけれど、こうして術を使って魔力を消費するのは魔力量のアップにもつながる。
そう思えば苦にならない……わけでもない。
必要だから続けているものの、いい加減飽きもする。
だらだら続けていては逆に効率が落ちるので、時折派手目の術をぶっ放して気分を変えながら練習を続けていた。
魔力が尽きてきたら射爆場の隅にある休憩所に引っ込んで、水筒で持参している魔力回復促進効果のあるハーブティーを飲みながら一休み。もっと即効性の『魔力回復薬』も存在しているけれど、あれは青汁味なので余り飲みたくないし、値段も結構するのでほいほい飲むのは懐的に厳しい。普段から飲むなら美味しく飲めて安上がりなハーブティーで十分だった。
水筒の保温効果のお陰で湯気がたつくらいの温度を保っているお茶を飲みながらのんびりしていたら、見知った顔が射爆場に入って来た。
現れたのは相沢さんで、普段から持っている武器ケースとは別に、もう一つ真新しいケースを持っている。
「相沢さん、新しい杖を買ったの?」
彼女は発動体として杖を使っていて、新しいケースも同じ大きさだったからそう訊ねてみた。想像はあたっていて、新調した杖で試し撃ちをしに来たそうだ。
ケースから買ったばかりの杖を取り出しながら、相沢さんは少し情けなさそうな顔になった。
「購買部に行ったら天音さんと霧嶋さんがいたのよ。霧嶋さんは私に気付いて手を振ってくれたのに、天音さんは全然だったなぁ……買い物に集中してたんだろうけど……」
「あーうん、きっとそうだと思う……って、買い物? 天音さんが?」
「そう。防具のコーナーを回ってたわ。出る時に袋を持っていたし、何か買ったみたいね」
「天音さんが防具を……」
それは少しばかり判断に迷う情報だった。
最初に考えていた一言呪文の設定が、既に商業作品で使われている設定に酷似していたため、新しく考え直すのに時間がかかってしまいました。
最初の案
三条父は趣味で古いパソコンを持っていて、呪文の記述をパソコンのプログラム的に捉えている。珠貴もそのように勉強する。
→MS-D○Sのバッチ処理は一つのコマンドで登録した複数のコマンドを連続実行できる。
→これにヒントを得て、一言の呪文で登録してある発動工程を連続実行できる術を組む。
こんな感じでした。
これだとどんなに強力な術でも一言呪文化できてしまうので「登録できる工程数は制限されていて、それを増やすには少なくない魔力を消費してしまう。だから魔力量が少ないうちは短い呪文しか登録できない」的な制限事項もあります。
例)容量20とすると、工程10を1つ、工程5を2つまで、工程が21以上の術は登録できない。
そのまま使ってしまうのは憚りがあったので、世の中にはこの方法を使っている魔術使いもいて、それを知らない珠貴が自分なりの方法で辿りついたのが本編に書いた地味な方法、ということにしました。




