三条珠貴:もう一つの動画
「ん? どうしたんだ珠貴? 夕飯ならまだだぞ」
父は居間でニュース番組を見ていた。手元にはお茶の湯呑。母は台所で夕食の準備中だ。
普段の私は夕食に呼ばれるまで自室にいる事が多い。このタイミングで下りて来た私に、父は怪訝そうな目を向ける。
「お父さん、もしも知っていたら教えて欲しいのだけど、天音流剣術って知ってる?」
「天音流? 最近話題になったからな、知っているぞ」
向かいに腰を下ろしながら訊ねたら軽く返してくる。ニュースにもなっているから名前くらいは誰でも知っている。私が期待しているのはそれ以上の内容だ。
「実はね、今度その天音流を使う子と試合をすることになったの。それで調べているんだけど……」
「なに!? それは本当なのか!?」
「え!? う、うん、学園祭のイベントの代表を決めるっていう試合で」
「そうか……」
父は「むむむ!」と難しい顔をしている。
何か知ってたら教えて、くらいの軽い気持ちだったのに、なんだか過剰な反応をされてしまって若干引いてしまう。
「調べていると言ったな。どの程度調べたんだ?」
「ネットで調べられる内容だけど」
公式サイトやらから得た天音流の特徴、視聴した動画から得た印象などを聞かせると、父は「まあそんなものだろうな」と頷いている。これで確信した。父は私が調べた以上の何かを知っていると。
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父は『魔術統合機構』の日本支部長を務めている。
魔術統合機構は『全世界共通の魔術』を開発し、普及させてきた組織だ。もちろん現在でも新たな呪文は日々生みだされ、既存の呪文の改良も行われている。
発足は大戦終結の二年後、三人のエルダーによって為された。
大戦終結後も残ってしまった四つの『穴』。いずれ魔族の再侵攻もあるだろうし、結界を守るための戦力も必要だ。現在では『結界守備隊』と呼ばれている組織の編成と、第二世代から新たなスキル使いを育てるのが急務とされた。
この時問題になったのが、第一世代が使う魔術が家系毎にバラバラで、まるで統一性が無いという事だった。歴史以前の古い時代から他家との交流を断ち、独自に発展させてきたわけだから、たとえ源流を同じにしていたとしても全く別物になってしまう。地域や国が変わればなおさらだ。基本概念から用いられる呪文まで共通する部分を探すのは不可能とさえ言われていた。
それで何が困るのか。
まず戦闘部隊を組織する上での、個々人の戦力評価に支障をきたした。
例えば家系Aの魔術使いと家系Bの魔術使いが二人とも「炎の槍」という魔術を使えると申告したとする。同じ術を使えるのだから二人は同程度の腕前なのかと、そう判断するのは早計だ。一方の家系では「矢」程度の術を「槍」と呼んでいた、というオチはざらにある。
家系独自の術名を使っているケースも厄介だ。「モケモケムベンベという術を使えます」と言われても、どの程度の威力のどんな術なのか判断しようがない。
部隊を編成するにはそれぞれの能力――使える術の特徴や威力、属性など――を把握し、他との相性も考慮しなくてはならないのに、その根拠となる戦力評価が極めて困難だったのだ。
次に困るのが新人の教育。
魔術を使えるのが第一世代だけという状況では、当然ながら教師役も第一世代の魔術使いが務める。ここでも家系毎にバラバラの弊害が出て、魔術使いAに教わった基礎は魔術使いBのもとでは何の役にも立たず、Bにとっての基礎を一から教わらなくてはならない。極めて効率が悪く、その体制下で一人前になったとしても、前述の戦力評価に関する不便がそのままにもなる。
そんな事態を憂慮した三人のエルダーが『魔術統合機構』を発足させた。
エルダーの中でも特に魔術に精通した三人は、彼女達の時代の魔術を元にしてレベル毎に基準となる魔術を設定。威力や属性、形態、必要とする魔力量などの詳細を第一世代の各家系に公表した。
その結果、第一世代が使う様々な術も「レベルいくつの○○相当の術が使えます」というように戦力評価が容易になった。教育についても基準となる魔術が広まる事で効率が良くなった。スキル専門校で教えているのも、もちろん基準魔術だ。
戦力評価と教育、二つの問題点をクリアした後も機構は活動を続けている。
定められた基準魔術が最優秀とは限らないから、第一世代の使う術を調べ、取り入れるべき点を取り入れて改良を進めていった。
例えば「○○という術には家系Aに伝わる概念を応用すれば威力が上がる」とか、「××という術の呪文は家系Bの△△という術の書式を取り入れると魔力の消費が抑えられる」とか。
ちなみに第一世代の家系の方でも基準魔術を参考にして自家の術を改良したりしている。
で、父はそんな機構の日本支部長。
魔術の開発・改良を行うために様々なスキルを調べていて、その中には純粋な魔術ではないスキルも含まれる。これは、武術系スキルにも魔術的要素が含まれるケースが存在するからだ。
天音流剣術は気功系スキル。父の仕事にはあまり関係しないようにも思えるが、機構にはスキルに関する情報が集まりやすい。
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「天音流はな」
父は難しそうな顔のまま口を開いた。
「珠貴のような投射型の術をメインに使う魔術使いにとっては天敵になりえる剣術だ」
「天敵?」
オウムのように返しながら、それはちょっと大袈裟なんじゃあと内心で思っていた。魔術使いにとっての天敵と言うなら、霧嶋さんのユニークスキルの方が相応しい。
「珠貴が疑問に思った部分だ。天音流は相手の攻撃を予め知っていたかのように反応する。単発の投射型魔術は通用しない」
「え? 断言?」
「そうだ。『通用しないかもしれない』ではなく、『通用しない』んだ」
予め知っていたかのように、という表現を父も用いた。これは私が動画を見て受けた印象と一致している。でも通用しないと断言する根拠はなんだろう。
もっと話を聞こうとしたら、丁度母が夕食の支度を終えていて、続きは夕食後という事になった。
夕食後、父の書斎に連れて行かれた。
壁に造りつけの書棚には世界各国の魔術に関するものだけでなく、神話や説話集、民間伝承本など多種多様な本が並んでいる。
父は机の上のパソコンを起動、「ちょっとあっち向いててくれ」と私に後ろを向かせる。カチャカチャとキーボードの音がしたのはパスワードを入力しているのだろう。父は家に仕事を持ち帰ることも多く、このパソコンから日本支部のサーバーに接続できるように設定している。
重要な機密もあるだろうから、家族にもパスワードを知られてはいけないのだ。
「もういいぞ」と言われて向き直ると、父はいくつかのフォルダを開いて何かのファイルを探していた。
「天音流には魔術的要素は皆無だから調査対象からは外れている。だからそれほど詳しくないんだが……海外進出のニュースが流れた頃に現地の知り合いが面白い動画あると言って送ってきたのが……ああ、あったこれだ」
父は一つの動画ファイルにポインタを合わせて、でもすぐには再生せずに私の方を向いた。
ところで父が天音流の情報を得ていたのは仕事と全然関係ないルートからみたいだった。まあ、私としては疑問が解決するなら結果オーライ、出所なんてどうでも良い。
「これから見せるのは、天音流の海外進出を決めたデモンストレーションの映像だ。これを見れば投射型魔術が通用しないと判るだろう」
見れば判ると言うのなら、変に盛り上げようとせずに早く再生して欲しい。
そんなふうに思っていたら父は苦笑を浮かべて「ほら」と画面の正面を譲ってくれた。
動画が再生される。
映ったのは踏み固められた広大な地面と、軍服を着て銃器を携帯した外国人達。背景には戦車や装甲車も映っていて、どこかの国にある軍の演習場と見受けられた。
軍人さんの中に異質な集団が混じっている。
黒い剣術着を着た日本人の一団。彼らが着ているのは、さっき公式サイトで見た天音流の剣術着だった。
日本人が一人、軍人さんの方からも一人、それぞれ進み出て、十メートルくらいの間隔をあけて向き合った。カメラは軍人の斜め後方から日本人にピントを合わせて撮影している。
「天音流の総帥だ」
画面上の日本人を示して父が言う。となれば天音さんのお父さんだ。
軍人さんがおもむろに拳銃を抜いた。名前は知らないけれど、ごつい自動式の拳銃だった。
天音さんのお父さん(と言い続けるのも面倒なので以下『天音パパ』)は刀を抜いて構えている。
って、ええ!? まさか撃……。
戸惑う私を余所に発砲音。ほとんど同時に天音パパの刀が火花を散らしていた。いつの間にやら刀の位置が最初の構えから変わっている。
「え? 今のって……」
さらに深まった戸惑い。
銃声は連続し、その度に天音パパは刀を動かし、刀は火花を散らす。
「じゅ、銃弾を……受け止めてる?」
「そうだ。が、これくらいは序の口だ。じきにもっと凄くなるぞ。それから一応言っておくと、あれは弱装弾らしい。当たっても即死って事はないそうだ」
これくらい、って……これだけでも十分過ぎるくらいに凄いと思う。
飛んでくる弾丸を目視して対応なんて出来るわけないし。
「普通なら銃口の向きや引き金を引くタイミングで弾道を予測するんだろうが、天音流は違うらしい」
「普通はこんな事できない……」
「ん? ああ、普通って言い方は相応しくないか。他の近接スキルの達人ならって事だ。お、そろそろだぞ」
画面内で動きがあった。
刀を鞘に収めた天音パパが懐から長い布を取り出して顔に巻き付けている。
目隠しだ。
そして天音パパは目隠し状態で同じことをやってのけた。しかもこれは打ち合わせに無かった事だと思うけど、軍人さん側はこっそりともう一人増やして、二人がかりで撃っていた。でもそれに対して待機している天音流側が抗議することもない。その程度は天音パパにとって危険ではないと判断しているようだ。
「あ、これ避けてる……」
見ていて、発射されただろう弾丸の数と、天音パパが散らす火花の数が合っていない事に気付いた。そう思って見ると、天音パパは時折妙な動きをしていた。急に首を傾げるようにしてみたり、刀の動きとは関係なく足の位置を変えてみたり。何かと思えば、それで銃弾を避けていた。
天音パパは二丁の拳銃が弾倉を空にするまでを無被弾で乗り切っていた。
「天音流のとんでもなさが判ったか?」
父の言葉に、私は無言の頷きを返すしかなかった。
目隠しで銃弾を受け止めたり避けたり。
とんでもないくらいに凄いともちろん思うのだけど、それだけじゃない。
こんな危険な事をデモンストレーションとしてやっちゃう事自体がとんでもなかった。




