三条珠貴:動画
天音流剣術道場では門下生を募集していて、門外漢にも判りやすいように流派の特徴を解説していた。情報を集めようとしていた私にとってはうってつけと言える。
結構長い記事をまずは最後まで通して読み、次いで気になった部分を繰り返し読み込んでいく。
三回ほど読み返してから、コーヒーを飲んで一息ついた。このコーヒーの良い所は、時間がたっても味があまり変わらないところだ。最初からほぼ牛乳の温度だから、冷めて不味くなるということがない。
まず意外だったのが、天音流剣術が創始されてからまだ二十年も経っていないという事だった。てっきり第一世代の家系だと思っていたら、二人の第三世代が創始者で、この二人が天音さんの御両親だった。
それは置いておいて、読み取った内容を思い切り要約するとこうなる。
1.気の働きに依る身体能力の向上。
2.その向上を速度の面に偏らせることもできる。
3.回避を主体にして防御力を高める技がある。
4.武器に気を流し込んで魔族にもダメージを与えられる。
1についてはどうとも思わない。気功系で身体能力向上を行わないスキルなんて無い……と言うか、気が充実すると身体能力は嫌でも上がってしまうらしい。
面白いのは2だろう。一般的な気功系スキルの能力向上は、どれだけ気を練れるかによって上昇率が決まってしまう。それを偏らせるとなると、同じ量の気を練れると仮定して他の流派と比べた場合、速度面では大きく上回ることになる。
3は、2があるなら当たり前のような? 速度が上がるなら回避なり防御なりも普通に高まるだろうし、わざわざ別枠扱いなのはどうしてなのだろう。
最後の4は今回の試合にはあまり関係ないけれど、近接系のスキルでありながらそれだけで魔族と戦えるという点は素直に凄いと思う。一般的な近接系スキルは、どれほど高レベルになってもそれだけで魔族と戦うのは難しい。魔族は物理攻撃をほぼ無効にしてしまう。そしてどれほど高度であろうとも、武器を使って斬ったり殴ったりするのは物理攻撃に過ぎないからだ。
大抵の近接スキルは魔術加工を施した武器を装備して解決しているところを、天音流では技の一つとして片付けている。極論すればただの棒で殴っても魔族にダメージが通るのだから、やっぱりこれは凄いとしか言いようがない。
試合の相手として天音流剣術を考えると、まず問題になるのは回避力だろうか。速度特化も気にはなるけれど、私の一言呪文よりも速く間合いを詰めるほどではないはずだ。
まあ何となく天音流剣術については判った。剣術に詳しくない私が、文章だけから読み取った内容だから実体そのままではないにしても、大まかな特徴は掴めたと思う。検索トップの公式サイトだけでこれだけの情報が得られれば十分な収穫だ。
検索で上がっていた他の記事も読み進めていけば更にイメージを固められるだろう。
そう思ってブラウザバックして、私は慌ててもう一度公式サイトを開きなおした。『戻る』ボタンを押す瞬間に気付いたのだ。公式サイトの右側に、縦に並んだサムネイル表示があることに。
なんとこの公式サイトには紹介用の動画も公開されていて、それらが画面端にずらりと並んでいたのだ。さっきは『天音流剣術とは』なんて核心を突くタイトルに惹かれて直接ページを開いて、そのまま読み始めてしまったから見逃していた。
文字だけと動画では得られる情報の種類が変わるから、これは是非とも見ておくべきだった。
「危ない危ない。それにしても動画付きって、至れり尽くせりだわ、ほんと。って、これ天音さんじゃないの」
小さなサムネイル表示でも見間違えようのないハンサム女子の雄姿。
まさか本人の登場する動画まであるとは。
ちょっとだけ天音さんに対して後ろめたい気持ちになってしまった。
対戦相手について調べるのは当たり前。むしろ本気で勝ちに行くなら調べない方がおかしい。天音さんだって私との対戦経験がある霧嶋さんから話を聞いているはずだし。
ただ私と天音さんでは得られる情報量に差があり過ぎると思えた。
……だからと言って見るのを止めるわけではないけれど。
勝負の世界に公平論なんて通用しない。天音さん本人の責任ではないけれど、対戦相手が簡単に得られる形で情報を公開している天音流が迂闊なのだ。
容赦なくサンプル画像をクリック、再生を開始する。
板張りの広い空間は道場だろう。天音さんと、他に三人の男性が映っている。みんな黒い剣術着姿で、木刀を携えていた。
ナレーションによれば天音流が誇る防御技術を紹介するための一対三の演技が始まるらしい。演技と言っても実戦形式であり、申し合わせは行われていないとの事。
あれ? これ本当に天音さん?
視聴を始めて、すぐに違和感を覚えた。
フルスクリーンで見てみると顔が少し違う。きりっとしたハンサム顔なのは変わらなくても、どこか幼い印象を受けるのだ。良く似た妹でもいるのかと思ったものの、ナレーションでは「当流派総帥の一人娘」と言っているから本人に間違いない。
どういう事だろうと思っていたら、画面の下の方に撮影日時が入っていた。三年ほど前の日付で、そうなると中学生の頃か。
中学生なら幼く見えるのも当然。
ちなみに中学生なのに周囲の男性陣に見劣りしない身長だった。
んん? 幼さの理由は判ったのに違和感が消えない?
違和感の理由は別にあるみたいだ。
はて、一体何が引っかかっているのか。
首を傾げる間にも動画は時間を進めていく。
画面の中心に天音さんが立ち、男性陣が天音さんを囲んで三方に立つ。どうやら天音さんが一対三の『一』の方らしい。
画面外の誰かが発した「はじめ!」の声で四人が動き出す。
男性三人は微妙にタイミングをずらして天音さんに打ちかかっていき、応じて天音さんも……。
「ああ! む、胸がある!」
感じていた違和感の正体が判り、思わず小さく叫んでしまった。
胸だ。
画面の中で激しく動き回る中学生の天音さん。その胸部では確かな存在感を誇示する二つの膨らみが激しく揺れていた。
ついさっき幼い天音さんを見て「良く似た妹が」と思った理由はこれだったのか。
身長や顔だけ見れば、むしろ「良く似た弟」と思って然るべきだ。そこを迷いなく妹、つまり女性だと判断したのは、無意識の内に胸の膨らみという特徴を捉えていたからだ。
一つの疑問が解け、しかし二つの新たな疑問が浮上してきた。
「ちゅ、中学生……だよね。いやいや、これで中学生って……」
こんな中学生がいて良いのかという疑問。
実際にいるのだから可能か不可能かという意味での「良いのか」ではなくて、倫理的にというか道義的にというか……。いや、止めておこう。そこを突き詰めても虚しくなるだけだ。勝負の世界だけじゃない。胸のサイズにおいても公平論なんて通用しないのだ。
もう一つの疑問は、今の天音さんには胸がないということだ。
三年間で胸が萎んだのだとしたらザマアミロと言いたい。あくまでも心の中で。
でも多少サイズの変動はあるにしても、画面の中でたゆんたゆんしているあれが、二度見しないと存在に気付けない程の微かな膨らみにまでサイズダウンするなど有り得ない。
とすると、潰している?
あの揺れ具合を見ていると潰したくなる気持ちは判る。魔術タイプはあまり動き回らないから良いけれど、剣士タイプの場合は激しく動くからそれだけ胸に掛かる負担も大きいだろうし。
とは言え、あそこまで潰せるものなのだろうか。
サラシとかを上手に巻けばかなり小さくできるのは知っている。ただあまりきつく巻くと肋骨が折れる危険もあるそうだ。
天音さんが苦しそうにしているのを見たことは無いから、大丈夫なのだと思っておこう。
気が付くと動画は再生を終えていた。
しまった! 揺れる胸だけを凝視して、胸の事ばかり考えていた。
肝心の天音流剣術の動きを全然見ていなかった。
軽い自己嫌悪と反省。
もう一度再生ボタンを押し、最初のナレーション部分を飛ばし、極力天音さんの胸を見ないように、全体の動きを把握できるようにして見直すことにする。
天音さんに対して三方向から打ちかかる男性陣。同時にではなく、微妙にタイミングをずらしている。対する天音さんは一番近い相手に自分から近寄って打撃を打ち払い、振り向きざまに二番目の打撃を受け流し、さらに位置を変えて三人目の打撃を避ける。
天音流剣術の特徴である『速度特化』だろうか、まるで早回しを見ているような感覚さえある。
そのせいで胸の揺れも激しく見え……って、そこは見ないようにしないと。
とにかく動きが速い。立ち位置を入れ替える足運びも速いし、木刀の振りも速い。
その速度の中で天音さんは三人から攻められている。なのに一撃たりともその身に木刀を受けない。防御力を見せるための動画だから天音さんからの攻撃は無く、結局誰も打たれること無く動画は終了した。
「うーん、これはどうなんだろう……」
見終わって、なんだかモヤモヤした感じが残った。
私が受けた印象は「約束組手なんじゃないか」だった。剣術の場合は違う呼び方があるのかも知れないけれど、とにかく誰がどんな攻撃をしてくるのかを予め知っているように見えたのだ。最初のナレーションでは申し合わせの無い実戦形式だと言っていたのに。
これはどういう事だろう。
椅子の背に体重を預け、天井を見上げる。
まず、天音さんは不正をするような人ではないと思う。
まだそれほど関わっていないから人間性を把握しているとは言い難い。表面的な部分での判断になるのは否定できないけれど。それに天音さん個人ではなく、天音流全体の体質が関わってくれば話が変わる場合もあるし。
ただ、天音流剣術の特徴として、防御力云々が一つの項目として独立していた点からしても、そこに何か秘密がある可能性は高い。
モヤモヤ感を打ち消す決定的な情報はないかと、他の項目や別の記事に目を通していると、階下から微かに話声が聞こえてきた。
調べものに集中していて時間の感覚がおかしくなっていたようで、いつの間にか父が帰宅する時間になっていた。
――そうか、お父さんなら何か知っているかも。
私の父は少々特殊な仕事をしている。魔術関連の仕事だから剣術は専門外ではあるけれど、スキル関連の業界では有名所で、しかも地位も高い。ネットで普通に調べられる以上の情報を持っている。
カップの底に少しだけ残っていたコーヒーを飲み干して、自分の部屋を後にした。
父に天音流剣術について訊いてみよう。




