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三条珠貴:Aさん

 なんと言うか……あれよあれよという間に天音さんと試合することに決まってしまった。別に私自身は正代表でも副代表でも構わないのだけど。

 天音さんは代表にすらなりたくなかったみたいで、ほとんど霧嶋さん主導で話が進んでいた。凛とした雰囲気の割に押しに弱いのか、それとも霧嶋さんに弱いのか。


 その天音さんは険しい表情をしていて、ホームルームが終わるなり霧嶋さんを連れて教室を出て行った。のだけど、教室を出るなり二人は手をつないでいて、天音さんの顔が微妙に緩んでいるのが見えてしまった。

 あの二人の関係が少し気になる。常識的な範囲で仲が良いだけであって欲しい。


 天音さんが霧嶋さんを連れて教室を出て行くのを見送って、その視線を一人の女生徒に転じる。天音さんに「Aさん」と呼ばれていた彼女はがっくりと落ち込んでいた。


「相沢さん……あまり気にしない方が良いわよ」


 私が声をかけると、相沢さんが力なく見上げてくる。幾分顔色が悪いのは天音さんのせいだ。ソレ系のスキルを持っていない私にも感じ取れるくらいの殺気だったから、正面から浴びせられた相沢さんは堪らなかっただろう。


 教室であんな殺気を放った天音さんも正直どうかと思うけれど、さりとて相沢さんに対して無条件で同情する気にはならなかった。近接の剣士タイプを見下す発言をしたのだから、天音さんが怒るのも当然だと思えるから。


 相沢さんは、と言うよりも、誰もが勘違いしている。

 魔術タイプが剣士タイプより有利に見えるのは、早熟と晩成の違いに過ぎない。魔術タイプは端的に言えば砲台役で、いくつかの術を覚えてしまえば一応は戦える。対して剣士タイプは武器の扱いから体の動かし方、相手との間合いの取り方など覚えるべき事柄が多く、実戦レベルに達するまで時間がかかる。学園に入学してから訓練を始めた第三世代はまだまだ初心者の域を出ていないのが現状だ。

 加えて実戦訓練に用いられているCODのシステム上、一定の距離を置いて双方が視認した状態から試合が始まってしまうのも大きい。魔術タイプが必ず先に攻撃できるのだから、それは有利で当たり前だ。


 きちんと時間を費やして相応の腕前になった剣士タイプが相手なら、システムの後押しがあったとしても魔術タイプが有利とは言い切れなくなるはずだ。


 ところがその『相応の腕前になった剣士タイプ』が身近にいない。

 霧嶋さんは第四世代で、魔術タイプ相手にも連戦連勝だったけれど、ユニークスキル『破神』やステルススキル『隠形』の印象が強い。彼女に負けても「剣士タイプに負けた」という気分にはならない。だから魔術タイプの生徒は自分達の有利を疑う事をしなくなった。


 慢心だろう。

 そして、天音さんは第四世代。

 彼女ならきっとみんなの慢心を打ち砕いてくれる、そんな気がしていた。


 だから相沢さんにも、今のところは気にしないでいて欲しい。

 実際に見てから考えを改めてくれれば良いのだから。


「ねえ、三条さん、天音さんは私の名前を知っていると思う?」

「……え?」


 力の無い問いは予想外で、何を言われているのか理解するのに少し時間がかかった。

 どうやらさっき「Aさん」と呼ばれたのが気になっている様子。


 相沢さんは第三世代の魔術使い。それほど肝の据わった性格でもない。そんな彼女が天音さんの殺気を正面から浴びて持ち堪えられたのは、呼ばれ方に対する反発が支えになっていたのだろう。


「私の名前を知った上でのAさんなら、それはそれで構わないのだけど……どうも違うような気がしてならないの」


 ……あー、うん。これは気になるかな。


 彼女のフルネームは『相沢灯あいざわ あかり』だからイニシャルは『A.A』。本人も言った通り、それを知った上で『Aさん』と呼ぶのなら、愛称とかニックネームの範疇に入ると思う。


 逆にそれを知らずに『Aさん』と呼んだのだとしたら……。


「Mob扱いされてる気がしてならないの! どう思う!? ねえ、三条さんはどう思う!?」

「どう思うかと言われても……」


 天音さんの頭の中なんて知りようがないし、言葉を濁すしかない。

 けれど相沢さんの考えている事もあながち間違っていないような気がするのも確かだった。


 私が見る所、天音さんは人間関係の構築に関しては基本的に待ちの姿勢だ。来るものは拒まずでSコース選択の面子とは仲良くやっているようだけど、普段ほとんど接点の無いMコース組の名前をわざわざ憶えているかは怪しい。

 まさしくMob扱い、クラスメイトABCの一人として認識している可能性はかなり高いような気がする。


「ええと……なんて言うか……ドンマイ? それこそあまり気にしない方が良いわよ?」

「うう……なんだかおざなりな気が……三条さんは良いわよ、ちゃんと憶えられてるんだから」

「それはまあ、ね。委員長として紹介もされたし」


 そう答えて、あれ? と思った。

 委員長として天音さんとは何度か話をする機会もあって、でもその時に「委員長」としか呼ばれてなかったような。

 まさか天音さん、私の名前も憶えてないなんてことは……。


 ……まあ良い。仮に天音さんが私を「委員長」という記号としてしか捉えていないのなら、今度の試合で認識を改めて貰う。魔術使い三条珠貴として、私の存在を刻み付けてやろう。


 *********************************


 帰宅には電車も込みで一時間程度かかる。

 特にイベントは起こらない。

 私は発動体すら使わない完全無手の魔術タイプだし、制服は特に奇抜なデザインでもない。雑踏に紛れてしまえば普通の高校生と見分けはつかないだろう。


 これが杖型の発動体を使う魔術タイプや、剣などの武器を使う剣士タイプだと、宇美月学園の生徒だともろ判りになる。銃刀法は存続しているから、学生とはいえ武器の携帯は許可制になっていて、武器類は指定のケースに収納するように義務付けられている。ケースを持っている=スキル所持者となり、この近辺で制服を着たスキル所持者なんて宇美月学園の生徒以外にはいない。


 それでどうなるかと言うと、実際には何も起こらない。

 いわゆる不良学生達も宇美月学園の生徒に手を出すような馬鹿な真似はしない。街の喧嘩と戦闘用スキルではそもそもレベルが違うのだから。

 一方で善良な一般市民は殊更に学園生を警戒したりはしない。

 実はスキル専門校への入学には定められた心理テストの受診が義務付けられている。

 専門校で教えているスキルは主に戦闘用で、これらが犯罪に用いられると大変厄介な事態になるからだ。ハイジャック犯やテロリストが戦闘用スキルを持っていたら、と想像すれば判ると思う。危険物持ち込み禁止、武装解除、そう言った事がスキルには通用しない。

 だから心理テストで「反社会的な行動はしない」と人間性を保証されない限り、スキル専門校には入学できない決まりになっている。ちなみにこの心理テストにはヒュプノシス系の魔術が用いられ、質問は心理の深層に直接届くから嘘は吐けないようになっている。


 そんな事情が一般にも知れ渡っているから、専門校の生徒であると知れれば逆に安心されたりもするのだった。


 それでもやっぱり自分が無手の魔術タイプで良かったと思う。

 大抵の武器は金属の塊で、ケースもロック機能付きでそれなりに重い。毎日持って歩くのは大変だ。D組の姫木さんなんかは大剣の入った大きなケースと、これまた大きな盾を背負って毎日通学している。ずっと重量操作の術を使い続けているのだと思うと、素直に凄いと思ってしまう光景だ。


 *********************************


 家に帰ると、居間にいる母に帰宅の挨拶をして台所へ。

 自分用のマグカップを用意してコーヒーを淹れる。スーパーで売ってる粉コーヒーをスプーン三杯、砂糖は一杯。お湯を一センチほど入れて粉を溶かしたら、後はカップの縁ぎりぎりまで牛乳を注ぎ込む。


 コーヒーと言うよりコーヒー牛乳。むしろコーヒー味の牛乳か。

 拘る人が見たら眉を顰めるかも知れないけれど、私は昔からこの飲み方だ。


 カップを持ち上げる前に、口の方から近付けて一口飲む。こうしないとちょっと揺らしただけで零れてしまうから。だったら最初からその量で作れとは言わないで欲しい。濃さやら何やらのバランスはこの手順でないと整わないと経験則で知っているのだ。


 零さないように慎重に階段を上って二階の自室に到着。

 机にカップを置いた手をそのままパソコンに伸ばして電源を入れる。ファンの回り始める独特の音を聞きながら制服を脱いで、部屋着に着替え終わる頃には起動完了後の初期画面になっているのがいつもの流れだった。


 椅子に腰を下ろしてコーヒーを一口。

 ブラウザを開けばホームページにしている検索サイトが表示される。


 私は検索する単語として『天音流剣術』と打ち込んだ。


 彼を知り己を知れば百戦殆うからず。

 昔の人は良い事を言いました。


 霧嶋さんは宇美月学園在校生の中でもトップクラスの実力を持っている。ユニークスキル『破神』を使っていた頃は魔術タイプ相手には無双状態、破神封印後も忍術を伝える家に生まれた第四世代として『隠形』を駆使し、魔術タイプ剣士タイプ問わずに勝利を重ねていた。

 私が彼女に勝てたのは予め『隠形』に対応するための術を用意できたからだ。

 完全に姿を消してしまうステルススキルであっても、見えないだけでどこかに居る。その前提で多弾型で速射・連射の効く術を組んだ。後は多少の幸運もあって、偶然当たった一発を足掛りにして勝利を収めた。


 もう一回やって次も勝てるかは判らない。霧嶋さんならきっちりと対策を練ってきそうだし。

 だから彼女が自分ではなく、天音さんを推薦したのは少し意外だったものだ。


 ともかく霧嶋さんに勝てたのは事前に情報得て、対策をしたから。

 試合に先だって天音さんの情報も集めようと思っても、転入間もない彼女についてはあまり話が伝わって来ない。Sコース組で何度か対戦しているようではあるけれど、試合が決まってから彼らに訊くのは上手くない。


 幸いなことに天音さんは『天音流剣術』を使う。最近は海外進出をしてニュースにもなった。知名度の高い流派であればネットを探せばある程度の情報は得られるだろうと。

 そう考えて検索ボタンをクリックした。


 ……ヒット数が五十万近い。これは精査するのは無理かな。


 と、思ったら検索トップが『天音流剣術道場』だった。サブ項目として『門下生募集』とか『海外展開のお知らせ』とか並んでいて、その内の一つに目が吸い寄せられる。


 そこには私が知りたいと思っていたそのものズバリの項目があった。


『天音流剣術とは』


 迷わずその項目をクリックしていた。

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