天音桜:お引っ越し2
「外見が年齢と釣り合っていないから驚くというのは、エルダー相手には無意味ですよ」
初対面の相手に驚かれるのは慣れているのだろう。
シシルさんは特に気を悪くした様子もない。
失礼を詫びる渡瀬さん達に「気にしないで」と鷹揚に返している。
気を取り直した渡瀬さんは、きりっと仕事モードの顔になった。
「さっそくですが、荷物の搬入を始めます。場所の指定があれば伺いたいのですが」
「部屋はちょっと奥の方。こっちよ」
シシルさんに導かれて家の中へ入る。廊下を辿っていくと、ある場所を境に廊下や壁の木材の色合いが変わる。建てられてからの年数が明らかに違った。
ここは、シシルさんが道場を開いていた頃に、住み込みのお弟子さん用にと増築した部分で、廊下の左右に四つの部屋が並んでいる。
手前の部屋を私が使う事になっていた。
部屋を確認したら作業開始だ。
渡瀬さん曰く、こういう作りの家屋は戸や襖を外して開口部を広くできるので、引っ越し業者にとってはやり易いそうだ。
全員で玄関まで戻る。私は立ち会い、シシルさんは単なる付き合いだ。
「最初に大きいのから入れちゃいますね。まずはベッドと机かな」
「あ、はい、それでお願いします」
大物を先に配置してしまえば後が楽だ。さすが渡瀬さん、本職だけあって良く気を遣ってくれる。
荷台の扉を開けて、そして渡瀬さん達は呪文詠唱を開始した。
仕事で使う機会も多いのだろう。詠唱はスムーズだ。
先に唱え終わったのは黒田さんだ。
「筋力増強……っと」
続けて渡瀬さん。
「重量操作:軽減……じゃあ、黒田君、私がベッド運ぶから」
「了解です」
小柄な渡瀬さんが大きめのベッドを軽々と持ち上げる。重量操作の魔術を使っているから本当に軽くなっているのだと頭で理解していても、やっぱり違和感ありまくりの光景だ。
一方の黒田さんも、普通なら二人がかりで運ぶだろう机を一人で運んでいる。黒田さんが使ったのは筋力増強。もともと腕力はありそうだったから、それを更に強化する術でパワーアップしている。
こうした魔術が普及しているからこそ、渡瀬さんみたいな非力な女性込みの二人組で、迅速に引っ越し作業が行えるのだった。私自身は実用的な魔術を使える程度の魔力がないので、こういう便利な使い方を見るとちょっと羨ましく思ってしまう。
ダンボール詰めの荷物も二つ三つはいっぺんに運んでしまうので、作業はさくさくと進む。
立ち会いと言っても、そこにいるだけなので手持無沙汰。
魔術をフル活用している渡瀬さん達を見ていて、これも何十年か前までは考えられなかった光景なんだな……などと想いを馳せていた。
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昔、『魔術』などというものは迷信であり、想像の産物であり、それが存在するのはお伽話や神話伝承、マンガやゲームの中だけだとされていた。昔と言っても僅か五十年ほど前までだから、歴史的なスパンで捉えるならつい最近だろう。
世界の変化は一九九九年の第二次世界大戦。
歴史に残る第一次世界大戦は『人間同士で行われた世界規模の戦争』に過ぎなかったが、第二次世界大戦は『異世界からの侵略に対して行われた全世界規模の防衛戦』だった。
何故そうなったのか、という原因は今も判明していない。
その年、世界各地に『穴』が出現した。ただの穴ではない。この世界と魔界を隔てる境界に穴が開き、穴を通ってやって来た魔族によってこの世界は侵略された。
ただし、彼ら自身が「我々は魔族なり」と名乗った訳ではない。
そもそも言葉は通じなかったのだし。
私達が自分達を『人間』や『人類』と呼ぶのと同じく、彼らには彼ら自身の言葉で自分達を呼ぶ名前があるのだろう。
ただ、彼らを見た全ての人類が、彼らは『魔』に属する存在だと即座に直感し、それぞれの言語にある邪悪を示す言葉で呼ぶようになった。だから日本語では魔族であり、彼らの住む世界を魔界と呼んだ。
ともあれ、いきなりやって来て侵略を始めるような輩が善良であるはずが無い。
当然、人類側は抵抗したのだが、これは絶望的な戦いだった。人間が使う兵器は魔族に対して無力だったからだ。全く効果が無いというのではなく、例えばミサイルが直撃すれば多少のダメージは与えられたそうだ。
ゲーム的に『物理攻撃無効:○%』のスキルを持っている、と例えると判りやすいだろうか。しかもそれは八十パーセントとか九十パーセントとか、かなり洒落にならない無効化率だ。
最新の近代兵器で武装した軍隊が、千人単位の犠牲者を出してようやく魔族一人を倒す。そこまでの差が、人類と魔族にはあった。
そんな時に現れたのが、後にエルダーと呼ばれる人達。
エルダーは魔族に匹敵、もしくは凌駕する力を持っていて、次々に魔族を倒す。が、少数だった。世界中に散らばった戦場の全てはカバーできない。これを補ったのが魔術を使う人間だった。
彼らの力は魔族やエルダーに比べれば小さい。
しかし近代兵器とは違って魔族に有効だった。
小隊による機関銃の一斉射撃よりも、中級程度の魔術一発の方が魔族に与えるダメージは大きい。
この違いは、こちらの世界と魔界では基本になる物理法則が異なるからだろうと解釈されている。ただし魔界の物理法則は人間界のそれを丸ごと含んだ、より上位の法則である。だから魔族側の攻撃は人類側にそのまま通り、人類側からの攻撃はほぼ無効化される。
しかし魔術(に代表される非物理的な力)に関する法則は、完全ではないにしろ一致している。少なくとも物理法則よりは一致率が高い。だから魔術攻撃は魔族にも効果がある。
エルダーや人間の魔術使いの活躍によってこの世界は守られた。世界各地の『穴』は次々に塞がれ、どうしても塞げない四つの穴は結界で覆って魔族の侵入を阻止。こうして第二次世界大戦は終結した。
その後、エルダーによって驚愕の事実が明かされる。
この世界が魔族の侵略を受けるのは初めてではなく、歴史に残らないほどの遠い昔にもそれはあったそうだ。世界各地に残る神話や伝承に登場する邪悪な存在は、その事実がモデルになっているものが多く、当時の恐怖は遺伝的な記憶として人類に刻み込まれており、それが一見して彼らを邪悪と判断した理由だと考えられている。
そして大戦を契機に表舞台に出てきた魔術使い達。
歴史に埋もれ、忘れられ、迷信とされた魔術を家系単位で連綿と伝えて来た彼らは、今の世界では『第一世代』と呼ばれている。
魔術に代表されるそれらは『スキル』と総称され、一般に認知された。
この呼び名は、長い間第一世代以外の人類から失われていたため、以前からあった『ロストテクノロジー』という言葉になぞらえて『ロストスキル』と言われたのが始まりだ。スキルが広まるにつれて『ロスト』の部分が不適当となり、『スキル』とだけ言われるようになった。
大戦後の復興は上手くいき、科学や技術の進歩とスキルの普及により、大戦前よりも生活は豊かになっている。結界に覆われた『穴』が四つ残っている現状、人類同士が争うのは無益であり、国同士が全面的に争うような戦争は起こらない。
世界は概ね平和だった。
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一般に普及しているのは初歩的であまり戦闘的でないスキルが主になる。
初歩的なのは「高度な魔術が普及すると、科学技術の発展が阻害される」という理由。誰もが『発火』の術を使えたら、マッチもライターも発明されない。そういう話だ。
戦闘的でないのは、単純に治安維持の理由。
日本には昔から『銃刀法』がある。銃器の所持が認められている国でも、主要な施設や航空機内への持ち込みは禁止されていた。しかしスキルだとそうはいかない。能力として身に付いてしまうから、持ち込みを禁止とかできない。
例外はもちろんあって、火災現場では消火用に水系の攻撃魔術が使われているし、警察が犯人逮捕のために麻痺等の状態異常系魔術を使ったりもする。
渡瀬さんのような運輸関係の仕事をしている人が補助系の魔術を使うのは一般的な部類だろう。
「これで最後です」
渡瀬さんが運んできた段ボールを下ろして搬入作業は終了。物思いに耽っている間に終わってしまって、立ち会いの意味がほとんど無かった。
ベッドや机など大型の家具は所定に位置に置かれ、一方の壁際に段ボールが積み上げられている。今回の契約は荷造りと荷解きは自分でやって、搬出、輸送、搬入だけを業者にやって貰うプランだ。荷造り荷解きも含めて全部お任せのプランもあったけれど、それだと荷物の全てを他人に見られてしまう。「本棚を見ればその人がわかる」という言葉があって、じゃあ持ち物全部見られたらどうなるんだと、そう思ったからだ。
渡瀬さんと黒田さんが引き揚げていって、荷解きにかかった。
大物は配置されているので、まずは必要な配線類を済ませよう。後に回すと配線するためにまた物を動かす必要があるかも知れないし。
PC本体と接続ケーブル、電源タップやら延長ケーブルを用意してセットアップ開始。
この部屋は長らく使われていなくて、ネットの接続環境なんて無かった。ところが私の引っ越しに合わせてシシルさんが部屋まで配線してくれていた。無線接続できなくもないところを、わざわざ有線接続できるようにしてくれたのだから有り難い。
手持ちのケーブル類で長さは全部足りたので、早速PCの電源を入れる。シシルさんからきちんと接続できるか早めに確認しておくように言われたからだ。不都合があったら業者を呼ばないといけないらしい。
シシルさんから貰ったIDとパスワードのメモを見ながら接続設定。
ぽちっと接続ボタンを押すと、無事に接続完了のメッセージが。
そこに表示された通信速度を見て吃驚してしまった。私の実家よりも断然速い。古びた外見とは裏腹に、こうした設備面では最新の物を導入しているようだ。
しかしここで安心してはいけない。
表示は回線契約上の最高速度に過ぎないから、実際にはもっと遅い場合もある。まあ細かな数字はどうでも良くて、利用する上で支障の無い速度が出ていれば構わない。
それを確認するには、やってみるのが一番早い。
PCに接続した愛用のヘッドギアを被りながらベッドに体を横たえる。
そしてVRMMO対戦ゲーム『決闘者の闘技場』へログインした。
説明多めの回でした。これで(仮)第一話の対戦シーンに繋がります。
魔術が実在・普及している具体的な例として引っ越し業者の使用例を出してみました。今回の普及例はあくまで一般的なもので、戦闘用のスキルを使う桜達は一般的ではありません。そこらは次章以降で触れていきます。




