また来年!
闘技場からホールに戻ると、既に観客席から戻ってきている生徒達でざわついていた。
選択授業で顔見知りのSコース組の面々は気楽に「おめでとー!」と祝福の言葉を投げてきて、そうでもない人達は少し距離を置いて遠巻きにしている。
「メイド先輩凄えな。エロいだけじゃなかったんだ」
「凄いのは学園祭ので判ってたけどな。胸とか」
「普段はサラシで抑えているなんてもったいない!」
……多分一年生の男子だと思う。
結構良い試合をしたはずなのに、彼らにとってはまだ学園祭のメイド服姿(エロメイドにクラスチェンジ後)の方が印象に残っているなんて。あの記録映像、本当に消去してくれないものだろうか。
意外な事に下級生女子は静かなものだ。
バレンタインランキングトップは伊達ではなく、試合前には相当数の女子から激励なり何なりを受けたのだけど。
痛覚有りの試合で部位欠損ダメージの応酬とか、少しばかり刺激の強い内容だったし、女の子たちには少し引き気味の反応をされてしまっている。
まあ、無駄に騒がれても対応に困るだけだし良しとしておこう。
けして寂しくなんかない。
ホールの一角に別のざわめきが生まれ、やがて自然と人混みが左右に別れ、そこには委員長がいた。仮想世界なのにはっきりと判るほどに顔色が良くない。
死に戻りと同時に部位欠損を含む全てのダメージと疲労値はリセットされている。それでも痛覚再現状態の死に戻りは精神的なダメージを残す。
私達が対峙すると、ホールはしんと静まり返った。
ついさっきまで死闘を演じていた二人がいったいどんな言葉を交わすのか、興味津々に注目されている。はっきり言って居心地が悪い。
――ちょっと! この雰囲気どうするのよ!?
――どうするって言われても……どうしよう?
目で問い掛けたら、微かに首を傾げられてしまった。
委員長もまたこの状況に戸惑っているみたいで、だったら出てこなくても良いじゃないと言いたい。
――そうだ! あれ言ったら? さっき終了間際に言おうとしてたでしょ。近接戦では、って。
――勘弁してよ。ああいうのはタイミングを逃したらもう駄目なんだから。
――いいじゃないの! 天音さんが何か格好良いこと言えばこの場は収まるんだから!
無言でアイコンタクトを続ける私たちがどう見えるのか、場の緊張感はどんどん高まっていく。
これはもうタイミング外しているのを覚悟で言うしかないか? と心が揺れる。
と、そこにこの場の空気を打ち砕く勢いで飛び込んできた声がある。
「桜ー!」
聞き間違えようもない成美の声だ。
声の方向を顧みれば、人の間を縫うようにして成美が駆けてくる。その後ろには少々もたつきながらも成美を追いかける沙織もいた。二人とも満面の笑顔だ。
短い助走から跳躍する成美。
顔に来る! と期待……もとい、身構えたけど、それは来なかった。
背後から伸びた沙織の手が、成美の襟首を掴んで引き止めたのだ。「ぐえっ!」と女子らしからぬ奇妙な声を上げる成美。
「ここではやめときなさい。桜の評判がまた落ちるから」
猫の子みたいに成美を吊るしたまま窘めるように言う沙織。
これは助かった。
成美の顔面抱き付き&胸押し付けはとても気持ち良いのだけど、衆人環視の中で行うのは問題のある行為だ。対応次第では沙織の言うとおり評判が下がってしまうかもしれない。試合前にしてもらっているし、ここは我慢しておこう。
「もー! 離してよー!」
じたばたともがく成美をぽいっと放り捨てて、沙織が緩く抱き付いてきた。
「おめでとう。凄く頑張ったものね。ほんとに、良かった」
「ありがとう……」
普段は適度な距離を置いている沙織が、こうしてその距離を詰めて抱き締めてくれるのが嬉しかった。それだけ私の勝利を自分の事のように喜んでくれているからだ。かつてないほど近い所に沙織の美少年顔があってどきりとさせられる。こうして同じ視線の高さで抱き合える女子は沙織だけだ。
来年には抜かれているかもしれないけど。
「百合か……百合なのか……」
「見ようによっちゃBLにも見えるから恐ろしい」
百合はともかくBLとはどういうことか。
あと女子達は陶然とした溜め息を吐かないように。さっきまで引いていたのに変わり身が早過ぎるでしょう。
「沙織だけずるいよー。私も、私も!」
成美が私と沙織の間にぐいぐいと体を押し込んで、さらによじ登ってきた。
「桜ーおめでとー。私桜が勝つって信じてたよー!」
ぎゅっと抱き付いてくるけど、体格差のせいで抱き合っていると言うよりも、私が成美を抱っこしているような体勢になってしまった。
「あなたたちは本当に仲が良いわね」
そう言う委員長は顔色も随分良くなっていた。
「あ、ごめんなさい。委員長の前ではしゃぐのはちょっと無神経だったわ」
「ん、構わないわよ。って言うか、それくらい喜んでくれるとね、私に勝つって事にそれだけの価値を認めてくれてるんだって思えるから。そんなに悪い気はしないものよ。それに……」
――おかげであの状況から脱出できたんだし。
最後の部分は目で伝えてきた。
それには同意だ。
沙織と、特に成美の登場で場の雰囲気は緩くて温いものに変わっている。
「まあなんにせよ今回は私の完敗だわ」
「今回?」
当然次もある、みたいな口調なんですが。
「だってこれで一勝一敗じゃない。もう三本勝負にするしかないでしょ」
「んー……それは、そうなのかな」
前回は負けた。
今回は勝った。
次回は……どうなるだろう?
「私としてもね、未完成な術を使って負けたままっていうのは納得できないのよ。もちろん準備が間に合わなかったのは私の問題だから、今回の結果に難癖付けたりはしないわよ」
「未完成って、あの発動体を出す術のこと?」
私の問いに委員長は頷きを返してくる。
「あの術……『魔導端末』っていうんだけどね。完成すれば六つの発動体を思考制御で同時に操れるようになるはずなの。今は魔力不足で五つの発動体しか出せないし、同時に操作できるのも二つまでだけど。来年までにはきちんと仕上げてみせるわ」
「え゛……」
六つの発動体が自由自在に空を飛び回り、あらゆる方向から攻撃魔術を放ってくる光景を想像してしまった。それってもうアニメに出てくるような全方位攻撃だ。生身の人間にどうしろと言うのか。
それに私達はもう三年生だ。来年にはもう卒業してしまっている。
「ネットに接続できればどこからだってCODはできるんだから。痛覚再現したければFSサーバーにおじゃますれば良いし」
「それには及ばん!」
委員長の声に被さるようにして、低く良く通る声が響いた。人混みが再び割れ、学園長と後城先生がやって来る。
ローブ姿の学園長は「はっはっはっ! 二人とも良い試合を見せてもらったよ」と鷹揚に手を振っている。先生達に一礼したら抱っこしている成美がずり落ちそうになったのでしっかりと抱え直しておく。
「前回といい今回といい、君達の試合は素晴らしい! 是非来年も見たいものだし、生徒達にも見せたい。来年も試合をするなら宇美月サーバーを解放させてもらおうじゃないか。どうだね、君達も二人の試合をまたみたいだろう!?」
学園長の言葉の最後は周囲の生徒達に向けられていた。
応じて「当然です」「来年も是非!」「もちろん見たいっす!」と声が上がった。その中には森上君の声もあった。
対して三年生からは不満の声が聞かれた。オープンな日本サーバー内でならともかく、関係者しかログインできない宇美月サーバーでは卒業後の彼らは観戦できない。
学園長は「ふむん」と顎に手を当てる。
「そうだな、卒業後の三年生諸君も観戦できるようにしよう」
学園長が言えば、「うおー! 学園長最高ー!」「渋いわ!」「学園長素敵ー!」と一気に学園長コールが巻き起こる。学園長も悪い気はしないのか「そうだろうそうだろう」と完成に応えている。
と言うか、学園長の登場からこっち私も委員長も発言の機会が無い。
あれよあれよと来年も宇美月サーバーで試合をする流れになってしまっている。
でもそれも良いかと思えた。
宇美月学園はとても居心地の良い場所だ。卒業してからも訪れる機会が持てるなら嬉しくもある。
「判りました。では来年もここで」
委員長と頷きあってそう言えば、学園長や後城先生は重々しく頷き、周囲の生徒は三年生も下級生も再度の歓声を上げる。ここまで喜んでもらえるなら、彼らの期待を裏切らない試合をできるようにもう一年頑張るしかない。委員長の『魔導端末』に負けないように対策を練らなくては。
……六つの発動体の全方位攻撃にどう対応したら良いのか全然わからないけども。
「ふっふっふっ……」
その時私に抱っこされている成美が不敵な感じの笑い声を言った。本当に笑っているのではなく、セリフとして笑い声を口にした感じだ。
「私を忘れて貰っちゃ困るなー!」
成美は器用に私の体を伝って、抱っこ状態から肩車状態に移行する。「おー、やっぱり高いなー」と周囲を見回す気配。
そんな成美を見上げて首を傾げる委員長。ずっと抱っこ状態で目の前にいたのだから忘れようにも忘れられないだろう。
「卒業したら私のユニークスキルも解禁! 自粛要請解除! そうだよねー、後城先生?」
「む? まあ卒業後のことまで口は出せんしな」
「OK! 私も委員長には一回負けてるしねー。ふっふっふっ、私の本当の力を見せてやるー! ってことよ、委員長」
「……な、なるほど、言いたい事は良く判ったわ」
あ、委員長の唇が少し引き攣り気味だ。
成美のユニークスキル『破神』は、非物理系スキル完全無効化という破格の性能で、強過ぎるために学園側から使用自粛を要請されたという経緯がある。魔術タイプにとってはまさに天敵。委員長の顔も引き攣ろうというものだ。
「沙織はどうする?」
「うん? きれいに三竦みになってるし、割り込むのは止めとくわ」
沙織は軽く肩を竦める。
なるほど、今回は私が勝ったけど、委員長が魔導端末を完成させたら剣士タイプの私に対して大きく優位に立つのは間違いなく、でも破神を持つ成美は委員長に対して圧倒的に有利。ところが破神を持つ代償として成美自身はステータスアップ系のスキルを使えない。隠形は止水の攻撃予測を応用して対応できるから私が有利。
沙織が言うとおり、きれいに三竦み状態になる。
「ふむ? ふむふむふむ! これは面白いね。三つ巴か! うんうん、霧嶋くんも参戦するんだね! いいだろういいだろう!」
大変満足げな学園長。
なんかもう話は纏まっていた。
この一年を振りかえる。一度は負けた委員長にリベンジするためにレベルアップに努めてきた。今度は委員長が魔導端末の完成を急ぐだろうし、成美だっていつまでも自分の欠点を放置しないだろう。
これからの一年、気を抜けば来年の試合で二人に負けてしまう。
「まずは夏休みのバイトか。上手くすれば結構レベルアップできそうだし」
「そうだねー」
「今回は私も参加するんだから、そこで差はつけさせないわよ」
私と同じ考えなのか、成美と委員長が口々に言ってくる。
夏休みのバイトは大変なことになりそうだ。
そんなふうに長い夏休みに思いを馳せていたら、ぼそっと学園長が言った。
「君達、なんだかもう終わったような感じになっているが、今学期はまだ一週間残っているぞ。最後までしっかり励んでくれたまえ」
何とも言えない微妙な空気になりました。
終わったような感じと言うか、実際最大のイベントが終わったわけで。
しかも来年に向けてのスタートとして夏休みのアルバイトに思いを馳せていて。
「えー! もう夏休みでいいよー! 丁度みんないるんだしここで終業式しちゃおうよー!」
肩車の成美がじたばたと駄々を捏ねている。
言っているのは無茶苦茶な事なんだけど……。
「おいおい、天音も霧嶋と同じ事を言いたそうだな」
思い切り表情に出ていたようで、後城先生に突っ込まれてしまった。
――「近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)」 完
これにて完結となります。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
そしてお気に入りや評価ポイントを入れてくれた皆さん、本当にありがとうございます。おかげで心折れずに最後まで書ききることができました。
*この作品では、伏線の張り直しや展開の見直しを禁じるために、自分ルールとして改稿禁止にしていました。そのため御指摘頂いた分も含めて誤字・脱字がそのままになっています。読みにくい部分もあったかと思いますがご容赦ください。




