近接戦では剣士タイプの方が強いですよ
軽く状況を確認してみる。
もちろん委員長が呪文詠唱を始めたら即座にスタートできる体勢を取っておくのは忘れない。確認作業に気を取られて発動体生成の術を使われたら堪らない。
魔術タイプである委員長にとって、左手の部位欠損ダメージはあまり深刻ではないはずだ。痛覚が再現されているから集中力を欠いて術の行使を失敗する可能性はあるものの、そこさえクリアしてしまえば術の発動に指の有る無しは全く関係しないからだ。
そして剣士タイプの私の場合、部位欠損はかなり影響する。
痛覚云々は脇に置いておくとして、手が無ければ刀を握れないし針も投げられない。この先の攻防は基本的に全て片手で行うことになる。
そうしなければ爆殺されていたのだから、失ったのが左手だけなのは僥倖に違いないのだけど、戦闘能力が大幅にダウンしたのは否めない。
委員長側も発動体を失っているのだから火力も手数も格段に落ちているはずで、私が一方的に不利になった訳ではない。
……と、安易に考えるのは危険かしらね。
さて、委員長は本当に発動体を全て失っているのだろうか。
二つだと思っていたら実は三つ目があった。
なら三つだと思っていたら四つ目があった、という事は有り得ないだろうか?
三つ目の発動体は背中側に隠していた。
爆発で飛ばされた後の起き上がる様子からして背中側にもう一個というのはなさそうだけど。
他に隠す所があるとすればスカートのようになっているローブの裾の中。つまりは股の間。
委員長は緩く足を開いて立っている。
試合中に足を揃えて直立不動もないだろうから、それは自然な立ち方には違いない。でも疑いの目を向けてしまうと開いた足の間に発動体が潜んでいるのではないかと思えてしまう。
脳内を検索してみると、昨年夏の海魔迎撃戦がヒットしてきた。海で遊んだ時には水着姿だったし、朝方お風呂に入った時にはもちろん全裸。記憶にある脚線を眼前の委員長に重ね合わせれば、ローブの中の空間の広さも想像できる。
発動体の一つくらいなら十分に潜ませられそうだ。
「なんだか視線がいやらしいような気がするのだけど……どこを見ているのか訊いてもいいかしら?」
「いやらしいとは失敬な。って、うわあお……」
声に引かれて視線をあげたのは失敗だった。裸身イメージを重ねたままだったせいで、普段の地味な印象を裏切る意外と大きなソレが脳内で映像化されてしまった。今はブレストプレートの下に隠れているけれど、委員長は典型的な「実は脱ぐと凄い」タイプの人なのだ。
私の脳内映像を察知したわけもないだろうに、委員長は無傷の右手で胸元を隠した。その腕に押されてむにゅりと形を変える様子までが幻視される。
ここまではっきりイメージできるなんて。
自分の妄想力……もとい、想像力が怖くなってくる。
左手を強く一振り。
ずきずきと痛んでいる断裂面から一際大きな痛みが駆け上がってきて裸身イメージを駆逐してくれた。
とにかく発動体を隠しておくのは不可能ではない。
委員長の魔術レベルは学園祭当時から8も上がっている。移動能力を付加したり一射あたりの弾数が増えたり、攻撃力自体が上昇していて消費魔力は確実に増えている。それでももう一つくらい生み出すだけの余力はある。
と、思っておいた方が無難だろう。
少なくとも、無いと決めつけておいて本当は有った場合に比べれば被害は少なくなる。
さて、気持ちは固まった。
加速も筋力増強も効果時間はまだ残っている。
感覚的に管理している練気ゲージの残量もまだまだ余裕がある。黒刀に気の刃3を被せて準備完了。
委員長が両手を私に向けて迎撃態勢となる。
四度目の神脚ダッシュに委員長から光弾での迎撃。多少弾数が増えているにしろ委員長一人からの攻撃。速度特化状態でなら十分に対処できる。予測線の隙間をすり抜け、斬り払い、あっという間に距離を詰めていた。
委員長は左手を前に出して障壁を展開。
同じ状況で部位欠損ダメージを受けたばかりだというのに良い度胸だ。
前回の状況を再現するように、私は同じようにして突きを放った。
委員長の顔に僅かな動揺が刻まれ、翳した左手がビクリと震える。でも委員長は手を翳し続けていた。もう一度斬られるのではないかという恐怖で反射的に引っ込もうとした手を、意思の力で抑えつけている。
と、言うか敢えて斬らせようとしているように見えた。
この瞬間、疑惑が確信に変わった。
仮に『透徹・斬』で委員長の手を切り裂いても、それは委員長にとっては致命的なダメージではない。魔術行使に支障は無く、出血量も即座に失血死につながる量じゃない。痛いだけだ。
だとすれば私にとっては無駄な一手になる。
その一手を出させて、委員長は何をするのか。
突きは障壁の表面に軽く触れる程度で止めた。
透徹は使わない。
委員長が右手を大きく振り、やっぱりというか四つ目の発動体がローブの裾の下から飛び出してきた。地面すれすれで障壁の縁を回り込んで来たそれを気の刃3を纏った黒刀で斬り捨てる。
「これで勝っ……!?」
視線を前に戻したら委員長は右手を高く掲げていた。
そして頭上からは私を中心にした円の範囲で予測線が降り注いでくる。
――五つ目!?
何段構えだ! と突っ込みたいけどそんな余裕は無い。
頭上を確認するのも駄目だ。
《気功スキル・モード変更・土:筋力上昇》
《気功スキル・金剛発動:筋力上昇》
この攻撃が最後と決めたからゲージの残量は気にしない。かけっぱなしの筋力増強に土モード、さらに金剛発動で筋力値大幅アップのパワー超特化状態に移行。さらに全身の鋼蓋にも気を注ぎ込んで強化。
直後に光弾が予測線をなぞって襲いかかってきた。
光弾は放射状に広がるから真上からの攻撃でも半分近くは勝手に外れて地面を抉っている。
残り半分が次々に体を打つ。頭部にも一撃を喰らい視界が揺れた。
でもそれだけで踏みとどまれた。
タイミング的に速度特化状態でも全回避は難しかったと思う。
そして突進中ならともかく光弾を避けようと飛び退いている最中に被弾したら、その衝撃で体勢を崩してしまっていたはずだ。この近距離でそれはどうしようもないほどの隙になる。
回避を捨てて防御力を上げ、限界まで筋力値を上昇させたからこそ被弾しながらも体勢を維持していられたのだ。
私がその場にとどまったのが意外だったのだろう。委員長の表情が僅かに変わる。
動揺はしていてもすぐに次射が来るはずだ。
――その前に仕留める!
鋭く一歩を踏み込みながらの正拳突き。
龍鳳の型にもある基本的な動作を、今回は左右反転して行った。
つまり、パンチは左手で。
……手首より先が無い左手では正拳突きでもパンチでもないのだけど、他に適当な呼び方が思い付かない。
とにかく障壁の向こうの委員長の手を狙った。
接触と同時に止血用に纏わせていた気の刃3を解放して『透徹』を放つ。
普通ならここで左手は止める所だけど、今回は左手その物も力一杯打ち付けた。
かつてないほどに上昇している筋力値で叩きつけられた左手が嫌な音を連続させる。
断裂面の肉が潰れ骨が砕ける。
そんな判定が下っているのだろう。左手が何種類ものダメージエフェクトで覆われ、これまでに数倍する痛みが襲いかかってきた。
「ああああああああっ!!」
あまりの激痛に咆哮にも似た悲鳴が口をついて出る。
これを我慢するなんて無理。
でも痛みに見合った成果は上がっている。
生身の腕とはいえパワー超特化状態での打撃は障壁を打ち砕き、同時に放っていた透徹の打撃力判定で委員長の左手は跳ね上げられている。これで障壁の再展開は防げた。しかも掌の負傷部位に対する追い打ちにもなっていて、さしもの委員長も痛みに意識が持っていかれていた。
未だに止まらない絶叫を気合の声の代わりとして、黒刀を一閃させた。
斬りやすい場所を狙うとか、急所を狙うとか、そんな細かい事はできなかった。
ただ黒刀と気の刃3の攻撃力を信じて振り抜いた一撃はブレストプレートもろとも委員長の胸を深く断っていた。
胸に走った斬線を呆気に取られたような目で見下ろす委員長。
その表情が歪んだのは痛みからか、悔しさからか。
「がっ……! はあっ……!」
悲鳴にも鳴りきらない声を漏らしながら、ゆっくりと崩れ落ちる委員長。
地に膝を付き、そこから後ろに倒れ込んだ。
仰向けに倒れた委員長の右手がゆっくりと私に向けられる。
去年の、左肩を貫かれて瀕死になりながらも攻撃を続けていた姿を思い出し、まだ来るのかと目を瞠るけど、流石にこれは無理だったみたいだ。呪文を詠唱しようと何度か口が動くも言葉にはならず、やがて右手も力を失って地に落ちる。
念のためにもう少し警戒して、間違いなく委員長が戦闘能力を失っているのを確認した。
――今こそ! その時!
左手が物凄く痛いけど、それは押し殺して出来るだけ平静な顔を作って。
起き上がれない委員長の視界にちゃんと入るように立ち位置を調整した。
ようやく言えるこの言葉。
「委員長、近接戦では……」
「……ごめん、痛くてヤバイ。早くとどめ刺して!」
「え!? ご、ごめんなさい!」
慌ててとどめ刺しました。
光の粒子に変わって委員長が消えていく。
委員長が完全に消えると《sakura WIN!》と私の勝利を告げる文字が空中に大きく表示され、今まで忘れていた観客席からの歓声が耳を劈くように響き渡った。ダメージもリセットされ、消失していた左手も元に戻った。
一年越しのリベンジ成功。
本来なら大喜びでガッツポーズの一つも決めたいところなのに。
「……」
結局言えなかった……。
委員長に勝ったら「近接戦では剣士タイプの方が強いですよ」と言うつもりだったのに。
いや、判ってはいる。
半分とは言え瀕死の重傷がもたらす痛みを感じている委員長に対して、それを長引かせてまでドヤ顔で最後まで言っていたら、それはそれで自分を許せなくなりそうな行いだ。
判ってはいるのだけど。
このセリフ、勝負が付いたその場で言うならともかく、ホールに戻ってから言うのはちょっと恥ずかしい。勢いがあればこそ言えるセリフだし、落ち着いてから改めて言うのは嫌味が過ぎるような気もするし。
それでも試合には勝った。
一年かけて準備して、その全てを出し切れたと思う。
師匠から習った剣術を始めとして、芳蘭からは龍鳳、後城先生からは透徹と鋼蓋、森上君からは魔術付与。そしてミアの手になる黒刀と防具。もちろん訓練を助けてくれた成美や沙織の力もある。
どれか一つが欠けていたら勝てなかったかもしれない。
いろいろな人に支えられての勝利だ。
セリフ一つが言えなかったからと疎かにして良い結果ではない。
何よりそれでは負けた委員長に失礼だ。
そうだ、ここは素直に喜んでも良いじゃないか。
いや、喜ぶべきだ。
握り締めた右拳を天に突き上げてガッツポーズ。
観客席の一部から歓声に混じって拍手が聞こえ、それは観客席全体に広がっていった。
……でも、やっぱり言いたかったなあ。
次で最終回です。




