五十パーセントの痛み
今回の投稿にあたって「R15」「残酷な描写あり」のタグを追加しています。部位欠損の表現がありますので苦手な方はご注意ください。
どうするもなにも、まずは邪魔な発動体を始末しない事には始まらない。
単純に手数が増えるだけなら対処のしようもあるし、攻撃の起点が三方向になるだけならそれもやりようはある。厄介なのは二つの発動体が空中を自在に動き回っていることだ。
これは剣術に限らない話だと思う。
武術系の多くは真上からの攻撃を想定していない。
止水の攻撃予測があったからこそ対応できたようなものだ。
委員長の様子をうかがえば、じっとこちらの様子を見ている。
自分から距離を詰めるつもりは一切無いらしい。
本人が明言した通り、この試合の第一幕は私が委員長の迎撃を掻い潜って近接戦の距離まで近寄れるか否かにかかっている。だったら委員長から近付いてくる事は無い。
私は小さな声で、できるだけ口も動かさないようにして呪文を唱えた。
委員長なら呪文の詠唱を聞いたり、唇の動きからどんな術を使おうとしているか読み取れるかもしれない。読唇術は疑い過ぎかとも思うけど、委員長ならそれくらいやってもおかしくない気がする。
呪文は最後の一語を発音せずにストップ。
二回目の突進と同じく気功スキルのモード変更と山津波・改を発射してダッシュをかける。
走りながら左手で針を二本掴み出した。
《気の刃3発動:武器形成可能》
針に気を通して実体化させ、柳葉型の刃物に変えて、止めていた呪文の最後を発声する。
《魔術付与:推進(速度)》
術の発動とともに針に風がまとわりつくようなエフェクトが発生。
まず一本を左側の発動体に向けて投じ、続けて残りの一本を右側の発動体に投じようとして、視界の隅に嫌な光景を捉えた。
左側の発動体が防御障壁を展開して投擲針を防いでいた。
ヤバイ! という感覚が全身を走り抜けた。
あれが単なる遠隔攻撃用の砲台などではなく、発動体である点から予想しておくべきだった。攻撃魔術だけでなく防御魔術も、つまるところ委員長が使える魔術はなんであれ経由で使えるのだ。
でも止まれない。
それに気付いたのは投擲モーションの最後、針が手から離れようという瞬間だ。
気の刃を纏った針は魔術付与の力もあって物凄いスピードで飛んでいく。発動体に到達すまで一秒もかからない。
時間が引き延ばされたような奇妙な感覚の中、飛んでいく針と、発動体が障壁を展開する光景がはっきりと見えた。
このままではこの針も虚しく弾き返される。
それはまずい。
――透徹!
深く考えたわけでも、出来るという確信があったわけでもない。
ほとんど脊髄反射の如く、思考の過程をすっとばして念じていた。
障壁に触れると同時に気の刃3のエフェクトは消失。
針その物は障壁に阻まれて落下を開始し、その向こうで発動体が破裂するようにして消失していた。
「なんっ……!」
委員長が息を飲む気配が伝わってくる。
障壁を破壊されたわけでもないのに、その後ろの発動体が攻撃を受けたのだから驚くのも当然だろう。やった私からして少々驚いているくらいだし。
針に気の刃を使って投じた場合、約二秒間は気の刃の効果が持続するのは検証済みだった。そもそもの射程距離が短いから二秒もあれば十分であり、あまり気にしていなかったのだけど、私自身の手から離れても効果があるという点は実はかなり大きな意味を持つ。
その二秒間は投擲後の針に宿る気も私のコントロール下にあると言えるからだ。
結論。
投じた針を経由しても透徹は発動する。
思い付きとも言えない咄嗟の行動が功を奏した。一つでも発動体を潰せたのは大きい。しかも委員長には驚愕から隙ができている。
残る発動体からの攻撃は無視して委員長に突っ込んだ。
《気の刃3発動:武器形成可能》
黒刀は薄っすらと気の刃のエフェクトを纏い、左手は一回り大きく武骨な『鬼の手』に覆われる。
一時の驚きから覚めた委員長は猛烈な連射で迎撃してくる。残る発動体も光弾を飛ばしてくるけど、回避や防御は最小限にしてとにかく前進するのを優先した。
鋼蓋の防御力に頼り過ぎな気もするゴリ押しだ。普段の回避優先な私の姿しか知らない人から見れば無様にも見えるかもしれない。
見てくれなんか気にしていられないというのが正直なところだ。
止水の攻撃予測と速度特化状態をもってしても、委員長の弾幕を無被弾で抜けるなんてできない。今この場面では愚直に前に出ることこそが唯一の正解だった。
あと一射をしのげば近接戦の間合いに到達する。その予測線が発生するのを確認して、足を前後に開脚しながら上半身を思い切り前に倒し込む。
古いカンフー映画で見た「椅子をくぐれ!」の体勢だ。
龍鳳を学んで格闘術的な体の動かし方を理解しているからこそできる芸当。
地面すれすれの低い姿勢で光弾の射線の下を潜り抜け、起き上りざまに一撃を放った。
委員長が張った障壁に防がれるけど、これは予想済み。
気の刃3で攻撃力が強化されているとはいえ、委員長の障壁もまた強度を増している。一度の斬撃で突破できるとは最初から考えていない。
この一撃は防がれてもかまわなかった。
委員長の顔が悔しさで歪む。
直撃は入らなくても、委員長に直接ガードさせた時点で「近接戦の距離には近付かせない」という宣言は破ったことになる。
くるりとターン。
一瞬だけ委員長に背を向けて、見えないようにもう一本針を投げ、残っていた発動体を潰しておく。一応透徹の準備もしておいたけど、見えないように投げたので普通に直撃した。
投げる動作の延長でさらにターンして正対しつつ突きを放つ。
左手を翳して障壁を張る委員長。
ここでこそ『透徹・斬』の出番だ。
黒刀の先端が障壁に触れると同時に透徹発動。
障壁の向こう側、委員長の掌の横に剣先の形をした攻撃判定が出現。
障壁の表面をなぞるようにして黒刀を横に振り抜いた。
委員長の掌に横一線の斬撃エフェクトが灯り、人差し指から小指までの四指が掌の上半分と共に消失した。
「え゛っ!?」
まず驚きの声が上がった。
さっきの発動体と同様、前面に展開した障壁が無傷のまま、その後ろの自分が攻撃を受けているという事態。気功スキルはマイナーな上に、使う人によって持ち技も全然違う。後城先生以外に透徹を使う人を私は知らないし、委員長は透徹その物を知らないだろう。
「あ……ぐ……っ!」
次いで悲鳴を無理やり飲み込んだような奇妙な声。
掌の上半分を斬り落とされて派手な出血エフェクトが発生している委員長の左手。
再現率五十パーセントの今、委員長はとてつもない痛みを感じているはずだ。
それでも悲鳴を上げないのは、悲鳴を上げている間は呪文詠唱ができず、それは魔術タイプにとって致命的だからだろう。
そうと判っていても斬られた瞬間の悲鳴を我慢できる委員長の精神力には脱帽するしかない。
――ここで一気に畳みかける!
発動体を潰した今がチャンスなのだ。
詰めた距離をキープしながら障壁を突破できれば私の勝ちだ。
透徹という未知の攻撃を受けた委員長は、それでも障壁を解除していない。激痛に耐え、さらなる攻撃を受けかねない場所に左手を置き続ける胆力。透徹の射程が極端に短いのを見て取ったからなのか、心理的に守りに傾いているからなのか。そこは判らないけれど、発動体を失った状態では障壁がある限り委員長側からの攻撃は無い。
そんなふうに考えたのを油断だと言われれば否定できない。
歯を食いしばって苦痛に耐えながら、委員長が右手を一振りすると、委員長の背中側から発動体が一つ、障壁の縁を回り込んで私の至近に配置されたのだ。
三つめ!?
今度は私が驚く番だった。
無いと思っていた三つ目の発動体から攻撃予測線が発生する。
……いや、それはもう線じゃなかった。
太いとかそういう問題ではなく、発動体を中心にして全方向に線が伸びたせいで、一本一本を線として認識できない。視界は赤く染まり、全身に浴びた予測線がもたらす冷気でまるで極寒の地にいるような感覚だ。
この形の予測線が意味するのは……爆発系の術!
「爆ぜろ!」
委員長の声が聞こえるのと、左の『鬼の手』で発動体を掴むのはほぼ同時だった。
気の刃3で形成された鬼の手は私自身の手よりも一回り大きく、発動体をすっぽりと包みこんでいる。
鬼の手に供給する気を増加。
左手の鋼蓋を最大まで強化。
そして手の中の発動体が爆発した。
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一瞬意識が飛んだような気がする。
背中への衝撃で意識が戻り、爆発の余波で後ろに飛ばされたのだと判った。
そのまま体を丸めて後転、回った勢いのまま立ち上がった。
即座に前方に視線を飛ばせば、委員長も後ろに飛ばされたらしく、立ち上がるところだった。
まずはダメージチェック。
左手が手首の少し上から無くなっていた。
以上。
「……でたらめな事やってくれるわね」
苦痛を滲ませた委員長の声。
うん、自覚はしている。
魔術による爆発を手で掴んで防ごうとするなんて普通じゃない。
「でたらめと言うなら、そっちこそ」
応じる私の声もちょっと上ずっていた。
さっきは努めてあっさりと表現したけど、はっきり言って酷いダメージだ。
部位欠損判定を受けた左手からは一定間隔で出血エフェクトが発生し、心臓の鼓動に合わせたそのリズムに連動して痛覚信号も送られてくる。爆発で吹き飛ばされた左手は、現実だったらグチャグチャの断裂面を見せていたことだろう。リアルに想像すれば気分が悪くなりそうな状況だ。
とりあえず気の刃3で実体化させた気で覆い尽くして止血。
痛覚はどうにもしようが無いので痩せ我慢するしかない。
少し声が上ずるくらいは大目に見て欲しい。
魔術を手掴みで防ごうとするのがでたらめなら、あのタイミングで爆発を起こしたのもでたらめだ。
気の刃3の鬼の手と、鋼蓋の防御力を纏めて吹き飛ばした爆発の威力。
発動体その物を中心にして予測線が発生していたから、推進力をゼロにして投入魔力の全てを攻撃力に割り振ったのだと思える。
そんな爆発力を至近で発生させれば、委員長本人だってただでは済まない。障壁は破壊され、委員長も吹き飛ばされた。
自分がダメージを受けるのを承知でやったとしか思えない。
委員長はどこからか取り出したハンカチのようなものを左手に巻き付けている。
着衣データ扱いなのか装備品扱いなのかは判らないけど、巻き付けた事によって出血エフェクトは明らかに弱くなった。出血を放置すれば失血死判定もあるリアルモードだ。ある程度は対応できるようにしてきたのは用意周到と言える。
用意周到と言うなら三つ目の発動体もそうだ。
発動体を生む術は長い呪文詠唱を必要としている。途中でかけ直した様子は無かったから、最初から三つ出していて、一つを私からの死角になる背中側に隠し続けていたのだ。
委員長がそうした意図は明白だ。
「近接戦の距離には近付かせないとか言っておいて、しっかり保険を掛けてたってわけね」
「言った事が全部実現できるなら苦労はしないわ。天音さんならもしかしてってのは最初から考えてたし」
「それはそれは……高く買って貰っているみたいで……」
話しながらも委員長は油断なくこちらを見ている。応急処置をする間も私が動けば即応できるように構えていて隙が無い。
もっともそれはこちらも同じことで、止水は発動しっぱなしだから委員長が攻撃の意思を持てば事前に察知できるようにしてある。悠長に構えていて委員長が再度発動体を生み出してしまったら元の黙阿弥だけど、あれには長い呪文が必要になる。こうして会話をしている限りその心配はしなくて良い。
そしてこの状況は私が確認したいと思っていた疑問に答えを出してくれている。
委員長は部位欠損ダメージがもたらす痛覚に耐えられるのか?
自身の爆破によるダメージと痛みもあるだろうに、こうして普通に会話ができている。
私は現実世界でも剣術の稽古に伴う打撲や骨折などの負傷を経験していて、そこそこ痛みには慣れている。さすがに手を吹き飛ばされた経験は無いけども、再現率が五十パーセントだからなのか、今の所は我慢できない事も無い。
委員長は典型的なMコース(一般的に言えば文系)少女だから、現実ではあまり痛い思いをしていないはずなのに。予想以上の忍耐力を持っているようだ。
ともあれ。
「仕切り直しになっちゃったわね」
委員長がそう言ったように、双方が爆発で飛ばされたせいで彼我の距離はまたも開いてしまった。
私は四度目の突進の準備をする。
恐らくこれが最後になるだろうと思いながら。
前回・今回と会話が非常に少なくなっています。
単調に感じられるかも知れませんが、委員長は呪文詠唱があるため喋れませんし、桜も戦闘中に無駄口を叩くタイプではないため、このようになりました。




