vs 委員長(二回目)
ローマの円形闘技場で言えば皇帝や貴族が座る席。
そこに学園長をはじめとした教職員が陣取っている。
相変わらず魔術士スタイルの学園長。
以前は怪しいだけのように見えていたその姿も、冬休みのアルバイト以降は少し違って見える。なにしろ後城先生よりもランキングが上だったのだ。後城先生が格闘術主体の近接タイプである点を考慮しても、そこは素直に凄いと思う。凄腕の魔術使いと判ればローブ姿から受ける印象も自ずと変わろうというものだ。
委員長と二人して軽く会釈すると、学園長は重々しい頷きを返してくる。
始めちゃって良いよ、という意味だろう。
「さて、っと。それじゃあ委員長、いざ尋常に勝負といきましょうか」
「ふふ。天音さんはそういうの似合うわね。凛々しくて格好良いわよ」
くすくすと笑いながら開始線に歩いて行く委員長。
真面目に言ったのに笑われるなんて心外だ。
でも悪意の無い笑いだったので釈然としない思いは脇へ押しやり、私もまた開始線に進む。
開始線の半歩手前で立ち止れば、委員長もまた同じように線の手前で足を止めている。
開始線間の距離+一歩分の距離を置いて視線が絡み合う。
――斬る!
――近付かせないわよ?
意思を視線に乗せて放てば、委員長からも意思ある視線が返ってくる。
しばらく振りだったけどアイコンタクト能力は健在だった。
私達の足は合図も無く同時に前に出た。
双方の足が開始線を踏み、準備完了と判断したシステムによってスタートシグナルが点灯される。
そして表示される《Fight!》の文字。
同時に『加速』の呪文詠唱を開始しつつ、気功スキル発動の為に呼吸のリズムも調整する。呪文詠唱と呼吸の調整を同時にやるのはコツさえ掴めばそれほど難しい事じゃない。これをバックステップしながら行った。
前回は開始と同時に前に出た。
でも委員長の一言呪文は私が止水を発動させるよりも先に攻撃を可能にする。
だから今回は敢えて下がろうと決めていた。
距離が開けばそれだけ遠距離攻撃を受ける機会は増えてしまうけど、放射状に広がる散弾系の術は距離が開くほど密度が薄くなる。止水さえ発動させてしまえば呪文詠唱を続けながらでも容易に避けられると思えた。
そんな感じの思惑で下がったのに、委員長から開幕直後の攻撃はなかった。
それどころか委員長もまた後ろに下がっている。
右手をこちらに向けてかざしているのは、私が接近しようとすれば迎撃するための準備だったのだろうか。
《気功スキル(焔)発動》
《止水発動:攻撃予測開始》
無事に止水発動までを終え、いつ攻撃されても対応できるようにしながら呪文詠唱は続行。
委員長も用心深くこちらの動きを追いながら立て続けに呪文を唱えている。
呪文詠唱に関しては委員長の方が断然早い。
オリジナルの一言呪文や短縮呪文だけでなく、レベル18まで魔術スキルを上げる過程で委員長自身の詠唱技術が上がっているからだ。
《加速:敏捷力上昇》
一つ目の『加速』の詠唱が終了。
敏捷力が大幅に上昇するステータスアップメッセージを視界の端に捉えながら、続けて『筋力増強』の詠唱に入る。
《筋力増強:筋力上昇》
筋力をアップさせて私の準備は完了。
ほとんど同時に委員長の手元から青白い球体が二つ出現する。
あれは魔術で生み出された発動体で、委員長も含めての多方向からの魔術攻撃を可能にする。
でも二つ?
学園祭の時には三つの発動体を同時に操っていた。
あれからの時間で熟練して数を増やしてくるなら判りやすいのに、逆に減っているとなればそこにどんな意味があるのか。
まあ、考えても判るはずが無い。
私自身の魔術知識が乏しいのもあるけど、そもそもあれは委員長のオリジナル呪文。仮にそれなりの知識があったとしても推測以上の答えは出せない。
ならばつついて反応を見るまで。
《気功スキル・モード変更・風:敏捷力上昇》
《気の刃2発動:非物理攻撃力付与(武器) 武器攻撃力+1》
気功スキルをモード変更、加速の術との重ねによる速度特化状態に移行。さらに気の刃2の発動により黒刀の攻撃力を強化しつつ魔術攻撃を切り払うための非物理攻撃力を付与。
地を蹴って一歩目を踏み出し、二歩目、そして三歩目で最高速度に達する。
静止状態から最高速度に達するまでの時間を最短に縮める運足術『神脚』。
距離の半ばに達しようとした時、待ち構えていたかのように攻撃予測線が発生した。
それは委員長自身と二つの発動体から発し、それぞれが十数本の線を放射状に伸ばしている。
はっきり言ってこれを全部回避するのは無理だ。
もう速度がどうこうの話じゃない。
なにしろ三方向から四十本近い予測線が集まって網の目のようなっているのだから。
三カ所から光弾が放たれ、このまま直進すれば避けるもままならず滅多打ちになる状態。
でもこれは様子見の突進だった。
端から無理に突っ込む気は無かったから、迷わず横に逸れた。高速移動中でも高機動を可能とする足運び『鬼脚』によってほぼ直角に進行方向を変え、それでも避けられない光弾は非物理攻撃力を付与した黒刀で斬り払った。
間髪入れずに次射が来るのをバックステップしながら防ぐ。
結果として最初の位置くらいまで後退することになった。
……弾幕っぷりに拍車がかかっているなあ。
魔術レベル18は伊達じゃないということか。
発動体の数は減っても一射あたりの光弾数が増えている。黒間先輩との戦いの時よりも攻撃の密度は高くなっているように思えた。
でも私がやる事は変わらない。
刀が届く距離まで近づいて斬る。
そのための道を作らなければ。
《気功スキル・モード変更・土:筋力上昇》
《筋力値が規定をクリアしました。山津波が使用可能です》
先にかけていた『筋力増強』のおかげで、気功スキルを土モードに変更すれば即座に『山津波』の使用条件をクリアできる。そして『加速』もかかっている今の状態で山津波を使えば、それは『山津波・改』となる。
再度の神脚突進。
私の踏み切りから同じタイミングで攻撃予測線が発生して光弾が発射される。
そのタイミングは私の突進速度が変わらなければ最適だっただろう。
でも風モードから土モードへの変更で速度はがくりと落ちている。
二つの発動体から発射された光弾は行く手の地面に虚しく着弾し、委員長自身が放った光弾もまだ距離があるから疎らになり簡単に斬り払えた。
こうなるように動作そのものは一回目と同じにしたわけだけど。
微々たるものでも相手に無駄撃ちをさせるのは無駄じゃない。
最後の瞬間にここで浪費させた魔力が明暗を分けるかもしれないのだ。
そしてここで山津波を使う。
ダッシュ状態から急停止して大上段に刀を振り上げると、黒刀が同じ色の靄のようなスキルエフェクトに包まれる。全身の筋力を総動員し、なおかつ加速状態で打ち下せば、剣圧の靄は圧力の塊と化して飛んで行く。
山津波・改は攻撃力の高い技だ。自販機をおおきくひしゃげさせ、ゴブリンをまとめて薙ぎ倒すくらいだ。直撃すれば人間の体なんてひとたまりもない。
とはいえ委員長がこれに当たるなんて期待はしていない。
《気功スキル・モード変更・風:敏捷力上昇》
再び風モードに変更し、その敏捷力をフルに活かして神脚ダッシュ。飛んでいく山津波・改の剣圧を追いかけた。
委員長からの攻撃予測線は剣圧に当たった所で途絶えている。
高い攻撃力を有する剣圧は攻撃魔術を遮る強固な盾になっていた。
残る発動体からの予測線は角度があるせいで直撃コースもある。それらは可能な限りは回避し、不可能な分は当たるに任せる。防具で受けた分はノーダメージ。防具以外で受けた分は軽く殴られた程度の痛みを伝えてきていた。
委員長がメインに使う一言呪文『打て』の威力が上がっている。
避けられず、防具でも受けられない分は『鋼蓋』を使ってダメージを軽減している。後城先生から伝授された防御技だ。私の熟練度では技名通りの鋼の硬度は望めないにしても、以前どおり格闘技経験の無い素人のパンチ程度だったなら痛みを感じないくらいの防御力はある。それでいてこうなのだから、鋼蓋無しで受ければ少々危険なくらいの力はありそうだ。
光弾を無効化しながら突き進む剣圧に、流石の委員長も焦ったような顔を……全然していなかった。慌てずに二歩だけ横に移動する委員長。剣圧は直進するだけだから、避けるにはそれで十分。
ただし後に追随している私から逃げるには足りない。
剣圧の陰から飛び出して委員長に向かおうとして、でもそれは叶わなかった。
いきなり頭上から予測線が降ってきたのだ。
愕然として見上げれば、そこには発動体が一つ浮遊している。
バクステで予測線を避けるのは成功したものの、生まれた隙は大き過ぎるものだった。
二つの発動体が光弾を連射してくる。
しかもこちらの対応し難い角度を得るように動き回りながらだ。
ただ漂っていただけの前回とは違う。
明らかに委員長の意思を受け、驚くほどの機敏さで空中を移動している。
辛うじて頭部への直撃は避けているものの、自在に攻撃方向を変える発動体の動きに翻弄されてしまい何発もの光弾を体に受けてしまった。当たる直前に体の位置をずらして、できるだけ防具に当たるようにしているけどそれにも限界はある。お腹や腕に鈍い痛みが蓄積し始めていた。
この程度の被害で済んでいるのも防御力を高める鋼蓋と、あとは龍鳳を学んだお陰だった。
それは足運びにある。
これまで神脚や鬼脚を使っている中で、ちょっとした違和感を感じていた。それは何となく違うんじゃないかという程度で、特殊な足運びをするのだから当然感じる類の物だと思っていた。ところが龍鳳を学んで、その型に含まれる歩法などを身に付けてみると、感じていた違和感の正体が明らかになった。
龍鳳の型を見て「神脚に似た足運びがある」と思ったものだけど、今では逆なのではないかと考えている。つまり私が学んだ剣術の足運びが、龍鳳に似ているのではないかと。
龍鳳はとても古い歴史を持つ格闘術だ。その昔、師匠の恩人の何代も前の人が大陸の格闘術を学び、己の剣術に取り込んだのではないか。そして取り込むに際して自己流のアレンジを加え、そうして生まれたのが神脚や鬼脚という技ではないか。
神脚や鬼脚を劣化コピーだと言うつもりは無い。格闘術と剣術では体の使い方が違うのだから、取り入れるにあたって剣術向けにアレンジを加えるのは当然の選択だったと思う。
全部推測で、確かめる方法も無いのだけど。
ともあれ、龍鳳を学んだ結果として私の鬼脚は以前よりも性能が上がった。動きの自由度、もしくは可動域が広がったというべきだろうか。
以前なら無理だっただろうタイミングでも、辛うじて防具で受けられているのがその証だ。
委員長は楽団の指揮者のように頻りに両手を動かしていた。
学園祭で見た黒間先輩にも似た仕草で、あの手の動きが発動体の動きに連動しているのは容易に想像できる。
そう思ってチラ見していると、手の動きから一瞬後の発動体の動きを予測できた。
その予測を元にして後退すると、委員長からの攻撃は止まった。
少し残念そうな顔の委員長。
委員長がこういった試合で使う魔術の多くは試合用に特化したオリジナルの呪文だ。特徴は攻撃力と射程距離を犠牲にして速射性能と連射性能を上げている点だ。ある程度離れてしまえば有効な攻撃手段にならなくなる。
素早く体の状況を確認した。
何カ所かから痛みを感じるものの、動きに制限が出るほどのダメージは受けていなかった。あれだけの魔術攻撃に晒されて実質的にはノーダメージなのだから、これは僥倖と言えるだろう。
とはいえ。
「またこの距離に逆戻りか……」
一度目は様子見だったからどうでも良いけど、二回目は本気で突破にかかったのにこのざまだ。
思わず漏れた独り言に、委員長がにっこりと笑みを浮かべた。
「言ったでしょう? 近接戦の距離には近付かせないって」
自信満々に言うのが小憎らしい。
さて、どうすれば委員長の自信を打ち砕けるだろうか。




