『???』
一月六日午前、私達はCODの闘技場にいる。
フィールドにいるのは私、成美、沙織、森上君の四人。
観客席には見学にまわった他のテスター達が陣取っている。
パーティーの代表として私はモンスターリストのウィンドウを開いた。
リストを一番下までスクロールさせると、昨日までは『???』と表示されていた部分が更新されている。
《開発コード:魔族 魔界の住人。全ての能力において人間を大きく上回る》
魔族とはなんぞ?
今朝、藤田さんからリストの最後に入るのが魔族だと明かされた時、そんな質問は誰からも出なかった。CODをプレイしているような人達が魔族という単語に聞き覚えが無いなんてことは有り得ない。藤田さんもそれを承知していて、説明は全くしていなかった。
リストから魔族を選択すると、さらに下位メニューが開いた。
出てきたのは『近接メイン・男性型』『近接メイン・女性型』『魔術メイン・男性型』『魔術メイン・女性型』の四種類。この中から対戦相手となる魔族を選択する事になる。
どれを選ぶかはもう決まっているけど。
私達が対戦相手に選んだのは『近接メイン・女性型』だ。
こちらは近接三人に後衛の森上君のパーティーだから、相手は近接メインの方がやり易い。
女性型になったのは……まあ、森上君の主張に依るところが大きい。
対戦相手決定のタップをする前に、パーティーの配置を確認する。
闘技場中央の開始線から一歩下がった位置に沙織。
私はさらに一歩下がって、少し横にずれている。
右手側に大きく距離を取って成美、後方に森上君。
魔族の出現位置は対面の開始線の上になり、こちらの誰かが開始線に立つと試合開始になる。
沙織が一歩下がっているのは、出現と同時に開始してしまうのを避けるためだ。
開始線に立ちさえしなければ、魔族が出現しても試合は始まらない。
その猶予を利用して敵を観察すれば、武器の形状や大きさなどから戦闘スタイルの大まかな予測もできる。
「さて、準備はいいわね?」
問えば三人からそれぞれに肯定の返事が返ってくる。
どれもが緊張を孕んでいた。
かくいう私も些か緊張している。
私たちにとって『魔族』という存在は特別な意味を持つ。
魔族は根本的に人類以上の能力を持つ強敵だ。それはどんなゲームでも変わらない。
藤田さん達がどんな設定をしたのかは戦ってみないと判らないけど、あの人達の事だから生半可なステータスにはならないはずだ。
ウィンドウ上の『近接メイン・女性型』の項目をタップ。
開始線上に光の粒子が発生し、徐々に人の形を成していく。
仮想空間だから唾液など出ないのに、誰かの喉がごくりと鳴った。
高まる緊張の中、魔族は確たる形をとって開始線の上に立った。
それを見て。
「「うわっ! エロっ!」」
私と森上君の声が見事にハモっていた。
愕然として振りかえれば、森上君もまた目を見開いて私を見ている。
「え……っと、いや、エロいっすよね?」
「……そうね、エロいわね」
私の強い視線に戸惑ったような森上君に、短く答えて再び前を向く。
あまりにぴったりとハモってしまったので、森上君と同レベルかとショックを受けた。なんて言ったら森上君を傷付けてしまうだろうと思って黙っておいた。
「あんたらまたアホな事を、と言いたいけど、あれは確かにエロいわ」
「うーん……そうなんだけど、なんか引っかかるなー」
沙織は忌々しそうに、成美は何かを思い出そうとするかのように、魔族を見ている。
近接メインらしく両手剣を持った魔族は褐色の肌に銀色の髪をしている。
瞳の色は顔全体をシンプルな仮面で覆っているので判らない。
それは良いのだけど、魔族の装備が問題だ。
黒いエナメル質の衣装を身に纏っているのだけど、胸元は大きく開いていて深い谷間を露わにしているし、股布部分の切り上がりが急角度過ぎる。少し動けば胸が零れ出そうだし、お尻も半分以上見えてしまっている。二の腕や太腿も晒されていて全体的に露出度が高く、顔を隠す前にもっと肌を隠せと言いたくなる服だ。
魔族のスタイルや肌の色には良く合っていて、エロ格好良いのは認めるけど、私から見ればやっぱり格好良いよりもエロいが先に立つ。
でもあれをデザインした人にはこっそりグッジョブと言って上げたいとも思う。
ただ一つ気になるのは、あの魔族が誰のデータを元にして生み出されたのかという事だ。
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事前に行われた説明会の席上、藤田さんは『魔族』を実装するに当たって取り入れられて新しいシステムについて語っていた。
正式な名称はまだ決まっていなくて、仮に『プレイヤーの身体データをランダムに拝借して魔族アバターを作るシステム』と呼んでいた。内容は仮称そのまま。その時にログインしている全プレイヤーの中から無作為に選ばれたプレイヤーのアバターをコピー。肌や髪の色、着衣や装備を変更の上、仮面で顔を隠して魔族のアバターとするシステムだ。
どうしてこんな事をするかと言えば、魔族が魔界の住人だからだ。
位置付けとしてはこの世界の人類に相当する。
ゴブリンなどのモンスターの場合、ベースとなるモデルがまず存在し、一定範囲内でサイズや体型の数値を変更すれば個体差を表現できる。どれも似たような外見にはなるけど、モンスターはもともと一種の記号に過ぎないのでそれで十分だ。
が、人類に相当する魔族となると、ベースモデルの数値を少々変更したくらいでは間に合わない。
例えば街の雑踏で周囲を見回したら、通行人が身長や体型にちょっとした差異はあるものの全員同じ人、という状況を考えれば、その不自然さは明白だ。
ベースになるモデルの数を増やせば良いのだろうけど、それにも限界はあり、対戦の数をこなせば結局どこかで見た事のある魔族と何度も戦う事になるし、集団戦ともなれば魔族の集団の中に極めて似た個体が複数存在するケースも想定された。
その打開策としての『プレイヤーの身体データを~』だ。
日本サーバーでのCODプレーヤー全員が対象となれば、その人数は膨大なものになる。
これを元にする魔族アバターのバリエーションも同数になるわけで、同一と判断できる個体に複数回出会う事態はほとんど無くなるだろう。
肌や髪色、装備が違えば印象ががらりと変わるし、顔も仮面で隠されるとなれば元データが誰かを特定するのは困難で、本人のプライバシーは保護される。ただし念のため、『決闘者の闘技場2(仮)』の利用規約にはこのシステムに対する同意が含まれるそうだ。
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今回はこの試験に参加しているテスターだけが対象だ。
女性は約四割なので八十人程度。
十日も同じ宿で生活し、宴会場で顔を会わせたりもしているから、大抵の人は見知っている。
その中に、あのけしからん胸の持ち主がいるはずだ。
さて、魔族の特徴を見てみよう。
まず結構背が高い。髪を高い位置でポーテールにしているので実際の身長よりも少しプラスされている印象もあるけど、仮面に開いた目の位置の穴を真っ直ぐ見れる事から、私と同じ位の身長だと判る。
……あれ? いきなり候補者が絞り込まれましたよ?
「沙織……」
「桜も判ったみたいね。あれが誰のデータなのか」
私と同じ位の身長を有する沙織が顔だけ振り向いて言った。
目付きがちょっと怖い。
「えー? みんなもう判ったの?」
「や、霧嶋先輩、自分もまだっすよ」
「色が違うからかなー。見覚えはあると思うんだけど……」
「そうっすね。いや、自分は見覚えも無いっす……でも全体的な印象からすると、ってのはあるんすけど」
いつの間にか成美と森上君がひそひそと話している。
最初の配置では結構離れていたはずなのに。
「いや、なんで判らないのよ。あれどう見ても桜でしょうが。ねえ?」
「誠に不本意ながら……」
呆れたような沙織の言に不承不承ながら頷く私。
同一のデータから作られた色違いバージョンとなれば、昔の格闘ゲームの2Pキャラみたいなものだけど、正直あのエロ格好良い魔族が自分のそれだとは認めたくない心境だ。
私の気持ちも知らずに「やっぱりそうか!」という風に頷きあう成美と森上君。
「やー、あの胸の谷間はそうじゃないかなーと思ってたんだけど、肌色が違うからいまいち確信が持てなくてさー」
「谷間を見た事あるとか羨ましいっすよ! 自分、メイド服の上からした見たこと無いっすから、全体の形と大きさでしか比較できなかったっす!」
成美の判断材料は胸の谷間だったらしい。水着着用時に顔を埋められた事が合ったから、あの時の記憶を呼び起こしていたのだろう。
そして「全体的な印象」とか言っていた森上君もまた、胸の大きさと形だけを見ていたようで。
それは全然全体的じゃない、思い切り局所的だろうと突っ込みたいところだ。
そんな私の内心を代弁するように沙織が言ってくれた。
「なんで無駄に難易度上げているのよ。身長と胸の大きさ見れば一発でしょうに」
訂正。
微妙に代弁していなかった。
身長と、後一つはポニテで良いじゃないかと思う。
私の身長はテスター女性陣の中でも飛びぬけて高いので、私と同じ位の身長となると、残る候補者は私自身と沙織だけになってしまう。
で、髪型も見れば私に確定なんだけど、沙織は髪型よりも先に胸に目がいってしまい、それで目付きが怖くなっていたというわけだ。
「実際エロいわよね。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいイヤラシイ体だわ」
「異議あり! あれがエロいのはあくまでも服のせいだと思います!」
「天音先輩、それは違うっすよ! あの服は天音先輩が着たからこそエロいんっす! 例えばあれを姫木先輩が着たとしても……い、いや! 何でも無いっす!」
私と沙織の遣り取りに乗っかって来た森上君。
途中で沙織に睨み付けられて慌てて言葉を飲み込む。
沙織の迫力たるや、森上君の隣にいた成美まで巻き添えで震え上がるほどだった。
どうして森上君は地雷を踏みに行くような真似をするのか不思議だ。
それと、別に私があれを着たわけじゃない、とも付け足しておこう。
それにしても最初の緊張感はどこにいってしまったのか。
姿形はどうあれ、あれは魔族。こんな弛緩した雰囲気で戦える相手じゃない。
「みんな! 気を引き締めて!」
ちょっと厳しめの声を出して成美達を初期の配置に戻させる。
配置が整ったのを確認した沙織が開始線に足を踏み出した時、それは聞こえた。
「あれは桜のカラダなんだよねー……じゅるり」
「天音先輩と同じ夢と希望の膨らみ……じゅるり」
仮想空間だから唾液など出ないのに、よだれをすする様な音(声?)が二つほど聞こえたのだ。
進行が遅くて申し訳ありません。
この章は短くなる予定だったのですが……




