反省文
ログアウトして目を覚ました宴会場。
早期に脱落した人達はもう退室しているようで室内にいる人数は随分と減っていた。
最後までログアウトしなかった私達が試験を乗り切ったのは誰にも判ることで、まだ残っていた他の参加者達から称賛の声が掛けられる。
年上のお姉さん達から手放しで褒められるのは嬉しくもあり照れ臭くもある。「どうもどうも」と芸の無い応対しかできなかった。
さてミアはどこだろうか。
彼女が使っていたシートは無人になっている。
「どうしたの? 誰か探してる?」
キョロキョロしていたら大学生くらいの綺麗なお姉さんが訊いてきた。
「はい、ミアはどうしたのかと。少し前にログアウトしてるはずなんですが……」
「ああ……ミアさんなら、スタッフの人に連れて行かれたてたわね」
教えてくれたお姉さんにお礼を言って、成美達と連れだって宴会場を出る。
桐の間、藤の間に隣接する宴会場が、試験の管理や管制を行うスタッフルームになっている。
連れて行かれたのならそこだろうと見当を付けた。
室内にケーブルを引き込む関係でスタッフルームの襖も開けっ放しだ。
そこから見える室内には私達が使っていた藤の間と同じようにリクライニングシートが並んでいる。半分くらいにはヘッドギアを付けたスタッフさんが身を横たえていた。
試験の管理管制をするための部屋という事で、PCやモニタがずらりと並ぶ光景を想像してしまうけど、今ではそれ用の仮想空間を作って内部で作業をするのが主流になっているそうだ。
いくつものウィンドウを空中に開いて作業できる仮想空間内の方が効率的だというのは納得できる。それでも管制用の仮想空間を管制するために必要とかで、端末が並んでいる一角も有る。
その隅っこにミアがいた。
座布団も敷かずに畳に直接正座をして、ミカン箱を机代わりに何か書き物をしている。
しょんぼりと背中を丸めていて、普段の彼女を知っている身としては哀れを誘われる光景だ。
スタッフルームといえば関係者以外立ち入り禁止なのは常識。
かと言って大きな宴会場の隅っこにいるミアを呼ぶのに大声を出すのも躊躇われる。
そんな感じで立ち往生していたら、こちらに気付いた藤田さんがやって来た。
「君達は試験をクリアした宇美月の子だね。どうしたんだい?」
技術者にしてはやけに精悍な風貌の藤田さんは気さくに話しかけきたけど、ミアに会いに来たと用向きを伝えると苦笑を浮かべた。
「ミアさんは今反省文を書いてる。終わるまでは待ってあげてくれないか」
「反省文!? それって彼女が強制ログアウトになったのと関係ありますか?」
反省文、という単語に思わず成美や沙織と顔を見合わせた。小学生や中学生の頃には反省文の一枚や二枚は書いた事があるけど、あれって大人になってからも書かされる物なのか?
そんな疑問を敏感に感じ取ったか、藤田さんの苦笑がさらに深くなる。
「普通なら始末書なんだがね。ミアさんは社外の人で私達とも部下上司の関係じゃない。始末書を出せとは言えない間柄なわけ。もちろん反省文を書けと言えるわけでもないよ。彼女が自分で書くと言い出したんだ。で、その理由はお察しの通り強制ログアウトをしたから……いや、強制ログアウトをすることになった原因、私達との約束を破ったからだ」
「約束の内容を訊いても?」
「ああ、構わないよ。彼女がした約束は『最終試験では魔術を使わない』というものだ。こんな約束、奇妙に思うかい?」
「それは、思います」
呪文詠唱開始と同時に警告メッセージが現れた理由は判ったけど、何故ミアに限ってそんな縛りがあったのか。誰もが全力を尽くして生き残りを目指していたのだから、そんな中で敢えて制限を設ける意図はなんだろう。
「もともと彼女はこちら側、試験に参加する予定じゃ無かったんだが……直前になってどうしても参加したいと駄々を捏ねてね。言い出したら聞かない人だし許可はしたけど、君達一緒に行動していたなら判るだろ? 彼女強過ぎるんだよ。制限無しに全力で活躍したら試験のバランスが崩壊しちゃうくらいに。だから参加の条件として、最終試験では魔術を使わないようにと約束したんだ」
駄々を捏ねるミアの図を想像してクスリと笑ってしまった。
藤田さんも「あはは」と軽く笑っている。最初に浮かべた苦笑もだけど、それらの笑いにミアに対する悪感情は全然感じない。この試験、藤田さん達にとっては大事な仕事だし、予定を狂わせるミアの我が儘は大きな迷惑だろう。しかも参加の条件になっていた約束を破ってしまっている。それでもなお忌々しく思ったりはしていないようだ。
小さな娘の可愛い我が儘に困惑しつつも「仕方ないなー」と聞いてあげるお父さんみたいだ。
そして藤田さんがそんな条件を付けた理由も納得できた。
その瞬間を目撃したわけではないけど、六体のリザードマンを同時に倒してのけたミアの魔術は確かにバランスブレイカーたりえる。
「あの、どうしてミアが反省文を書いているのか、その理由は判ったんですけど……ミカン箱に正座なのは何故ですか? 座布団も無いし」
「そうだよー。なんだか可哀そう」
ミアがいる傍にはちゃんとテーブルも座布団もある。それらを使わせない? のはミアがいじめられているようにも見えてしまう。
藤田さんの態度からしていじめは有り得ないと判るけど。
「ああ、あれは……」
藤田さんは何とも言えない表情になった。
「あれはミアさんが自分からやってるんだよ。わざわざミカンの箱を取りに行ってね。何で日本の文化を勉強したのか知らないけど、彼女の中ではああするのが最大限の反省を示す事になっているらしい」
「ミカン箱が机代わりって昔のマンガだと貧乏の象徴じゃなかったっけ?」
首を傾げている成美。
私と沙織は昔のマンガを知らないから「そうなの?」としか言えない。
藤田さんは「ほう」と感心していた。
「良く知ってるね。私の世代でも古本で読んだくらいなのに」
「えっと、お爺ちゃんが一杯集めてるから」
成美のお爺さんが集めているのは手裏剣だけでは無かったらしい。
ところでミアもそういうマンガを読んでいたのだろうか。そして何かのシーンを勘違いして、ミカン箱を反省の象徴として憶えてしまったのか。真実は判らない。
「それよりも君達、よほどミアさんに気に入られたみたいだね」
「はい。ここに来てから仲良くしてもらってますけど、どうしてですか?」
「彼女はああいう自由な性格だけど、これまで受けた仕事は完璧にこなしていたし、約束を違えた事も無い。だからこそ今回も魔術を使わないという約束だけで参加を許可したんだけど。そんなミアさんが君達の為に約束を破ったんだ。これは相当に君達を気に入ったのだろうと思ってね」
「あ……」
そうだった。
ミアが魔術を使ったのは、前後をリザードマンに挟まれてピンチに陥った時。
多分だけど、ミアが自分だけの生き残りを考えた場合、時間はかかっても剣だけでリザードマンを倒す事はできただろう。ただしその場合は私達の誰か、特に碌に動けなかった沙織は間違いなく脱落していたはず。ミアが強制ログアウト覚悟で一方のリザードマンを倒してくれたからこそ、私達はピンチを脱して最後まで生き残れた。
胸の奥がじんわりと温かくなるような、そんな気持ちになった。
藤田さんとの約束を破ったことに最大限の反省を示しているのだから、彼女にとって『約束』は重い意味を持っているはずだ。なのにミアはその重さよりも、私達を助ける事を選んでくれた。
直接会ったのは学園祭の時が初めてだけど、あの時には挨拶程度しかしていない。
ここに来てからの交流が、ミアにその選択をさせたのだ。
『ここに来てからの交流』が走馬灯のように脳裏に去来した。
……九割方が露天風呂のシーンだった。
しかもぷにぷにと突っつかれたり、手が滑ってうっかり胸に触れられたり。
そんなシーンばかりが思い浮かんでくる。
通算で何回胸に触られたのか。
でもまあけして不快な記憶ではない。
それどころか既に楽しい思い出になるだろうと思ってしまっている。
ミアにとってもそうなのだとしたら、それはとても嬉しい。
「後でちゃんとお礼を言わないとね」
沙織が言って、私も成美も頷いた。
ミアが反省文を書き終えないと会えないから、夕食の時にでもきちんとお礼を言おうという事になった。
でも夕食の席にミアは現れなかった。
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夕食の席で、藤田さんが翌日の『???』との試験戦闘について以下のように説明した。
・戦闘は上限を六人としてパーティーを組んで行う。
・もちろん希望者はソロでも構わない。
・この戦闘はCODの闘技場ステージで行い、参加できないテスターも観客席からの見学はできる。
で、夕食後には案の定というか森上君がやって来た。
「先輩! 自分とパーティー組んで下さい!」
もちろんOKした。
今日の戦闘でも頼りになるところを見せてくれたし、『???』がどんな相手か判らないけど戦術の幅を広げるためにも後衛職の森上君にはパーティーに入って欲しいと思っていたからだ。
そう言うと森上君は大喜びしていた。さすがに今回はハーレムパーティーだ! とかは言わなかった。少しだけ学習したみたいだ。
ちなみに宇美月学園のメンバーからは後城先生と学園長も参加が決まっているけど、先生方は他の参加者と大人同士でパーティーを組んでいた。
その後、ミアの姿が無い事を藤田さんに訊ねてみた。
藤田さんは「まだ反省文を書いてる」と本当に困った顔をしていた。
「どうやら畏まった文章を書き慣れていないみたいで、全然進まないんだよ。文体は気にせずに書いてくれて良いと言ったんだけど聞き入れてくれないんだ」
「……ミアにとっては反省文を書くという約束なんですね。だからちゃんとした反省文を書き上げるまで終われない」
「そうなんだよなぁ……仕方ない、彼女が納得するまで付き合うしかないか」
そんな風に言える藤田さんは間違いなく良い人だと思う。
でも、と思い出すのは夏に黒刀と共に受け取ったミアからの手紙。
普段の口調はどうあれ手紙では畏まった文体で書くのが一般的なのに、ミアの手紙は違った。畏まった文章を書き慣れていないというのは本当だろう。
さすがに心配になったので、成美と沙織には先に部屋に戻ってもらい、藤田さんの許可を得てスタッフルームに入れてもらった。
広い宴会場の片隅で、ミカン箱を前に正座しているミア。
そのスタイルが日本の文化を誤解した結果だと知っている今でも、反省文が書けずに何時間もそのままだとなればやはり可哀そうだ。雰囲気は給食が食べきれずに昼休みになっても一人で教室に残っている小学生に近い。
「ミア……」
「桜……助けて」
そっと声をかけたら、弱々しく助けを求められた。
眉尻を下げた困り顔で、反省文には相当に難儀している様子。
最終試験で助けられた恩返しと言うにはささやか過ぎるけど、ミアの反省文を手伝う事にした。




