装甲の向こう側
魔術スキル持ってたの?
それが最初に思った事だった。
ここまでミアは剣だけを使って戦っていたし、それで「さすがは師匠のお知り合い」と納得できるくらいの強さを見せつけてきていた。芳蘭の予備動作無しパンチを楽に受け止めていたことあるし、タイプで言うなら近接特化だと思っていた。
それがどうだろう。
呪文の詠唱は淀みなく滑らかで、明らかに使い慣れている。
さっき「本気になれば」とも言っていたし、こうして魔術を使うのが本来のスタイルなのだろう。
だとすれば、これまでのミアは全く本気じゃ無かった事になる。
沙織が動けなくなるまで消耗して、見捨ててくれて構わないとまで言うくらいに追い詰められているのに、それを尻目に余裕綽々でいたわけだ。
一瞬危険な感情が湧き出してきたけど、喰ってかかるのは寸前で思い止まった。
そんな私に対して、困ったような申し訳ないような表情を見せたミアと、彼女の眼前に浮かぶ詠唱開始とともに出現した強制ログアウトのメッセージ。
何か事情があるのは明白だ。
「後で詳しい話を聞かせて下さい」
ミアが頷いてくれたのを確認し、踵を返して成美を追った。
成美の姿はステルスモードに入っていて見えないけれど、アサシンスタイルで行くなら最後尾のリザードマンから狙うはず。
「森上君! 前にいる奴から順に足止めして! もちろん倒せるようならやっちゃって!」
「了解っす!」
走る私を追い越して、森上君の放った矢が飛んでいく。
その矢を一体のリザードマンは盾で弾き、もう一体は剣で叩き落としている。
モンスターのくせに生意気だ、とは思わない。
知能が高いリザードマンは盾や剣をしっかりした技術で操っている。
飛来する矢を防ぐ心得もあって当然だ。
次々と矢を放つ森上君と、それを防ぐリザードマン。
その時背後から連続する轟音が聞こえて、ちらりと後ろを振り返ってみた。
逆側から来ていた六体のリザードマンがほぼ同時に光の粒子に還元されていた。
宣言通り、ミアが一人でやっつけたのだ。
振り向いたミアと視線があった。
……ような気がする。
ミアはいつも目を閉じているようなものだから視線の向きなんて判らない。
ともかく、ミアは「バイバイ」と軽く手を振って、そして消えた。
メッセージの内容は読めなかったけど、一体何に抵触して強制ログアウトになったのか。
謎だ。
でも詮索は後回しにしよう。
リザードマンは森上君の攻撃を防いでいるけど、そのせいで足が止まっている。
風モードと加速の重ねで速度を上げ、一体のリザードマンに肉薄する。
リザードマン全ての注意が私に向いた。
その機を狙っていたのか、一番後ろに位置しているリザードマンの背後にぼんやりと成美の姿が現れた。飛び付きざまに頭を抱え込み、がっちりとホールドしつつ刀を突き刺した。
目に。
防御力の高いリザードマンでも目は鱗に覆われていない。しかも眼窩を貫いた先にあるのは、心臓と並んで最大の急所である脳だ。
爬虫類っぽい悲鳴を上げて、リザードマンが消滅する。
恐ろしいほどに鮮やかな手際で、年末スケジュールで一位になったのも納得できる光景だった。
でも年末と違うのはリザードマンが複数いる事だ。
設定では『知能は高めで仲間との連携攻撃も有り』となっている。
仲間を殺した相手の隙を突くのを『連携』と言って良いのかどうかは微妙だけど、近くにいたもう一体が着地前の成美に剣を振るっていた。
成美は器用に空中で体勢を立て直し、刀で剣を受けた。それで直撃こそ受けなかったけど、彼女の小さな体は軽過ぎた。斬撃の勢いのままに弾き飛ばされてビルの壁面に叩きつけられる。
「うきゃ!」
悲鳴は可愛らしかったけどダメージは大きかったみたいだ。
ずるずると路面に崩れ落ちた成美はなかなか立ち上がれない。
止めを刺そうと迫るリザードマン。
「成美はやらせない!」
神脚で瞬時に間合いに詰めながら気の刃3を発動、黒刀が青白いエフェクトに包まれる。
今まさに成美を斬り捨てようとしているリザードマンの背中に突きを放つ。
硬い鱗を貫けるかは五分五分。
体の曲線に切っ先を滑らされれば不発になりかねない。
今の状況で博打はできない。
突きそのものは鱗に触れるところで止め、同時に気の刃3として刀に込めていた気を用いて『透徹』を撃つ。
黒刀をまるごと包んでいた気を纏めて放出したから練気ゲージの消耗は半端無い。
が、それを補って余りある効果がこれにはある。
リザードマンがびくんと動きを止めた。
私の透徹の射程は僅か五センチ。
でも五センチもあれば、鱗の向こう側の体内組織に届くには十分。
今、リザードマンの体の中に、黒刀の先端を模した形の攻撃判定が存在している。
それが消える前に、黒刀の切っ先を背中に擦り付けるように滑らせた。
リザードマンの体内に存在している攻撃判定も、黒刀の動きに連動して横にスライドする。
つまり装甲の如き強度を持つ鱗には傷一つ付けず、その向こう側に直接斬撃を送り込んだ事になる。
名付けて『透徹・斬』。
後城先生から伝授された透徹を私なりに剣術に編み込んだ結果生まれた技がこれだ。
「成美! しっかりして!」
消滅したリザードマンの粒子を払いのけて駆け寄ると、成美は朦朧としていた。
壁に叩きつけられた時に軽い脳震盪のダメージ判定が下ったみたいだ。
とりあえず命に別条は無いようなので一安心。
接近してきたもう一体のリザードマンを『透徹・斬』で仕留める。
そこで体ががくりと重くなった。
ゲージの消費が激しい技をほとんど連続で使ったために、一度気功スキルが解除されてしまった。
これはまずい。
見れば残り二体のリザードマンが沙織と森上君に向かっている。
森上君は弓を引き絞って先頭のリザードマンを狙っているようだった。
でもなかなか矢を射ない。
普段の素早い射撃からすれば魔術付与をしているにしても長過ぎる。
「森上君!?」
思わず上げてしまった声にも森上君は反応しない。
弓と矢と、標的たるリザードマンだけに意識を集中しているのか。
そして後数歩にまで迫った所で、森上君は矢を放った。
リザードマンは盾を翳している。
これだけ近ければ矢が何処を狙っているのかは容易に判断できる。
盾は完全に矢の軌道に合わせられていた。
駄目か! と思ったその時、森上君が放った一矢は、盾とそれを持つ腕ごと貫通し、さらにはリザードマンの胸板に深々と突き刺さっていた。
あれは溜め撃ちだった。
森上君の魔術付与もオリジナル呪文だし、呪文の記述に手を加えての溜め撃ち化は可能だ。
それにしても迫り来るリザードマンを前にして淡々と溜めを行う森上君の胆力。
さらには、
「姫木先輩に手を出すな!」
と、沙織に向かっていた一体にも矢を射掛けて注意を自分に向けさせる。
あの距離ではもう溜め撃ちはできないだろうに危険を引き受けようと言うのか。
不覚にも格好良いと思ってしまった。
「森上君! 見直したわ!」
素直に口に出したら森上君の顔がグリンとこちらを向いた。
「ほ、本当っすか!? もしかして天音先輩、自分に惚れそうっすか!?」
「なんでそうなる!? ってか、前! 前見て!」
「へ……うぉうっ!」
余所見してる間に接近してきたリザードマンの攻撃を間一髪で避けている。
弓術とはいえ武道系、咄嗟の反応で良く避けたものだ。
とは言え敵の動きは速い。
連続攻撃を完全には避けられず、森上君の体に薄い斬撃エフェクトが灯っていく。
そしてあわやというタイミングで、横合いから飛び込んだのは沙織だった。
盾で下から掬い上げるようにして殴り付けると、リザードマンがふわりと空中に浮いた。
すかさず手を伸ばしてリザードマンの腕を掴み、くるりと逆様にひっくり返すと、そのまま路面に引き落としていた。
アスファルトを砕いてリザードマンが頭から突き刺さっている。
ギャグマンガにありそうな構図だった。
「姫木先輩! 助かったっすよ!」
「……助かったのはこっちよ。森上君が時間を稼いでくれたおかげで、どうにか一回分、魔力の回復ができたんだから」
どうやらピンチは乗り切れたようだ。
ミアの脱落があるから「全員で」とはいかなくなってしまったけど……。
さて、成美はどうだろう。脳震盪はもう治まっただろうか。
そう思って振り向いたら、成美はもう復活していた。
そしてとてもキラキラした目で私を見ている。
「な、なに成美? どうしたの?」
「桜ー!」
ついさっきまでの弱っていた姿が印象に残っていた事もあって、完全に不意を突かれた。
助走無しなのに凄い跳躍力を見せた成美が私の顔を胸に押し付けるようにして抱き込んでいる。
久し振りだけど、やっぱり柔らかくて気持ち良い!
しかも温泉で連日中身を間近に見ていたせいか、布越しであっても想像力で補正がかかっている。
「ダメージ判定のせいで動けなかったけど見えてたんだー。助けてくれてありがとー。やっぱり桜は格好良いよー!」
頭上からの成美の声は、聞こえてはいるけど脳に浸透して来ない。
今、全神経を顔面に集中して心地よい柔らかさを堪能している私。
本気で天国に行けそうな気分になってきた。
「ば、馬鹿成美! 桜が落ちちゃうでしょ!」
不意に成美の重みが消えて視界が戻ってきた。
「味方同士でもダメージ入るんだから! 顔面がっちり押さえちゃったら呼吸できないでしょ!」
「え? 呼吸? 桜、苦しかったの?」
「……むしろ気持ち良かった」
「あんたも馬鹿か!」
ゴチンと拳骨を落とされた。
味方同士でもダメージが入ると言った矢先にこれは酷い。
抗議しようと思ったけど睨まれたので止めておいた。
「痛覚制御があるから苦しくはならないでしょうけど、呼吸できなければ窒息死判定が出るのよ。ここまで来といてアホみたいな死に方するつもり!?」
沙織に怒られた。
言われればなるほどそうかと思う。
「ってか同性の胸に顔を埋めて気持ち良かったとか言っちゃうあんたって……」
「そこに同性異性は関係ないと思う。人間、柔らかいものは気持ち良いと感じるものでしょう? ねえ森上君。森上君もそう思うでしょ?」
「思うっす! 天音先輩が羨ましいっすよ! 自分も霧嶋先輩の胸に顔を埋めたい!」
さすがに森上君は判っている。
もちろん成美の胸に顔を埋めるなんて許さないけど。
「はあ……男子に、ってか森上君に同意を求めてどうするのよ……」
駄目だこいつは、的な溜め息を吐かれてしまった。
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その後に遭遇したリザードマンは数が少なかったので対処は難しく無く、私達は無事に16:00を迎える事が出来た。
最後まで生き残ったのは、私たちを含めて21人だった。




