リザードマン登場
――一時間経過。
オーガの腹に沙織の大剣が突き刺さる。
「よっと」
軽い掛け声とともに、身の丈三メートルを超えるオーガの体が宙に浮いた。
腹に刺さった大剣を支えに持ち上げられたオーガ。
まったくもって理不尽な光景だ。
普通なら刺さった剣の摩擦力よりもオーガの重量が勝るから、こんなふうに剣を支点にして持ち上げるなんて不可能だ。それができるのは沙織の重量操作魔術でオーガの重量が限りなくゼロに近付いているから。
「それ!」
そのまま剣を振れば、すっぽ抜けたオーガが密集していたゴブリンの群れに向かって飛んでいく。学園祭で見せた自販機投げと同じ要領だ。重さを消した状態で振り回されたオーガは、剣から離れた瞬間に本来の重さを取り戻す。
重さとスピードがオーガの巨体を砲弾に変え、数十体のゴブリンが吹き飛ばされたり押し潰されたり。当のオーガもそれほどの勢いで路面に叩きつけられては堪らない。
消滅エフェクトが連続してモンスターの軍勢の一角に穴が空く。
大型モンスターはこんな具合に沙織が投げている。
すっかり沙織が投げキャラになってしまった。
邪魔なゴブリンを纏めて倒してくれるのでとても助かっている。
「キリが無い! マジで無限湧きだったらちょっとまずいわね」
そんな沙織に疲労の色が見て取れる。
合間合間でこまめに解除しているようだけど、開始から一時間、ほぼ重量操作の魔術を使いっ放しだ。夏の迎撃戦では二十分間隔の戦闘でも辛そうにしていたから、当時に比べると大きく魔力を増やしているみたいだけど、このままのペースで行けば魔力枯渇も時間の問題に違いない。
「沙織は大きいのだけに専念して。小物は私達がヤルわ」
「ごめん、そうさせてもらう」
位置を入れ替えて前に出る。
気功スキルを土モードに変更すると同時に、《筋力値が規定をクリアしました。山津波が使用可能です》とのシステムメッセージが表示された。
以前は土モードに『金剛』を重ねないと山津波は使えなったけど、今は『筋力増強』がその代わりになっている。加えて『加速』もかかっているからある程度のスピードも維持できている。
全身の筋肉を連動させた渾身の打ち下しで、刀身が黒い靄のようなスキルエフェクトに包まれる。
高めた筋力値によって剣圧を発生させる『山津波』が発動。
ただしこれはただの『山津波』じゃない。
打ち下すと同時に黒い靄として表されている剣圧が射出され、進路上のゴブリンを次々と光の粒子に変えていく。
敏捷力が高い(刀の振りが速い)状態で『山津波』を使うと、剣圧が発射されて遠距離攻撃になる。
密かに『山津波・改』と名付けた新技だ。
振りが速いと剣圧が飛んでいくという現象、筋力が高いと剣圧が発生するのと同様にどうしてそうなるのかは判らない。ついさっき偶然発見した新しい使い方で、その時には意図せず発現したのでとても吃驚した。
この『山津波・改』、気功スキルだけだと使用条件が満たせない。魔術レベルを上げた恩恵を期せずして受けた事になる。
「おー。もう使いこなしてるねー」
成美が二本の鞭でゴブリンをビシバシしばき倒しながら爽やかに笑っている。
なんだか楽しそうだ。
「ふむーん。そろそろ厳しいかな」
一方、ミアは眉尻を下げている。
剣を振るう合間にちらりと斜め上に視線を走らせたのは、視界右上に表示されている残り人数を確認したのだろう。
現在の残り人数113人。
後方に回り込まれたせいで人員が二分されている。
私達の周囲は比較的安定しているけど、徐々に正面からの圧力に抵抗しきれなくなっている。
このまま押し込まれればビル内にもゴブリンが浸透して魔術タイプの人達に被害が出るだろう。
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――一時間三十分経過。
残りは74人。
最初に陣取った場所は既に放棄されている。
あの場所に留まる限り、出現するモンスター全てを相手にしなければならない。
そもそも防衛するべき対象が定まっていないのだから、移動しつつ、避けられる戦闘は避けて試験終了まで生き残りを目指した方が現実的だ。
誰もがそう思い始めていたに違いない。
ミアが撤退を提案した時、それは驚くほどあっさりとみんなに受け入れられた。
ビルから出てきた魔術タイプの人達と合流して、後方のモンスターを突破してからは少人数のパーティーを組んでの別行動になった。
そんなわけで今は森上君が一緒に行動している。
私、成美、沙織、ミアの女四人に加わった森上君は相好を崩して、「うはっ! 自分ハーレムっすか!?」なんて世迷言を言って、またも成美のチョキ手で懲らしめられていた。
本当に懲りない子だ。
そんな森上君だけど味方にすると心強い。
魔術付与をしての強力な攻撃に加えて、普通に弓術を使えば素早い連続攻撃もできる。
基本にしている三連射をするたびに、ゴブリン三体が矢に射抜かれて消滅している。
弓使いには矢の残量の心配が付きまとうけど、森上君はミアにあるものをレンタルしていた。
特製の矢筒である。
「MMORPGでインベントリとか道具袋とかあるでしょ? あんな感じで矢筒の中が不思議空間に繋がってるんだよ」
「すげー沢山入ったっすから、弾切れはないっす!」
だそうだ。
不思議空間て何? とも思うけど突っ込んだら負けな気がする。
それで問題が解決してるなら何も言うまい。
「姫木先輩、大丈夫っすか?」
後衛の森上君が気遣うように声を掛けた相手は、青白い顔色でビルの壁に背を預けている。
モンスターが強くなっている事、常に移動しながら戦闘を続けている事、どちらも沙織の魔力を消耗させている。
「……駄目っぽい」
短い答えは普段の毅然とした沙織からは想像もできない弱々しさ。
虚勢を張る余裕も無いとすれば消耗具合も深刻だ。
何か声を掛けようと口を開きかけた時、ふっと周囲が暗くなったような気がした。
「ん? なんか今暗くなったような気がしたけど……」
「だねー」
きょろきょろと見回してみても実際に暗くなった様子は無い。
「ああ、多分だけどモンスターの湧きが終わったんじゃないかな。あれって結構光ってたから、無くなると違和感あるくらいには影響してたのかも」
「なるほど。でもそうするとリザードマン出てきてるでしょうね」
時間を確認して見ると15:40になっている。
残りは二十分。
時間のついでに嫌なものが目に入ってしまった。
残り人数表示が一気に六人減ったのだ。
同じものを見たのだろう成美が渇いた笑いを漏らした。
「……いるみたいだね。リザードマン」
疲労や消耗はあるだろうけど、今この時間まで残っているような人たちが立て続けに倒されるのだとしたら、一番の強敵であるリザードマンが現れたのだと考えるのが妥当だ。
しかも相当な数で。
「あいつ硬いからやり難いんだよねー」
ぼやく成美。
硬質な鱗を持つリザードマンは防御力が高く、私も刃が通らず苦戦した。
「あれは自分も苦労したっすね。目一杯貫通力上げどうにかってとこっすから」
「そう言えば沙織はどうやって倒してたの? 簡単には斬れなかったでしょ」
「え……斬ってないわよ。盾でカチ上げた後に空中でひっくり返して、重くして頭から落としてたから」
「パ、パイルドライバーっすか?」
森上君が目を丸くしている。
さすがは沙織と言うべきか、重量操作の使い手ならではの倒し方だ。
いくらリザードマンの鱗が固くても、体重を何倍にも増やされた上で頭から地面に叩きつけられたら頸骨粉砕は確実だ。
「ごめん、今それやるのは無理。ってか、その辺に隠れてるから置いてってくれて良いわよ」
「いやいや姫木先輩、そりゃあ無いっす。ここまできたら全員で生き残るっすよ!」
「うん! 森上君、君は良い事言った! エロエロなだけじゃないって見直したよ!」
「そうっすか!? いやー照れるっすねー」
微妙に上げて落とす発言だけど、森上君は嬉しそうにしている。
でもまあ私も成美に同意だ。森上君は良い事を言った。
仲間を置いて行くなんて選択肢は私達には無い。
「君達、ゆっくり話してる場合じゃないよ。ほらほらもう来ちゃってるから」
「え? ああ! あっちからも来てるー!」
ミアが指差した方向からは六対、成美が示した方からも五体のリザードマンが現れた。
数が多いのも厄介だけど前後を挟まれたのが厳しい。
まさに前門の狼、後門の虎。
いや、どっちもリザードマンだけども。
リザードマンはこちらの恐怖心を煽るかのようにゆっくりと歩いてくる。
「これは、どっちか片づけて抜けるしかないかな」
「だったらやっぱり置いていって。重量操作切れてるから走れないのよ」
沙織の装備品は彼女の筋力値を上回る重量だから、術がきれると重量ルールのペナルティで行動に大幅な制限がかかってしまう。
となればこの場で迎え撃つしかないわけだけど……。
そんな遣り取りを見ていたミアが「ふむーん。仕方ないかな」と六体が来る方に進み出た。
「こっちはボクに任せて君らさがってて。後ろから来るのだけ気にしてくれたら良いから」
「ミア、一人で六体やるつもりですか?」
「うん、十五秒あれば……って、ナルちゃん、なんでぷるぷるしてるの?」
「成美?」
見れば成美が泣きそうな顔でミアを見ている。
なんだかお気に入りの玩具を取り上げられた子供みたいだ。
「そのセリフ……私が言いたかったのに……」
「「あ……!」」
気まずそうに私を見るミア。
だけどそんな目で見られても困る。
ミアに悪気は全く無いだろうけど、彼女は成美の『言ってみたいセリフ』をそのまま言ってしまったのだ。しかもこの様子だと成美もタイミングを計って言おうとしていたらしい。
「や、ごめんねナルちゃん。無し! さっきの無しだから! そんな顔しないで、ね?」
「ミアもこう言ってるんだし、今からでも」
「もう! 言えるわけないでしょ! なんだか私が駄々捏ねてるみたいじゃない!」
成美は地団太を踏んで「馬鹿ー!」と叫びながら反対側のリザードマンに向かって走って行った。
「ちょ、成美……あ、消えた」
呼び止めようとしたら走る成美の後ろ姿がぼんやりと霞み、瞬き程の時間で完全に見えなくなってしまった。隠形のステルスモードだ。
「そうか、あれくらいならアサシンスタイルで行けるから……」
「悪い事しちゃったな。まあ桜はナルちゃんのフォローに行って。こっちはホントにボクがやるから」
「でも一人で六体は……」
「本気になればこれくらいは何でもないよ」
そう言って、ミアは呪文の詠唱を開始した。
同時にミアの眼前に一つのウィンドウが開く。
それは私にも見覚えのある、強制ログアウトを警告するメッセージウィンドウだった。




