飽きるほどゴブリン
年明け以後のテストはミアが言っていたとおり集団戦に移行した。
最初は数人のパーティー対モンスター十数体というように小規模戦闘で始まり、回を追うごとに双方の数が増え、戦闘規模も拡大していった。
基本的にテストに参加しているグループ別の編成だったから、成美や沙織とはずっと一緒だった。
他の宇美月学園からの参加者や後城先生、学園長とも合流。
以後は他の参加グループとか個人参加者が加わったり。
そして一月五日午後の部。
参加テスター約二百人が参加する最終テストが行われる。
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そこは一つの街だった。
アスファルトで舗装された道路によって碁盤目状に区切られ、画一的な外観のビルが建ち並ぶ街。
ビルの低層階は大抵が何らかの店舗になっていて、道路に面した外壁には様々な看板が掛かっている。ちょっと左右を見回しただけでも食料品店や衣料品店、居酒屋、書店、文房具店、ファミレス等々、およそ街に存在するだろう商店や施設がぎゅっと濃縮された様に並んでいる。
この街フィールドでゴブリンやらのモンスターと戦うことになる。
藤田さん曰く、「せっかくのリアルモードですから、フィールドマップもリアルにしてみました」との事。
ちにみにリアル追及の為に全てのオブジェクトが破壊可能設定になっている。
沙織にとっては自分の能力を十全に発揮できる環境だ。
ログインしてから約一時間が下見の時間にあてられた。
モンスターが侵入してくる方向は予め決められいて、テスター側が迎撃態勢を取った状況からのスタートになる。魔術タイプを中心にした遠距離攻撃持ちは、モンスターの侵入経路として想定された道路を挟むビルの三階より上の階に陣取っている。(二階だと一部の大型モンスターの攻撃が届いてしまうため)
私たち近接の剣士タイプは当然ながら道路上に陣取ってモンスターを迎え撃つ事になる。
「みんな配置に着いたみたいだね」
辺りを見回しながらミア。
彼女はファンタジー系コンテンツに出てくる鍛冶屋の親方風の衣装の上から硬革製の軽鎧を着こんでいる。
装備しているのは長方形の金属板の一辺を刃にして柄を付けただけ、みたいな武骨な形状の剣だった。先端が尖っていないから突き攻撃はできない、斬り専用武器だ。
軽鎧の背中に大きく、左胸に小さく、そして幅広の剣身に例の猫印が描かれていた。
同じ猫印の付いた武具を所々で見かける。
もともと持っていたのかレンタルしたのかは判らないけど、例えば髭面のごついおじさんが可愛らしい猫のマークが入った剣を大真面目な顔で持っていたりする。
違和感が半端ない光景だ。
ちなみにミアのアバターネームは『みゃあ』だった。名前をもじっただけとも取れるけど、シンボルにしているマークのこともあるし猫の鳴き声から来ているようでもある名前だった。
ついでに言うと森上君は歴史上の弓の名手にあやかって『与一』、学園長はそのまま『学園長』。
弓術を使う森上君はいかにもで納得できる。
学園長には退職後どうするのかと問いたい。
ところで仲間内だけならともかくも、他の参加者も一緒なのだからアバターネームで呼び合うべきかとも当初思った。けれど結局一緒の宿に泊まっている人達ばかりで、リアルでもしょっちゅう顔を合わせている。本名でも構わないだろうという事になっていた。
システムウィンドウの時刻表示を確認すると、スタートまではあと僅か。
徐々に緊張感が高まりつつある中で、ミアは相変わらず適度に脱力している。
「今回もモンスターは群れで来るからね。周り囲まれないように位置取り気を付けて!」
ミアの号令にそこらから「おー!」と威勢の良い声が返る。
ミアは年末スケジュールの第二位。
年明けの集団戦でも高い戦闘能力を証明し続けていて、元々の知名度も合わさって他の参加者から絶大な支持を得ている。
一位だった成美はアサシンスタイルなので純粋な戦闘能力とは別枠で評価されている。もっとも支持はされていなくても人気はある。小さくて可愛いから当然だ。
時刻表示が『14:00』になると同時に、真っ直ぐに伸びた道路の先の方が光り始めた。
モンスターが登場する光の粒子が集まるエフェクトが大量に発生して、場所その物が光っているように見えた。
その光の中から実体化を終えたモンスターが続々と進み出てくる。
「……って、おい! 止まらねえぞ、あれ」
近くにいた剣士タイプのおじさんが誰にともなく言った。
どれだけのモンスターが出てきたのかもう数え切れないほどなのに、光は収まる気配を見せない。
「ミア、あれって……群れってレベルじゃないんじゃあ……」
「そうだね。これは聞いてなかったな」
本気で知らなかったらしく「藤田さんも言っといてくれれば良いのに」とぼやいている。
幅広の道路を埋め尽くして進撃してくるモンスターの大群。
「生き残れば良いって言って……まさか無限湧きじゃないでしょうね」
「有り得るかなー。海魔迎撃戦だって無限湧きっちゃ無限湧きだったんだし」
圧倒的な光景に沙織は若干引き攣り気味だ。
その時、近くのビルの窓から真紅の光条が伸びてモンスターの大群を薙ぎ払った。
一瞬遅れて薙ぎ払われた場所が爆炎を吹き上げ、直撃を受けた個体だけでなく周囲のモンスターも纏めて吹き飛ばした。
続いて別の場所からも次々に撃ち込まれる攻撃魔術は、どれも今までに見た事も無いほどの威力。
余波で周囲のビルの窓ガラスは全損、壁面に亀裂が入っていたりする。
この火力の高さは『溜め撃ち』をしているからだ。
溜め撃ちはオリジナル呪文を登録しないと使えない方法で、攻撃魔術に通常以上の魔力を投入して火力をアップできる。難易度は高めで、制御に失敗すると不発のまま魔力を無駄に消費してしまう。
もちろん私には使えない。
「……全然減った気がしない」
「減って無いねー。てか増えてるんじゃないのー」
溜め撃ちの一斉射撃が降り注いだ現場は、アスファルトが溶けたり捲れ返ったりの惨状を呈している。どれほどの数を倒したのかは判らないけど、そこに生まれた空白はすぐに後続のモンスター達に埋め尽くされた。
押し寄せてくるのは大部分がゴブリンだ。
ホブゴブリンやオークなどは全体の十パーセントくらいだろうか。
大型モンスターの姿は今のところ無い。
「そろそろボクらも行こうか」
剣を担いで、散歩にでも誘うような軽い調子で言うミア。
大群を前にしても気負った様子すら無かった。
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道路上にいる近接タイプにも魔術スキルの保持者はいて、前進する隊列の中から散発的に魔術攻撃が放たれる。それらは最前列のゴブリンを打ち倒していくけど、相手の数からすれば正に焼け石に水。状況が変わることは無い。
交差点から手前に引き込んだ辺りが接敵ポイントとして設定されていた。
これはビル内に陣取っている魔術タイプの射程も関係している。
交差点で一度横方向に広がったモンスターの隊列が再び道路の幅に纏まろうとしてちょっとした渋滞を起こす。その混乱に乗じて戦闘が開始された。
ゴブリンは弱い。
剣の一振りで倒せるほどに貧弱だし、動きもそれほど速くない。
正に雑魚だ。
但し一体だけなら。
視界の右上に生き残り人数を示す三桁の数字が表示されている。
その数字が一つ、また一つとゆっくりではあっても確実に減っていく。
一体一体は弱いゴブリンでも雲霞の如く押し寄せてくれば脅威となる。一体を屠っても、その後の隙を突いて数体から同時に攻撃を受けては堪らない。
頭部や顔面に棍棒が当たれば一撃で戦闘能力を奪われることもある。
視界の端に後城先生がゴブリンの群れに飛び込んでいくのが見えた。
ラッセル車の様にゴブリンを掻き分けながら当たるを幸いに薙ぎ倒している。
周り中から棍棒が打ちつけられているけど、先生には『鋼蓋』がある。
ゴブリン程度からの打撃ならダメージにもならないだろう。
「うわ、後城先生はしゃいでるなー」
「私達も負けてられないわ。行きましょ!」
盾持ちの沙織を先頭にして突入を敢行する。
沙織が盾を使ってぶちかますと、数体のゴブリンがダンプに跳ねられたかのように吹き飛んでいった。
激突の瞬間に盾の重量を増加させたのだろう。
そこに空いた僅かな空間に成美とともに飛び込んだ。
右に左にと黒刀を閃かせてゴブリンを斬り捨てていく。
成美も身軽に動き回って棍棒を避けながら短めの刀を縦横に振るっている。
その度に成美の胸がぽよぽよと揺れていて目の毒だ。
「桜ー、私の胸に見惚れてて怪我しないでよー」
「りょ、了解!」
節度を持ってチラ見だけに止めていたのに成美にはバレていた。
こんな乱戦の最中に私の視線に気付くなんて、本当に成美は鋭い。
「あんたらアホなこと言ってないで真面目にやりなさいよ!」
「桜もナルちゃんも余裕だね」
沙織とミアがゴブリンを薙ぎ倒しながら声を掛けてくる。
ちょっと注意が逸れただけなのにアホは無いと思う。
四人で位置を入れ替えながらゴブリンと戦い続けた。
――三十分経過。
街フィールドは道路が碁盤目状にはしっている。
一つの交差点を戦場にしたとしても、それはテスター側の都合に過ぎず、モンスター側は左右の街区を迂回して後ろ側にも回り込んでいた。
これはモンスターに知能があるからではなく、単純に数の増え過ぎたモンスターが他のルートに溢れ出した結果だ。
ビルに陣取る魔術タイプの人達は独自にローテーションを組んでいるらしく、魔術攻撃は密度を薄くしつつも継続されている。オーガやトロールなどの中型、大型のモンスターを優先的に狙ってくれているのが助かる。
とは言え。
「ゴブリンうざい!」
「ゴブリンはもう飽きたよー」
沙織がうんざりしたように吐き捨て、成美が少々情けない声を上げたように、相変わらずゴブリンは大量に湧いている。
たまに出てくる大型モンスターよりも無尽蔵に出てくるゴブリンの方が厄介な状況だ。
怖いのが作業的にゴブリンを倒している最中に小型で俊敏なモンスターに襲われると一瞬対応が遅れてしまう事だ。本来なら難なく対処できるはずのハウンドなどに倒されたテスターも何人か見た。
残りは142人。




