露天風呂にて
どうやらミアは普通に「裸の付き合い」というの楽しんでいただけみたいだ。
内心では何かしら悪戯を仕掛けてくるんじゃないかと心配していたけど、こうなってみれば杞憂に過ぎず、あらぬ疑いをかけていたようで申し訳なくもある。
次の夜からも誘ったり誘われたりで一緒にお風呂タイムを過ごしてきて、やっぱり何事も起こらなかった。
ミアがたまに突っついてきたり、背中の流し合い(あくまでも普通に。泡々天国ではない)をしている最中にうっかり手が滑って胸に触れてしまったりという些細な出来事もあるにはあったけど。
その程度のことに過剰に反応しては逆にエロハプニングに発展しかねないので、そこは冷静に対処したりスルーしたり。
ミアや成美がやたらと手を滑らせていたけど、そもそも石鹸は滑りやすいのだから不可抗力に違いない。
いずれにしろ掴んだり揉んだり摘まんだりは無いので問題は発生しなかった。
不可抗力と言えば朝になると何故か成美が私の布団で一緒に寝ている事がある。
起こしてみたら「私寝相悪いんだー。ごめんねー」と言っていたので間違いなく不可抗力だ。
寝相の良し悪しで責めるのは可哀そうだし、反対側に転がっていたら布団からはみ出して風邪をひいていたかも知れない。それを思えば私の布団に転がり込んできたのも結果オーライと言える。
それを見た沙織が「なんてベタなエロゲ的展開!」と嘆いていたけど、そこは例によってスルーしておいた。エロという単語を含む話には迂闊に乗らない方が良い。
それにしても沙織もまだ十八歳にはなっていないのに何故『エロゲ的展開』を知ってるのだろう。
不思議だ。
とにかくもトラブルもなく順調にスケジュールをこなして、今日は大晦日。
今年最後の試験である。
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胸元を擦るように滑らせた一閃が止めになった。
モンスターが光の粒子になって消えていく。
「お、終わった……」
戦闘が終わって疲労値はリセットされたはずなのに、精神的な疲れが一気に噴出してきてぺったりと座り込んでしまった。
予定されていた今日までの試験スケジュール最後の相手をレベル10で倒した。
それは身長二メートルほどのモンスターだった。
胴体に比べて四肢がひょろりと長く、頭部は爬虫類っぽい造形で太い尻尾もあった。
緩く湾曲した剣と小型の丸盾を装備していた。
《開発コード:リザードマン 身長二メール程度のリザードマンっぽいモンスター。ただし鱗が硬質で防御力が高めになっている。知能は高めで仲間との連携攻撃も有り》
……正直手抜きかと思ったこの説明文。
開発コードがリザードマンで説明が「リザードマンっぽい」て。
いくらなんでも「っぽい」は無いだろうと。
見た目もまんまなんだし普通にリザードマンで良いんじゃ? と思ったものだ。
そんな愉快設定のリザードマン、これがかなりの難敵だった。
これまで『オーガ』や『ベア』と言った三メートル超の大型モンスターもいたけれど、それらよりも二メートル程度のリザードマンの方が強い。オーガやベアは大きくて力も強かったけど、言いかえればそれだけだった。
リザードマンは「知能が高い」という説明どおり、装備している剣や盾をきちんと使いこなし、蹴りや尻尾での打撃、噛み付きや頭突きなど攻撃パターンも多彩。一つの戦闘術として完成していた。
しかも速くてレベル7以降は風モードだけでは足りず、加速も重ねたスピード超特化状態が必要だった。
ともあれこれで予定は終了だ。
モンスターのリストにはもう一つ枠があるけど、そこは『???』と表示されていて今は選択できないようになっている。
時間表示を見るとまだ少し余裕があったので、適当なモンスターを選んで戦闘して時間を潰した。
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昼食の席で藤田さんが十二月中の試験が終了した事を宣言。
午後と元旦は休みになる事が改めて告げられる。
「「「お疲れさまでしたー!」」」
みんなで唱和して解散した。
一仕事終えた解放感から弛緩した空気が流れる。
そんな空気の中を泳ぐようにしてミアがやって来た。
いつも適度に脱力しているミアが、今ばかりは本当に疲れて力が入っていないように見える。
武器データのレンタルやオーダーメイドを自身のテスト参加と並行して行っているわけで、流石に疲れが溜まっているみたいだ。
「やあお疲れお疲れ。君達これからどうするの? 予定無いなら早めにお風呂行こうよ」
「そうくると思ってました。って、それなんです? 秘密情報なら見えないようにして下さいよ?」
ミアはプリントアウトした紙束を持っている。
ちらりと見えたところでは何かの一覧表らしい。
「んー、秘密ってわけじゃないよ。ここまでの試験戦闘の結果集計」
「へえ。どんな結果なのか興味ありますね」
「じゃあ詳しい話はお湯に浸かりながらにしよう」
早くお風呂に入りたいオーラを出しまくっているミア。
基本的に自由な性格のミアは自分のしたい事を隠さずストレートに主張してくる。
反面やりたくない事の場合は素直に嫌だと言ってしまうので、つくづく会社勤めには向いていない。
友人として付き合う分には好ましくもあるので、今回も「なら行きましょうか」ということになった。
露天風呂は泊まっている部屋から見えていた竹塀の場所にある。
ただ完全に塀に囲まれているのではない。
塀はあくまでも宿からの視線を遮る一方向だけに配されていて、大浴場側も除いた二方向は解放されている。本来なら露天風呂を形成する岩の造形の向こうには川へと下っていく斜面があるはずだった。今は分厚く積もった雪が視界を塞いでいて見えないけれど、一面の雪景色の中で熱いお湯に使っているのもオツな気分だ。
「ふいー、極楽極楽。温泉は何回入っても良いね。むしろ何回でも入るべき?」
幸せ一杯のミアは蕩けそうな表情をしている。
見ているこっちまで幸せになりそうだ。
「さてと、それじゃあ結果発表といきますか」
ひとしきり幸せを振り撒いてくれたミア、本題とばかりに切り出す。
「全部のモンスターをレベル10までクリアできたのは百四十人くらい。その中でクリアにかかった時間で順位を付けると、ダントツでナルちゃんが一番」
「やったー!」
「これにはボクも、いやいや藤田さん達もみんな驚いてたよ。こんなちっちゃな子がトップ取っちゃうんだもん」
「えへへ。隠形が良く効くからねー。後ろから首筋をさっくりで大体倒せるんだー」
「あんたもう忍者辞めてアサシンになった方が良いんじゃないの?」
理由を聞いてみればさもありなん。
隠形を使ってステルスモードになった成美は攻撃をする瞬間まで全く見えなくなる。
止水みたいな間接的にせよ位置を把握する能力がないと対処は難しい。
気配もなく背後から一撃。
沙織が言うとおり凄腕の暗殺者になれる。
「次はサオリン。サオリンは七十位くらい。他の参加者のことも考えれば平均以上って言うのは十分凄いよ」
「そんなもんですか。ってか何気に聞き流しましたけどサオリンて私ですか!?」
「うん。いいでしょサオリン」
「や、それで定着されるとちょっと……」
困ったように言葉を濁す沙織。
とある理由でミアを同志と認めた沙織だけど、サオリンと呼ばれるのは嫌みたいだ。
「沙織」と「サオリン」では名前のイメージが全然違うし、その辺が引っかかるのだろう。
私としてもサオリンとは呼びたくない。なんだか呼ぶ方も恥ずかしいし。
「まあ沙織にとっては何も無い場所で一対一ってやり難いわよね」
「否定はしないけど、それを言い訳にもしないわよ。実戦で私に都合の良い場所ばかり選べるわけじゃないんだし。途中から結構楽に倒せるパターン見つけたんだけど、それにもうちょい早く気付いてればね。もう少し上を狙えたかも」
「どんな方法で戦ってたのー?」
「単純だけどね。相手の攻撃を盾で受ける時にこう……タイミングを合わせて相手の重さを消しながら盾でカチ上げるのよ。で、浮かせたところでズバッと」
重量操作を上手く使っているんだけど、なんだかえげつない。
そんなことを思っていたら沙織に軽く睨まれた。
……声には出していないのにどうして沙織には私の考えている事が判るんだろう。
「桜……あんた結構判りやすいから。自覚しといた方が良いわよ」
そんな事は無いと思うけど……。
「そんな事は無い、とか思ってるでしょ。それも表情に出てるわよ」
「嘘!? ちょっと成美、私ってそんなに思考駄々漏れ!?」
「んー、思考ってほどでもないよ。でもエロい事考えてる時は一発で判るかなー」
「エロい事っ!? って、いやいや、何を言ってるのかしら成美さん。私はそんな友人の裸を見てエロい事を考えたりなんてしませんよ?」
成美の心外な発言に精一杯の抗議をしたら、沙織が盛大な溜め息を吐いてくれた。
「そこで疑問形になっちゃうのがあんたの限界ね。まあここに来てからは特にエロイベントも起こってないし、あんたも誘惑に負けないように頑張ってるとは思うけど」
「にゃははは。君達は本当に面白いね。じゃあ最後に頑張ってる桜。桜は二十位くらいだったよ。近接特化としてはかなり上位に食い込んでる」
「面白いで済む話じゃないんですけどね……」
ともあれ二十位くらいか。
上位十パーセントに入ったならまずまずの結果だと思う。
順位が出されると知っていればスピード超特化を多用していた、とも思うけど、知らなかったのは誰もが同じ。先に知らされていれば他の人達も時間短縮を図っただろうから、結果は大差無かっただろうし。
「それでボクは二位。一位取れると思ってたんだけどナルちゃんにやられた」
「二位ですか! 成美のステルスさっくりはチートっぽいし、実質一位じゃないですか!」
「にゃは。鍛冶職人を甘く見ちゃあいけないよ?」
沙織にチート呼ばわりされた成美は不満そうに口を尖らせている。
「強過ぎる」という意味でチートという言葉を使うなら、確かにチートと言えるかも。
あとミアが強いのは鍛冶職人とは関係ないと思う。
いつだったか芳蘭の予備動作無しのパンチを普通に受け止めていたくらいだから、反応速度も含めて相当な実力を持っているはずだ。
「あと参考までにだけど、君らのとこの後城先生は六位、学園長さんが四位だね」
後城先生はともかく、学園長が意外だった。
いつも怪しいローブ姿だし魔術タイプなのだろうど、開始時の距離を上手く調節したんだろうか。
「うーん、ちょっと浸かり過ぎかも」
顔を赤くした成美がお湯から上がって縁石に腰かけた。
そう言えば話し込んでいるうちに時間は過ぎて、温まるというより熱くなってきている。
というか縁石に腰を下ろした成美がなんだか艶っぽい。
上気した肌、少し荒くなった呼吸とそれにつれて上下する胸の膨らみ。
それどころか緩く足を開いているせいで胸以上に見ちゃいけない部分まで見えてしまいそう。
もう全力で視線を逸らせました。
「桜も浸かり過ぎじゃない? 顔が真っ赤だよ」
「そ、そうかも」
私も湯から上がって成美の隣に並んで座った。
雪が降る気温の中に裸でいるわけだけど、火照った体にはその冷気が心地良い。
うん、成美も体を冷ますためにこうしているだけだ。
エロハプニングを起こす意図など有るはずが無い、はずだ。
沙織がお湯の中でこっそりサムズアップして「ナイス自制心」と口パクで伝えてきた。
今回ばかりはその称賛を素直に受け止めることにした。




