試験戦闘開始
宴会場は凄い事になっていた。
座椅子タイプのリクライニングシートが等間隔でずらりと並び、間を縫うようにしてケーブルの束がそこらを這い回っている。列毎に束ねられたケーブルはステージ上の中継機らしき物体に接続され、そこから更に太いケーブルの束が廊下の向こうまで伸びている。
ケーブルの行方を気にしていたらミアが教えてくれた。
立ち位置がメーカー側なので色々と裏側の事情も知っているそうだ。
「サーバーは宿の裏に停めてあるトレーラーの中。外に繋がらない独立した環境を作ってるよ」
「開発中のタイトルなら当然のセキュリティだと思うけど……ここまでするくらいなら素直に会社の研究所とか使った方が良いんじゃ……」
「それだと人が集まらないでしょ。十日間も拘束するんだしそれなりの環境がないとね」
私自身炬燵やミカンで参加を決めただけにミアの言う事は良く判る。
だとしてもこの環境を作るための手間やお金はバカにならないと思う。
それを言ったら「それが問題にならないくらい稼いでるでしょ」と言われた。
本家のMMOもCODも大人気だし、そんなものだろうか。
どのシートを使うかは特に決められていなかったから自然と学園メンバーで固まって陣取ることになった。程よくクッションの効いたシートに体を落ち着けて持参してきたヘッドギアをケーブルに接続する。
「さて、お仕事開始といきますか」
ヘッドギアを被ってログインした。
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何もない空間に一人だった。
唯一あるのは少し離れた床に描かれた円だけ。
初日のテストは単独でのモンスター戦だ。
事前に説明された通りに専用のウィンドウを開いてモンスターとレベルを設定すれば、床の円の中に指定したモンスターが現れるはずだ。
「っと、その前に……」
黒刀を抜いてミアが言っていた猫印を探してみる。
しばらくこねくり回して、それが柄にあるのを発見した。
柄巻きの隙間からマンガチックにデフォルメされた猫の顔が覗いている。
これはあると知った上で探さないと気が付かないな。
気がかりは解消したので改めてテストを始めるとしますか。
メニューウィンドウから『調整試験用』の項目を選択すると、モンスターのリストが表示される。
順番通りに進めるのがセオリーだろうし、とりあえず一番上のモンスター『ゴブリン』を選ぶ。
《開発コード:ゴブリン 身長百三十センチ程の小型の魔物。基本的に群れで行動する》
レベル1に設定してOKボタンをタップする。
円の中で光の粒子が集まり(死亡時にアバターが消える効果の逆再生のような光景だった)、ゴブリンが一体出現した。
ただしこれはゴブリン的位置付けのモンスターと言う意味で、現れたのはファンタジー系コンテンツでお馴染みのゴブリンとは外見が異なる。
身長は百三十センチくらい、ずんぐりした体躯で胴に比較して足が短く、その代わりというように腕が長い。だらりと垂らせば地面に着く位の長さで、荒削りな棍棒を持っている。無毛の頭部とぎょろりと大きな目、歯を剥き出しにした大きな口。
ブサイクだった。
CODでお馴染みの《Fight!》の表示が出てゴブリンが動き出した。
私に向かって一直線に駆けて来るけど……遅い!
一生懸命走っているようではあるけど足が短いせいでスピードが出ていない。
仕方ないのでこちらからも近寄る。
距離が縮まった所でゴブリンが棍棒で殴りかかって来た。
「おっと、腕が長いから身長に比べてリーチがあるのか……」
少しだけ意表を突かれたけど何の工夫もなく殴りかかってきてるだけだし、何よりもスピードが足りないから楽に避けられた。黒刀の一振りで首を刎ねて仕留めた。
ゲームでも雑魚キャラ扱いのゴブリン的位置付けだとしても弱過ぎる。
と言うような感想は要求されていないのでさっさと次に進もう。
……ゴブリン・レベル10終了。結局気功スキルも使わずに全部一撃で倒せてしまった。
レベル10ともなると結構素早くなっていたけど私にとっては全然問題にならない程度で、余裕で急所を攻撃できた。リアルモード仕様になっているからか急所を攻撃すれば一撃で倒せる。
《開発コード:ホブゴブリン ゴブリンの上位種。身長百五十センチ程度。多くの場合ゴブリンの集団を率いている》
そのままゴブリンを大きくした外見で手斧を持っていた。
体が大きい分足も長いのでゴブリンより少し速い。力も強くなっているみたいだけど避けられるので関係無し。これもさくっとレベル10クリア。
《開発コード:ハウンド 四足タイプの魔物。大きさは大型犬程度。毛皮が硬い。基本的に群れで行動する》
まあそのまんまの外見だった。
灰色の毛皮が金属質の光沢を放っていて、動きはゴブリンやホブゴブよりも速い。
なにより異形とは言え一応人型だったゴブリンとかと違って動きが予測し難い。
止水を使って攻撃を予測し、硬い毛皮には気の刃2を使って対抗。
レベル10までをクリア。
そんな調子で戦闘を続けて『オーク』『トロール』をクリア、『オーガ』の途中で時間切れになった。
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「あのメイド服は君が作ったのか。やるねー。布の質感とか再現するの大変だったでしょ?」
「やー、あれは実際苦労しましたー。でもどうしても桜に着せたくて頑張りました!」
「なるほどなるほど。君は桜が好きなんだね」
「そりゃもう大好きですよー」
「……やるね。もう少し照れながら答えてたら弄り回すところだったけど、そうもあっさりだと『そうなんだー』としか返せないわ」
ログアウトと同時に聞こえてきた成美とミアの会話。
そのせいで目を開くタイミングを逃してしまった。
成美が私を「大好き」なのはとても嬉しいのだけど、ここで目を覚ますと私が照れてしまう。
幸い会話はすぐに別方向に逸れたので「今ログアウトしてきました」という風にさりげなく目を開く。
「あ、桜お帰りー。どうしたの? ちょっとログアウト遅くなかった?」
「……さ、最後のバトルがちょうど始まったばかりのとこだったから」
「そっかー。ねえねえ桜はどこまで進んだ? 私はねえ……」
上手く誤魔化せたみたいだ。
ほっとしながらヘッドギアを外して、ふと見るとミアがにんまりと笑っていた。
ミアにはバレてるっぽい。
「桜、ボクは九時くらいには時間空くからさ。一緒に露天風呂行こう。君たちも一緒にね」
言い置いてメーカー陣に合流するミア。
ミアの性格を考えると一緒にお風呂はまずいような気もする。
彼女は冗談交じりにせよ私をエロハプニング体質と見做している節があるし。
と言ってもせっかくのお誘いを断る理由にはならない。
そんな事を考えていたら沙織が少々深刻な雰囲気で溜め息を吐いていた。
「どうしたの?」
「解消されない格差問題についてちょっとね……」
「そ、そうなんだ」
溜め息の理由に察しが付けば曖昧な返事しかできなくなる。
夢と希望が濃縮されている(森上君談)沙織に対して、私が言える事は何も無い。
部屋に戻った私たちは用意されていた浴衣に着替えることにした。
サラシを外した時には意識せず「ふう」と息が漏れてしまった。
サラシを巻き始めて随分経つからもう慣れているけど、やはり外した時の解放感は格別だ。
成美が嬉しそうに、沙織が恨めしそうに見ていたのは気付かない振りをしておく。
夕食を食べに食堂に行った時には参加者の過半数が浴衣に丹前姿になっていた。
昼間ミアが浴衣姿のまま試験を受けたり仕事をしたりしていたから、宿の中ではそれでも良いんだという空気が広まっていた。
せっかく温泉宿にいるのだし、浴衣の方が楽だし。
藤田さんも試験時も含めて浴衣で構わないとOKを出していた。試験は仮想空間で行われるし、現実の体はピクリとも動かないわけで、服装なんかはどうでも良いそうだ。
サラシを外した影響で男性陣からいくらか視線を浴びることになってしまったけど、これは仕方の無い事として諦めている。結局のところサラシ有りから無しへの変化が注意を引いているだけなのだから、いずれ慣れてしまえば注目を浴びる事も無くなるだろう。
意外、と言ったら失礼かも知れないけれど、学園長はほとんど無反応だった。
出会い頭にちらりと見ていたけどその後はさりげなく視線を逸らせていた。
後城先生はチラ見の回数こそ学園長より多かったけど、大体似たような感じだった。
二人とも紳士である。
森上君は……例の如くガン見してきたので窘めようかと思ったら、急に顔色を変えて逃げていった。何事かと振り向いた先にはチョキ手の成美。魔術付与伝授の時の目潰しの光景が思い出される。
トラウマにならなければ良い……いや、トラウマになった方が良いのかな?
それで女子の胸をガン見する悪癖が治るなら、彼の将来の為になるかも。
そんな調子で夕食を済ませて再び部屋に戻る。
途中で支給品のミカンを手に入れた。
炬燵でぬくぬくしながら(と言っても部屋自体暖房が効いているので室内が寒いわけではない)、ミカンを摘まみつつ地元では見られない地方局のバラエティ番組などを見ながら時間を潰す。
予告通り九時を少し過ぎたあたりでミアがやって来たので、一緒に露天風呂に。
露天風呂は大浴場に併設されていた。
大浴場の洗い場からエアロック式のガラス戸の向こう側が露天風呂になっていて、体や髪は内側で洗えるようになっている。外は雪が降っているような気温なのでこれは有難い。
と言うわけでさっさと髪と体を洗って露天風呂に浸かることにした。
脱衣所でミアが「やっぱりエロい体してるね」と突っついてきたり。
洗い場で成美が「背中流すよー」と泡塗れでにじり寄ってきたり。
それを止めた沙織が「もげろ」と言ってきたり。
まあそんな感じで心配したようなエロイベントは起こらなかった。
ちなみにミアの胸については具体的な描写はしないでおく。
これまでミアとは微妙に距離を置いていた沙織が、一言「同志」と呟いて以降は積極的に話し掛けるようになった、と言えばお察しいただけるだろうか。




