炬燵でミカン
この章は少し短めになる予定です。
前話「夢と希望」での誤字を御指摘頂きました。
誤)委員長との再生
↓
正)委員長との再戦
冬休みも間近に迫ってきたある日の放課後。
学園側からの呼び出しでとある教室に来ている。
しかも接続室からログインして、仮想宇美月学園の中の教室だ。
席が殆ど埋まっているから四十人近くが集まっていて、中には見知った顔が多い。
一年生と二年生ばかりだけど海魔迎撃戦や学園祭のCOD大会で見た顔ぶれが揃っている。
成美や委員長を始めとして沙織に森上君、水無瀬君もいる。
言うまでもなく、ここに集められているのは校内でも腕の立つメンバーだ。
教室内はざわざわとしている。
昨日のホームルームで集合場所と時間だけ告げられて、何故呼ばれたのかという肝心の理由は教えられていない。わざわざ仮想世界で集合させる意図も判らない。それは他のクラスでも同様だったようで、その点についての憶測が飛び交っている。
最も有力なのは海魔迎撃戦のような外部イベントへの参加要請だろうか。
こういうメンツが集められているのだから何かしらバトル絡みなのは間違いないと思う。
教室の扉ががらりと開いて、入ってきたのは後城先生だった。
教室は潮が引くように静かになる。
こういう集まりには決まって後城先生が引っ張り出されてくる印象がある。
「おう、待たせたな。ええと、ちょっと待てよ」
先生は教室内を見回しては手元に開いたウィンドウにチェックを入れている。
それが終わって「全員いるな」と言っていたので出席確認だろう。
「もう察しは付いているみたいだがCOD関連の話だ。いや正確にはCODではないが」
「どっちなんですかー?」
「慌てるな。それをこれから説明する」
成美の質問を軽くいなして、メッセージを全員に飛ばした。
受信して開いたウィンドウには「アルバイト募集」のタイトル。
「見てわかるようにバイトの公募だ。CODの供給元であるメーカーが開発中の新コンテンツのテスターを募集している」
教室が再びざわついた。
ここにいるのはほぼ全員がCODのヘビーユーザーだ。
プレスリリースもされていない新作情報に飛びつかないわけが無い。
実際私もこれだけでわくわくしている。
なにか新作の情報でもないかと読んでみるけど、記載されているのは『決闘者の闘技場2(仮)』という仮のタイトルだけで、内容には一切触れられていない。他は日程やらの条件ばかりだ。
「まあテスターと言ってもまだコンテンツそのものは形になっていないからβテストってわけじゃない。登場するモンスターの強さをリアルモード用に調整するための試験戦闘が主な内容になる。本家からそのままモンスター持ってくると大変なことになるからな」
どうやら新作は対人戦ではなく対モンスター戦に力を入れてくるみたいだ。
そうなるとβテストよりもさらに前の段階で調整用のテストが必要なのも頷ける。
CODの母体になっている本家のVRMMORPGにはもちろん多数のモンスターが登場する。メーカーはそれらのデータを持っているわけだけど、それをCODにそのまま持ってくると先生の言うとおり大変なことになる。
理由は単純。
本家はレベル制のRPGだから、モンスターの強さもそれに合わせて設定されている。
レベル制の場合、最初は一般人と変わらないキャラが「弱い敵と戦う→経験値取得→レベルアップ→強い敵と戦う」の繰り返しでどんどん強くなる。モンスター側にもレベルが設定されていて、レベル相応の強さだ。
そういったRPGをプレイしたことがある人なら「適正レベル未満で挑戦したら手も足も出なかった」「適正レベル以上ではほとんどダメージも受けずに倒せた」経験は誰にでもあるはずだ。
レベルアップによって超人的な能力を得るプレイヤーキャラクターと、同じくレベルに応じて凶悪な力を持つモンスター達。
一方のCODリアルモードにはレベルアップで強くなるというシステムが存在しない。
スキルレベルや総合レベルはあるけど、それらはどれだけ熟練しているかの目安でしかない。
どれだけレベルが上がっても身体能力は現実の肉体そのままだし、相手のレベルとどれだけ差があったとしても急所を攻撃されれば普通に一撃死だ。
本家とCODにはそれほどの違いがあるわけで。
本家のモンスターデータをそのまま突っ込んでβテストなんかしたら、多分一方的にプレイヤーが虐殺される地獄絵図が展開するだろう。間違いなくテストどころじゃなくなる。
早い段階でバランス調整を、というメーカー側の意図は十分に理解できた。
「メーカーの関係者が学園祭を見に来たそうでな。えらく感心していたそうだ。で、今回のテストに参加してしてくれないかと打診があった。あー、特に天音。お前には是非来て欲しい言っていたそうだぞ」
「え? 私を名指しで?」
あの大会を見ていて私を名指し……。
「仮に受けるにしてもメイド服は着ませんよ?」
「いや、別にそこを期待したわけじゃないだろうさ」
後城先生は苦笑して説明を続ける。
今回のテストはできるだけ平均的なデータを収集する必要があり、最終的には全国で五千人程度が参加する予定であること。機密情報を保護するため試験期間中は宿泊施設への滞在が義務付けられ、終了までは外部との連絡もとれないこと。そういった事情から学生である私たちへの募集期間は冬休みの間に限られたこと。
「期間が十二月二十八日から一月六日……って年末年始閉じ込められて過ごすのはきついな」
誰かがぽつりと呟く。
新作への興味は尽きないし、自分自身がその開発に関与できるならユーザーとしては名誉なことだ。とは言え年末年始の特別な時期に十日間も拘束されるとなると二の足を踏んでしまう。
年末は炬燵でミカン食べながらテレビで特番でも見てのんびりする。
お正月は炬燵でお節料理やお雑煮を食べながら特番でも見てのんびりする。
意味も生産性もなにもないけど、年末年始はそうやって過ごしたい。
除夜の鐘を聞きながらの年越し修行とかは毎年やってきたけど、基本的にはのんびりと過ごしてきた。日本人的な感覚からすれば年の瀬や正月はそういうものだろう。
「まあ時期が時期だしな。家の方で予定もあるだろうから強制参加じゃない。が、まずはこれを見ろ」
先生の操作で黒板がスクリーンに早変わり。
有名な温泉街の風景が映し出される。
次いでそこそこ高級そうな温泉宿の外観、ロビー、客室、遊技施設や露天風呂など。
「これが宿泊施設だ。メーカーが保養施設として特約している宿が期間中貸し切りになる。三食とも宿が本来出している食事だし、年越し蕎麦やお節お雑煮もありだ。当然温泉も入り放題だぞ」
最初宿泊施設と聞いて無味乾燥なビルの中や研究所、出される食事も仕出し弁当や良くても社員食堂クラスを想像していた。
先生は私たちの反応を確かめてから画面を切り替える。
現れたのはテストのタイムスケジュールだった。
「二十八日午前と六日の午後は移動にあてる。他は午前九時から正午までの三時間と、午後二時から六時までの四時間が仕事になる。で、ここに注目だ。大晦日の午後と元旦まるまるはオフ、宿からは出られないが完全な休みになる」
大晦日と元旦に休みがあるのはポイント高い。
さっき見た客室の画像には炬燵も映っていたし……。
「最後にこれだ」
後城先生がにやりと笑いながら画像を切り替えた。
「う、うそ……」
思わず腰を浮かせて画面に見入ってしまう。
周囲からも「これマジか?」とか「完璧すぎる。これの担当者神レベルじゃね!?」とか聞こえる。
隣の成美も「これはやられたなー」と呆れ半分感嘆半分の様子。
いや、これは本当に至れり尽くせりで、ここまで気の回る担当者を誉め讃えたい。
「ふむ、最初はどうかと思ったが本当に効果があるんだな。これは期間中希望があれば無制限で支給するとメーカーが約束している」
そう言って先生がびしっと指差した先。
側面に「みかん」と書かれた段ボール箱がでかでかと映し出されていた。
*********************************
スケジュールは大晦日と元旦に休みがあるからOK。
食事も毎食温泉宿料理で加えて年越し蕎麦とお節お雑煮が出るのでOK。
炬燵OK。
そしてミカンOK。
ついでに温泉も入り放題。
「これでバイト代まで出るって条件良過ぎるんじゃないの? 普通なら詐欺かと思う所だけど」
「うん、まさかミカンまで完備してるなんて」
「いやみかんはそんな重要じゃないでしょ」
「なに言ってるの沙織。大晦日だよ? 炬燵だよ? ミカンが無いなんて有り得ないじゃない」
「そうだねー。ミカンは付き物だよねー」
そんな話をしているのは学食棟の軽食スペース。
例によって成美と沙織に参加の相談をしている。
中庭の自販機スペースはこの時期だと寒くて落ち着いて話もできないのでこちらに来ていた。
「私は行ってみたいな。ミカンは置いておいてもモンスター戦とか興味あるし」
「温泉も良いよねー。桜、また背中流してあげようかー?」
「え!? あわあわっ!?」
「それはやめときなさい。でもまあ合宿みたいで楽しそう」
悪戯っぽく笑いながらの成美の発言に夏の出来事を思い出してしまった。
それに冷静に突っ込む沙織も興味はあるようで、結果三人とも行けるなら行きたいという事で一致している。
問題なのは「年末年始に十日間家を空ける」という事で、先生も言っていたけど家庭の予定や都合も関係してくる。私にしても師匠や芳蘭の都合があればそちらを優先しないといけないし。
とりあえず家族に確認して許可を貰おうという事で解散した。
で、家に帰って師匠に訊ねたらすんなりとお許しが出た。
その後携帯で連絡を取り合って成美も沙織も問題ないと判り、三人揃って参加することになった。




