夢と希望
「はい、じゃあ女子が前列に並んでー。男子はエロいから後ろ後ろー」
成美が場を仕切って1-Cのみんなを整列させる。
男子達との間に女子の壁ができる形になって、そこはかとない安心感が生まれた。
後ろに回された男子からは多少の不満も漏れ聞こえてきたけど、森上君が苦笑しながら「霧嶋先輩の言うとおりにしてくれ」と言うと大人しくなった。なかなかの統率力だった。
もっとも、どんな配置になろうと彼らの視線が遮られるわけもない。救いはある程度が成美の方にも分散している事だ。一人だったら全員分の視線が集中していたのだし、成美には感謝だ。
「天音先輩はこちらへ。さっそく伝授するっす」
森上君がクラスメイト達から放れた場所に私を誘導する。これからするのは魔術付与の伝授。余人に見られないように場所を移したのだ。
森上君は手早くウィンドウを開いて操作している。
「ええと付与の基礎になる呪文記述と、付与の要素としては『火属性』『貫通』『推進』の三種で良いんすよね」
「ええ、それでお願い」
「じゃあ四枚、ウィンドウ投げるっすよ」
並列で四枚開いたウィンドウが次々に投げ渡される。
「最初のが基礎の呪文記述っすから、それを要素の方の後ろにコピペしてください。終わったら魔術スキルの所に登録して伝授完了っす」
「こうして……これで、こうね」
ウィンドウをエディタモードにして言われた通りに呪文を組み合わせ、完成した三枚を別枠で開いたステータスウィンドウの魔術スキル欄に押し込む。更に魔術スキルの詳細を開いてきちんと登録できているのを確認した。
「OKよ。ちゃんと登録できてる」
「了解っす。後は個別に解説するっすから良く聞いて欲しいっす」
森上君はウィンドウの呪文記述を順を追って説明してくれる。
魔術の発動には呪文の正確な詠唱と確固としたイメージが必要だ。
呪文は単純に暗記しても良いけど、構成する単語の意味を理解していた方が格段に憶えやすい。
その辺りを懇切丁寧に解説してくれる森上君。
それは良いのだけど。
解説している間中、森上君は私の胸ばかりを見ている。
解説の合間に時折見るとかではなくて、視線は完全固定のロックオン状態。
彼も健全な男子高校生なのだし、女子の胸に興味津津なのはまあ当然だろう。見える範囲にあるのを見るなというのは酷だろうし、見ずにいるのは不可能だとも思う。
でもガン見なのはどうなんだろう。
視線を飛ばすとかそういうレベルではなく、もう顔ごと私の胸に正対するようにして見ている。
これはいっそ潔いと褒めるべきなのだろうか。
普通なら注意するところだけど、今回はメイド服が指定された時点で見られるのも込みだと了解している。恥ずかしくても魔術付与の対価だと思えば我慢できた。
ちらりともウィンドウを見ないのに解説そのものは全く滞りなく進むところが凄くもある。
なんて事を考えていたら一部聞き逃してしまった。
いけないいけない。森上君を見習って集中しないと。
魔術付与は一部森上君のオリジナルが入っている上に、私自身に魔術知識が足りないから所々判り難い。時折質問を挟みながら注意点を頭に叩き込んでいく。
「以上っす。後は実際にやってみて発動するか見てみるっすよ」
「……そうね。ところで森上君は女子の胸がそんなに好きなの?」
結局最後まで胸だけを見ていた森上君がようやく私の顔を見たので、これを機会に訊いておくことにした。まあ答えは決まっているだろうけど、こう訊かれた場合の彼の反応を見てみたかった。
「大好きっすよ!」
答えは案の定だった。
しかも「当たり前じゃないっすか」という顔で堂々と言い切られた。
「女子の胸の膨らみには夢と希望が詰まってるっす。自分はそう信じているっすよ!」
そう言う森上君の瞳は純真な少年のようにキラキラと輝いていた。
胸の話をしているのになんだか清らか。
「だから天音先輩の胸には夢と希望がたっぷりっす!」
それは余計だ。
「でも森上君、そういうのは余り言わない方が良いわよ? 例えば沙……姫木とかに聞かれたら……」
「姫木先輩っすか……いや、きっと夢と希望が濃縮されてるだけっす。大丈夫っす!」
の、濃縮された夢と希望って。
なんかドロドログチャグチャした物を想像してしまった。
やっぱり沙織には聞かせられない見解だ。
「ま、まあその話はもう良いわ。やって見るから気付いたことがあったら言ってね」
まず試してみるのは『魔術付与:火属性』だ。
同じ火属性繋がりで呪文の記述に『炎の矢』と共通の単語が散見されるから、今の私でもとっつきやすい。
針を一本手にとってウィンドウの呪文を見ながら慎重に詠唱しつつ、脳内では発動するべき術のイメージを固めていく。
詠唱終了と同時に針全体がうっすらと火に包まれた。
「これ、自分にもダメージ来ない?」
「大丈夫っすよ。その状態は他の投射系魔術で言う所の発射準備状態っすから、術者本人には影響しないっす」
針全体を火が覆っているから、当然のこと針を持っている手にも火が触れている。
ダメージ判定の無い射爆場ならともかくも、実際だったら火傷くらいしそうだと思った。
「そういうものなの?」
「そういうもんすよ。魔術なんですし」
突っ込みたくなるような返答だけど、まあ魔術だからと言われればそれで納得しておく方が無難だ。
火力が足りないように見えるけど、使い続けていれば徐々に改善されるらしい。詠唱が滑らかになるとか、イメージがもっと強固になるとかが関係するみたいだ。
残りの『魔術付与:貫通』『魔術付与:推進』は少し手こずった。
特に『推進』は発動時の魔力の加減で飛距離優先か速度優先かが調整できるようになっていて、感覚を掴むのに苦労した。
それでも何とか使えるようになって、森上君が「これでもう大丈夫っすね!」と言った時、見守っていたみんなから温かな拍手を頂いた。成美も先頭に立ってにこにこしながら拍手している。
そう言えばみんなまだいたんだ。
システム画面の時刻表示を確認すると一時間以上経過している。
後城先生との時には系統違いとはいえお互い気功スキルには慣れていたからあっさりと終わったものだけど、やっぱり専門外のスキルだと伝授も時間がかかる。
「桜ー、おめでとー」
「ありがとう。ごめんね、放ったらかしにしちゃって」
伝授に集中していて成美を放置してしまっていた。
「いいよー全然暇じゃ無かったし」
「ん? 誰かに遊んでもらってたの?」
「ちょ、子供じゃないんだから! ずーっと桜を見てたに決まってるでしょ!」
伝授の風景なんて傍から見ていてそんなに楽しいものでもないと思うけど。
「もー、やっぱり判ってないなー。真面目で真剣な時の桜って凄く格好良いんだよ! もう見惚れちゃうくらいなんだから!」
「またその話? それはもういいから」
「信じてないなー。だったら……ねえみんな、桜格好良いよね? 見惚れちゃうくらいだよね?」
成美の問いに力一杯の頷きを返す1-C一同。特に女子の頷き方が半端ない。
「見惚れちゃうって言うか、もう目が離せませんでした」
「至福の一時でした~」
「なんだかもう神々しくて……」
彼ら彼女らの声を背にして「ほらね?」とドヤ顔の成美。
これはもう他者から見た私が『カッコイイ』に区分けされるのは認めるしかない。
でも! 私が欲しい評価はカッコイイじゃなくてカワイイなのに!
成美にはその点を理解して欲しい。
その成美はひょいひょいと森上君を手招きしている。
「なんすか?」と寄ってきた森上君にチョキ手で目潰し。
後衛職の割には反応も悪くないはずの森上君が全く対処できない早業だった。
「うわあっ! 目が! 目が……痛くない!」
反射的に目をおさえて転げまりそうになった森上君は、ここが痛みを感じない仮想世界だと思いだして瞬時に立ち直った。痛みは無いにしても突然目潰しされれば驚きもする。
「な、なにするっすか!? いきなり目潰しって!?」
「森上くーん、最初に言ったよねー。桜にエロい事したら潰すってー」
「自分何もしてないじゃないっすか! それに潰すってタ……アレじゃなかったんすか!?」
「君、桜の胸見過ぎ。見たい気持ちは判るけど、でも見過ぎ。だから目にしておいた」
「それだけで!? 酷えっすよ!」
さすがに抗議する森上君。
森上君に対しては成美が手厳しい様に感じるのは気のせいだろうか。
ともあれ今回の件はある程度見られるのが前提の取り引きだったのだから、これで彼を責めれば筋が違ってしまう。
そんなわけで成美を宥めていたら、森上君からぺこりと頭を下げられた。
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冬は日が落ちるのも早い。
接続室で現実世界に戻ると、窓から見える空はもう色を変え始めていた。
隣のシートでは成美が、周囲のシートでは1-C女子生徒達が次々に身を起こしている。
仮想世界で別れた直後に接続室で再開してしまうのは、毎度のことながら少々気まずい。
軽く挨拶しながら成美を連れてそそくさと校舎を後にした。
「改めて魔術付与修得おめでとー。これで桜が欲しかった物は揃ったのかな?」
先を歩く成美がくるりと振り向いて訊ねてきた。
「ひとまずね。これ以上手を広げちゃうと習熟の時間が足りなくなりそうだし」
剣術と格闘術、投擲は現実世界での動作がそのまま反映されるとして、気功スキル系では『透徹』『鋼蓋』を、魔術スキル系で『加速』『筋力増強』『炎の矢』『魔術付与:火属性』『魔術付与:貫通』『魔術付与:推進』が新たに追加されている。
どれも使用回数をこなして習熟しないと実用には耐えない状態。
委員長との再生予定日まで半年と少し。
それだけの時間を残してこれだけの手札を揃えられたのだから、これは満足すべき結果だった。




