メイド服、再び
《登録名....sakura》
《身体走査データ確認.....アバター作成》
《登録スキル確認....剣術Lv10 気功Lv10 格闘術Lv5 魔術Lv3》
《総合レベル算出....総合レベル9》
《登録装備確認....針*12》
普段とは装備を変えて宇美月サーバーにログインする。
防具は全部外していて、武器も黒刀を外して針だけ。
そして表示されているアバターモデルはメイド服を着ていた。
二度と着ることは無いと……いや、絶対に着ないと誓ったはずのメイド服を再び着ることになった理由。
それは昨日の放課後に時を遡る。
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師匠の許可も出た事で、憚ることなく投擲武器『投げ針』の練習をできるようになった。
成美がノリノリで指導役を買って出てくれたおかげで上達も速い。
ただ上達するにつれて問題点も浮上してきた。
投げ針は単純に攻撃力が不足していた。重量自体大したことないし、それを普通に投げるだけなのだから、レベルの低い投射系魔術に比べても威力が低い。防具に当たれば弾かれるし、目や喉などの急所に当たればともかく、他の部位では刺さっても「あ痛っ!」程度のダメージにしかならない。
これに一応の解決、と言うか改善をもたらしたのは『気の刃』だった。
針を気の刃の2や3で攻撃力強化すると、投じた後も二秒程度は効果が持続することが判った。
有効射程は短いし、二秒あれば十分と言える。
ただそれだとちょっと物足りない。
委員長との再戦を想定している身としては、もう一押し欲しい所だった。
そんな風に考えていて思い出したのが森上君だった。
彼が弓術に組み合わせて使っていた魔術付与の技法。
学園祭の大会の中、弓が破損した後には手に持った状態の矢に魔術を付与して飛ばしてきたりもした。
あれを投げ針に応用できたら、と考えた。
そんなわけで放課後になるや1-Cの教室にダッシュした。
違う学年の教室というのは同じ学園の中にあっても別世界のような感じで、上級生の私が訪れるのは酷く場違いな気がして居心地が悪い。いきなり踏み込むのも躊躇われて、入口から中を覗き込むと幸い森上君はまだ帰っていなかった。クラスメイトと談笑している。
森上君を呼び出してもらおうと通りかかった女子に声をかけたら仰け反るくらいに驚かれた。
「ひゃあ! 天音先輩じゃないですか! え? 森上君ですか? お任せ下さい! すぐに呼んできます!」
学園祭その他で知名度が上がっているから、一年生の女子が私の名前を知っていてもおかしくはない。話が早いのは助かるけど、あの反応はどうなんだろうと思う。
ぱたぱたと走っていた女子が森上君達のグループに声をかける。その声が必要以上に大きく、教室中の視線が私に集中した。
「うおっ! 本物の天音先輩だ!」
「森上が指名を受けただと!? どういうことだっ!?」
騒がしくなる1-Cの教室。
時折「メイド」とか「あの噂は」とか聞きたくない単語も聞こえてくる。
噂とは黒間先輩が言っていたあの噂だろう。私がエロい言動を繰り返しているというあれだ。
委員長も否定してくれなかったから噂自体が広まっているのは真実らしい。本当に心外な噂だ。多分ミアの言っていたエロハプニング体質のせいだろう。そうに違いない。
クラスメイトに囃し立てられて照れ臭そうにしながら森上君がやってきた。
「っす! 天音先輩! わざわざ自分を尋ねてくるなんてどうされたんですか!」
きちっと一礼してくるのはやはり武道系らしい礼儀正しさだ。変に体育会系が混じっているせいで言葉遣いが変だけど。最初の「っす!」は何かの挨拶を短縮しているのだろう。
「森上君に頼みたいことがあるのよ。『魔術付与』を伝授して欲しいの。もちろんトレードで」
「……ああ、あの噂はやっぱり本当だったみたいっすね」
「噂って……私今何かエロい事言った!?」
「は? エロい事ってなんすか?」
おや? 森上君は例の噂を知らないみたいだ。
だとすると彼の言う噂とは何だろう。
私の知らないところで別の噂が立っているのだろうか。
「自分が知っているのは、最近天音先輩が凄い勢いでレベル上げてるって話っす。後城先生に格闘術を、霧嶋先輩に手裏剣打ち、射爆場で魔術の訓練もしてるって聞いてます。で、自分の魔術付与っすか? 手裏剣に合わせるんだとしたら面白そうっすね。ところでエロい事ってなんすか?」
「なんだ、そういう噂があったのか」
人目に付くような事はしていないつもりだけど殊更隠そうともしていなかったし、学園祭以降の私の行動が人の口に上るくらいに目立っていたようだ。あの程度で噂になってしまうのも無駄に知名度が高いせいで不本意だけど、エロ云々の噂よりは遥かにましだ。
だから森上君がエロという単語に喰いついているのはスルーしておく。
あんな噂は知らないなら知らないままにしておくべきだ。
「で、どうかしら? 魔術付与、伝授してくれる?」
「自分の質問スルーっすか? エロい事って……って、いや何でもないっす!」
軽く睨んだら慌てて質問を取り下げてきた。
その話題には触れて欲しくない私の空気を敏感に読み取ってくれたみたいだ。
「で、どうかしら? もう一度聞くけど伝授はしてくれる?」
「そうっすね、トレードって事でしたけど、魔術付与の対価に先輩は何を伝授してくれるっすか? ちなみに自分気功スキル持ってないっすよ?」
「……え?」
「いや、そんな驚いたような顔されても困るっす。気功スキルったらどっちかと言えばマイナーなスキルっすよ?」
あー、忘れてた。
そう言えば気功スキルってマイナーだった。
私がトレードで出せるのは全部気功スキル系の技。
弓術と魔術の森上君に渡せるものが無い。
「そしたら先輩、トレードじゃなく取り引きといきませんか?」
困ってしまった私を見兼ねたのか森上君が提案してきた。
言葉の意味的にはトレードも取り引きも似たようなものだけど、わざわざ言い変えたのだからお互いに技を伝授するという通常の形態ではなく、別の対価で代用しようという提案だ。
「それで良いなら助かるわ。でも魔術付与の対価に何を出せば良いかしら」
「魔術付与を伝授する時、メイド服で来てください」
「……それ本気? ううん、正気?」」
「本気っすよ? てか言い直しが正気かって酷くないっすか? もちろん正気っすけど」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ。魔術付与の対価がメイド服を着るだけって、それ全然釣り合わないでしょ!?」
スキルや技は一種の財産だ。もしもリアルマネートレーディングなら数万円のお金が動くこともある。レアなスキルや技なら桁が一つ上がるだろう。
なのに森上君が提示してきた対価は私がメイド服を着る事。
「天音先輩のメイド服姿にはそれだけの価値があるっす!」
「でも……」
「あるっす!」
「……はあ、わかったわ。私が一方的に得な気もするけど、君がそれで良いならメイド服で手を打ちましょう」
なんとも中途半端な気分で了承した。
本当にメイド服と魔術付与を等価に考えているなら森上君の残念具合をワンランクアップさせないといけないし、そうでなく損を承知で申し出てくれているなら彼の男気? に感謝しなければいけない。
まあ先の断言っぷりからすると7:3くらいで前者だと思うけど。
「了解っす。ところでクラスの奴らも同席して構わないっすかね? 先輩のメイド服姿は自分が独り占めするのは勿体無いっすし」
「え゛……それは……うん、まあそれでもまだ釣り合わないくらいだし、C組の子だけって事なら」
途端に彼のクラスメイト達から歓声が上がった。
口々に「森上、感謝だ!」とか「心の友よ!」とか「森上君私たちもいいかな? いいよね?」とか聞こえてくる。
またもやヒーロー状態の森上君。
もしや彼にはヒーロー体質とでも呼ぶべき何かがあるんじゃなかろうか。
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そんな経緯で私は再びメイド服で仮想宇美月学園に降り立つことになった。
ログインしたばかりの正門前、同じくメイド服姿の成美が待っていた。
今日の事を話したら一緒に行くと志願してくれたのだ。
「おー! やっぱり似合うなー! きりっとした感じで格好良い!」
「あのね成美、メイド服を着て格好良いって誉めてることにならないからね? 本来可愛くなるはずなのにその成分打ち消しちゃってるってことでしょ?」
「判ってないなー。可愛くなるはずって言うなら、可愛いだけなら当たり前って事だよ? 一段突き抜けて格好良くなる方が凄いに決まってるじゃないのー」
「はあ? なにそのトンデモ理論。そんなわけないでしょ」
まあ希少価値という意味でならそうなのかもしれないけど、そんな価値はいらない。当たり前と言うなら当たり前に可愛くなれる容姿が欲しかった。
そう、まさに目の前にいる成美みたいに。
無い物ねだりなのは判っているけれど……。
ままならない現実に溜め息を吐くしかない。
「むう、桜が判ってくれない……もっと自覚するべきだと思うんだけどなー」
不満そうに頬を膨らませる成美。
そんな仕草も無自覚の可愛さを振り撒いている。
自覚するべきなのは成美の方だ。間違いない。
「だったら早く森上君達に見てもらおうよ。みんなの反応を見れば桜も納得するでしょ」
成美に手を引かれて目の前のPORTALへ。行き先に射爆場を選べば、次の瞬間には見慣れた旧弓道場の光景と、男女取り交ぜて四十人ほどの一年生。
1-Cの生徒がほとんどまるごと来てるみたいだ。
私たちの姿を認めた彼らは森上君を注目。
森上君が「さん、ハイ!」と合図して、何故か始まる万歳三唱とそれに続く万雷の拍手。
「天音先輩! 良く来てくれたっす! それに霧嶋先輩まで!」
「やあやあ森上君。魔術付与の対価に桜のメイド姿を選ぶなんて、君は物の価値が判ってるねー。そんな森上君にサービスの意味で私も来てみたよー」
「おおー! 有難いっす! みんなー、こちらの霧嶋先輩がメイド服の作者様だー!」
オオーッ! と上がった歓声に両手を上げて応える成美。
凄く場に馴染んでる。
こっちは森上君達の異様なテンションに付いていけなくて引き気味だというのに。
「さてさて、それじゃあ森上君には桜に伝授をしてもらうわけだけど……」
私と森上君の間にとことことやって来た成美。
「森上君、桜にエロい事したら……潰すよ?」
私には背を向けているから成美の表情は見えない。
けどそれが見えている森上君は急激に表情を変えていた。
あれは……怯えている?
「しないっす! エロい事なんてしないっすよ! ってか潰すって何を!?」
「んー、女の子の口からは言えないところかなー。わかるよねー?」
無言でコクコクと頷く森上君。
成美の小さな背中がなんだかとても頼もしく見えた。




