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名乗らない理由

前話での誤字を御指摘いただきました。


後城先生のセリフ

誤)天音を着けてきて → 正)天音を跟けてきて


本文の改稿はしないと決めているので、この場で訂正いたします。

「中止、ですか?」

「そうなの。芳蘭がどうにも時間を取れないようになってしまったって」


 日曜日の朝、朝食の席。

 師匠がなんとも申し訳なさそうに「芳蘭の稽古は中止になった」と告げてきた。


 もう十一月も末になろうという頃。実は芳蘭の稽古は最初のあれ以降一度も実施されていない。芳蘭の都合がつかなくて延期に延期を重ねてきた。で、ここにきて正式に中止を告げられたわけだ。


「龍鳳の中での人事異動があったそうでね。芳蘭自身は異動してないけれど同僚が何人かまとめて異動したせいで凄く忙しくなって、落ち着くまでは無理だって言ってきたわ」

「そうですか。いえ、私の事は気にしなくても良いと伝えてください」


 人事異動とか格闘術流派には不似合いな言葉だとも思ったけど、龍鳳ほどの巨大な組織になればそういうのもあるんだろう。

 気にしないで欲しいのは本心からだ。

 龍鳳については演武の動画データがあるし、その習熟は後城先生に指導してもらっている。現状では芳蘭の稽古が中止になっても不都合は無い。「貰う物だけ貰えば用はありません」と言っているように聞こえてしまうけど、そもそも私の為に出てくるには芳蘭は大物すぎる。師範として元より忙しい身なのだろうし、こうなったら私の事は忘れて本来の仕事に専念して下さいと言いたい。


「桜ちゃんの上達振りを見せて驚かせようと思っていたのに残念だわ」

「まだ型を覚えただけですから、上達なんてそんな……」


 そこは否定しておく。

 後城先生の指導のおかげでそれぞれの動作に感じていた違和感は解消されていて、芳蘭と同じように動けている自信はある。それをして上達と言うなら確かに言えるのだけど、実の所はまだそれだけでしかない。後城先生曰く、型は何百回何千回と繰り返して体に染み込ませないと意味が無い、咄嗟の時に無意識にも型通りの動きができなければ本当に身に付いたとは言えない、との事。これは剣術でも共通するから良く判る。


 ちなみに私をここまで指導してくれた事で、師匠の中での後城先生の評価は鰻登りで上昇した。どれくらい上昇したかというと、「格闘術についてはもう先生に任せちゃっても良いかしらね」と言って師匠自身は剣術の指導に専念し、学園の先生の所に直接電話して「桜ちゃんをお願いします」と頼んでしまうくらいだ。

 先生にとっての師匠は正に「伝説の人」なわけで、そんな相手からのお願いに先生は恐縮していたものだ。


 *********************************


 食後のお茶を飲みながらの雑談中、最近ちょっと悩んでいる件を相談することにした。

 それは投擲武器の扱いについてだった。


 成美達との会話の中で思いついた投擲武器の使用だけど、実はもうある程度は使えるようになっている。あれから何日か後に成美がサンプルとして幾つかの手裏剣を学園に持ってきた。なんでも成美のお爺さんが趣味で色々な手裏剣を収集しているそうで、その中から適当に見つくろってきたと言っていた。

 中にはかなりの年代物に見えるようなのあって、もしかして文化財的な価値もあるんじゃないかと心配になったものだ。「いっぱいあるから大丈夫!」と成美は請け合ったけど、コレクションが無くなっているのに気付いたお爺ちゃんに叱られませんようにと心中で祈りを捧げておいた。

 それはそれとして一口に手裏剣と言っても本当に色々な種類があった。星型の典型的な手裏剣もあったけど、やっぱり私の趣味に合うのは棒形の物だ。その中でも重心が先端に寄った細い針の形の物が良い。

 成美にコツを教えてもらって、とりあえず投げた針がきちんと的に刺さるくらいにはなっている。

 ちなみに手裏剣の場合は「打つ」が正確な表現らしいけど、形状がほぼ投げ針なので「投げる」と言っている。成美も言い方はどうでも良いと笑っていた。


 練習を続ければ命中精度も威力も上がっていきそうな投げ針だけど、本格的に取り入れるのは見合わせている。主に師匠と後城先生に対する遠慮からだった。

 私は師匠から剣術を学んでいる身で、その剣術には投擲武器が無い。無い物を師匠に無断で加えてしまって良いのかと思う。加速や筋力増強などの魔術も同じではあるけど、こちらは単にステータスを上昇させるだけだから、気功スキルと同じような扱いで構わない。

 一方の後城先生に対しては近接特化型繋がりで良くしてもらっているからだったけど、こちらは話してみたらすんなりと認めてくれた。先生自身が『透徹』を使っていて、生身の体が届く範囲外への攻撃手段に抵抗感が無かったからだ。

 なので、後は師匠が認めてくれるかどうかが問題だった。


「そういうわけで投擲武器を使いたいんです」

「好きにしなさい」


 話してみたら即答で許可が出た。


「あ、あの師匠? 怒ってます?」

「どうして? 桜ちゃんは私を怒らせるような事は言っていないでしょう?」

「えーと、でも例えば『私の教える剣術に不満があるのかしら?』とかあってもおかしくないというか……それが怖くて今まで切り出せなかったくらいで」

「ああ、そいうこと」


 師匠は表情を改めて私の目を覗き込むように見てきた。ずずっとお茶を一口啜ってから「うん」と頷く。


「良い機会だから話してしまいましょう。桜ちゃん、そこに座りなさい」


 もう座ってはいたけど、大人しく居住まいを正す。

 この時師匠が残念そうな表情を浮かべたのを私は見逃さなかったけど、気のせいだと思うことにした。「もう座ってます」なんてベタな返しを期待していたなんて事はあるはずがない。


「まず最初に一番大事な事。私は、私が教えている剣術の正統伝承者ではないの。ぶっちゃけて言うと、私自身はこの剣術を正式に学んだことすらないわ」

「……はい?」


 いきなりの爆弾発言だった。それも核爆弾クラスだ。

 あまりの内容に言葉は理解できても、心がその受け入れを拒否している。


 だって有り得ない。

 未だ修行中の身で偉そうなことは言えないけれど、師匠はこの剣術を完璧に使いこなしている。正統伝承者でない、だけなら傍流ということも考えられるけど、学んだこともないとはどういうことか。


「詳しく話すと長くなるから省略するけれど、若い頃にこの剣術を使う人に大変お世話になったわ。あの人がいなければ今の私もない。おそらく死んでいたでしょう」


 師匠が若い頃となると戦前だろうか。省略された部分が凄く気になるけど、師匠が死を覚悟するほどの事態となると気軽に聞ける内容でもない。


「共に行動するなかで基本的なあれこれを聞いたり、実際に使っている姿を見て覚えたりと、私はそんな具合に剣術を覚えた。そして……ここも長くなるから省略して、戦後日本に来た私はこの剣術が後継者に恵まれず途絶えてしまった事を知って決意したわ。恩人が使っていた剣術を再び日本に根付かせようと」

「それが、この道場なのですね」

「そう。でも私自身は正式に学んだわけでもないから全てを伝えることはできない。だから流派を名乗ることもなく、ただ私が知る限りの技を伝えてきた。いつか私の教えを受けた子が、私が知るあの人に遜色の無い使い手に育ったのなら、その時が流派の名前を含めて日本人に返す時だと思いながらね」

「師匠……」


 私は座ったまま後退して座布団から外れ、「これは土下座じゃありません」と一言断ってから、深く礼をした。


「ありがとうございます師匠。一人の日本人としてお礼を言わせていただきます」


 言ってみれば途絶えようとした日本の文化の一つを、外国人である師匠が長い時間をかけて守っていてくれたのだ。日本人としては本当に頭の下がる思いだった。

 たっぷりと間をおいてから座礼を解くと、師匠が困ったような照れたような顔をしていた。


「わ、私としては、桜ちゃんに期待しているのよ? 桜ちゃんならこの剣術を引き継いでくれるって」

「……父や母では駄目でしたか?」


 父母の道場は「天音流剣術」を名乗っている。師匠から流派の名を貰うには至らなかったのだ。


「あなたの両親は一番すじが良くて期待していたのだけど後一歩届かなかったわね。それで諦めようかと思ったりもしたけど」

「って、師匠が道場閉めたのって家の親のせいですか!?」

「そうとも言えるけどこれは私の事情だから、両親を責めたら筋違いよ? それに桜ちゃんを寄越してくれたのだし、今ではあの二人に感謝すらしているわ」


 これは素直に嬉しい。師匠が私を買ってくれている。

 未だに正式な流派名も知らない剣術だけど、これは師匠の期待に応えられるように精進しなければならないと決意を新たにさせられた。


「まあそんなわけでね、『これが私の剣術だ』なんて私には言えないのよ。完全には再現できてないわけだし。だから日本人である桜ちゃんが、自分の判断で何かを付け足そうとするのに反対はしないわ」


 これが投擲武器について、師匠があっさりと許可を出した理由だった。

 日曜の朝から聞くには重い話だったけど、聞けて良かったと思う。

 外国人の師匠が日本の剣術を教えている理由。

 道場に看板が無く、剣術流派の名前さえ知らされなかった理由。

 色々な疑問が解消された。


「そうそう、投擲武器というのはどういうのを使うつもりなのかしら?」


 昔話を終えた師匠は普段通りの雰囲気に戻って訊いてきた。

 投げ針は成美から借りていたので、中座して持ってくる。


「これは随分と古い物みたいね……」

「友人のお爺さんが趣味で集めているそうです。今は好意で借りていますけど」

「ならちゃんと用意しないといけないわね。こういうのはミアが得意だから頼んじゃいましょう。あの子ならついでにCOD用の武器データも用意してくれるでしょうし」


 言われてミア・フィスティスを思い出す。

 独特な雰囲気な持ち主で、アクセサリーとか金属加工が本職の職人さんで、CODを含めたVR系ゲームのアイテムや武器防具のデザインも副業で請け負っている。確かに頼む相手としては打って付けだ。


 そこからの師匠の行動は速い。バイク便を手配して見本となる投げ針を発送。ミアに連絡して大至急同じ物を作ってくれるように依頼する。

 日曜日なのにいきなり仕事の依頼とかミアには迷惑をかけてしまっただろうか。

 それとも自営業と言う名の自由業だから曜日なんか関係ないのか。

 師匠に電話を代わってもらったら「いいよー。こういう仕事も面白いし」と軽ーく請け合ってくれた。


 そして翌日、学園から帰宅すると机の上にバイク便の包みが置かれていた。

 中身は新品の投げ針が一ダースと見本として送った一本。そして武器データの入ったメモリーカードだった。

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