誤解の理由
「痛たたた……こ、殺す気!? これほとんど鈍器じゃないの!」
私が投げた本を拾い上げ、涙目で抗議してくる沙織。
むう……あれは確かに厚過ぎる。その気で扱えば本当に人を撲殺できそうな本だ。
緊急事態につき確認する暇も投げてしまったけど、これは注意が必要だ。もっともこんな機会は二度と無いだろうけど。
「うるさいっ! あんた今何を口走ろうとしていた!?」
「なにって……」
言いかけて顔を真っ赤にして俯く沙織。一度勢いを失ってから改めて口にするのは恥ずかしいらしい。それはそうだ。女の子が大っぴらに口にすべき言葉じゃない。
惨事が未然に防がれたことに胸を撫で下ろす先生。
「ナイスだ、天音。てか姫木よ、お前がそういうキャラだとは思わなかったぞ。霧嶋の影響なのか?」
「う……すみません」
自分に非があるのは良く判るらしく、沙織は素直に頭を下げる。何気に引き合いに出された成美が不満そうにしているけど、状況が状況なのでフォローはできない。
「しかしなんだってそんな勘違いをしたんだ?」
先生が発した問いは、同時に私の疑問でもある。型の指導を受けていただけなのにエロい事をしていると思われた。不思議でならない。
「そこのドアに張りついて中の様子を窺っていたら……」
沙織が話し出す。のっけからもうおかしい内容に先生の眉がピクリと動く。
でもまずは話を聞いてみようと無言で先を促していた。
「それでドア越しだから良くは聞こえなかったんですけど、切れ切れに聞こえる内容を総合するともう……」
「待て、そこが判らん。格闘術の指導だぞ? どう聞いたらそうなる?」
「ええと……桜が『戸惑って』いて、先生が桜に『腰を前に出すように』言って、でも『上手く入らなくて』、先生が手伝ってちゃんと『入った』と。で、『入った感覚』が『良い感じ』で、桜が嬉しそうな声を……それでこれはまずいと思って乱入しました」
……これは、やられた。
自分をモデルにしたエロ小説を目の前で朗読された気分と言うのだろうか? 言った沙織も赤面しているけど、言われた私も頬が熱い。
先生は唖然としていた。
沙織の話した流れは確かにあった。あまりに都合の良い単語だけを拾われたものだけど。
もう誤解は解けているみたいだけど、一応念のために先の動作を見せて個々のセリフがどういう物だったのかを解説しておく。一動作くらいなら見せても構わないだろう。
「おー、サマになってるね。格闘術も本気で始めたわけ?」
「無刀取りは前からやってたから。それを補強する意味でね」
「そう言えば前に投げられたことあったなー」
正確には投げようとして肩車状態に持ち込まれた。さっきの飛び蹴りから着地までの動きからも判るように成美は異様に身が軽い。あの頃は無刀取りを習い始めたばかりだったけど、今なら普通に投げられるだろうか。
まだ無理かもしれない。
「で、お前らはそもそもどうして盗み聞きなんてしてたんだ?」
咳払いで注目を集めて先生が言う。
成美達はバツが悪そうに顔を見合わせた。
「最近桜が遊んでくれないからどうしたのかなーと思って」
「……小学生かお前は。姫木が喋れ。その方が話が早そうだ」
「はい。最近桜の付き合いが悪いので、私たちに秘密で何かしているんじゃないかと思いまして」
「くっ……まだ中学生レベルだ……で、天音を着けてきて今に至る、と?」
「「そのとおりです」」
二人の返事が綺麗にハモった。何故か疎外感を感じてしまう。
先生は「そうか、判った」と言って溜め息を一つ。
表情を改めて「天音」と私に呼びかける。
「剣術も格闘術もCODもだが、お前が真剣に上を目指そうとしてるのは判る。が、それで人間関係……いや、友人関係を疎かにするのはいただけないな。特にお前の身を案じて教員の準備室に乱入してきたり、教師に飛び蹴りかましたり、そういうバカをやってくれるような奴は将来マジで頼りになるからな。大事にしておくべきだ」
準備室に乱入したのはともかく、教師に飛び蹴りはまずい。後城先生がガードしたからヒットしなかったし、行為そのものも咎めていないから問題になっていないだけで、教師に暴力を振るえば普通はなんらかの処分があるはずだ。
私はそれだけのリスクを二人に犯させてしまったことになる。
……素っ頓狂な勘違いがあったとはいえ、二人が私を心配してくれていたのは確かだ。
「そうですね……ちょっと焦って周りが見えてなかったみたいです。まだ八カ月くらいありますし、少しペース配分を考えてみます」
成美達にも謝罪とお礼を言っておいた。成美は「やー、謝る必要なんてないよー」とぱたぱた手を振っていた。沙織は「校内でそんなことは許せないと思っただけで、あんたの為じゃないんだからね」とそっぽを向いていたけど、まあ照れ隠しだろう。
そんな私たちを生温い目で見ていた先生が「八カ月ってなんだ?」と訊いてきた。
今が十月の末だから、八カ月後は来年の七月末。
「委員長に再戦を申し込みます。魔術タイプの委員長に近接戦で負けたままじゃ気が済みませんから」
遠距離攻撃を持つ魔術タイプが絶対有利だというのがCODの常識だ。それを否定するつもりはないけど、だからこそ最初の不利を覆して近接戦に持ち込んでさえしまえば今度は剣士タイプの方が強い。と言うのは一般の常識では無いかもしれないけど、剣術を学んでいる私にとっては拠り所だった。だから近接戦にもちこんでなお倒せなかった委員長は、再戦して確実に倒すべき相手だ。
後城先生がにやりと笑う。
「その為の準備に一年をかけるか。凄いな天音は。それに面白い。前にも言ったが同じ近接特化型としては心情的にお前寄りだ。陰ながら応援するぞ。格闘術の指導も任せろ」
「ありがとうございます」
「だがまあ……」
先生は気を抜くようにふっと笑って成美達に視線をやる。「桜かっこいー!」とか「また男前な発言を……」とか言っている二人。
「今日のところはそいつらを連れて帰れ。さすがに気が削がれた」
あんなことがあった後で真面目に指導はし難いということだろう。真面目にやっていた結果がエロ誤解だったわけだし。今日のところはここまでにしておこう。
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鞄とかの荷物を教室に置きっぱなしだった二人に付き合って教室まで行き、その後正門に向かう途中で学食棟に寄ることにした。私は自転車通学、二人は電車通学だから正門を出れば別方向だ。乱入イベントの後ということもあってもう少しお喋りしたい気分だった。
「ここのところ付き合い悪かったお詫びよ」
自分の分も含めて缶コーヒーを三本購入して二人に一本ずつ渡す。もちろん成美にはマックスなコーヒーだ。ベンチに腰を下ろして、時間も遅くなってきたせいで生徒の姿もまばらな下校風景を見ながら一息つく。
思い返せば学園祭からこっち、三人でこうして集まることも無かった。誘われることはあっても射爆場通いとかで断ってしまっていたわけで、今になって申し訳ない気持ちになった。もう少し早くそれに気付いていれば今日のような事にもならなかったのだし、先生に言われた通り友人関係は大事にしなくてはいけない。
二人の話を聞いてみれば射爆場で魔術訓練をしていたのもしっかりと見られいて「近接戦専門の看板を下ろすのか」とか「付け焼刃で魔術を練習しても委員長には敵わない」とか言われたけど、加速や筋力増強の為だと説明したらかえって「やっぱりあんたは近接馬鹿だわ」と沙織に呆れられた。
馬鹿とは心外である。
沙織にしたところで魔術を使って近接戦特化にしているわけだし。
学園祭では防火扉とか自販機を投げて遠距離攻撃をしていたけど。
ん? 投げる……投擲武器、か。
繋がった連想が一つのアイディアを閃かせた。私が学んでいるのは日本古流の剣術、つまりは『侍』の剣術である。侍は間違いなく近接タイプだけど、短刀を投げたりは時代劇でも普通に見る光景だ。戦い方の幅を広げる意味で投擲武器を使ってみるのも面白いと思った。
思ったけど、同時にそれはどうなんだろうとも思ってしまう。
先生からも「同じ近接特化型」と言われているし、投擲武器を使ってしまったらその括りから外れてしまうんじゃないだろうか。
「どうしたのー? 急に黙り込んじゃって」
気が付いたら成美に顔を覗き込まれていた。息がかかりそうなくらいに近い位置に成美の顔がある。成美はこういう時の距離感が独特でどきりとさせられることが多い。
動揺を隠しながら投擲武器について思ったことを話してみると、二人の反応は「別に良いんじゃないの?」だった。
「格闘術にだって指弾だっけ? 離れた場所から攻撃するような技ってあるじゃない。それで格闘家を近接タイプじゃないとは誰も言わないでしょ。魔術攻撃と一緒にはできないわ」
どこまで拘るかは桜次第だけどね、と沙織は付け足した。
「だったら桜、手裏剣やろう! 手裏剣なら私が教えてあげられるから!」
一方で忍者スタイルの成美は嬉々としていた。
忍者と言えば手裏剣、手裏剣と言えば忍者。
時代劇に良く出てくる投擲武器は手裏剣だろうけど、ちょっとイメージが違うような。
「桜が考えてるのは星型でくるくる回りながら飛んでくやつでしょ? そういうのもあるけど侍っぽくいくなら棒形のもあるよ」
成美が手裏剣の種類を解説してくれた。的に向かって真っ直ぐに飛ばす棒状の手裏剣なら確かに違和感は少ないかも。それをもっと細くした針のような物もあるそうで、かさばらないから数も持てるらしい。仮に投擲武器を使うにしても短刀だと数が持てない。その点でも手裏剣は良いかもしれない。
ちなみに手裏剣は「投げる」のではなく「打つ」そうだ。投擲武器の範疇だから無意識に投げる物として考えていただけに少し意外だった。
ともあれ投擲武器は真剣に検討する価値がありそうだった。




