龍鳳
射爆場。
夏に宇美月サーバーのシステムが書き変わった際に追加された『宇美月学園の歩き方』で発見した学園施設だ。沙織によれば昔ここが大学だった頃には弓道場だった場所で、マップ上の表記では魔術訓練用の施設になっている。
学園祭が終わって一週間ほど。
放課後は射爆場に通うのが私の日課になっていた。
理由は魔術レベルを上げるためだ。
魔術レベルは魔力の最大値が一定値を超えるごとに上がっていく。そして魔力の最大値を上げる方法は、とにかく魔術を使う事だ。
筋肉を増やそうと思ったらまず運動して筋肉を疲労させる。この疲労から回復する時に僅かずつでも筋肉は増えて行く。魔力も同じで、魔術を使って魔力を消費してから回復するという工程を繰り返して最大値を上昇させることになる。
私の魔術レベルはアバターを作った時のままのレベル1。付けられたから付けただけという放置スキルで、実際のところ対戦で使った事は一度も無く、当然魔力最大値も初期値のままだった。
剣術を学ぶ過程で、自分が身に付けた剣術を実際に使ってみたいと思ったのがCODを始めたそもそもの理由だったから、気功スキルのように直接関わってくるスキルはともかくとして、魔術スキルを伸ばすメリットを感じていなかった。
私は近接戦特化の剣士タイプであることにプライドを持っている。
そんな私が魔術レベルを上げようと決心したのは、学園祭のCOD大会で委員長が使った『加速』が素晴らしかったからだ。
加速魔術と気功スキル・風モードの重ねで実現したスピード。私はその虜になった。
あの速度はまさに新境地。
是非とも加速の魔術を使えるようになりたい。
そう思って調べてみて、加速の魔術がレベル2相当の魔力がないと使えないという事実に突き当たり、急遽魔術レベルを上げることになった。
欲を言えばレベル3か4までは上げたい。
と言うのも加速の対になるようにして『筋力増強』という魔術があるからだ。
名前の通り筋力を増強させるのがこの魔術。
加速と筋力増強を使いこなせれば私の戦闘スタイルは大きく幅を広げられる。両方を同時に使うには3か4の魔力が必要になる。
気功スキルの風モードと土モードは、それぞれスピードやパワーに特化する反面、他のステータスが基本値に戻ってしまう。加速や筋力増強を併用すればこれがある程度改善されるし、当初の目的である加速+風モードのスピード超特化、加えて筋力増強+土モードのパワー超特化も視野に入れている。
これは委員長との再戦で大きな武器になるはずだ。
そんな訳で射爆場に通い詰めている。
魔術を撃って撃って撃ちまくり、レベルアップ。
夢は大きく広がっていた。
……でも、現実はそんなに甘くなかった。
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射爆場は弓道場をベースにして作られている。
シューティングレンジのように個別に仕切られたブースから六十メートルほど先の的場に設置された壁に向けて投射系魔術を撃つスタイルだ。
ここに通うようになってから、他の使用者に出会ったことがない。入り口の所に「使用できるのはレベル4まで!」と注意書きがあって、射爆場は魔術を始めたばかりの入門者用の施設になっていた。
十月の末ともなれば、入学後に魔術を始めた一年生でもとうにレベル4は超えていて、いまさら射爆場に通う生徒はいない。こんな時期に魔術訓練を始めた私の方が異例なのだ。
そんな訳で貸し切り状態だから、空き待ちの必要もなく適当なブースに入る。
的場の壁に向けて右手をかざし、むにゃむにゃと呪文を唱える。つっかえないように注意しながら詠唱を続け、術名でもある結句を気合とともに発声する。
「炎の矢!」
掌から矢の形に成形された炎のエネルギーが射出され、壁の表面で弾けて消えた。
それを五回も繰り返すと、魔力の消耗による酷い脱力感を感じるようになる。海魔迎撃戦の時の沙織がかなりきつそうだったのを思い出す。魔力の消耗による脱力は肉体的な疲労とは別物だった。
ブースから出て射場の隅にある休憩用のベンチに腰掛ける。魔力が回復したらまた炎の矢を撃つ。
これの繰り返しだ。
「魔力低すぎでしょ……」
もう何度目になるのか判らない、そんな自己評価を呟いてしまう。
私が撃った『炎の矢』は投射系攻撃魔術としては初歩中の初歩。消費魔力はそれほど大きくないはずなのに、それを五発も撃てば私の魔力は底を突いてしまう。その度に休憩を挟むことになって、訓練は遅々として進まなかった。
魔術レベル1と一口に言っても、人によって魔力の最大値は異なる。とりあえず魔力があれば、その大小に関わらずレベル1扱いになるけど、私はその中でもかなり低い部類になるようだ。
つまり、レベル2になるために上げなければいけない量は多く、それなのに上昇のペースは遅い。
もちろんそんな簡単にレベルアップできるとも思っていなかったけど、訓練を始めてから撃てるのは五発のまま増えていない。炎の矢一発分の魔力すら増えていないことになる。
いったいいつになったらレベルアップできるのか。
前途は多難だった。
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放課後に射爆場に通い、帰宅してからは剣術の稽古。そんな毎日をしばらく過ごし、ついにその日がやって来た。龍鳳の師範、芳蘭との稽古の日だ。
師匠経由で指定されたのは日曜日の午後一時。時差のある中国では正午ということになる。
師匠から貰ったサーバーのアクセスキーは既に後城先生にも渡してある。その時に携帯番号も交換してあって、直前に確認の連絡もしておいた。
ログイン前にsakuraの装備を変更する。学園祭以後、射爆場通いばかりしていてCODの対戦は一切していなかったから、学園祭の時に着衣データを制服にして防具を外したままになっていた。普段の時代劇風アバターセットに変え、少し早いくらいに時間を見計らってログインする。教えを請う立場だし芳蘭を待たせるわけにはいかない。
エントリースペースでCODのアイコンを選択すると、さらに接続先を指定するメニューが開く。「日本サーバー」「宇美月サーバー」に加えて師匠主催の「FSサーバー」が表示されている。
ちなみに「FS」が何の略なのかは知らない。何かしらの意味があるみたいだけど、それは師匠や師匠の仲間達にとって意味のある事で、部外者の私が詮索するのは憚られた。
FSサーバーを選択するとさらにサブメニューが表示されるけど、そこに表示される三つの項目は文字化けしてしまって読めない。師匠いわくFSサーバーで使われている文字フォントは日本サーバーのシステムを基本にしている私の環境では正常に表示できないそうだ。師匠が普段流暢に日本語を話しているから意識しないけど、もともと外国の人だし、他の人達も海外在住の人が大半だ。いくら日本にサーバーを置いていても日本語ベースにする必要が無かったのだ。
なのでなんと書かれているのかは判らないけど、師匠に言われていたとおりに三番目の項目を選択する。
《******、*********》
タイミング的には《ようこそ、~~へ》と表示されるところだけど、そのシステムメッセージまで文字化けしている。
仮想世界での表示が全部文字化けとなると戦闘中に支障が出ないだろうかと少し不安になる。
いつもの世界が切り替わる感覚が去り、目の前に広がった光景に目を見張ることになった。
以前見た中国時代物の映画に出てきた山中の寺院に雰囲気が似ている。木々に覆われた山の中腹にサッカーコート半分ほどの踏み固められた地面のスペースが確保されている。一方には下山方向に道が、反対側には石造りの平屋の建物があり、建物の間からはさらに山頂方向に続く道が伸びていた。総じて水墨画のような雰囲気の場所だった。
「おおー! ここは龍鳳か! しかもかなり高い場所だぞ!」
背後から聞こえた声に振り向けば、嬉々とした風情の後城先生がいた。
先生の装備は以前見た時とは多少変わっていた。護拳グローブが肘近くまでを覆う手甲に変わっていて、足もブーツと一体化した金属製の臑当てに変更されている。
「後城先生こんにちは」
「おう、こんにちはだ」
「先生はこの場所を知っているんですか?」
「ん? ああ、雑誌やネットの記事で見た程度だけどな」
きょろきょろと辺りを見回している先生は、まるで遊園地に来た子供のようだった。
「龍鳳ってのが流派の名前であると同時に総帥の名であり、本拠地にしている山の名であるのは知っているか?」
「はい、それくらいなら」
「で、ここがその龍鳳って山だ。今となっては巨大過ぎる組織になっちまったが、昔はこの山が修行場だった。山の中にこういった場所がいくつもあって、位が上がるたびに上へ、山頂に近い修行場へと移っていくんだ。あっちを見てみろ」
言われた方向を見てみると、木々の隙間から存外近い距離に山頂が見えた。
まあ、芳蘭は師範なのだから、こういう高い場所の修行場を使うのはおかしくない。場違いなのは部外者である私たちの方だろう。
「おや、お待たせしてしまいましたか?」
「ちょっと遅れちゃったかしらね」
芳蘭と師匠がやって来た。
師匠は以前見たのと変わらない西欧風の衣装。
芳蘭は……名前は知らないけどカンフー映画で女拳士が着ているような服で、大きな扇を持っている。これまた映画からの知識だけど、扇を使って戦うシーンを見たことがあるから、あれが武器みたいだ。
「さて、それじゃあ始めましょうか。せっかく仮想世界にいるんだしスキルあり。後城君と桜ちゃんで組んで芳蘭と二対一でやってもらいましょう」
師匠がそう言うと、後城先生は意外なことにすんなりと受け入れていた。
「いいんですか、先生? 一対一でやりたいんじゃありませんか?」
「まあ、そう思わんと言えば嘘になるが……正直一対一で勝負になるとは端から思っちゃいなかったしな。それに無理を言っているのは俺の方だ。指示には従うさ」
「判りました。足手まといにならないように頑張ります」
「いや、天音なら足手まといってことにはならないだろ。よろしく頼む」
なんだか先生には期待されているみたいだ。
期待されれば裏切らないように努力しなければならない。
「あ、そうだ。大事な事を忘れていたわ」
隅の方に移動しようとしていた師匠が、何を思い出したのか戻ってくる。
「CODは本当にリアルだけど、痛みを感じないのはどうかと思っていたのよ。斬られれば痛い、殴られれば痛い。そういう痛みも上達には必要だと私は思っている」
それは知っている。現実世界での稽古でも怪我をしない程度ではあるけど実際に当てられることがあるし。
「そう言うわけでこのサーバー、設定を変えて痛みも感じるようになってるから気を付けて」
「……ちなみにどんな設定で?」
「六十パーセント。じゃ、二人とも頑張ってね」
今度こそ隅に引っ込む師匠。端にある建物の前、竹製らしいベンチに腰をおろして観戦モードに入る。
後城先生が声を立てずに笑っていた。
それは学校では見たことも無い種類の笑いだった。




