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vs 芳蘭

 普段の後城先生になら「穏やかな巨人」という形容をしても、そんなに的外れじゃない。

 二メートル近い長身と鍛え上げられた全身の筋肉は周囲を圧倒するほどなのに、それをもって生徒たちを威圧することは無い。本人は礼儀を重んじる性質であるのに、2-B生徒の些か礼儀にかける部分を苦笑いを浮かべながらも許容する寛大さも持ち合わせている。教師という立場を偉ぶることもなく自然体でいて、生徒たちにも人気があった。


 そんな先生が、これまで学校では見せた事の無い種類の笑みを浮かべている。

 内に秘めた闘争心がふとしたはずみで零れ出てきたような笑みだ。


 いつもとの落差に、思わずまじまじと見入ってしまった。


「痛覚有りか、うれしいねぇ……おっと、誤解するなよ。俺も痛みを感じないCODの仕様は疑問だったんだ。より実戦に近い戦闘を再現するなら、やはり痛みがないとな。別にマゾとかじゃないからな?」

「概ね同意できる内容なのでマゾとか思いません」

「そ、そうか……」


 少し戸惑ったような返事だった。マゾという単語をさらりと口にしたのは失敗だっただろうか。


「とはいえ六十パーセントは結構痛いはずだ。致命傷を受けなくてもブラックアウトは有り得る。言ってどうなるものでもないが気を付けろよ」


 人間の脳は受け入れがたいほどの強い痛みを感じた時、それらを遮断しようとする。平たく言えば気を失う。ログイン中、プレイヤーの脳波が異常に乱れた場合、システムは強制ログアウトを実行する。身体的な危険に対応するための処置だ。失神などすればまず間違いなくログアウトになる。


 先生の言うとおり相手が龍鳳の師範ともなれば気を付けてどうなるものではないけど、予め心構えをしていればいくらかはましになると思いたい。


「ではそろそろ始めましょう。強化系のスキルがあるなら予め発動して下さい」

「いいんですか? そういった早さも実力の内だと思いますけど」

「それはそうですけど、そこまで突発的な事態はそうそうありません。実戦的にと考えれば実際に接敵する前に準備しておく方が自然です」


 言われてなるほどと思った。現実を想定するなら、いきなり目の前に敵が現れて両者そろってヨーイドンで始まる戦闘なんて有り得ない。芳蘭が言うように予めスキルを発動しておく方がよりリアルだ。

 CODの現状を否定しかねないけど、そう思うのだから仕方ない。


 呼吸のリズムを変える。


《気功スキル(焔)発動》

《気功スキル・モード変更・風:敏捷力上昇》

《止水発動:攻撃予測開始》


 本来ならそのように表示されるべきところだけど、やっぱり文字化けしていた。何をどうすればどうなるのか、スキルや技の効果は熟知しているから今のところ支障は無いけど、ダメージ系の警告表示がこうだと困ったことになる。


 と考えて、その心配は不必要なのだと気付いた。

 今回、というか、このサーバー内に限ってはダメージ警告なんか必要ない。そんな文字情報よりももっと明確にダメージを知らせてくれる情報がここにはある。

 痛みだ。

 痛みがあるならダメージの部位も程度も嫌というほど良く判るはずだ。


 ともあれ速度重視の攻勢で気功スキルを発動。

 芳蘭は確実に格上の相手だしできるだけ動けるようにしておいた方が良い。


 自分の準備をしながら、後城先生もまた呼吸を変化させたのを私は聞き逃さなかった。

 格闘術を使うことから予測していたとおり後城先生も気功スキルを持っている。外見の変化はなくてもステータスが大幅にアップしていることだろう。ただそれがどの程度なのか、そしてどんな技を使うのかは全く判らない。


 一口に気功スキルと言っても色々な系統がある。気の刃という技があるのからも判るように、私が使うのは剣術を始めとして武器を持つのが前提の戦闘スタイルに適した種類の気功スキルだ。先生は当然ながら格闘術向けの気功スキルを使うだろう。


「共闘することになるなら、先生とも一度対戦しておけばよかったです」


 機会があったら対戦しようと約束していたのを思い出す。教師と生徒という関係ではそうそう一緒に遊ぶ機会も無かったせいで実現していなかったけど、一回でも対戦しておけば先生のスキルの方向性も少しは知れていたのにと思う。


「それは今言っても仕方の無いことだ。師範、こちらは準備できました」

「私も準備は終わっています。では始めましょう」


 その会話が開始の合図になった。

 と言うのも、ここは学園祭の時の仮想宇美月学園と同じで、全体が戦闘域に設定されている。マップに入った瞬間から攻撃判定もダメージ判定も存在している状態だったから改めて試合開始の表示が出ることも無い。


「まず俺から行く」


 返事も待たずに先生がするすると前に出て行った。先生と芳蘭では大きな体格差があるけど、扇を持っている分で芳蘭の方が間合いが広い。扇に注意しながら接近した先生は距離を計りながら軽い拳打を連続させた。ボクシングのジャブのように腰の入っていない牽制目的の攻撃だ。

 もっと豪快な攻撃をするかと思っていたから意外だった。芳蘭も同様らしくちょっと表情を変え、次いで先生の拳打を捌きながら扇で反撃を行う。扇は骨が金属製だから畳んだ状態では棍棒と同じだ。強打されれば骨折くらいしそうなそれを、先生は軽快なフットワークで避けている。


 格闘術の上級者同士が密接した間合いで攻防を繰り広げていると、そこに介入するのは難しくなるところだけど、ここでも止水の攻撃予測線が役に立つ。先生とは共闘関係にあるけど、パーティを組んでいるわけではないからシステム上は敵同士。だから先生の拳打や蹴りにも予測線が見え、大雑把ながら先生の次の行動が予測できた。


 さりげなく位置を調整してから神脚で突進。勢いを殺さないで一直線の突きを放った。

 扇で弾かれるけどこれは想定内で、そもそも体重も乗せていなかった。体勢を崩すことなく次手へとつなげ、二人で芳蘭を挟むように攻撃を続ける。


 ところが当たらない。

 風モードで速度特化した私と、それよりは多少劣るけどかなり速い後城先生。二人での連続攻撃を芳蘭は的確に処理してヒットを許さない。死角と思われる角度からの攻撃さえ、まるで予め知っていたかのように対処してくる。


 止水のような攻撃予測系の技を持っている?


 そうであれば死角なんか関係ない。

 脳裏をよぎったそんな考えが私の動きを僅かに鈍らせていた。


「迂闊ですね」


 ぼそりとした声が聞こえた時、私は芳蘭に右手首を掴まれていた。振り払おうとする私自身の力と動きが利用され、あっという間に腕を背中側に捻じり上げられた。


「んぎっ……!」


 手首と肘が人体から聞こえちゃいけないような音をたて、上げかけた悲鳴が途切れるような激痛がやってきた。力の入らなくなった手から刀が落ちて行くけどどうしようもない。


「天音!」


 救出に入ろうとする先生。芳蘭は私を盾にするように前に出した。


「え?」


 目を疑った。先生の右拳から伸びた予測線が私のお腹に刺さっている。大きく踏み込んだ先生はそのまま腰の入った正拳突きを放ち、それは予測通り私のお腹に直撃していた。


「きゃ……あ? あれ?」

「ぐうっ!」


 直撃を受けたのに軽く触れたくらいの感覚しか受けなかった私の悲鳴は疑問の声に変化して、代わりに背後の芳蘭が苦鳴を上げていた。右手を取る手が緩んだすきに脱出した私と入れ代りに先生が追撃をかけるけど、芳蘭は素早く間合いを広げていた。


「まともに入ったと思ったが……ずらされたか?」


 軽く舌打ちした先生は私をちらりと見て目を瞠った。


「おい、その腕……痛くないのか?」


 解放された右腕は肘と手首が有り得ない角度に曲がっていた。


「い、痛いに決まってるじゃないですか! ……って、ああすみません! 怒鳴ったりして」

「いや、いいが……なんか余裕あるか?」

「ありません、余裕なんて。泣きそうなくらい痛いです」


 本当は痛みよりも、開始早々重傷を負ってしまった不甲斐なさに泣きたい気分だった。私なら足手まといにならないだろうと言ってくれた先生の期待を早くも裏切ってしまった。


「とりあえず応急処置します」


 幸いにして手首も肘も関節を外されただけで骨を折られた訳じゃ無かった。気の刃3派生の身体操術を使って関節を元通りに嵌め直せば、痛みも無視できる程度まで和らいだ。刀を拾い上げて軽く振ってみる。ダメージコントロールの影響で違和感はあるけど問題なく動かせた。


「待っていてくれてありがとうございます」

「いえ。こちらもダメージが抜けましたから気にせずどうぞ。ギブアップもあるかと思いましたが存外に。では仕切り直しです」


 翻訳アプリのせいか日本語が少し変だったけど言いたい事は判った。

 失点を取り戻すために今度は私が先行しようと思った矢先、芳蘭の方から仕掛けてきた。神脚以上のスピードで真っ直ぐに私に突っ込んで来て顔面を扇で殴りつけてくる。

 止水の予測で仰け反るようにして避け、攻撃後の隙を突こうと体勢を戻そうとしたところで、まだ目の前に扇があった。いつの間にか芳蘭が扇を開いていたのだ。畳んだ状態と開いた状態では眼前を通過するまでのタイミングがまるで違う。

 そして芳蘭の目的はタイミングずらしだけでは無かった。扇がブラインドになって下方の視界を奪われ、予測線のもたらす冷気に気付いた時には鳩尾を蹴りあげられていた。

 がはっ、と息が詰まって前のめりになる私。畳まれた扇は振り上げられ、私の脳天めがけて打ち下された。


 腹を蹴られて硬直している私に回避する術は無く、迫る扇を見ているしかない。


 不意に横合いからの衝撃を受けて倒れこむことになった。

 衝撃の正体は後城先生の蹴りだった。押し込むような蹴りで倒れた私は芳蘭の扇から逃れることができた。でも代わりに私を蹴った後城先生の足に扇がぶち当たり、耳を塞ぎたくなるような音が聞こえた。

今回主人公は良い所無しです。

芳蘭はシシル師匠と同程度、後城先生も桜より格上。

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