学園祭終了
「先ほどは名乗りませんでしたが、二年B組担任の後城といいます」
「あらあら、たまたま呼び出しを頼んだ相手が桜ちゃんの担任だったなんて」
にこにこと応対する師匠。どうやら私たちの呼び出しを偶然後城先生に頼んでいたらしい。
後城先生と師匠はそのまま担任教師と保護者の会話を始めた。所々に私の名前が出てきて気恥かしい。先生の私に対する評価が概ね良好だったのが幸いだ。そんな話を聞かされた師匠が嬉しそうにしてくれているのが、私にも嬉しい。
「実は自分も格闘術を齧っていまして、畑違いではありますがシシルさんの武勇伝は良く耳にしていました」
話が一区切りついたところで後城先生から意外な言葉が飛び出した。師匠は道場を閉めてしまってからは表立った活動をしていないと聞いている。道場を閉めたのは私の両親が独立した直後くらいだそうだから、もう二十年近くになる。
それほどの期間をおいてなお、そして剣術ではなく格闘術を学んだ後城先生に知られていた。
とんでもない武勇伝がありそうだとは何となく想像していたけど……。
もしかすると私が想像していたのよりも遥かに凄いのかもしれない。
師匠は「あらあらお恥ずかしい」なんて乙女の様に頬を赤らめ、次いでほんの僅かに目を細めた。
「でも謙遜が過ぎませんか? 齧った程度で無いのは見れば判りますよ。ねえ、芳蘭もそう思うでしょう」
「はい。立ち方、歩き方、いずれも熟練者のものです」
頷く芳蘭。
私自身、後城先生はかなりの腕前だと見当を付けていたけど、龍鳳の師範が認めるほどだからやっぱり凄いらしい。
褒められた後城先生は照れくさそうにしながらも「やはり芳蘭師範でしたか」と言っている。師匠が呼び出しを頼んだ時に、一緒にいた芳蘭の顔を見て「もしかして」と思っていたそうだ。
ここで声を掛けてきたのもそれが理由で、もともと芳蘭目当てだったらしい。
「図々しいのは承知ですが、こんな機会は二度と無い。是非一手御教授願いたい」
芳蘭の目がすうっと細まった。改めて実力を計ろうとするかのように後城先生を見ている。
「私が龍鳳の師範と知った上での申し出とあればその気概には応えなくてはなりません」
「おお! それでは」
「とは言え私の時間も限られています。立場上おいそれと自由に動けない面もありまして……シシル様、彼に私たちのサーバーに来てもらうのは問題ないでしょうか? 桜の鍛錬と同時進行でなら時間が取れそうなのですが」
「そう言うことなら構わないわよ」
師匠が鷹揚に頷き、私が稽古を付けてもらう時に先生も同行することに決まった。
時間が余り取れないと言ってたのは本当のようで、ある程度の段取りが決まると芳蘭はいそいそとログアウトしていった。
それを機に師匠とミアもログアウトする。去り際にミアが「またね~」と手を振って来た。師匠主催の例のサーバーに入るようになればまた会う機会もあるだろう。
「すまんな。便乗するような事になっちまった」
師匠達を見送った後、後城先生が申し訳なさそうに言ってきた。
世界一の格闘術流派である龍鳳の師範に稽古を付けてもらえるとなれば、それは格闘術を学んでいる人からすれば途轍もなく価値のある事だろう。後城先生としては私が手にした幸運に乗っかったようで気が引けているみたいだ。
でも私としては後城先生の同行は有難かったりする。
私の専門はあくまでも剣術。格闘術はあくまでも剣術の補助として学ぶ程度で、そこに龍鳳の師範が出てくるなんて明らかにオーバースペックだ。『鼠を殺すのに大砲を持ち出す』という例えがある。私を鍛える為に芳蘭が出てくるというのは、用法は違ってもそれに近い。
だから格闘術を専門にしていて、しかも芳蘭も認める熟練者である先生が来てくれた方が、当の芳蘭にとっても有意義な時間になると思えた。
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ログアウトして接続室で目を覚ます。
ヘッドギアを外し、時間を確認しようと携帯電話を取り出したら着信アリの表示が。
「うわ、なにこれ」
着信履歴を見て声を上げてしまう。成美を含めたクラスの数人から五分おきくらいに繰り返し着信している。
一体何事だろうと、とりあえず一番新しい履歴に折り返そうとしたら、丁度成美からの着信があった。即座に通話状態にする。
「ど……」
「良かった、つながったー! 桜ー! 助けてー!」
「(着信がたくさんあったけど)どうしたの?」と言う暇さえ無かった。通話が始まると同時に成美の悲鳴のような声が聞こえる。
「な、何事なの!?」
「すぐこっちに来てー! もう……もう……あっ!」
プツリと通話が切れてしまった。
私は大急ぎで学食棟のメイド喫茶に向かった。良い意味でいつもマイペースな成美の、あれほどに切羽詰まった声は初めて聞いた。メイド喫茶でいったい何が起こったのか。
学園祭の混雑を縫って走り、学食棟メイド喫茶のスペースに辿りついた私を迎えたのは、再度の「本物来たー!」という歓声と、縋りつくようなクラスメイト達の視線。
「桜ー! どこに行ってたのよ、もー!」
テーブルの間をすり抜けるように成美が駆けてくる。
成美は「こっちこっち。速く!」と調理スペースへと私を引っ張っていく。
「な、なんなの? どうしたっていうのよ?」
「桜達のお陰で予想以上に繁盛しちゃって、もうお菓子が無くなりそうなの。だから作って!」
連れて行かれた調理スペースではクラスの女子が何人かエプロンを付けてお菓子作りに従事しているけど、どうにも余り効率良く動けていない。
そんな風に見えるのも、師匠やライアに混じって台所に入っていた私の料理スキルは同年代女子に比べればかなり高い部類に入るからだ。
「しょーがないっ! エプロン貸して! 作りまくるわよ!」
制服の袖をまくって宣言すると、調理スペースから「これで何とかなる」という歓声が上がり、それは判るのだけど、何故か客席からも歓声が上がった。
なんで? と思ったら「天音先輩の手づくりが食えるぞ!」とか「予約! 天音さんの作るやつ予約させて!」とか聞こえてきた。
成美が「あちゃー」と額に手を当てて天を仰いでいた。
「今話題の桜が作るとなったら欲しがる人は多いかー。これは逆効果だったかなー」
「……今さら遅いわよ。どうするのこれ」
カウンター越しに見る客席は変にテンションが上がっている。今さら「やっぱりやめときます」とは到底言えない。
もう宣言通りに作りまくるしか道は無かった。
全速力で手を動かしつつ、ふと思う。
――そう言えばここ、水無瀬君が爆死した場所だな。
まあ現実逃避だけど。
仮想世界で委員長が魔術攻撃できたように、調理スペースは客席側から丸見えになっている。意識し過ぎかもしれないけど、お客さんの視線が集中しているような気がして落ち着かない。目立つのが苦手な私としては現実逃避でもしていないと精神的にきついのだ。
ほとんど無我の境地で作業していたら、再び客席から歓声があがった。今度のは私に対してではなく、新たに入店してお客さんに対してだった。
やって来たのは森上君と水無瀬君の1-Cコンビ。
客席のあちこちから森上君を讃える声が上がっている。
ここでも森上君はヒーローだった。
「現実世界では初めましてです!」
カウンター越しにお辞儀をしてくる森上君。仮想世界ではさんざん残念な言動を繰り返してきた森上君だけど、基本的には武道系の礼儀正しさを持ち合わせている。
隣に立っている水無瀬君は調理スペースを覗き込んで微妙な顔をしている。やっぱり自分が死んだ場所だけあって居心地が悪いみたいだ。
「またメイド服を見に来たのなら残念ね。こっちでは私が着れるサイズはないのよ」
一応の返礼をしてから釘を刺しておく。
「確かに残念っすが、制服にエプロン……これはこれで良いっす!」
普通の男子なら思ったとしても口にするのは思いとどまる様なセリフを、相変わらずの体育会的大音声で述べる森上君。一瞬しんと静まり返った客席が、次の瞬間にはこれまで以上の声援で湧きかえった。
「良く言ったぞ森上!」
「さすがだ! お前には勝てねえぜ!」
ますますヒーロー化に拍車がかかっている。
なにかをやり遂げたような満足した表情の森上君の隣では水無瀬君が小さくなっている。騒がしくてよく聞こえないけど「すみません、こいつバカなんです」的なことを言って頭を下げてくれた。
水無瀬君は森上君と違って普通の男子みたいだ。こういう子がいてくれるとほっとする。
「やあやあ森上君。君の活躍には私たちも感謝しているよ。さあこっちに座りなさい」
笑顔でやって来た成美がなんだかお姉さんぶった口調で森上君を席に誘導する。お姉さんぶってみても森上君の方がずっと背が高いから、見た目には年下の子が背伸びしているようにしか見えない。
動くたびに揺れる成美の胸に森上君の視線は釘付けだ。思わず目が行ってしまうのは仕方の無い事だけど、恥ずかしそうに視線を反らせている水無瀬君を見習ってほしい。
「き、霧嶋先輩! やっぱりメイド服良いっす!」
「だよねー。メイド服良いよねー。桜が着てたメイド服のデータ、私が作ったんだよー」
「おおー! あれは素晴らしかったっす! 霧嶋先輩、尊敬するっす!」
なんだか意気投合しそうな二人。しかも相変わらず森上君の視線は成美の胸に向いている。
いくらなんでも見過ぎだ。
これは少し懲らしめる必要があるか?
なんて思っていたら森上君が恐る恐る振り向いてきた。
「せ、先輩? なんだか殺気を感じるんですが……」
「さあ? なんのことかしら。気のせいじゃないの?」
「そ、そうっすかね……」
にこやかに答えてあげたら森上君は大人しく席に着いた。水無瀬君がまた申し訳なさそうに頭を下げている。
水無瀬君は悪くないんだから、そんなに謝る事は無いのに。
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結局、その後は調理スペースに籠ったままクラス展示の終了時刻を迎えた。
COD大会とお菓子作りで学園祭が終わってしまったとがっくりしていたら、フロアから成美が手招きしてきた。
「桜ー、片づけは良いからこっち来てー」
周りの女子も「ここは良いから」と言うのでエプロンを外してフロアに出ると、成美が席の一つにエスコートしてくれた。
クッキー(私が作ったやつだ)と紅茶がテーブルに並べられる。
「桜は今日頑張ったもんねー。後はゆっくりしててー」
「えっと、いいのかな?」
「いいよねー、みんなー」
一人でくつろいでいるのもどうかと思ったけど、「そうそう、天音さんはもう休んでて」と笑顔で言われては断るのも逆に悪い。有難く椅子に腰かけるとどっと疲れが出た。嵐のようなお菓子作りで大分消耗していたみたいだ。
紅茶を飲みながらまだまだ元気に動き回っている成美や他のクラスメイトを眺める。
そして思った。
自分で着るのは勘弁だけど、見ている分にはメイド服は良いものだ、と。




