特異な体質?
「それで実際のところどうでしょう? 本人に直接は言いにくいかもしれませんけど」
「そうですね……」
芳蘭は少し首を傾げて考えている。
今日のCOD大会をとおして私の技量や人となりを把握したと言っていたけど、一体どんな評価をされているのかが気になって仕方ない。なにしろ今日の私は自分でも破廉恥と思える行動を連発している。
そもそもが少し動けばすぐにぱんつが見えてしまうようなメイド服姿だし、沙織の防具を壊してモザイクを発生させた上で(絵面的には)思いっきり胸を揉んでいるし、黒間先輩との戦いでは煽情的なポーズを取り続ける羽目になった。
……最悪だ、これ。
自分で言っちゃうのもなんだけど、それら一連の行動から人となりを判断するなら、それはもうかなり低い評価になるだろう。
「そうですね……」と言ったきり芳蘭が考え込んでいるのも、そんな評価を本人にそのまま伝えるのを躊躇っているからに違いない。
「覚悟はできてますので、忌憚の無い所をどうぞ」
「そこまで構える必要は無いと思いますけど……まず窮地に陥った友人を助けるために尽力した点ですが、これが実戦であれば論外ですが単なるイベントであることを踏まえればその姿勢には好感が持てます」
あれ? 意外に良い評価?
「最終局面で不動を貫いた点も忍耐の高さを示していると考えます。全体を通して見た場合、多少状況判断の甘さも見受けられましたが概ねベストに近い選択をしていましたし、個々の戦闘の組み立ても申し分なかったと判断します」
「あ、ありがとうございます!」
意外に良いどころじゃない。高評価過ぎて逆に申し訳ない気持ちにすらなってくる。
「芳蘭がそこまで褒めるなんて珍しいね。シシルちゃんに遠慮してる?」
「いえ、思ったままの評価です。どうでしょうシシル様にも同意して頂けると思いますが」
にまにまと笑いながらミアが言い、芳蘭が淡々と返す。ちょっとびっくりしたのが師匠に対してはミアが「ちゃん」付けで芳蘭が「様」付けしている事。
芳蘭の方は翻訳アプリの加減で「様」になっているだけかも知れないけど、何かしらの敬称を付けているのは確実。
ミアにちゃん付けで呼ばれた師匠はそれが当然の事のように受け止めている。歳はかなり離れているはずなのに随分と親密な間柄みたいだ。
「そうね。師匠としての欲目もあるかもしれないけど、芳蘭の評価は的確だと思う」
おお! 師匠の同意も出た。一時はどうなるかと思ったけど、師匠も芳蘭もメイド服その他の表面的な部分ではなく、私の行動を正当に評価してくれたみたいだ。
内心でほっと胸を撫で下ろす。
「ああ、良かった。色々と恥ずかしい所もありましたし、どんな酷評をされるか気が気じゃ無かったんです」
「それは……」
芳蘭に目を逸らされてしまった。なんだか芳蘭の頬が紅潮している。
「なんと言うか、趣味嗜好はそれぞれですから。個人的には少々ふしだら過ぎると思いますが、そこは格闘術を学ぶ事とは無関係ですし」
「そこがちょっと不思議なのよね。普段はあんなにガードが固いのに、どうして今日はあんなにエロかったのかしら」
安心するのは速過ぎた。剣術家としての評価とは全くの別枠でエロ認定されていた。
「師匠! 誓って自分からエロくしようなんて考えてませんでした! そこは信じてください!」
「もちろん私は桜ちゃんを信じているわよ。桜ちゃんは真面目な娘だもの、狙ってやったなんて思ってないから安心して」
冗談抜きで師匠が菩薩のように思えた瞬間だった。
エロとはちょっと違うのかもしれないけど、事あるごとに胸ネタを振ってくる普段の師匠からは想像できない。やっぱり師匠と弟子の間柄として、第三者がいる場面では私の味方をしてくれたことが嬉しい。
「ふふーん? あれってわざとじゃなかったんだ?」
笑みを深くしたミアが言ってきた。面白いおもちゃを見つけた子供みたいな雰囲気をしている。
「もちろんわざとじゃありませんでしたが、それが何か?」
「やだなあ、そんなに睨まないでよ。ちょっと思っただけ。狙ったわけでもないのにあそこまでやっちゃうとなると、桜ちゃんはエロハプニング体質かもしれないなって」
「エロ……ハプニング体質っ!? なんですかそれは!?」
「本人にその気があるわけじゃないのに、何でかエロい展開になってしまうという……見てる分にはとっても面白い体質」
「いやいやまさか、体質でそんなことになるなんて」
これは冗談に決まっている。体質でそうなるというならこれまでにもそういう事例が無ければおかしい。そんな簡単に体質が変わるなんて有り得ないんだから。
この大会を除けばエロい展開になった事なんて無……くもない?
いや、結構あるか?
でもそれは全部最近に集中している。少なくとも転入前にはエロい出来事なんて無かったはずだ。
「なにかきっかけがあったんじゃないかな? そこから連鎖的に開花したのかも?」
「きっかけですか?」
言われて思い出してみる。
今日の大会、海魔迎撃戦に前後する海やお風呂でのあれこれ、闘技場で級友の脱衣データを目撃したり……うん、ほぼ成美が絡んでくる。
成美が絡んでくるのは確かだけど、そもそも成美を意識するようになったのは彼女の胸が理由で、さらに言えば私が女子の胸を意識するようになったのは師匠の影響。
引越しの初日にあった師匠とのやりとりが全ての始まりだった。
「きっかけと言うなら師匠のような?」
「え? 私?」
「『なかなか良いものをお持ちですね』でしたっけ?」
両手を胸の高さでわきわきさせて、思い出せる限り師匠の口調を真似てみた。
師匠は「ああ!」と手を打ち、ミアは「おお、シシルちゃんまさか!?」と目を輝かせ、芳蘭は「まさかシシル様、弟子に手を出したのですか?」と驚いている。
「うーん、それが本当なら面白……じゃなくて申し訳ないことをしちゃったかしら」
師匠が表情を曇らせている。何か良からぬことを言おうとしていたし、本当に申し訳ないと思っているのかは怪しい所だけど。
とは言え、弟子としては師匠にそんな顔をさせておいて知らんぷりはできない。
「すみません、師匠。冗談ですから忘れてください」
師匠は「あら、そう?」とにこにこ笑顔に戻った。やっぱりあまり真剣には考えてなかったみたいだ。そんな私たちを余所に、これまで聞き役に徹していた芳蘭が首を傾げている。
「そもそも本当にそんな体質があるんですか? 私は聞いたことがありませんけど」
「本当かどうかは判らないかな。都市伝説みたいなものだし」
ミアは「にゃはは」と笑っている。
ここまで引っ張っておいてそりゃないよーと思ったら、芳蘭が予備動作無しでミアを殴っていた。いや、ミアは顔の前にかざした手の平で芳蘭の拳を受け止めていた。
いきなりグーで顔面殴ろうとするとか、芳蘭は見かけに寄らずバイオレンスな性格みたいだ。動体視力には自信のある私が結果しか見ることのできないスピードも凄い。流石は名だたる『龍鳳』で師範を務めている実力者。
その拳をギリギリとはいえ受け止めたミアは何者なのかとも思う。鍛冶職人(?)なのは聞いているけど、最近の職人は格闘術の心得もあるのだろうか。
「********! ****! *****!」《翻訳不能》
「*****、*******。」《翻訳不能》
そして始まった芳蘭とミアの言い合い。実行中の翻訳アプリが《翻訳不能》のエラーメッセージを赤く点滅させている。早口過ぎて芳蘭の使っている言葉が中国語なのかも判らない。ミアも同じような発音の言葉を喋っているけど、翻訳アプリが翻訳できない言葉って? もしかして放送禁止用語みたいに出力できないような凄い単語が応酬されているのか。
「はいはい、二人ともそこまで。桜ちゃんがどん引きしてるわよ」
ぱんぱんと手を叩いて二人を鎮める師匠。はっと我に返った芳蘭が悄然と椅子に座り直した。
「も、申し訳ありません。このバカ猫がまた人心を惑わすような戯言を申したものですから、ついかっとなりまして……」
「落ち着いて。翻訳がおかしなことになってるわよ」
ますます身を縮める芳蘭。可哀そうだけどなんだか可愛い。
そしてそんな様子を相変わらずにまにま笑いながら見ているミア。どうやら場を引っ掻きまわして面白くしようとするタイプの人みたいだ。芳蘭が「バカ猫」と言ったのも、そんなミアの性格に対してなのかと思えた。
悪い人じゃないんだろうけど、弄られる側には回りたくないものだ。
「まあ、話を戻しましょう。桜ちゃんがエロ体質かどうかは確かめようもないんだし」
「ハプニング! エロハプニング体質です!」
「意外と細かいこと気にするわね」
「細かく無いです。大違いですから!」
さらっと流そうとする師匠に慌てて訂正を入れる私。エロ体質とエロハプニング体質じゃあ全然意味合いが違ってくる。エロ体質って、それ女子高生に備わってたら色々な意味でまず過ぎる要素だ。
「それはそれとして、芳蘭の指導は私たちのサーバーでやることになるから。アクセスキーは後で渡すとして週に一回くらいを予定しているわ」
さらに流して話を進める師匠。
うん、もう諦めよう。
「でも芳蘭は本当に良いんですか? 龍鳳の師範ともなれば忙しいんじゃないかと思いますけど」
「忙しいのは事実ですがシシル様の頼みとあれば」
きっぱりと言い切られてしまった。
そう言えば師匠が直接話を持っていったのは芳蘭の師匠にあたる人だそうで、その人が派遣を決めたというし、そうとなれば芳蘭としても断れないのだろう。
ところで師範の芳蘭よりさらに上の立場の人っていうと……。
なんというか師匠の人脈の広さというか深さは私の想像できる域を超えている。
これほどの人達が動いてくれるとなれば、私の側から断るなんてできない。たとえとんでもないスパルタ指導が待っていようとも。
もう腹を括って「よろしくお願いします」と言うしかなかった。
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とりあえず話がまとまって、師匠達が席を立つ。
委員長や黒間先輩と話している人達に軽く挨拶して帰ろうとしたところで。
「申し訳ありませんが少々時間を頂きたい」
と声がかかった。
「後城先生?」
声の主は、何かを決意したような表情の後城先生だった。




