強制ログアウト
沙織の胸を撃ったのは炎の矢に見えて、その実炎をまとった矢だった。
矢は胸を守る金属の補強パーツに当たって刺さりはしなかったけど、炎のエネルギーが真紅のエフェクトを撒き散らしていた。
「うわ! 熱っ!」
沙織が悲鳴を上げる。
痛覚は再現されない仮想世界でも温度は感じる。熱過ぎたり冷た過ぎたりすれば痛みを感じることになるから、感じられる温度には上限と下限が設定されている。沙織が感じているのも『現実世界でも火傷をしない程度の熱さ』になっているはずだ。
そのおかげで「熱っ!」で済んでいるけど、ダメージ算定上はもっと深刻なことになっているはずだった。
「沙織、まだ来る!」
再び発生した予測線。沙織が掲げた盾に再び飛来した矢が激突して炎を撒き散らす。一般的な魔術攻撃に比べて明らかにエフェクトが派手だ。
――これは森上君ね。なるほど委員長の言っていたとおり……
攻撃魔術を構成する要素のうち『推進力』を弓に依存することで攻撃力を強化するという森上君。委員長が気にしていただけのことはあった。
「あ、あれ? なんで継続ダメージ!?」
沙織が上げた声に視線を向けると矢が当たった部位で赤いエフェクトが連続している。彩度の異なる二種類のエフェクトが交互に現れているのは、防具の耐久力に対するダメージと、沙織自身に対するダメージが発生している証拠だ。
沙織が慌てて胸元を抑えると、触れた手の方にもダメージが発生する。
そんな様子から閃いたことがあった。
「沙織! 火属性の攻撃で金属パーツが熱せられてるんじゃない!?」
炎の矢が直撃したのは金属部分だった。矢の熱量によって金属が赤熱状態になり、肌を焼き続けているに違いない。
「だとしてもこれじゃあ!」
金属部分を外せば追加ダメージは防げるだろうけど、触れれば手にダメージが入るし、もとより防具のパーツがそう簡単に外れるわけがない。
「沙織! 体重消して!」
沙織の腕を掴んで引っ張る。即座に対応してくれたようで抵抗はほとんど感じない。
そのまま風モードのスピードで、先ほど自販機が開けた穴から職員棟に飛び込んだ。
盾を外してもらって破砕孔を塞ぐ。森上君の攻撃力なら周囲の壁を崩してくるくらいはできるだろうけど時間稼ぎになれば良い。
「で、こっち向いて立って。そこだけ斬るから」
「まさか、防具を壊すつもり!?」
「それしか手は無いでしょ!」
バトルロイヤルの最中だ。沙織が継続ダメージで死に戻りするのを待っても良い場面だし、その方が効率的なのは確かだ。でも沙織との勝負を第三者の攻撃で終わらせるのは、なんと言うか面白くない。
沙織の防具は既にかなりのダメージを蓄積している。あと少しの攻撃を加えれば耐久力が尽きて壊れるだろう。そうすれば熱の継続ダメージからも解放されるはずだ。
「いや、ちょ、待って!」
何故か慌てた様子の沙織に構わず黒刀を一閃させる。沙織は避けようとしたようだけど私の方が速い。刃は狙った通りに、沙織の体には傷を付けないように防具部分だけを斬っていた。
斬線のエフェクトとともに、耐久力の尽きた胸パーツが破壊エフェクトを撒き散らしながら消滅した。
一瞬だけそこに肌色が見え、次の瞬間にはモザイクが現れていた。
「へ……ええ!? なんでモザイク!?」
「なにしてくれるのよ!? だから待ってって言ったのに!」
顔を真っ赤にして胸を隠す沙織。
その眼前に毒々しい赤地に黒い文字のウィンドウが出現していた。半透明だから裏からでも大体の内容は読める。
《警告! あなたは倫理コードに抵触しています!》
《早急に抵触行為を停止してください》
《抵触行為が停止されない場合、宇美月サーバーローカルルールにより強制ログアウトします》
そんな文面の後ろにカウントダウンが表示されていた。《15》からスタートして一秒ごとに数を減らしていく。
「防具の下は裸って、沙織の方が破廉恥じゃないの!」
「違っ! ツナギにマッチする着衣データが無くて……!」
着衣データと防具データには種類によって組み合わせのできない物がある。
簡単に言えば『着衣データの上から防具データを着ける』というルールに合致しない組み合わせだ。例えば宇美月学園生ならみんなが持っている制服に皮ツナギは着られない。下になる制服の方が見た目の体積が大きいからだ。
例外はサラシのように最初から着衣の下に付けるのが前提の防具だけだ。
だったら。
「私みたいにサラシで良いじゃない!」
「この胸をさらに潰せって? 鬼かあんたは! って、ああ! カウントダウンが!」
言い合っているうちにカウントダウンはどんどん進んでいる。このままでは沙織が強制ログアウト、つまりは失格になってしまう。
「と、とにかく完全に隠せば何とかなるんじゃ?」
「ぎゃああああ! あんたは何をしてる!?」
沙織がはしたない悲鳴を上げる。
なにって、モザイクの原因になっている部分を隠してあげてるんじゃないか。両手を使って。
両の掌に確かな弾力が伝わってくる。
うんうん大丈夫だよ、沙織。そんなに卑下しなくてもちゃんと柔らかいから。
《警告! あなたはハラスメントコードに抵触しています!》
《早急にハラスメント行為を停止してください》
《ハラスメント行為が停止されない場合強制ログアウトします》
突然開いたのは黄色い背景に黒い文字の警告ウィンドウだった。
「ハラスメントって何で!?」
「何でじゃない! 人の胸揉みながらとぼけるな!」
拳骨で殴られた。しかもウェイトコントロールの効果付きで。
脳天でゴスッと鈍い音がして、目の前に星の形のダメージエフェクトが出た。
たまに漫画的な効果が出るのがCODの侮れないところだった。
「酷いよ沙織! 私は沙織の為を思って……!」
「それはありがとう。でも手をわきわきさせながら言っても説得力無いからね!」
叫ぶと同時、ついにカウントは《00》になった。
「しまった!」という表情のまま動きを止めた沙織がエフェクトも無しに消え去る。強制ログアウトが実行されたのだ。
「あー……」
行き場を失くした両手をもう一度わきわきさせる。
これは……結果的には私の攻撃が沙織を退場させたことになるのだろうか。
だとすれば自分の手で沙織との勝負を着けるという目的は達したことになるけど、どうも釈然としない。
それにしても胸を触ったくらいで警告が出るなんて不思議だ。
成美の胸は結構触っているけど、今までは警告なんて出なかったし、迎撃戦の予行演習の時に石津君にお呪いをして上げた時にも警告なんて無かった。
もしかすると「触る・触られる」は駄目で「触らされる・触らせる」は大丈夫?
けっこうザルな気がする、ハラスメントコード。
「とにかく森上君をどうにかしないと委員長と合流できないかな」
森上君の弓術と魔術の複合攻撃はとても厄介に思える。弓を使用して攻撃力を高めているのはもちろんだけど、単純に射手としてのレベルが高い。
沙織の胸を直撃した初弾。金属パーツに当たってせいで一撃死はしなかったけど、あのパーツは心臓の部分を守るための物だった。つまり森上君は正確に左胸を狙い、狙いが正確だったが故にパーツに当たり、沙織は即死を免れたということになる。
そして沙織を先に狙ったところにも森上君の自信と周到さを感じる。
夏休み前の委員長との試合で、投射系魔術に対する私の回避力と迎撃力は学内に知れ渡っている。そんな私と沙織がいて、不意打ちで片づけるならどちらを選ぶかと言う場面で、森上君は沙織を優先的に攻撃していた。これは正面からやり合った場合には盾持ちの沙織の方が手強いと判断したからに違いない。
破砕孔から外の様子を窺って見る。
沙織が撃たれた時の予測線の角度からして、森上君はどこかの建物の二階より上の階にいるはずだ。せめてどこにいるのか判らないと手の打ちようが無い。
ここは誘ってみるか。
直接森上君を視認でき無くても、予測線を延長すれば大体の位置は掴めるはずだ。
そう思い、どちらから射られても即応できるように構えながら職員棟を出る。
路上に身を晒した途端に予測線が来た。
「あれ? これはどういうことかしら?」
思わず首を傾げたくなった。
私を狙う予測線は三本、ばらばらの方向から伸びて来ていた。




