vs 森上君
予測線から身を避けた直後、三方向から飛来した矢が地面に突き刺さった。刺さった周囲で地面が拳大に抉られている。
三方向とも矢だった。
複数個所からの予測線を見て他の選手がやって来たのかと思っていた。沙織の登場からは防火扉や自販機でかなり大きな音をたてていたから、それを聞きつけて他の選手が寄って来てもおかしくない。バトルロイヤルだから他の選手同士の戦闘に横から介入して漁夫の利を得るのもありだ。
でも攻撃は全て矢だった。
闘技場での選手紹介を思い出しても森上君以外に弓矢を使う選手はいなかったから、何かしらの方法で三方からの同時攻撃を行ったことになる。こうなると予測線を頼りに位置を探るのも難しい。
さてどうしたものだろうか、と思っていたら。
「さすがですね天音先輩! まさかあれを避けられるとは思いませんっした!」
なんと自分から姿を現してきた。
職員棟に隣接する特殊教室棟の外壁に張り付いている外階段。その三階の部分の踊り場に立っていた。
Tシャツに森林迷彩柄のズボンというどこぞの軍隊の訓練施設にいそうな着衣データ。左腕から左胸にかけてを皮革製らしい防具で覆い、右腰に矢のぎっしり詰まった矢筒を提げている。左手にはもちろん弓。
「高い所から失礼しまっす! 自分、一年C組の森上真です!」
体育会系っぽい独特なテンションの自己紹介とともに、武道系らしく礼儀正しく一礼。
「夏休み前の先輩の試合拝見したっす! 遠近の違いはあっても同じ武術ベース。今後ともよろしくお願いしまっす!」
「二年B組の天音桜」
警戒心から素っ気ないものになってしまったけど、一応礼は返しておく。
それにしてもまさか自分から姿を晒してくるとは意外を通り越して森上君の正気を疑いたくなってくる。先刻の自位置を悟らせない狙撃の腕なら、そのまま身を隠して戦い続けるべきだ。
「出てきたのは余裕なのかしら? スナイプに徹した方が有利でしょうに」
「余裕なんてとんでも無いっす! これはっすね、やはり一度は正面から見ておきたいという心の声に従った結果っす!」
「……ちなみに何を正面から見ておきたいと?」
「メイド服っす! ああ、いやいや自分別にメイド服フェチとかじゃないっすよ! 見たかったのはメイド服を着た天音先輩っす! 前の試合とのギャップがたまらないっす!」
どうやら森上君は東原君の同類だったらしい。
凄腕の弓使いと聞いてもっと凛とした男子を想像していたのだけど……。
なんだか色々と残念な子みたいだ。
とはいえ森上君の嗜好と今の状況は関係ない。
見える場所に出て来てくれたのは有難いけど、三階分の高低差は私にとって距離以上の障害になる。攻撃を避けながら接近したとしても、外階段を登れば建物の中から逃げられるし、建物の中から行けば外階段からそのまま逃げられる。
これは当然ながら森上君がきちんと考えた上での位置取りだろう。
事前に行った委員長達との下見でも、遠距離攻撃主体の選手が有利に立ち回れる場所が話題になっていた。いくつかの場所であれば逆手に取っての追いこみも可能だけど、あいにくと森上君がいる場所ではそれもできない。
言動が残念だろうと、押さえるべきところはきっちりと押さえていた。
ここは無理に攻めるべきじゃない。
一度退いて委員長との合流を優先するべきだ。
じりじりと後退する。
「先輩、まさか逃げるっすか!?」
私の後退の意図を察した森上君が「信じられないっす!」とばかりに言ってくる。
「ええ! 全力で逃げさせてもらう!」
「戦略的撤退とか言わないんすか!?」
「言い繕ってもやることは変わらないからね!」
「おおう、さすが天音先輩! 潔いっす! でも逃がさないっすよ!」
流れるような動作で弓に矢を番える森上君。矢の先端から三本の予測線が発生している。
これは森上君が三連射を行う確たる意思を持っていることを示していて、けして矢が三本に分裂するとかではない。
以前、師匠とCODで試合した時にもこれと似たような事があった。気功スキル『止水』は攻撃側の意思を読み取っているらしく、実際に動作を起こす前に予測線が描き出されたりする。
こちらの移動に従がって予測線も追ってくるのは『私の後退に合わせて照準を調整しながら射る』という森上君の意思を反映していると思われる。
一射目が放たれた。即座に二射目。
射てから矢を取り番えて弓を引く動作が速い。
一瞬の遅滞もなくスムーズだった。
二本の矢は紫電をまとっている。詳細は判らないけど雷属性の魔術が付与されているのは確実で、これを斬り払うのは危険だった。黒刀の素材がどの程度雷撃を伝導するのか試したことはない。斬り払った瞬間に放電されたら危険だ。
森上君が三射目を引き絞るのを視界に収めつつ、バックステップ気味に回避行動に移った。
三射目が放たれ、これで予測線は全て確定した。
後退しながら一射目を避け、二射目を避けようとした時、ゾクリと悪寒が走った。止水の効果で感じる冷気ではなく、私自身の生存本能が強く危険を訴えている。
無理矢理体を捻り、心臓狙いの三射目の予測線から体を外す。
ほぼ同時に予測線上を視認できないほどのスピードで三射目の矢が通り過ぎた。
完全には避けきれず、皮の胸当てに一直線の斬撃エフェクトが灯っていた。
まだ終わりじゃない。三射目に追い越された形の二射目がもう目前に迫っている。
無理に三射目を避けて崩れた体勢ではこれ以上の回避はできず、体を捻った拍子に右手が後ろ側に回っていて放電覚悟の斬り払いも不可能。
咄嗟に左手を矢に向けてかざした。
今こそ新技を使う時だ。
《気の刃3発動:武器形成可能》
左手が青白い光に包まれ、その光は収束して私自身のよりも一回り大きな手の形で固定された。気の刃3の効果で左手を実体化した気で包み込んだのだ。
これが気の刃3を習得してから試した事。
黒刀は耐久力が高いから折れることはまずなく、気の刃3を使う必要性が無い。そこで左手を覆う形で実体化させる使い方を思いついた。大きくてごつごつした外見になるので『鬼の手』と命名したそれは、気が実体化した物だから物理・非物理両方の攻撃力を備えている。
矢を受けた鬼の手は矢その物も雷撃もどちらも完全に防いでくれていた。
ゲージ消費の激しい気の刃3は即座に解除して、後はもう一目散に駈け出した。
特殊教室棟の建物の角を曲がって完全に森上君の視界から逃れる。
ほっと、息を吐いたところで、建物の角を曲がって予測線が伸びてきた。が、予測線は私に当たる軌道を描いていず、飛んできた矢も離れた場所の地面に刺さっていた。
念のために移動を続けながら委員長を呼び出した。
「タマちゃん! ちょっと聞いてよ!」
「だからタマちゃんて言わないで!」
「森上君の矢が凄いスピードで飛んできたんだけど、どういうことか判る!?」
「私の抗議スルー!?」
委員長にさっきの森上君の攻撃を簡単に説明する。三連射してきたこと自体は森上君の射手としての技量の高さを示しているだけだから、感心はしても不思議に思うことじゃない。問題なのは三射目の矢だけが異様に高速で飛んできた事だ。
普段速度重視の戦い方をしている私は、当然ながら目も鍛えられている。そんな私にすら視認が困難なスピードだった。
「……逆をやってるわね」
「逆?」
少しだけ考えてから返って来た来た答えに、さらに問い返す。委員長の方では何か明確な答えが出ているようだけど、主語を省かれると私には何の逆なのかが判らない。
「攻撃魔術の構成要素、推進力と攻撃力の話は憶えている?」
「推進力を弓に頼って攻撃力をアップでしょ? さっきまでそれやられてた」
「だからその逆。矢に付与したのが攻撃力じゃなくて推進力だったんでしょうね」
「それであのスピードが……」
魔術スキルの効果を高めるために弓術スキルを使っている、というのがこれまでの認識だったけど、これは本当に逆で、弓術スキルを強化するために魔術スキルが使われている。剣術スキルを気功スキルで強化している私のスタイルに近い感じだ。
「そうすると矢が途中で曲がるのも、それの応用なのか」
「曲がる? うん、推進力には方向転換とかもあるから不可能じゃないわね」
最初の三方向からの攻撃も、別々の方向に射た矢に方向転換を付与していたらしい。着弾時の攻撃力が低めだったのも、そっちに魔力を振り分けていたからか。
判ってしまえば単純なことだけど、これは相当にやり難い。例えば遮蔽物の後ろに隠れても曲折軌道で狙われてしまうことになる。
「とにかく私もそっちに着くから合流しましょう。二人の位置を教えて」
そう言う委員長に自分と森上君の位置を教えて、周囲を警戒しながら待つ事にする。
無意識に胸当てに触れていた。
ついさっき、胸当てに生じた斬撃のエフェクトを思い出す。
もしも当初成美達が目論んでいた状態、サラシと胸当てを外しての出場だったらと考えると血の気の引く思いがする。
サラシを巻いていなくて、胸が本来のボリュームだったら……。
想像したくないけど大事な部分が串刺しになっていただろう。
「サラシ万歳! やっぱり大事だわサラシ!」
改めてサラシの有用性を噛み締めていたら、外階段の方向で盛大な爆発が起こっていた。
何事かと思って様子を窺っていると、そちらの方向から委員長がやって来た。
「タ……」
「タマちゃんて言わないでよ」
被せられた上に釘を刺されてしまった。
「今の爆発は委員長が?」
「ええ。姿が見えたから撃ってみたけど……」
言いながらウィンドウを開く委員長。
「やっぱり。直前に気付かれて建物の中に逃げられたわ。タイミング的に無傷じゃないとは思うけど」
委員長が見ていたのは大会参加者のリストだった。沙織を含めて半分くらいの選手が灰色の表記になっているけど、これは既に敗退した選手だ。森上君の名前はまだ白い通常表示になっている。
委員長の攻撃も切り抜けるなんて、森上君は本当に手強い。




